第44話 スカルローバー
「今だったら冗談で済むんじゃないか?」
紫苑はすでにホルスターよりカードを抜いている。間接視野で周りの視覚情報を取り込ながら眼前の正門から焦点をずらさない。
「牛タン弁当を奢ってくれた気のいいおっさんだと? そうしてくれるのか?」
首を捻り、昏い瞳で正門は紫苑を見やる。絶望的な戦力差。琴音と紫苑は“学生の中ならば”傑物だ。だが対人特化のアルテミスを一撃のもとに葬り去ったこのスカルローバーのボス相手では時間稼ぎさえできるほどの実力は持ち合わせていない。ならば会話で時間稼ぎをするほかない。
しかし意外にも、話し始めたのは正門のほうだった。
「少年。ヤクザとかマフィア映画は見たことあるか?」
「……なんの、話だ?」
紫苑の額を汗が伝う。
「あれってさ、正直美化されているじゃん? 何人も人を殺した辣腕の暗殺者がハードボイルドに描かれてさ」
なおも正門の舌は回る。
「対して、チンケな犯罪に手を染めた詐欺や火事場泥棒はその人殺しよりも胸糞悪く見えるわけだ。人殺しよりも軽い罪なのにな。なんでだと思う?」
正門は教鞭をとるかの如く、紫苑たちに向かって話す。数秒待って答えが出ないとなると、深い溜息とともに答えを発表する。
「カッコ悪ぃからさ。所詮人間の道徳なんてそんなもんだよ」
───何だこいつ。言っていることはわかる。筋も通っている。でも、看過できるはずがない。大量の死者を出し、人類の反撃を邪魔する、スナッチャーという存在が。
「……何人死んだ。何人殺した!」
気づけば紫苑は声を張り上げていた。時間稼ぎという名目さえ忘れて、目の前の理解不可能な男のことを、無意味だと知りながらも知りたいと思ってしまったのだ。対して正門の返答は軽かった。
「死者を数えるのはクレバーじゃないな。資本主義だってそういうものだろう。金持ちの外車ひとつ売っぱらえば何人の自殺者を救えると思う?」
「いるか? そんな人間が? それをしてこなかった人間は、それを容認した社会は、俺を糾弾する権利は無いと思うぞ」
「それに大戦以降、食い扶持だって足りなかったんだ。政府が首都圏を中心に防衛したせいで米も小麦も産出量は激減」
片手でカードを弄びながら正門は軽薄な態度を崩さない。公園は先ほどまで夕日が照らし空を赤く染めていたが、もうすでに地平線に沈みつつある。
「殺されたやつにゃあ溜まったもんじゃ無かろうが、生きているお前らにとっては人が死ぬのは喜ぶべきことじゃ無いのか?」
「富も、資源も、食糧も。定量化できないものだとしたら幸福も。世界の誰も彼も奪い合って生きてんのさ。社会から爪弾きにされた、ならず者やホームレスは奪われ、政治家や資本家はより富んでいく」
まるで正論を道徳がわからない幼子に説くように、摂理をわからぬ愚者にわからせるように、淡々と抑揚のない声が紫苑たちの耳に入る。
「至極自然な事で今更口に出すのも馬鹿らしいガキでもわかる真理だろ? だから俺らは強奪者。スナッチャー」
紫苑は眦に涙を湛えていた。わかってしまうからだ。彼が、ここまで狂ってしまったのも、悲惨な過去があり、不運な境遇があり、仕方なく身を落した。“わけではない”ことが分かってしまうからだ。
「……何でお前の言葉には重みがないんだよ。確かにわかる。わかるよ。言ってることは確かに一理ある部分もある。でも空っぽだ。お前の言葉は」
「まぁ、そうだろうな。俺はもとより奪う側だったからな。この世界の事象は二つに分けられる」
正門は指を二本立てる。その瞳にはいまだ何も映らない。
「面白れぇものとつまんねぇものだ。スナッチャー、俺は楽しいぜ? 子供が一生懸命作った積み木のお城を蹴り倒しているようで」
「だから……」
紫苑はすでに服の袖で涙をぬぐっていた。
「僕たちは分かり合えない」「俺たちは分かり合えねえ」
二人の言葉が重なった、と同時に紫苑はカードからサブマシンガンを発現させていた。魔術弾頭の装填された対異形用SMG。軽快な破裂音とともに正門向かって飛んでいく弾丸は、しかし、彼の動きを牽制することすら叶わなかった。
「『狩人の健脚』ッ……!?」
一度大きく横に跳んだ正門は、紫苑が照準を合わせるよりも早く弧を描いて紫苑に近づいてくる。
「『爆炎……「遅ぇよ」
紫苑が『爆炎術式』の起動にかかるまでのコンマ数秒。正門の前蹴りが紫苑の腹部にめり込んでいた。口から血反吐を吐き出し、一瞬停滞する。即座に時が動き出したように後方に暴力的な速度で弾き飛ばされる。
紫苑は自然公園の木々をなぎ倒し、車道でバウンドし、トラックの貨物を粉砕し、ビル壁まで蹴り飛ばされる。
「それよりもだ。最近の若いのって随分優しいんだな。時間稼ぎだとわかって付き合ってくれるなんて」
正門はその場に残された琴音に向き直り、昏い瞳を向ける。琴音は何も棒立ちしているわけではなかった。対人戦用にチームSのみんなで組んだデッキは当然銃火器が多くなった。その悉くを子供の攻撃を諌める保育士のようにいなされるのだ。
「ボスと交戦すれば当然増援がくる」
(まずい。まずいまずいまずい!!)
