第41話 不穏分子
「おー、やっぱ学生には荷が重かったよな。ライト級といえど人類の最前線だ。逃げ帰ってきただけ上々……」
オーディンギルドの監視員はそこまで言って言葉をなくす。全員がダンジョンを出ると同時に、その門が閉まり始めたのだから。
「は?」
要が口を開く。
「踏破しました。契約の履行はつつがなく行われました。学園とオーディンギルドさんに連絡をしてもらってもよろしいですか?」
オーディンギルドの監視員だってくぐってきた修羅場は少なくない。だがそんな彼がチームを作って安全な攻略をするとなると難易度にもよるが、往復3時間はかかる。
(それを、学生が2時間足らずで……?)
ふと一人の男性に目を向ける。
『戦神』だった。
特に何の特徴はない、黒髪、黒瞳の吊り目の男性。
その彼が、戦の神に思えるほど、人外のように見えた。この経験をしたのは彼の人生でも三回。オーディンギルド長に出会った時と、管理局の皇さんと交渉した時。トレイター学園の理事長と契約した時。
どの三名も階級は大将。トレイターの最高峰で人類の到達点。
(その、傑物に並ぶというのか……?)
頭を振り、幻想だと振り払い再度紫苑を見るも、戦神はそこにいた。
■■■ 東京 新宿区 アルデバランホテル
都心の一等地に立つ都内55階建てのリゾートホテル。その最上階のレストランバーで二人の男女が話合っていた。間接照明は光量を極限まで絞り、相手の表情さえうかがえない。ガラス張りの展望フロアからは夜景が一望でき、一世一代のプロポーズにはぜひともここの店を利用したくなるほどだ。
権限により、男女の私兵と最低限のスタッフを除きこのフロアには部外者は誰一人、立ち入れないようになっている。
「出世したものだね。私をこんなレストランに誘えるようになるほどとは。もしかしてこれから私は口説かれてしまうのかね?」
「私がまだ若かったころから、お世話になっている恩人ですよ。そんな烏滸がましいことは……」
カクテルグラスを傾けながら理事長は皇を片目をつぶって見つめている。
「相も変わらず。冗談の通じない男だ。そんなんじゃモテないよ?」
「私は公私をきちんと分けたいだけです。理事長こそお酒飲んで大丈夫ですか?」
「たまの休みだ。少しぐらいいいだろう」
皇は肩を落とし前髪だけメッシュのような白髪の、鼠色の髪を掻き上げる。
「酔っぱらって、記憶飛ばさないでくださいよ。まあ、今回の食事会に関して心当たりはあるでしょう?」
「ああ、月見里紫苑君のことだね」
おもむろに頷き、アイスティーに口をつけ皇は言葉をつづける。その瞳には明らかに警戒が見て取れた。
「前々回のミドル級災害。今回のライト級の知能を持った敵。どちらも世界で初の出来事です」
「そしてそのどちらにも月見里紫苑というトレイターが関わっている。理事長は偶然だと結論付けますか?」
「そういう君はどうなんだね?」
質問に質問で返され多少ムッとするが、皇は冷静に答えた。
「今までも挟撃、奇襲程度の攻撃をする個体はありましたが、今回の映像を見る限り、大きく異なります。まるで統率の取れた軍隊だ。そして、もっとも不可思議な点」
理事長はナイフとフォークを巧みに使い、赤身のステーキ肉を鉄板で温めながら食べている。呆れるように眉尻を下げ、皇は話をつづける。
「月見里紫苑の存在を異形が知っていた。この一点に尽きます」
「……」
「……」
「で?」
沈黙の後に理事長が発した言葉は「それがどうした」と言わんばかりの返答だった。流石に皇も口調が荒くなる。
「今! この世界には異形、スナッチャー、そして月見里紫苑という三つの脅威があります。彼がこれ以上強くなる前に、殺すべきだと……」
理事長のフォークがぴたりと止まる。
「……殺す?」
理事長の瞳には殺意が込められていた。皇の部下である如月も加勢に入れるようにデッキホルダーに手をかけるが、理事長が発砲した拳銃弾によってケースが弾き飛ばされる。
「やめろっ! 如月!!」
「やめる? 皇君。君は今言った言葉を反芻することだ。噛み砕いて言おうか。君は、果敢に戦い、学園の窮地を何度も救った紫苑君のことを。一方的に悪だと決めつけ処理しようとしたんだ。私が如月君を悪だと断じて殺したところで文句は言われまいね」
皇は唇をかみしめる。未知は怖い。でも現状の戦力で失楽園級が取り戻せないのならば、もしかするとそのカギは紫苑が握っているのではないかと。
「己の軽率さを、恥じます。ただ要注意対象には入れておいてもらえると」
「もうしてあるよ」
今度は赤ワインを飲みながら、軽く答えた。彼女だって、紫苑を全面的に信用しているわけではない。彼が人類の敵ならば、持てる力全てを使って葬り去るつもりなのは皇と同意見だ。
「それでは、私はこのあたりで……」
「待ち給え」
席を立とうとした皇を理事長が制する。
「年なのかな、どうも旧友に合うと、昔話がしたくなる。あとこのステーキ美味しいぞ。食べていき給えよ」
「……わかりました。如月。明日の午前の予定はキャンセルだ」
■■■ 5年前 異形戦争 練馬駐屯地
サイレンが鳴っている。赤子の鳴き声が不快音なのは親が即座に異変に気付くためだという説があるが、よろしくJアラートは聞いているだけで不安になる異音を大音量で流し続ける。電話を手に取っている黒髪のセミロングの女性は赤渕眼鏡を押し上げながら、地図に印をつけていっている。
「准尉!! 国内は混乱しております!! 化け物が日本に同時多発的に出たと……」
