第38話 ケーブダンジョン①
独壇場だった。
たった一人の前衛によって、他のトレイターがまるでおまけかと思うほどに一方的な殺戮が繰り広げられていた。
肥大化し、体高が5メートルほどになっているゴブリンのこん棒が、もともと仲間だったゴブリンを叩き潰す。たった一撃で数体のゴブリンが潰され絶命する。
「死霊術」
紫苑はネロから奪還したカードを使用する。そうすれば、ゴブリンの死体は起き上がり、ゴブリンゾンビとしてアンデット系統の異形になる。
10分間の命しかないそのゴブリンゾンビは紫苑の指揮下に入る。それに、続けざまに紫苑はカードを発動。
「怪物化」
アンデッド系統の異形を強化するその呪文で、ゴブリンゾンビは一騎当千の尖兵と化した。さらに悪辣なのが、紫苑の後衛に控えている一体の異形。『ナイトメアリッチ』この異形の効果により、アンデッド系統の異形は不死を得る。
ここまでは司教『ネロ』に倣った戦法だ。だが、紫苑はその上を行っていた。もともと自壊デッキを使用していた彼は、10分で死んでしまうその特性をこの上なく有効に利用していた。
『ナイトメアリッチ』の権能によって死んでも蘇ることにより紫苑が指揮するアンデッド軍団は自壊の数を増やすリソースのエンジンとして組み込まれていた。
死ぬたびにバフを乗せる『供物の仔山羊』、さらにあの後、『姫』こと白雪栞に貸してもらっていた『マナ・ゴーレム』はインスタントダンジョンで出土したため紫苑のデッキにも正式採用してある。それの破壊時のコスト減少効果。それと『イビルイーター』によって自分だけでなく、周りのトレイターのクールダウンの問題さえ解決していた。
今回の紫苑はデッキに『爆炎術式』を入れてきていない。だが、先述のコンボにより、後衛の琴音と要は爆炎術式を出し惜しむことなく連発できる。
そうして殺した異形は、『死霊術』によってふたたび戦力となっていく。数で攻めるゴブリンやオークにこの包囲網を突破することは不可能だ。
雪菜は、索敵能力を持つ機械系統の異形により撃ち漏らしを狙撃していく。
「バグだろ……これ」
雪菜はあまりに一方的なダンジョン攻略に呆れと驚嘆の混じった息を吐く。
あまりに完成された構築。あまつさえ、紫苑はゴブリンゾンビとオークゾンビに指示を出し、自分とナイトメアリッチを護衛させているため、手すきになる。その間『冥王の剣』で仔山羊の首を切り落とし続け、身体能力の向上と、剣の強化さえこなしている。
本来薄暗いケーブダンジョンは爆炎術式の連発により、まるで花火大会のように視界が明滅していた。轟音と肉の焼ける匂いが、漂っている。
その快進撃を止められるものなどただの一人もおらず、まだ攻略開始から30分ほどだが、深層までたどり着いていた。
しかし、そこで3つの分かれ道が出現する。
「どれが支配者への道だ?」
「ちょっと待ってください!」
声を上げたのは琴音だった。いまだ数十体のゴブリンゾンビを引き連れ、何度も炸裂する爆炎術式の閃光により気づくのに遅れた。
「金城さんは?」
そういわれて、4人はあたりを見回すが、彼の姿はどこにもない。
「まさか……爆発に巻き込まれて……」
「いや……違う」
紫苑は端的に返す。
「僕は死霊術を一定間隔で使用していた。だからもし死んでいたならば、この中にいるはずだ」
紫苑は顎をしゃくり、不死の軍勢を指す。
当然その中には金城の姿はない。
「となると、まさか……」
要は、顔面を蒼白させた。
「先走ったな、栄誉という餌につられて」
紫苑の言葉に雪菜は理解に苦しむように唸るが、要は気が気でなかった。
「確かに、彼のことは個人的に嫌いですわ。でもそれが死んでもいい理由にはなりません」
「同感です」
紫苑は冷静に、要に訊ねた。
「リーダー。どうします?」
「3チームに分かれます。紫苑さんとあたくしは単騎。琴音さんと雪菜ちゃんは二人で。3つの分かれ道を攻略します」
「不安だから、護衛に何体かのゴブリンゾンビを随伴させる。時間がない。急ごう」
4人と多数のゴブリンゾンビは3つの分かれ道をそれぞれ進んでいった。
