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第46話 卒業式

 卒業式も終盤、様々な分野の重鎮たちが祝辞を述べる。来賓のトリを務めたのは管理局の英雄。異形戦争当時一警察官でありながら、異形と相対するにはあまりに力不足な5連リボルバー拳銃で戦地へと急ぎ、地獄から一人でも多くの人々を救うため奔走した名実ともに『英雄』


「皆様御卒業おめでとうございます。そしてはじめましての方がほとんどだと思いますので自己紹介を。管理局副局長。氏家(うじいえ)(せい)一郎(いちろう)と申します。来季から管理局に就職される方も何名かいます。その方々とはより良い仕事をしていきたいと思っております。そして他の道を進んだトレイターの皆様にも一つだけ覚えておいてほしいことがあります。逆境こそ財産である。これは私が父から受け継いだ金言であります」


 一回生も卒業生もその静謐とした会場に響く、『英雄』の言葉を聞き逃すまいと座っていた。


「必ず人生には逆境があるものです。それは失恋だったり、仕事のミスだったり……。いえ……あなた方が遭遇するのはもっと残酷なものでしょう。仲間のトレイターの殉職、町一つの壊滅。しかし、それは悲しいことですが、我々は下がってはいけません。かつて戦国武将は戦化粧にムカデの装飾を施したとされています。決して後退せずただ前進するのみという意味を込めて。そうしないと我々は、人類は異形に押し負けます。ですので、戦友が何人倒れようと、自分の腕が飛ぼうと足がもげようと、這いずってでも前進してください」


「これにて私の祝辞を終わります。どうか皆様の行く末に幸ありますように」


 盛大な拍手を背に『英雄』は壇上を降りる。そのあと理事長が祝辞を述べたのち、体育館には大量の紙吹雪が舞う。一回生は二回生に対して拍手をしている。これにて卒業式は終了した。


 □□□


 体育館前の広場にはすでに散開した卒業生と在校生が個人的に話していた。卒業生はスーツの胸部分に花の飾りをつけている。チームSも例にもれず集まり、琴音が最初に口を開いた。



「最上先輩、小鳥遊先輩、四月一日先輩。ご卒業おめでとうございます」



「あの、その、みんなで考えた贈り物なんですけどね……」


 しどろもどろになりながら栞は切り出すが、宙がそれを制した。


「それは送別会の時に取っておこう。今はまだ、別れの雰囲気を出したくない」

「あっ、あっ……すみません」

「大丈夫ですよ、栞ちゃん。私は嬉しいですわ。何が貰えるのかワクワクしちゃいますわ」


 しょんぼりとする栞を琴音と要がフォローするがそこに水を差したのが金城だった。


「なんでもいいけどよお。要先輩。もういいんじゃねえの? その言葉遣い。あまりにも“らしく”ないぞ」


 お嬢様らしく、とは言及しなかった。これも彼女が成長した証なのだろうと。雪菜は腕を組み頷いている。


「ふふ、そうかもしれませんわね。でもあたくしは。あなた方と別れるまではこれでいさせてくれないかしら?」


 要は金髪を掻き揚げ、煌びやかな髪がたなびく。


「関係が終わるわけじゃないだろ? 次に会う時は俺たちの間でぐらい普通でもいいんじゃねえのって言いたかっただけだ」

「変わったなお前」


 紫苑が金城の豹変ぶりに驚いていた。言葉遣いが汚いのは相変わらずだが、人の感情を慮れるほどになるとはいったいどういった要因があるのだろうか。と、その原因を作った当の本人は首を捻っていた。


「じゃあ、みんな自室でスーツ着替えた後、ボクの部屋に集合な。これ堅っ苦しくてかなわない」

「その身長じゃ、七五三みたいだもんな」

「キミは変わらないな!?」


 ■■■ 雪菜の部屋 


 テーブルの上にはフグ鍋、刺身盛り合わせ、馬刺し、A5和牛ステーキ。世界三大珍味。そして恒例のたこ焼きが並んでいた。酒も金城が財力にものを言わしてかき集めたであろう最高級品が揃っていた。


「これが私たちからの贈り物です。贈答用のもの、何がいいかなって考えたらやっぱりカードかと」


 琴音、鬼塚、栞からレアカードが手渡される。


「俺からはこの料理と酒だ。下手なカードより値はつくぞ」


 金城はぶっきらぼうにテーブルを指さし、そっぽを向く。


「あれ? 紫苑くんからは?」


 別に雪菜は集ったわけではない、先ほどの身長いじりの意趣返しだ。にやにやと笑い(こう)(どう)を細める。


「そうですね、これを」


 紫苑はそういうと分厚いアルバムのようなものを取り出した。


「あれ? 紫苑君は思い出を大事にするロマンチストなのかな?」


 宙の軽口に紫苑は首を振って否定する。


「これは僕が何十回も何百回もインスタントダンジョンに潜った時のデータです。例えば雷撃系統の呪文何発で異形を倒せるか。クールタイムと継戦能力のコストパフォーマンスを表にしたものや、対人戦のメタを学園中の人間と戦ってサンプルをえました。他にもカードのシナジーやコンボのメモ書きを実践のもと検証してきた、いわば“攻略本”です」


 卒業生はそれを見て舌を巻く。インスタントダンジョンに潜っているのは知っていたが、データを取る場所として使っていたとはさすがに彼らも知らなかったのだから。パラパラと本をめくると適当に開いたページでさえ、どうやれば生き残れるのか。が具体的な対策とともに記されていた。


