第42話 チームS
「本っ当にすみませんでした!!」
頭を深々と下げ鬼塚は理事長に謝罪している。理事長としても悪気あっての行動ではないし、彼が紫苑のことを慕っているが故の激昂だったため、目くじらを立てるようなことはしなかった。
「お、鬼塚さん……。だから言ったじゃないですか。まずは話してから、だって」
「すまねえ、栞。でも紛らわしいことをブログに乗せる雪菜先輩も悪くね?」
「ええ!? ボクに責任を転嫁するの?」
目を剝いて雪菜は吼えるが、理事長が鳴らした手のクラップ音で場は仕切りなおされる。
「本題に戻るよ。紫苑君の検査に関しては今日の午後に行う。学園内の病院にあらかた設備はそろっているから、移動の手間も少ない。今日の講義終わりに時間をもらう。それでいいね?」
「はい」
理事長は立ち上がり、長い黒髪をすく。艶やかな髪は40歳を超えていることをいまだに信じられない風貌だ。
「ところで金城君。君も顔が見違えたね。今までとは別人だ」
「ああ、俺は紫苑のおかげで大事なことに気づかされた。だからこれからも紫苑のチームに入れさせてほしい。後遅れて悪いんだけど、要先輩。今までの発言を撤回します。すみませんでした」
「いいですわよ。誰にでも間違いはありますもの。一番いけないことは間違いを正さないことですわ」
「歓迎するよ! 金城。ちょうど僕のチームには男手が足りないと思っていたんだ。君は華奢だけど……」
「俺、女だぞ?」
いささか不服そうに金城は頬を膨らませる。紫苑はあっけにとられている。一番最初に状況を呑み込めたのは琴音だった。
「え? 女性だったんですか?」
琴音が訊ねるも一睨みして金城はぶっきらぼうに答える。
「なんだよ、悪いかよ?」
「いえ……そういうわけではありませんが……」
(拙い、紫苑チームの構成メンバーがほとんど女性だ。これはうかうかしていると本当に紫苑さんを取られかねませんね)
「さて解散だ。各々勉学や訓練に励むように」
■■■ 数日後 理事長室
「検査のほう、異常はなかったよ」
「ですよね、僕が人間であることは僕が一番知っています」
紫苑と理事長は再びコーヒーを飲みながら検査結果の書類を紫苑に渡している。
「これで管理局のほうも納得させられるだろう、余計な火種は私としても勘弁願いたい」
理事長はコーヒーカップに口をつけ再度ソーサーに置いて話始める。
「ただ強いて言うならば、君の検査結果はこのうえなく普通だった。ふつうの人間だった」
「……? 何か問題が?」
「すべての臓器の具合、血糖値や尿酸値まで、全日本人男性の平均値とぴたりと合致する」
「……懸念していることが分かりませんが」
理事長は首を左右に振り、「忘れてくれ」といったようなジェスチャーを取った。
「いや、考えすぎだな。平均値が出るのは当たり前だ。これで君の行動を制限するものは何もない。ぜひとも研鑽してくれ」
「わかりました。お手数をかけて申し分けありません」
「それはこちらのセリフだ、面倒ごとに巻き込んですまなかった」
「では私はこれで失礼します」
お辞儀をしたのち紫苑は理事長室を出ていき、部屋に残されたのは理事長一人だけとなった。
しんと静まり返る部屋の中、理事長は古ぼけた手帳を金庫から取り出す。それは初めてライト級ダンジョンを踏破した時にカードとは別に落とされた戦利品である。
書かれている言語は地球上のどの言語とも一致しなかったが、文字列のアルゴリズムが分かればどんな言語でも翻訳できる。まだすべてを解明できているわけではないが。
「星を見るもの、スターゲイザー。観測者ね……」
そしてパラパラとページをめくっていくとまた一つ一つと役職を見つけた。
