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第4話 特待生入学

 まとめた荷物はバスの貨物室に乗せられ、小一時間。東京から長野県、軽井沢町にあるトレイター学園まで紫苑はバスに揺られて窓の外を見る。東京から離れるにつれ、緑も多くなり、コンクリートジャングルに飽き飽きしていた紫苑は窓の外を流れる風景に心を癒されていた。


(北海道、を思い出すな……)


 バスはほぼ貸し切り状態で、先ほど紫苑を襲撃したトレイター学園の講師、山本と名乗った彼は理事長に電話で64枚のカードを護りきる試験を突破したことを伝えていた。


「ええ、はい。理事長。その……私が壊した窓ガラスの弁償なんですが……。はい……はい。ありがとうございます」


 どうやら学園の経費で落ちる事を伝えられたのだろう。胸を撫で下ろす山本は紫苑に話しかけてくる。


「荷物をまとめてもらったところすまないが。吾輩の奇襲は一次試験。二次試験は残っている」


 予想外の展開に紫苑は異議を唱える。


「ええ!? もうアパート引き払っちゃったですし、バイトもやめちゃいました。ここで不合格と言われたら目も当てられませんよ!」

「いや、多分大丈夫だと思う。もし落ちたら、……まあ、頑張ってくれとしか言えない」

「そんな、無責任な……」


 山本とそんな会話を繰り返していると、トンネルに入る。非常に長いトンネルでオレンジ色のナトリウムランプが一定間隔でつけられている。十数分の変わらない景色。その光景に若干の飽きを感じたところで、バスはトンネルを抜ける。


 紫苑は息をのんだ。眼下に広がるのは、長野県、軽井沢町。防衛大付属トレイター学園。その規模に目を丸くした。


 言うならば学園都市。


 学園都市の中央には時代を感じさせる時計塔が(そび)え、その周りには四角く、清潔感のある建物が並んでいる。


 右手には大きな川を遮った巨大なダムが見える。恐らく水力発電所と思われる施設もある。その反対側の平原に立つ風車と合わせて自然エネルギーによる発電でこの学園の電力を自給自足しているのだろう。


 都市区画には病院や警察署が建てられており、それより少し郊外へ目を向けると空港。緑豊かな自然公園まで見える。


 四方は山に囲まれ、空路を用いるかあの長いトンネルを抜けないと侵入できない、天然の城塞だ。日本唯一のトレイター育成機関。


 一個の都市として確立したアーコロジーだ。異形の侵攻も、スナッチャーの侵入も頑として阻止する理事長の確固たる意志が見える。


 まだ山沿いの道路を走っているため、はっきりとは確認できないが遠目から見ても沢山の人間の生活が見えた。


 だが取り分け目を引いたのは、刑務所のように学園を取り囲む背の高い鉄柵だ。


「気になるかね?」


 そんな紫苑の心情を見透かすかのように山本は声をかけてくる。小さく頷き山本に顔を向けると嬉しそうに彼は説明を始める。


「『カード』が貴重な物、というのは紫苑君も分かっていると思う。あの柵も山々も侵入者から学園が大量に保有している『カード』を護る為の防衛線と言ったところだな」


 疑問に思った。先日戦ったスナッチャーは『爆炎術式』を保有していた。鉄柵程度足止めにすらならないのではないだろうか。その疑問を率直に聞いてみることにした。


「ああ……。定期的にエンチャント(付与)カードで全ての柵は強化されている。『爆炎術式』だけじゃあ突破は出来ないよ。……それと」


 頭を掻き、言い渋るように口を開いて、また閉じてを繰り返す山本だったが、真剣な紫苑の視線に観念したのか、語りだす。


「外からの侵入者を拒むだけでなく、中からの逃走を防ぐ目的もある。カードだけ借り受けてそのまま持ち逃げをするという事件が過去に起こったそうだよ。未遂に終わったらしいが。入学金もそういった輩の足切りをするためのものだ」