二対一でもこちらの攻撃がお遊戯のようにいなされる怪物が相手なのに、数的不利さえつけば。いよいよ手が付けられない。
「まあ、俺も鬼じゃねえ。ていうかお前らに恨みとかないしな。自殺の手伝いくらいしてやるよ」
『赤い糸』
琴音と先ほど吹き飛ばされた紫苑のもとに赤い線ができる。琴音の姿が煙のように消える。
「『虚空闊歩』……? いやこの消え方は『赤い糸』か。いいカード持ってるじゃん! 面白いなお前たち! ああ、大好きだ。惚れちまうよ」
■『赤い糸』 その他 コスト0 ウルトラレア
●このカードは2枚で一つのカードとなる
●このカードを入れている人間の運命はともにある
●どちらか片方の人間が死亡した場合、もう一方も死亡する。この契約はどちらか片方の人間の意志で放棄できる、その場合このカードは消滅する
紫苑はこの『赤い糸』の能力で、琴音を自分のもとに一瞬にして呼び寄せた。これこそ宙が学園トーナメントで使い道のないといった1枚の、いや、一対のウルトラレアカード。
琴音は『不死鳥の霊薬』を使い、『純銀の盾』の効果で体力1で耐えた紫苑の体力を回復する。軽くお礼を言い紫苑は立ち上がる。ヨロりとよろめき、その倒れ掛かった紫苑に琴音は肩を貸した。
そこにゆっくりと車道を歩いてくる正門は歓喜の目をしながら煙草を吸っていた。
「おわ、凄いな。最近の学生ってレベルたけぇな。あぁ、その目。わかったよ。お前らも殺人童貞じゃねぇってわけだな」
紫苑と琴音は正門を睨んだ。対して正門は肩をすくめておどけて見せる。
「さっき俺の蹴りはわざと受けたな。彼女さんに攻撃を向かわせず。逃走の経路を作るために。でも俺の『狩人の健脚』は後3分使用可能だ。追いかけっこでも始めるか?」
紫苑と琴音が何も言わないことにしびれを切らしたのか、正門は煙草を投げ捨てる。その後まじまじと紫苑の顔を見つめるが、ふと気づいたように手を叩く。
「あー、思い出したぞ! ネロ殺したやつだお前」
「ボス、と聞けば戦闘は部下に一任かと思っていたが……」
「俺を今までのマフィアと一緒にするなよ。安全な部屋で葉巻を吸ってりゃいいそいつらと違って」
正門は新しい煙草に火をつける。
「俺が弱ければ部下に後ろから撃たれる」
紫苑は自分たちがほぼ詰みの状況に置かれていることを本能で理解した。先ほど正門が切断したビルにも「アルテミスギルド」のトレイターがいたらしいが。それより早くボスの護衛が到着するだろう。
紫苑と琴音のデッキ16枚をどのように使っても助かりようがない。
紫苑が生き残る道は完全についえた。
紫苑は覚悟を決めデッキを放棄し、正門向かって歩いていく。
(『赤い糸』は運命を共にする)
一歩前に進む。琴音は紫苑が何をしているのか理解できなかった。
(ならば僕が破滅の道を選び、契約を破棄すれば)
二歩前に進む。正門が地を蹴って紫苑を殺さんと接近する。
(彼女は何らかの方法で助かる)
三歩前に進み、紫苑は両手を広げる。そこに正門の鉄拳が迫る。
「僕は『赤い糸』をッ……」
「その必要はないぜ」
金属と金属のぶつかり合う音が鳴り、火花が散る。
そこには手甲を装備した鬼塚が立っていた。ビルの上から跳躍してきたのだろう。彼の足元のアスファルトにはクレーターができている。
「鬼……塚?」
「おお、仲間がいたのか! そうならそうだと先に言えよ。パーティーは人数が多いほうが盛り上が……」
一人で盛り上がっている正門の頭部が吹き飛ぶ。しかしすぐに再生を開始する。
他のビルにて待機している、『姫』の援護射撃。
「なんで、どうしてお前らが?」
紫苑は瞠目するが、今は余計なことを思案している余裕は皆無だ。捨てたデッキを拾いに後ろへ走る。
「でも無駄なんだよな……。こっちにも優秀な部下がいるからな」
「それってこれのことかい?」
既に顔を出している月光がうすぼんやりとした影を作る。正門が空を見れば、赤いドラゴン、ルビーに騎乗している人影が見える。上空からいくつもの丸い物体が放り投げられる。
よくよく注視するとそれは生首だった。今日の正門を陰から護衛していたスカルローバーの構成員の。
「あら、すごいな。うん、楽しいな」
怒るでも焦るでもなく、正門が愉悦をかみしめているところに、更に大量の車両が到着。ヘッドライトが夜の街を照らし、正門を映す。
「オーディンギルド」「アルテミスギルド」の混成チーム。彼等の召還した大量の異形は空も陸も等しく埋め尽くす。銃火器のカードを持っているトレイターも多数存在した。
「正門羅希! お前は完全に包囲されている。少しでも動きを見せたら即座に発砲する!」
「甘いわ、お前ら。つまらんわ。どうせ殺すなら警告するな」
「武器を捨て! 投降しろ! もう逃げ場はない!」
「さて、さてさてさて。果たしてどうだろうな?」
そう言うと、くるくると回りながら正門は闇に溶けていく。トレイターは発砲するが、正門には当たらない。そして煙のように消えてしまった。
初めから何事もなかったかのように正門はいなくなった。
■影潜り その他 コスト50 レジェンド
●使用者は闇と同化できる