「コーディネーター、調律者。ストーリーテラー、語り部」
ぱたんと手帳を閉じる。
「ダンジョンは、異形は。いったい人類に何をさせたいんだ?」
しばらく考えるも答えは出ずに、理事長は椅子に座りながら仮眠をとった。
■■■ 食堂
昼食の時間で紫苑たちは集まっていた。
対人最強 小鳥遊宙。
グッドスタッフ使い 四月一日要。
財閥子息 金城王俄。
天才ハッカー 最上雪菜。
主席入学 星空琴音。
チンピラ 鬼塚拳地。
サポーター 白雪栞。
戦神 月見里紫苑
そうそうたるメンバーがそろっていた。学食の視線はほしいままにしてみんなで寿司を食べている。ビュッフェ形式なのでそこまで上等なものではないが、この学食はレベルが高い。舌が肥えている金城でさえ文句は言わなかった。
「忘れているかもしれないけど、前回のダンジョンから生還したらお好み焼きパーティやることになってたんだ。またメンバーも増えたことだし集まる?」
雪菜がサーモンを口に運びながら、提案する。しかし異を唱えたのは金城だった。
「お好み焼きぃ? そんな貧乏くさいもん誰が……」
「じゃあ、金城さんは抜きでやりましょう」
普段温厚な琴音だが、紫苑を取られるかもしれないという焦りが彼女を鬼にした。
金城は慌てて訂正する。
「いや……まあ。庶民の味、を知っておくのも権力者の義務だな。うん、参加してやる」
琴音はあきれ顔で肩をすくめた。
「いいね。俺も要もそういった催しには参加していなかったからな。チームの親睦を深めるのには悪くないと思う」
「ええ、宙と同意見ですわ」
優雅に緑茶を飲みながら寿司を食べている人間に対し、行儀もマナーもあったものではないチンピラが食事にがっついている。
「鬼塚? お前は来るか?」
紫苑は茶を飲みながら鬼塚に語り掛ける。彼はいったん飯を食う手を止めて、うれしそうに笑った。
「この寿司美味しいぞ! で、兄貴なんか言った?」
「今度のパーティに参加するかって話」
指でグッドサインを出しながら、鬼塚は満面の笑みを浮かべる。
「もちろん! 栞はどうだ?」
「お邪魔でなければ……参加したいです」
「決まりだね」
紫苑は手を広げて大仰に立ち上がった。まるで大発見をした古代哲学者のように、静かに雄弁に、熱意をもって話し出す。
「これでチームSの完成だ! 人類領地を取り戻す小さくも偉大な一歩を我々は踏み出した」
「大仰だなぁ、ま。彼が言うなら夢物語ではないのかもね。ボクも最大限サポートするよ」
「なんか知らんけど兄貴がすげえってことは伝わった」
理解できている雪菜と理解できていない鬼塚は違った反応をする。
「てか、このチンピラ誰だよ。柄悪いな」
「なんだァ!? お前こそ目つき悪いな。兄貴よかましだけど」
金城のボヤキに鬼塚は牙を剝いた。
「鬼塚ァ!! 聞こえてんぞ! 僕も目つきは気にしてんの!」
(ああ、紫苑さんは可愛いなあ……)
琴音は暖かく微笑み、両の手を合わせていた。
■■■ 週末 雪菜の部屋
「流石にこの部屋でも8人は狭いな……」
調達から戻ってきた紫苑と金城は食材をキッチンの上に置いた。八人分のお好み焼きだ。その量は結構なものとなる。金城は携帯端末でどこかへ電話している。
人嫌いな彼女のことだ。参加してくれるだけでもありがたいと紫苑は感じていた。金城は今までの男装はもうしていない。カッターシャツに、スカートを履いて、ボブの前髪を髪飾りで留めている。
「あれ? 金城。お前なんかおしゃれじゃない?」
「は? 勘違いすんな。お前のためじゃないからな」
(……? なんで僕のためとかいう話になるんだ……)
「あらあら」
要と宙は後方保護者面で一年生のことを見つめている。