 得心がいった。外からの侵入も中からの逃走も阻むためのものなのだ。実に合理的な設計をしている。


 バスは正門に到着し、警備員に対して、山本は身分証を見せると彼らの敬礼と共に荘厳な門が開かれる。


 そこからもしばらく走り、時計塔直下の総合会館に到着し、山本の「降りてくれ」という言葉に促され、紫苑は降車する。


 時計塔はこの学園のシンボルでもあるようで、待ち合わせ場所に使っている学生も多くいた。その群衆の中でピンク色のアホ毛と細く白い手指が動いている。


 その特徴のおかげで、小柄で人ごみに埋もれてしまう彼女は早々に発見できた。


「紫苑さん! 試験突破おめでとうございます! 私としても山本先生が奇襲するっていう情報は伝えたかったんですけれど、それは違反になってしまうので、できませんでした」


「え? まだ一次試験しか突破していないって山本さんが……」


 琴音は頭を押さえながら、山本に対して呆れた瞳を向ける。


「山本先生……。新人いじめはほどほどにしてくださいよ」


「はは。その方が、緊張感が出るだろう」


 紫苑は二人の会話についていけなかった。この二人は何を言っているのだろうかと頭を回す。それに気づいた琴音が見るに見かねて声をかけてくる。


「山本先生が何を言ったのか大体想像できます。まだ試験が残っているとでも脅されたのでしょう。転校の手続きも済ましていて、荷物も運んでもらったのに、ここで反故にしていたら学園が信頼を失います」

「でも試験があるのは嘘ではないだろう? 琴音君」


 彼女は口をへの字に曲げて山本を見る。


「ものは言いようですけどね。一応理事長との面接は残っています。余程のことが無い限り大丈夫ですが山本先生の言う通り、油断はできません。お疲れのところ申し訳ないですが、今から理事長室に行きましょうか。この総合会館の最上階です」


「わかった、何から何までありがとう。琴音さん」

「琴音って呼び捨てでいいですよ。それに寧ろ感謝するのは私の方です」

「じゃあ吾輩は研究室に戻るよ。後はよろしく頼む」


 琴音は適当に返事をしたのち、紫苑をエレベーターに乗せ最上階のボタンを押す。そこから一分ほど歩くと豪奢なプレートが掲げられている理事長室があった。彼女がノックをすると女性の声が聞こえてくる。


「理事長、(やま)見里(なし)紫苑(しおん)さんをお連れしました」

「ご苦労、入ってくれ給え」


 琴音は紫苑に目配せし、廊下に設置されてあるベンチに腰掛けた。紫苑はスーツのネクタイを締め直し、「失礼します」と声をかけたのち、部屋に入っていく。


□□□ 理事長室


 部屋に入って、最初に思った事は、理事長があまりにも若い身なりをしているという事に驚愕した。20代後半位の若々しさ。ロングの黒髪と、赤いふちの眼鏡。豊満な胸部にすらっとした体形。琴音もそれなりに大きい胸だったが、理事長は琴音に勝るとも劣らない容姿の持ち主だった。


