第40話 ケーブダンジョン③
その瞬間が訪れるのはあまりにも唐突だった。
動体視力はすでに『鷹の目』を使用した山本をゆうに超え、移動スピードは『狩人の健脚』を使用した長谷川をやすやすと超える。
ただ、実戦経験が足りなかった。
未だ紫苑のダンジョン踏破数はミドル級1回。インスタントダンジョンを100回弱。1回生としては破格の戦歴だが、死地に赴く心構えがなっていなかった。
視線は常に射手を見ていて足元を見ていない。ゴブリンたちが意図していない光晶石の欠片を踏んでしまった。
光晶石は電気を使わずとも発光する未知の物質。それは割れた際に強烈な光を発する。端的に言うと運悪くスタングレネードの地雷を踏んでしまったことになる。
「しま……ッ!!」
紫苑はその“目”に全幅の信頼を置いていた。その視力が唐突に奪われる。時間にして再び戦場の様子を見られるのが3、4秒後。
絶望的に長いその時間、紫苑は思考を放棄しなかった。
(上に跳ぶべきだ。僕の体力は残り1。動けるのはカードのおかげ。かすり傷でも貰えばあの世行きだ。この千載一遇の好機、オーガチーフ側は金城ではなく、僕を殺そうとするはずだ。間違いなく攻撃が来る)
紫苑は周りが見えない状況で上に大きく跳躍した。
「だめ、だ……! し、紫苑! それ、読まれている」
金城は麻痺した声帯で言葉を絞り出すが、群雄割拠のアンデッド軍団とウルトラレアカードを使用するゴブリン軍団の戦闘音でかき消される。
オーガチーフは軽車両ほどの大きさのチャクラムを腰から取り外して、紫苑の跳躍に合わせて投げていた。風の切る音が轟き、紫苑も攻撃が来ていることを察した。
今この戦場で戦える人間は紫苑しかいない──
すでに勝利したと口角を吊り上げるオーガチーフだったが、そのチャクラムは軌道がそれ、壁に突き刺さる。
──否、彼のことを慕う人間ならばこのダンジョンにまだ複数いる。
「マエストロが間に合いましたね……」
琴音の切り札『旋律のマエストロ』が『防衛の旋律』を紫苑に、『攻撃の旋律』をオーガチーフに、『俊足の旋律』を琴音に使用した。
オーガチーフは真空刃で体の全面が切り裂かれ、後ろに倒れ込む。味方のゴブリンやオークを踏み潰す。
「間に合った、みたいですね」
琴音は金城に駆け寄り彼女を保護する。しかし、当然新たな脅威などオーガチーフは許容できない。即座に『王の側近』が地を蹴り距離を詰める。そこを喰ったのは『岩遊魚』だった。
「え? 同士、討ち?」
「いえ、あの『岩遊魚』は要さんのものです」
「てか、なんで、情報を知って……」
琴音は金城に紙のメモを見せる。と同時に後ろにいるゴブリンゾンビに目を移す。
「まさか、あいつ。戦いながら、状況をメモしていたのか? ゴブリンゾンビに伝令を頼み?」
琴音は『旋律の剃刀』で飛び掛かってくるゴブリン2体の頭を飛ばしながら首を左右に振る。
「もっとすさまじいですよ。紫苑さんは、ダンジョンで起こりそうなことを最初からメモしていました。さすがに異形がカードを使うことまでは予測できませんでしたがこの3枚を合わせると……」
『金城が足を引っ張った』
『ダンジョン難易度以上の敵あり』
『カードに注意』
「推測が立てられます。通信不可なダンジョン内で、伝令を用意することは伝えてましたけど金城さん聞いてました?」
「ごめんなさい。次からちゃんと聞きます……」
「ええ、次に繋ぎましょう」
琴音はにっこり微笑み、すでに回復呪文を紫苑に使用して形勢を逆転させていた。
敵は徐々に押され、集落中央に寄っていた。
そこを吹き飛ばす、金属の暴風。
「『トールマン』軽快にやっちゃおう。次はミサイルだ!」
弾幕が吹き荒れ、爆発が起こり、あらかたゴブリンが死体になったところで、紫苑は『死霊術』を使用する。オーガチーフを除き戦力は壊滅。とうとう本丸が丸裸にされた。
そこに入ってくるのは巨大ロボを引き連れた雪菜だった。トテトテと歩いてきて横には要の姿もある。
「決したな」
紫苑は『冥王の剣』を振り、ゴブリンたちの血で赤く染まった刀身を振り払う。
オーガチーフは数瞬停止した後。大斧を地面に突き刺した。その後、8mほどの巨体が膝をつき。頭を下げる。
「異形も命乞いをするのか、というより……」
というよりまるで王に謁見する騎士のようだ、と紫苑は感じていた。
「まあどちらにせよ殺……」
「スタァ、ゲイザー……」
5人の人間が同時に驚愕する。その重低音な声を発したのがオーガチーフだったからだ。人間の言葉を喋る異形は、少なくとも紫苑の知る情報にはない。
「な、喋った!?」
「シオンサマ……。ワレワレ、コオニゾク、ノ。カンパイデス」
「……なんで様付けなんだ? 僕に」
「ゴゾンジ、ナイノデスカ……? アナタハ、ワレワレノ、■■■デハアリマセンカ」
一部音声が機械のような雑音にさえぎられる。
「なんだ、なんだっていうんだお前は……」
「ドミネーター、タル、ワレワレノヤクワリハ……」
そこでオーガチーフは言葉を止める。
すっと立ち上がり、床にさしてあった大斧を手に持つ。紫苑たちは臨戦態勢に入り、カードを構えるが、そこでオーガチーフは奇妙な行動に出る。