鬼塚は『姫』の指示のもと、お好み焼きの生地を混ぜている。
雪菜はすでに酒を開けている。これに関して紫苑は乾杯してからにしよう、と提案したのだが。
■■■
「紫苑さん。あんた。お好み焼き甘うみてまへんか?」
「あ、もう大阪モードなんやね」
「関東人が大阪弁マネするんちゃうで。……まま、ええわ」
「いいんだ」
すでにビールを二缶開けている雪菜は前回宜しく、キャラが変わっていた。何をもって、前回白雪に「キャラが被っている」などと言えたのだろうか、という気持ちを紫苑は心の中にしまい込んだ。
「お好み焼きは大阪人のソウルフード、妥協するわけにはいけへんねん。そやさかい前もって大坂モードになる必要があるんやで」
「じゃあ、前回のたこ焼きは妥協してたの?」
「あんさん。なーんにもわかってへんな」
雪菜は鼻で笑い。紫苑に向けてどや顔する。
「たこ焼いうたら、どこや?」
「……大阪じゃないの?」
「ほな、お好み焼きは?」
「大阪と広島が有名……」
「せやねん!」
ビールの缶を叩きつけ、大声を出す雪菜に紫苑は多少ビビる。
「とられかねへんねん、その粉物の絶対的地位が。そやさかい、うちはお好み焼きは妥協せえへんって言うてまんねん」
「わかったよ。でもべろべろにならないでね」
「当然やで」
■■■
「あー紫苑。もう来るぞ」
金城が紫苑に話しかける。なんのことかわからずに真意を確かめようとするも窓の外に落下傘付きの物資が落とされる。
「え? 何? なにこれ?」
「爆撃機から世界三大珍味をデリバリーした。どれも一級品だ」
「すごい、パワーワード。爆撃機デリバリー? 学園を通過させたの?」
「申請が面倒だったが俺自らやっといたんだよ」
■■■
かくして様々なトラブルがありながらも。全員が椅子やカーペットに座り、紫苑の音頭を待っている形となっている。金城と雪菜は珍味を入れるか入れないかで一悶着したが、琴音の「どっちもやりましょう」の一言で落ち着いた。
「もうすでに酒の入ってる人間が一名いるが、僕のほうから挨拶させてもらう。僕は国でさえあきらめた、理事長ですら手が出せない、失楽園すべてを取り戻す。そして大事なことだ。ちゃんと心して聞いてくれ」
「命が惜しい人間は、お好み焼きと酒を堪能した後僕の連絡先を消して、関わらないほうがいい。間違いなく犠牲者は出る。でも、それでも。抵抗を続けなければ人類は緩やかな死を迎える。生存圏を取り戻した英雄たちの努力も水泡に帰す」
「たとえ、自らが死んででも、人類のために進むことのできる人間だけ、残ってくれ」
紫苑の目は揺らがなかった。冗談や脅しで言っているわけではない。しかし。
「当たり前のことじゃねえかよ兄貴。バイク乗るの一つだって、いつも死と隣り合わせ何だぜ」
鬼塚が言葉を発する。
「俺は降りる人間のことを馬鹿にはしねえ。自分の命だもんな。だけど」
「俺は戦う」
口々に賛成の言葉が参加者から出てくる。紫苑は泣きそうになるが、眼頭に力を入れてこらえた。
「ありがとう。卒業後のプランももう立ててある。ギルドを新設するつもりだ。名前は───」
■■■
「フォアグラお好み焼きめっちゃ旨いやん! 伝統なんてクソやクソ」
「雪菜ちゃん、あなたお好み焼きに対する矜持はどこに行きましたの?」
全員で、酒を飲みながらお好み焼きを食べる。このうえなく幸せな光景だ。
だが、紫苑は、また全員がそろう可能性は低い、と感じている。
「琴音」
「はあい♪ どうしましたぁ?」
「明日、一緒に東京に遊びに行かないか」
「……」
「え?」
琴音の酔いは一瞬で冷めた。そしてその顔の紅潮がまるまる紫苑の耳に移っていた。
「いやか?」
「いえ。喜んで行かせていただきます」