 紫苑の視線が胸部に集中しているのは、彼自身まったくもって無意識だった。


「ふふ、君も男の子だな」


 そういわれて理事長のバストを注視していた自分が恥ずかしくなり、反射的に謝ってしまう。しかし理事長は笑って、着席を促した。


「紫苑君。噂に聞く新進気鋭のトレイターというのは君だね?」


「いえ、私は今のところフリーター……も辞めたんですけど」


「知っているとも。そしてただのフリーターがウチの琴音くんでも手も足も出なかった『スカルローバー』を倒すとはね」


「スカル……? なんですかそれは?」


 紫苑は首を傾げる。恐らくスナッチャーの事を言っているという事は分かったが、聞いたことのない単語だった。


「あぁ、済まない。言葉が足りなかった。東京で1番大きいカード狩り組織。スナッチャーの集まりだ。どうやって倒したのか聞かせてもらえないだろうか」


 デスクの上で両手を組み合わせ、興味津々といった様子で、紫苑の顔を覗き込む。紫苑は深呼吸したのち、理事長の目を見て話し始める。


「まず、敵が誰を狙うのかを考えました。交戦している琴音さんは確実に殺すとして、まず逃げられたら増援を呼ばれる私を狙うと考えました」


「あえて逃げようとすることで僕を狙わせ、『純銀の盾』で自分の体力を1まで減らしました。正直痛かったですがそれで戦闘不能になることは無いと確信していました」


「ほう、それは何故?」


「もし戦闘不能になるなら、『純銀の盾』を発動させたとしても敗北が変わらない。そんな無意味なカードをトレイターは採用しないでしょう」


「良い読みだ、続けてくれ」


「続いて『均等』で周囲の人間の体力を確定死亡圏内まで持っていき、『卵喰らいの蛇』で無差別に襲わせればそちらに注意が向きますが、ここで一つ問題点が」


「そうだな。君と琴音君も体力は最低。誰が死ぬかのロシアンルーレットだ」


「そこで回復があったのは僥倖でした。私と琴音さんの2人を回復して蛇から対象を外させました」


「でも、スナッチャーも回復を持っていたらどうするつもりだったんだ?」


「そこは八割方ありえないと思いました」


 理事長の目の奥が光る。


「その心は?」


「一つは既に死亡していたスナッチャーのカード群が対人に特化したものだった事。それでピンときました。殺してカードを奪うならば長期戦は想定していない。いたとしても最高1人だろうと」


「そうか、それで使いにくいが、スタッツの高い蛇で退けた、と」


「はい、リーダー格は取り逃がしましたが。限定条件付きのメタカード(特定のカード・デッキに対して対抗手段になるカードの事)なんて価値はないと思っていましたが……。運が味方をしてくれました」


「素晴らしい、実に素晴らしいよ。それを極限状態。カードも有り合わせのもので突破したとなれば、素質は問題なくある」


 デスクの上で、理事長は紙の資料をめくる。しばし目を通した後、紫苑に視線を戻す。


「ではもう一つ質問だ。本当に君、初めてカードに触ったのか?」


「はい、カードを買うような金はありませんでした。政府が発行している証明書を持参してきましたので北海道難民なのはわかるはずです」


 理事長はうんうんと頷いている。


「だから、住民票も戸籍もありません。ペラ紙一枚のこれしか無いです」


 彼女は目を細めて、心底嬉しそうな顔をする


「面接は終了だ。今日から君を特待生として歓迎する」


 あまりにもあっけない合格発表に拍子抜けした紫苑は本当に大丈夫なのかと逆に心配になってしまった。


「琴音さんから聞いていましたが、筆記も実技もないのですね」

「実戦に勝るものはないさ。それにこの学園は単位を一つでも落とせば退学だ。特待生特権でもそれに例外は認められない。励んでくれ給え」


「ありがとうございます」

「まあ、こう見えて理事長という立場も忙しいものでね。学内の施設やルールに関することは琴音君に教えてもらってくれ。あとその64枚のカードは進呈しよう。それが“ルール”だからね」


 再度お礼を言い、紫苑は「失礼しました」と言い残し理事長室を出ていく。


■■■


 理事長は誰もいなくなった部屋で、オーディンギルドと警視庁管理局から送られてきた報告書に目を通している。


「身辺調査でも怪しいところは無し。申告通り北海道の地獄を見てきた青年だ。……彼は伸びそうだな。今後に大きく期待をしようじゃないか」


 パラパラと書類をめくり、今回の襲撃事件の概要を読み進めていく。


「琴音君は子供を人質に取られて、圧倒的に不利な状況に追い込まれる。そして学生3名で交戦。被害人数は2人。子供を含めれば3人だが……」


 理事長は頬杖をつきながら一言。


「甘い、な」


 不愉快気に顔を歪め、吐き捨てるように彼女は言葉をこぼした。


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