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第47話 入学式

 この学園でもはや『彼』の名を知らぬものはいない。学生にして講師と同等の大尉にまで昇格し、学園ランキングの1位を不動のものにした男。今現在ランキング1位を取ろうとしている学生は皆無であり、2位が実質1位の様な扱いを受けている。


 当然『彼』の横に並び立つために並々ならぬ努力を惜しまない『彼女』も2位の座をやすやすと譲るつもりはない。


 自分が1位だからと言ってそれに諦念する現状の2回生のことをあまり快く思っていなかった。勿論、自分がこの座から降ろされることを望んでいるわけではないが、彼の希は人類の勝利。自分より強い人間が現れ、協力してくれるならば、心強いことこの上ない。


 しかし集められるのは尊敬と羨望の眼差し。だが彼が欲しいのは名誉でも名声でも無い。ただ、強くなる。あの日、正門(まさかど)に完全敗北した紫苑は、短い春休みにいつもよりも多くの鍛錬に勤しんだ。


 一年弱。たったそれだけで、ゲームのカードしか持っていなかった一般人は(そら)をも越える傑物と相成った。


 入学式で1位からの祝辞は恒例のものだったが、その間もインスタントダンジョンに潜る時間が欲しいと理事長に打診して、代わりに栞が務めることとなった。慣れない人前でのスピーチに噛み噛みではあったものの栞も今や学園上位常連。それを揶揄する学生など一人もいなかった。


 ただ一人の金髪の男を除いて。


「ちょっといいっすか? 首席演説とか聞いてたもんだから、ためになることを聞かせてくれるんだと俺は思っていました。ただ、なんですか? これ。おどおどしたもっさい女が吃りまくりの美辞麗句。俺はトレイターになれるって聞いてたから高ぇ金出してここ来たんすよ?」


 前代未聞であった。祝辞の最中にヤジを飛ばすほど下劣な人間。ふつうの教育機関と違い、埒外の入学金と初期費用。命のかかった実習。それゆえに人格破綻者が入学してくることは多々あった。そんなとき会場に並んでいる教師陣は助け舟を出すでもなく、退場を促すでもなく瞑目して腕を組んでいた。


 この程度の問題を解決できないのならば、本校にはいらないと言わんばかりに。


「わ、私は。これから皆さんに。気を付けてほしいこととか。が、学園で知っておいたほうがいいこと、とかは、後でオリエンテーションがあるので、いらないと、思いまして。お話しています。今は私の話を聞いてください」


 栞は変わっていた。紫苑と初めて会った時から一番成長したのは彼女なのではないだろうかというほどに。鬼塚も式をぶち壊しにしてでも栞の救援に行きたい衝動を押さえつけ、唇をかんでいた。


 その無法者は金髪をいじくりながら足を組んで座っている。2回生からは軽蔑のまなざしを向けられるが、どこ吹く風といったように横柄な態度を崩さない。


(トップがこの程度なら学園1位も楽勝だな)


「では最後に理事長からの挨拶です。ご清聴ありがとうございました」


 栞も意図していなかったささやかな皮肉とともに彼女は壇上を降りる。理事長は登壇し、にこやかな笑みを浮かべながら、入学生に向かって祝辞を述べた後、先ほどの金髪の男性を名指しする。


「あ、そうそう。君。よほど自分の腕に自信があるようだ。いいことを教えてあげよう。この学園には模擬戦委員、別名賭博委員が存在していて。好きなものを賭けられる。ちょうど今帰ってきた彼なんかは適任なんじゃないかな。“決闘”というのも」


 視線が会場入り口の人物に集められる。渦中の人物は目を丸くして瞠目していた。


「え? なに? 僕なんか悪いことした?」


 月見里紫苑は焦りながら琴音とともにインスタントダンジョンから帰還していた。


「は? なんで、お前がここにいるんだよ」


 元バイトリーダーは瞠目する。それをよそに他の2回生は紫苑に対して賞賛の言葉を贈る。


「紫苑さん!」

「紫苑大尉!」


「ちょっと待って、僕まだ状況が呑み込めていない」

「おう、紫苑君。久しぶりだね。雑用係にでも雇ってもらったのかな?」


 紫苑がよくよく観察してみると、入学式の新入生の中に見知った顔があるのに気づく。


「あ、バイトリーダーじゃないですかお久しぶりです。ていうか式は終わったんですか? 理事長?」

「ああ、今をもって終わりにする」

「じゃあ一から説明してくださいよ」


 □□□


「へえ、バイトリーダーが僕に決闘を」

「お前、名前で呼べよ」

「すみません。いつもバイトリーダーって呼んでいたので本名を忘れてしまいました」


 まったく悪びれることなく紫苑は言い返した。それを笑って聞いているのは鬼塚だ。


「舐めやがって……」


 紫苑を睨みつけて威嚇するが、インスタントダンジョンの雑魚敵のほうが万倍怖い。


「それで? 彼は首席入学だったんですか?」


 理事長は答える。


「いや中の上だ」

「階級は?」

「二等兵だ」


「えぇ……」


 紫苑は全く身にならないことに時間を割かれるのに辟易しつつ、この学園全体の鬱憤を晴らすことに渋々同意した。


「1日ください。()()()()()()()()作っとくんで」


 紫苑は大きくため息をつき、金城に携帯電話で連絡を取りながら、寮へ帰っていく。その際バイトリーダーを一瞥することさえなかった。


 ■■■ 翌日 闘技場 入口


「はいはい! よってよってよってぇ! 月見里大尉vsバイトリーダー戦 入場チケット5000円だよぉ!」

「なんで俺がこんな小金稼ぎに付き合わなきゃいけないんだ。200枚売れたとしても100万円。ダンジョン潜ったほうが早いだろ」


 入口で机の上にクロスをかけられたブースで鬼塚と金城はチケットを売っていた。さらに奥では宙より賭博委員の権限を渡された栞たち数人が利鞘を胴元として得るために奔走している。