准尉こと理事長は女性ながら尉官だ。部下の報告をふんぞり返って聞いているわけにもいかない。即座に関係各所と連絡し、連絡の取れない地域を未曽有の災害地として防衛省に報告する。
「北海道の化け物出現から20時間。鹿児島県でも桜島が噴火、炎をまとった化物が出てきているらしいです。私は悪夢でも見ているんじゃないでしょうか?」
「現実逃避をするな、一刻を争う。いま通信が取れないのはどこだ?」
「枚挙にいとまがありません、北海道、北陸、中部、近畿、四国、九州。県で分けたらもっとあります」
「米国に支援を頼んだが、無理だった。この突発的化け物出現は世界各国の規模で起こっているらしい。自家用ジェットで帰ってくる日本の最高戦力が到達するまでおおよそ10時間」
「それまで持ちこたえられれば、といったところですね」
理事長は首をゆっくり左右に振る。
「漫画じゃないんだ。いかに彼が最強でも、想定は対人戦。この混乱に乗じた火事場泥棒をひっ捕まえるために日本に帰国する」
部下は歯を鳴らしながら理事長に訊ねる。
「北海道の第二師団、日本でも空挺部隊やSについで精強な部隊が、敗走を余儀なくされたんですよ? 私はいったい何をしたら」
「機甲師団と航空機で電撃戦を行う。政府が下した決定は“北海道の放棄”だ。これ以上人類領土を化け物に侵攻される前に反撃しないといけない」
「我々は長野県軽井沢にできた大穴の先遣調査隊として派兵されることとなる。そこで人類の希望が見つからなければ、お終いだ」
重武装した自衛隊員たちは装甲車に揺られながら、化け物が闊歩する長野県まで進軍した。そこで初めてライト級ダンジョンを近代兵器のみで突破した。
■■■
──女性自衛官として、有事の際にはよく言えば、か弱い女性を戦わせられない、悪く言えば役立たずだという評価を受け、不服だったが、性差を埋められないのもまた聡明な彼女は気づいていた。
──まだ草創期だった頃のカードは今の何倍も何百倍も貴重だった。カード一枚持ち帰るのに1人の荷運び役を他全隊員が囮となって守るなどは茶飯事。カードも全員が回復カードを持っているわけでも無く、まさに切り札、であり。その運用方法次第で敗走か踏破かが決まるほど。この時点では主武器は小銃や爆弾。サポートとしてカードを添える形になっていた。
──彼女が最初に思ったのはカードが人命よりも優先されるという、異常事態だった。結論その一枚のカードで失った隊員の何倍もの数を救えるため、人命を蔑ろにしているわけではなかったのだが、それでも国民を守る自衛官が目の前の重傷者より一枚のカードを優先する違和感は拭えなかった。しかし、段々と冷めていく自分に戦慄していた。
──彼女は最古参組だったがそれでも先輩はいた。でも何人も何人も死んでいき、彼女の前を歩いていた人は屍となり、いつのまにか彼女が最前線を歩いていた。
──変な笑いさえ出た。死人を羨みさえした。だが、散った先人の残したバトンを放り投げる、などということは彼女には出来ず、戦略を練り、デッキを考え、近代兵器との相性も考え、持ち込む火器が拳銃だけになった頃には世界で初めてトレイターという概念。カードを使って戦うものとしてのパイオニアとなっていた。
──昇進して嬉しいとか、先輩が死んで悲しいとか。そんなことをいちいち考える暇さえ彼女には与えられなかった。考えなければ死ぬ。迷っても死ぬ。判断を間違えても死ぬ。そんな前線から教育の現場に抜擢された時。彼女は不謹慎ながら安堵した。
──こんな私に何が教えられるのだろうか。
■■■ 理事長室
「少しばかり検査させてもらってもいいかね?」
「何をですか?」
理事長に出されたコーヒーを飲みながら、紫苑は首をかしげる。後ろにはケーブダンジョン攻略チームが控えている。
「回りくどい言い方はよそうか。昨日管理局の皇君と話し合って君の処遇を決める話し合いをしたんだがね」
「管理局の意見として、不穏分子は殺すべきだという結論に至ったそうだよ、副局長の氏家さんだけは反対していたがね」
「そ、そんなッ!」
後ろから琴音が叫ぶが理事長は片目をつむり、指を口の前で立てる。「まだ話は終わっていない」ということだろう。
「この学園には異形のサンプル……、血液などの体液や、骨や皮がある。それを紫苑君のそれと照合する。管理局が想定している最悪のパターンが、『君自身がとてつもない高い知能を持った異形』であることだ」
「構いません。それで疑いが晴れるならば」
紫苑は父も母もいた。思い出だって沢山あったし、地獄のような経験もしてきた。そして今トレイターとなり領地奪還を目指している。そこに一切の疑義はない。
「あと、万一。一致点が見つかったとしても、私は君を異形として歓迎するよ。むしろ友好的な異形なんて今後の行き詰まった世界を打破するカギになる」
「嬉しいですね、そこまで私のことを買ってくれるならば。ますます恩返ししたくなります」
そこであわただしい音を立てながらノックもせずに理事長室のドアを開けるチンピラが一名。眉毛には剃り込みが入っており、ワックスでがちがちに固めた金髪は漫画の第二形態を彷彿とさせる。
「兄貴! 兄貴が殺されるって本当か? ふざけんなよ、いくら理事長だからって……」
紫苑はため息をつきながら鬼塚を諭す。よくよく見ると後ろにはおさげの女の子、白雪栞の姿も見える。
「鬼塚ぁ……早とちりはほどほどにな」




