第48話 圧倒
闘技場の観客席には所狭しと学生が座っている。ローマのコロッセオを彷彿とさせるその造形の闘技場は紫苑が特待生特権を利用して借りたものだ。
休日であるこの日に学園のひそかなアイドルである白雪栞、通称『姫』を馬鹿にされたファンたちはもちろん。自分のトレイターとしての勉強のために見学に来ているまじめな学生も。酒とつまみを買い、物見遊山で笑っている学生もいた。
一回生は無料で学園最強の戦いが見られるならば、と好奇心と怖いもの見たさで来た人間がほとんどで、賭けに参加する気もなかったが、紫苑の配った種銭がいい塩梅だった。
そんなこんなで、また学園トーナメント時のようにスナッチャーに襲撃されることないよう、警備は万全に、このエキシビジョンマッチは始まった。
石でできたリングの上に立つのは二人の男。
一人は金色の毛先に根本は黒色の所謂“プリン”と呼ばれる髪色をした、横柄な男性だ。
もう一方は黒髪に吊り目の黒瞳の男性。人ごみに混ざれば二度と発見できなくなってしまうような凡百な見た目は、しかし、彼の放つ圧倒的な鬼気によって隠しきれてはいなかった。
電光掲示板にはでかでかと月見里紫苑大尉VSバイトリーダーの文字が浮かび上がり、その名前と顔写真の下にはオッズが表示されていた。
紫苑:オッズ1.1
バイトリーダー:オッズ586.5
その掲示板を恨めし気ににらんで、バイトリーダーは舌打ちをする。
「どいつもこいつも舐め腐りやがって……。俺の名前は……」
「あ、いいよ。覚える気ないから」
この圧倒的オッズ差。それを見てもバイトリーダーは自分が勝利できることを確信していた。人の認識とは一年そこらで変わるものではない。紫苑が文字通り死ぬ気で研鑽した一年を知らない彼にとってみれば、彼など。カードゲームオタクの仕事のできない難民。
国のお荷物で、持つべきものを持っている自分たちが食わせてあげるだけのこの世界の金食い虫。何の因果で持ち上げられているかは知らないが、全員の目ン玉をひっくり返してやろうと躍起になっていた。
今回は理事長一人がレフェリーを務めるらしい。非公式大会だから、というのもあるが他の佐官級講師陣は学園中を警邏している。二度と同じ轍を踏まないために。
静かに決闘の宣言がされるや否や。バイトリーダーは異形を召還していた。
■『フレイムウィザード』 異形 コスト30 スーパーレア
●この異形は『炎術式』を発動できる
●攻撃力123 体力450
青白いローブに身を包まれたエルフの様な男性が、杖を振りかざすと大量の火球が場内を埋め尽くす。
「おお! スーパーレア。お父様に買ってもらったので?」
冷笑しながら、紫苑もカードを抜く。それは『ゴブリン』。特に能力を持たないノーマルカードだが、体力が10以下の異形をコピーする『鏡像投影』により。その弾幕より身を守っていた。
「ほざいてろ! そんなカスみてぇなカードで調子に乗んな。難民程度に負けねえんだよ、俺は!」
このトレイター学園には難民は結構な数、存在する。特に成績上位者は復讐や反逆心。まさに反逆者と呼ばれるハングリー精神があったため、上り詰めることができたのだ。
会場からは紫苑に対する応援コールと、バイトリーダーに対するブーイングが同時に巻き起こっていた。
一見紫苑が劣勢、と一回生は思ったが、二回生は経験において圧倒的に勝る。彼が必要最低限のゴブリンを防御に回し、ほとんどすべてを自力で躱しているのに気づいた人間は少なくない。
バイトリーダーは圧倒的に自分が優勢に見えるこの盤面を見て口角を上げる。さらに汎用魔法カード『爆炎術式』を三連打。
(どう殺してやろうか。銃? 一応あるが駄目だ。あっけなく終わる。まずは相手の持ち札が尽きたとこで『タイタン』を召還して、手足を引き裂いてやろう。さらに腹を割いて内臓を焼き尽くしながら、命乞いをさせて……)
そこまで思ったところで、バイトリーダーの左肩に鋭い痛みが走る。よく見ると傷口はぱっくりと裂けて、赤い血液が流れだしていっている。
「は! ハァ……!? あ、血。血が。病院。病院!」
慌てふためき、手で傷口を押さえ、失血を止めようとする。その行為からして、もはや二回生は苦笑を漏らしていた。
「『不死鳥の霊薬』は?」
爆炎が晴れたそこには紫苑が立っていた。爆炎術式の三連打。いかに素人の攻撃だろうとメジャーな攻撃呪文は伊達ではない。左腕が炭化して、それでなお涼しい顔をして立っていた。
「火炎系統で固めているんだったら『紅の指輪』と『サラマンダー』は入っているんだよな? 初心者御用達で学園の構築済みデッキにもあるぞ」
決闘の最中に相手のデッキに対してダメ出しをし始める紫苑、その顔は笑っていない。建設的な議論ではなくこれは誅罰だ。
「なんで、お前。そんな、冷静で……」
「カード一枚で回復できるからだ。多少は痛いが」
火傷の痛苦は裂傷の何十倍も凄まじい。それを躱せなければ、あえてくらい前進し、『フレイムウィザード』と『タイタン』は『デスドール』で相打ちを取っている。これが覚悟の差である。