「なんでって、お前。兄貴から説明聞いてただろ? 馬鹿な俺でもわかったぞ?」

「いや、理屈は理解できるんだが……どうにも感情がな……」


 この小金稼ぎは紫苑がチームSの全員がお祭り感覚で騒ぐために催したもの、ではない。現状金城財閥の後ろ盾があるこのチームで金欠が起こることは考えにくい。しかし、今日が平和ならば明日も平和。今日飯が食えれば、明日も食える。


 そんな常識が通じる世界でないことは被災者の紫苑は痛感している。自分たちで何かを生み出す能力。今回で言えばチケット代や賭博委員の儲けを出すことは、将来のスキルにつながるため身に着けてほしいと全員に通達したためである。


 そして特待生特権もいかんなく利用し、場所代も諸経費も無料。挙句人を雇って飲食物の販売や、雪菜の残したブログの広報さえ行っている。


「そもそも、今回のエキシビジョンマッチは学生の留飲を下げるためだしな。栞はああ見えて結構ファンが多い」

「そうなんだ。たしかにまあ好きな人は好きだろうな。ああいうタイプ」


 携帯端末を利用した電子マネー決済で即座に済むため、鬼塚が基本接客し、金城はチケットを渡していく。


「しかし、まあ二回生は兄貴のこと知っているからいいけどさ、一回生にとってどう思うあれ」

「見かけのわりにけっこう頭回るんだなお前。まあやらせにしか見えないだろ」


 売り子をしながらも暇な時間は鬼塚と金城は雑談している。


「兄貴に勉強教えてもらってるからな。ただの座学だけじゃないぞ。物事の考え方とか思考プロセスとか色々」

「そっか」


 その間にもチケットを買いに来る学生は多数存在し、鬼塚が笑顔で応対している。どうして見てくれの怖い鬼塚と金城を前面に出したのか。聞かずとも彼らの成長のためだとわかるだろう。


「兄貴は一回生に対してはチケットを無料で配布している。しかも賭博委員でかけられる種銭のサービス付きだ」

「まんま異形戦争以前のソシャゲと同じやり方だな。しかもこの戦闘は決闘だ。それを理解している二回生はこれが八百長でないことが分かる。賭博委員を通した賭けでの八百長は校則で禁止されているし、重い罰則がある」

「そういうことだ。目的は信頼、成長、意趣返し。兄貴、金稼ぎは本当に二の次なんだろうな。この一戦を設けるためにわざわざデッキを()()()()()()()なんて」


 □□□ 闘技場


 学園トーナメントでも使われたこ学生全員を受け入れる施設は満員御礼だった。一回生も二回生もポップコーン片手にこれから行われるたった一戦を見るためだけに足を運んでいる。


「紫苑君、君さ、ちょっと調子乗りすぎじゃない? どんなコネを使ったのか知らないけどワイヤワイヤと外野は君の味方だし。確かに俺も昨日の発言は不適切だったかもしれない。でもさ、当然の意見だよね? 金銭のやり取り、いわばこれは秩序の形だ。ギブアンドテイクなんだよ。この学校に来ればより成長できると思ってきているのに、あんな挨拶をされたら恨み言の一つや二つ言いたくもなるよ。あの女は秩序を台無しにしたんだ」


「お前の思う秩序ってなんだ?」


 紫苑はすでに敬語が取れていた。昨日は事情も知らぬままかつての上司と相対したため前の癖で丁寧な言葉遣いになっていたが、栞に対しての暴言は後に聞いたところ一番激憤したのが彼だった。


「は? なんでお前タメ語なんだよ?」

「敬う必要性がないからだ。むしろ今先輩は僕だからな。それで? さっきの質問には答えてくれないのか?」


 青筋を痙攣させながらバイトリーダーは答える。今すぐにでもぶん殴りたい衝動を必死に抑え、深呼吸する。ルールの説明を聞いたところ『純銀の盾』をお互いデッキに入れるため相手を一回殺してもいいらしい。


 願ってもない話だった。カードオタクの分際で自分に楯突いたことを後悔させながら死の苦しみを味わわせてやると仄暗い笑みを浮かべると、彼は自身の金髪をいじりながら語りだす。


「トレイターは暴力装置だ」

「秩序には暴力が伴わなくてはいけないだろ。どんな組織体系であっても、だ。国はどんな国家だろうと軍隊という暴力を持ち。ちんけな暴走族でも、半グレでも持っている。たとえ高尚な理想や理念、システムがあったとして、暴力なしじゃあ秩序を守れない。今はカードを扱うもの。トレイターが秩序の最高峰だ。俺はそれを学ぶためにここに来た」


 紫苑は瞠目している。


「驚いたな。こんなところで意見が一致することに多少の嫌悪感を抱くよ。そうだな。暴力なき正論は全く意味がない。じゃあ、お前は元バイトの先輩として僕に秩序とは何たるかを教えてくれるようだ」

「おう。こっちもお前に学園の先輩としていろいろと教えてもらおうか。泣いて逃げるなよ、カードオタク」



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