「それと警備委員の長谷川先生主導のもと、対スナッチャー用の兵器を開発していて、それも完成と同時に送ります。ただ、最悪の状況以外で使用しないでください。これを販売すれば莫大な富になるでしょうが、却下しました。スナッチャー側に現物はもちろん、情報さえ渡したくない」


 その言に全ての卒業生は頷いたが納得できていない様子の人物がいた。


「これ教科書になるんじゃない? 全トレイター必読の書だよ」


 雪菜は尊敬を込めて提言するがまたしても紫苑は首を横に振った。


「理事長には渡しました。そして彼女の経験もこの本には盛り込まれています。だが協議した結果、そのほとんどを授業で使うことはないそうです」

「なんでですの?」


 紫苑は要の琥珀色の目を見て、訥々と語りだす。


「カードゲームの話です。強いデッキはインターネットで拡散され他のプレイヤーが真似して使います。それ自体は悪くないのですが、コピーデッカーが増えれば、新しく強いデッキが考案されることもなくなりますし、脆弱性もあります。なので、すでに完成した先輩方にしか渡したくなかったんです」


 得心が言ったように瞑目し、頷いた。そして次に口を開いたのは宙だった。


「ありがとうみんな。嬉しいよ。これからも俺を頼ってくれ。俺にできるのは護衛ぐらいだ」

「あたくしは必要のないスーパーレアカードを皆様に差し上げますわ」

「ボクは過去問と学生の情報が入ったUSB。あと情報屋の権限を紫苑くんにあげるよ」


 こうして卒業生と在校生は固く握手をし、抱きしめあった。


「じゃあ、送別会始めようか。このメンバーができたことが僕は一番の財産だと思っている。では乾杯!」


 こうしてチームS最後の宴は過ぎていった。


 ■■■ 東京 江戸川区 学童保育


 小さな一軒家を借りた四角い建物。その中にはおもちゃやボードゲーム。お菓子などがたくさん用意されており、親が仕事に行っている間、職員が面倒を見る機関である。


 そして、いま世界的に、どの公的機関もカード武装をしている。区役所、病院、学校。そしてこの学童保育でさえ。


 別に勝利する必要はない。ただ、銃社会では銃でしか身を守れないのと同様、スナッチャーはトレイターでしか守れない。最悪の場合、カードを差し出して、子供だけでも守れるように、と最低限の武装しかしていなかった。


 相手がただの強盗ならば、カードで撃退すればいい。手練れのスナッチャーならばカードを差し出せばいい。


 だが、そのどちらでもなかったら?


「彼」が学園で職を失って一か月。流石に働かないとまずいと思い立ったが、トイレ掃除や工事現場。異形戦争以前は人気のなかった職は今やホワイトカラーな職種となっていた。


 理由はカードにかかわる仕事をすると、殉職率が跳ね上がるからだ。その為「彼」は前職の経験を考えて、二度と持つことはないだろうと思ったカードを扱う仕事。学童保育職員となっていた。


 □□□


 すでに裏口から「彼」を除く子供たちと他の職員は逃げだしていた。左太ももには十字剣が突き刺さり、血がこぼれていっている。


「『教団』第7司教『マキナ』。参上です! 今日も元気に殺しましょう!」


 背は小さくクリーム色の髪の毛を腰ほどまで伸ばした少女。両手両足には機械の武装が施されており、そんな彼女は『ネロ』と同じく腋だしの司教服に身を包み玄関に立っている。


 両脇には代行者。黒い神父服を着た、教団の尖兵。



「俺は出涸らしだッ! 味のしなくなったティーバッグみてえなもんだ」


 学園の時よりさらに弱いデッキで司教クラスとの一騎打ち。待っているのは間違いなく死。


「未来なんて何の価値も無い! ただただ死んでいないだけの人生」

「あらあら! よかったじゃないですか! 絶望的でしたよね。死にたかったですもんね。このマキナちゃんに殺されるなんて。果報者だなあ!」


 しかし、彼は言い返さなかった。以前の教団戦で何を言っても無意味だということを了知してしまっているからだ。


 だけど子供はどうだ。彼は回復カードさえ入っていないそのデッキに手をかけ立ち上がろうとする。両腕で左ひざを押さえながらなんとか立ち上がる。


「ある子は絵がうまかった。小学生らしく荒削りだったが、構図や表現力は俺よりもあった」


 彼は言う。


「ある子は聡かった。まだ習ってない知識まで吸収して、喜んでいた」


 彼は話す。


「ある子は運動が得意だった。こんな中年のおっさんじゃ鬼ごっこで追いつけない!」


 彼は吼える。


「画家、イラストレーター、学者、研究者、医者、アスリート。無限の可能性。あの子達を守る為に死ぬんだったら、無味乾燥な俺の人生にようやく意味ができた」


 その命を懸けた言葉の切れ端も理解していないように、マキナは返答する。


「うーん。マキナちゃん思うんですけど、そんな職業がこの絶望の世界で必要ありますか?」


 彼。元トレイター学園北区画班長は口角を上げる。


「あるね。俺は1人の青年に託してきた。また平和に人類が過ごせる日は必ずくるさ」

「そうですか! じゃあさようなら! また希望の世界で会いましょう!」


 マキナが鉄腕をふるうと瞬く間にそれが『彼』の眼前に迫る。


(ああ、良い人生だった)


 頭は握られたトマトみたいにつぶれ、返り血を浴びるがマキナは笑顔を崩さず、踵を返して帰っていった。



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