両腕で大斧を上空に放り投げる。紫苑たちが唖然としている中、大斧は回転しながら自由落下をはじめ、下に落ちてくる。
満足げに笑い、オーガチーフは頭を前に出した。
見事に頭に斧が刺さり、コアが割れる音が響く。
巨躯は前のめりに倒れ、鈍重な音とともに地面に倒れ伏す。あとに残ったのは静寂だけだった。
「なん、なんだ。ドミネーターが人語を介する? しかも自殺した?」
「しかも紫苑さんのことを知っていた、ように捉えられます。あの、その……」
琴音は震えている。同様に要も雪菜も一歩引いているように紫苑は感じた。
「し、紫苑さんは私たちの味方ですよね……?」
(……。また、これか)
北海道を異形に蹂躙されてから、紫苑には友人がいなかった。人間関係を構成するすべてのものが打算と信用。金の切れ目は縁の切れ目。猜疑はそのまま排他につながる。ここでも、同じか。
異形に関わっているかもしれない不穏分子ならば、人は去っていく。仕方のないことだ。仕方のない。
(ようやく、手に入った友人だと、思ったのにな)
「馬鹿野郎ぉォ!!」
声を張り上げたのは金城だった。肉体的には回復しているがしばらく麻痺していたせいで体がついていかずに要に肩を貸してもらっている。
「琴音。お前火傷したことあるか? 火に炙られて」
琴音は泣きそうな瞳で金城のほうに視線を移す。その顔はあまりに悲壮なもので、二の句を告げなくなりそうだったが、傍若無人なふるまいは彼女の専売特許だ。
「俺は小さいころ、親父に飯作ってやろうとしてよ。使用人にムリ言って料理したことがあるんだ」
「何を言っているんです、か?」
「そのときあっつい鍋掴んじまってさ。大やけど。皮膚の皮はめくれて、今でも鍋見るだけでフラッシュバックする程、痛かった」
「……」
金城の言葉には熱がこもっている。要も彼女のこんな様子は見たことがないらしく、目を白黒させていた。
「それで、俺は。調子に乗っていた。あとで改めて謝罪するから、今は棚に上げさせてくれ。ブリーフィングもまともに聞かずに、挙句ダンジョンでは単独先行。死んでも自業自得だろ」
金城は要から手を放し身振り手振りで、熱弁する。
「それを、あいつは。大やけどを負いながら助けてくれた。俺の奪われた『劫火』だって、自身を盾にして守ってくれたんだ」
彼女は目じりに涙を湛えて居る。いままで父の七光りでしか自分を見てくれなかった人間ばかりの中で、自己犠牲を厭わず救ってくれたのだ。
「普通なら何十億とする俺のデッキ。死ぬのを待って安全に回収すれば。危険に身をさらすこともなければ、資産も増える。あいつはこの選択を取らなかったんだ」
「お前も紫苑に救われたクチだと知っている。それがこの程度で揺らぐのか?」
金城の叫びは慟哭に近かった。それでも彼女の言葉は、親の威光を借りていた時のものとは打って変って、全員の心に響いた。
「紫苑さん」
「……ん」
「申し訳ありませんでした」
「謝る必要は、ないぞ。人は本能的に闇を恐れるだろう。人間は情報の大部分を視覚が占める。だから見えない、知ることができない。すなわち未知への恐怖が最も怖いんだ。そして正直僕も怖い」
紫苑もいまだ答えを出しかねている様相だった。異形と全く無関係かといわれると、大手を振って頷くことができないのだ。
彼は原初の迷宮『デッドタウンダンジョン』の数少ない生き残りだ。
そして、偶然にも彼の潜るダンジョンにはイレギュラーが多発する。
更にオーガチーフが残した紫苑へのメッセージ。
「スターゲイザー……。か。紫苑くん。心当たりはあるかな? 直訳すると星を見るもの。意訳して『観測者』だが」
雪菜も口を開いた。そこに合わせるように要も言葉をつづける。
「ここまでが異形の術中なのかもしれませんわね。トレイターたちの連携や信頼を自身の命ひとつと引き換えに引き裂いた、と考えれば合理的ですわ」
顎に手を当て考えていた紫苑は重苦しく口を開いた。
「観測者には心当たりがない。しいて言うならばどんな人間でも、観測者足りうるだろう。地球人類すべての意識は統合できない。ゆえに個々は独立したスターゲイザーだ」
「そして要さん。僕をかばってくれるのはとても嬉しい。ただ、何故僕を。月見里紫苑を知っていたかについては説明ができない」
紫苑は両掌で自分の頬を叩き、気分を入れ替える。
「ここでする話ではない。いったん持ち帰ろう。理事長、および管理局には記録したこのデータを渡さなくてはいけないから。僕がどうするか。どうなるか、はそれからだ」
紫苑は金城の奪われたデッキを拾い集め彼女に渡す。
「ありがとう。かばってくれて」
「そんな、まっすぐ。お礼を言うな!」
金城の目を見てお礼を言うが、彼女は目をそらして、顔を紅潮させる。いまだ彼女のことを男性だと思っている紫苑は首を捻っていた。
「あー、ドロップ品しょぼいなぁ」
「雪菜ちゃん。ここはライト級ですわよ」
「コスパわるー」
「帰りますわよ、私たちの学園へ」
チーム長たる要の号令の下、彼女たちは帰路についた。誰一人として納得できているものはいない。だが、紫苑は信頼に値する人物だと、4人全員その考えで一致した。