「まあ、エンターテインメントはこれくらいでいいか」
「エンター……?」
バイトリーダーは痛みと出血で錯乱しており、銃火器のカードを顕現する程のこともできないようだ。紫苑は片手で短剣をくるくるとまわしながら語りだす。
「お前がさ、高い金払って格闘技の試合見に行ったとするだろ? ワンパンKOで終わり」
ようやく平静を取り戻したバイトリーダーがカードからSMGを取り出すも、発砲する前に紫苑の短剣で弾き飛ばされる。
「金返せってなるだろ?」
バイトリーダーの顔をかがみながら紫苑はのぞき込む。彼は気圧されてしまった。紫苑の瞳が、あまりにも変わっていたからだ。もはやフリーター時代の仕事のできない彼ではなかった。数多の修羅場を潜り抜けてきた古強者。暗く、昏く。闇より深い黒瞳が値踏みするようにバイトリーダーの命の値段を測っている。そう感じてしまった。
つまり目の前の男はこう言いたいわけだ。
終わらせる気だったらいつでもできた、と。
「まあ、プロレスってわけじゃないけど。多少は観客を楽しませる努力は必要だよね。もしかしていい勝負できてると思ってた?」
バイトリーダーは戦慄きながらデッキケースに手を伸ばすがすべてのカードがクールダウン中なのに今気づいた。コストが高く、強力なレアカードばかり採用したデッキだから仕方がないことなのだが。
「そしてわかる? これ。僕はノーマルとレアのカードしか使ってないの。使えないんじゃなくて、使わなかったの。ああ、決闘規則の『純銀の盾』を除いてね」
そして彼が使えるカードが0枚なのを知りながら、それに頼ろうとした様子を紫苑は鼻で笑い、言葉をつづける。
「確かにいいカードだけどもったいないなあ。スーパーレアのカードを何枚も持ちながら、何のシナジーも使いこなせていない。コストの管理もできていない。グッドスタッフのなりそこない。そういうデッキをなんていうか知っているか?」
「お前が馬鹿にしていたカードゲーム用語では“紙束”っていうんだよ」
そこまで煽られて、バイトリーダーの闘争心にようやく火が付いた。せっかく紫苑が近づいてきてくれたのだ。高校では金の力と腕っぷしで番長を張っていた彼だ。殴り殺せばいい。
大ぶりの拳が紫苑の顔面を打ち抜く、寸前で、腹に強烈な痛みが走る。遅れて紫苑に腹部に鉄拳を入れられているのに気づいた。
まだ未消化の朝食のサンドイッチを嘔吐しながら、バイトリーダーは蹲る。眠たそうに目を細めながら、紫苑は理事長に訊ねた。
「殺し方に規則ってありましたっけ?」
「特に設けていなかったな」
「そうですか」
紫苑は蹲るバイトリーダーの金髪を掴み、無理やり立たせる。
「だ、そうだ。お前のカードが再び戦えるようになるまで、あと10分。何か言いたいことは?」
「今回は、舐めすぎたみたいだ。次があれば絶ってぇに……」
紫苑の拳がバイトリーダーの顔面をとらえる。
「実戦に“次は”はない。そして僕は暗に白雪栞に対する謝罪を求めたわけだが?」
バイトリーダーが唾を紫苑に吐き掛ける。
「誰が謝るか。あんな芋女もお前みたいなオタクにも」
「……その胆力だけは尊敬するよ」
殴る。殴る。殴り抜ける。
蹴る。蹴る。蹴り飛ばす。
「秩序には暴力が伴わなくてはいけない。ああ、同感だ」
殴る。既に、バイトリーダーの顔面はパンパンに腫れ上がっている。
「トレイターは暴力装置だ。それも同感だ」
蹴り飛ばされたバイトリーダーは這いずるようにリングの端に向かおうとする。そこで紫苑は彼の頭に右足を置く。
「で、お前は秩序か暴力。そのどちらかでも満たしているか?」
「やめ、やめろ……」
紫苑の全身はすでに返り血で真っ赤に染まっている。紫苑の深海のようにどす黒い黒瞳が彼を見下している。
「英雄になりたいならば、一度でも僕を殺してからほざけ」
頭を踏み潰し、吹き出した血液が紫苑の頬に線を描く。それをしてなお紫苑は眉1つ動かさなかった。
「決闘。月見里紫苑、勝利。救護班急げ」
理事長は予定調和じみた抑揚で決闘の結果を発表する。
二回生は紫苑の勝利に歓喜していた。しかし一回生は初めて人が死ぬところを見せられたのであろう。半分以上の学生が恐怖を覚えていた。1位の圧倒的な実力と。それから振るわれる圧倒的な暴力に。
(紫苑さん……)
琴音は観客席から見ていたが。紫苑のことを心配していた。彼が正門戦で圧倒的な敗北を味わってから変わってしまった。勿論栞を侮辱された怒りからこの残酷な殺し方をしたのであろう。
しかし今までの彼だったならば、いかに復讐だったとしてもこんなことはしなかったはずだ。今までもそうだったが、今の彼は更に手段を択ばなくなってきている。あの敗北は間違いなく紫苑の価値観を変えた、のであろう。「実戦に“次は”はない」あの言葉も自分に対していっているように感じた。
いつか壊れてしまうかもしれない。
いつか道を踏み外してしまうかもしれない。
その不安が杞憂であることを祈って、彼の精神的支柱に自分がなれればいいと胸に刻み込んだ。
「貴方には私がついています。どうか思いつめないでください」