□□□
「なんだよ。ふざけんな。あんなのインチキだろ……」
単独で道を進む金城は愚痴を漏らしながら三又の道の一つを進んでいた。彼のカードは全てウルトラレア。道中のゴブリンやオーク程度に敗北することはなかった。
「おいしいところを全部持っていきやがって、空気読めってんだ」
金城にとってこのダンジョン攻略は初陣である。そこを自分以外の誰かにおんぶにだっこでは父に合わせる顔がない。
「どいつもこいつも、馬鹿の一つ覚えみてえに擦り寄ってきやがって」
愚痴を漏らしながら狭い通路を抜けると大きな広間に出た。中央には篝火、壁にはたいまつが幾本も掲げられており、洞窟内にできた集落を思わせる。入り口にはわらが積んであり生活感が漂っていた。
家々も粗末なもので、せいぜいテントのようなものしかなく、こん棒やショテルを持ったゴブリンやオークが徘徊している。
そのどれも金城が支配者の間にたどり着いた事を察する個体はいないようだ。
(知能の低い小鬼どもが、まあいい。これで単独支配者撃破の称号は俺のもんだ)
入口の反対側には木で作られた祭壇があった。その頂点に座っているのは体高8mほどの巨大なオーガチーフ。
別名「初心者殺し」
幾人もの駆け出しトレイターを葬ってきたライト級ダンジョンのボス。赤い肌に、布切れでこしらえられた腰布。屈強な体格にして、頭には他のオーガの頭骨で作られた被り物をしている。
玉座にて頬杖を突きながら、虚空を見つめている。
(呑気にくつろいじまって。一発撃ってお終いよ)
外周を回る形で、祭壇に近づいていく金城。ようやく射程圏内にまで近づいたと思った瞬間。そこでオーガチーフは玉座から立ち上がり、大きく息を吸い込んだ。
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォオ゛オ!!!!」
鼓膜が破れるほどの大音量で集落全体に響き渡る号令を出した。
刹那、テントのような居住区画の布が剥がされ、中には弓を構えたゴブリンやオークが準備していた。
そいつらは入口めがけて火矢を放つ。わらに燃え移り入口は炎上、しばらくは人の出入りができない状態になった。
(オーガに、こんな知能が? 逃がさないつもりか。やはり馬鹿だ。逃げられないのはお前のほうだ)
『劫火』
■『劫火』 呪文 コスト10 ウルトラレア
●前方向に超高威力の炎属性の爆炎を放出する。
●指向性を持たせることが可能
炎属性呪文で一般的な『爆炎術式』を上回る火力を持つ最高クラスの攻撃呪文。それを槍のような形状にし、オーガチーフめがけて放つ。
しかし腹の出た小鬼が数十体、その射線に入る。
(馬鹿が、雑魚が何匹集まったところで“貫通力”に特化させた俺の『劫火』は……)
最初に直撃した小鬼が破裂する。急激な高温にさらされると生物は体の水分が一気に気化し水蒸気爆発を起こす。
しかしただの爆発ではなかった。破裂したゴブリンからは粉塵が舞う。
「す、砂……?」
一瞬にして十数体のゴブリンが破裂しそのどの体からも大量の砂が出る。それらは膨大な量の水を含んだ消化砂となり、ウルトラレア級の攻撃呪文をかき消した。
「うそ、だろ? 水蒸気爆発の上に消火砂の生成知識まで……?」
(一体一体が死を恐れていない。群として支配者を守る盾になる。しかもトレイターが主に火炎呪文を使うことまで想定済み……)
「矛盾しているッ……」
知能が高ければ死を恐れる、逆に低ければこんな対応策は講じられない。相反する強みをこのゴブリンたちは持っている。
しかし、こんなのはまだ一枚目。金城のカードはまだ7枚ある。
ノールックで次のカードに手をかけるが、それは空を切る。
「な、い……?」
後ろを見るとデッキケースをショテルでベルトから切り離し、逃げていくゴブリンが見えた。
「トレイターの弱点……まで……」
デッキの強奪。これで金城に残ったのは10分後に再度使用できる『劫火』だけ。
(ま、まずい。取り返さなくては……)
全てオーガチーフの予定調和だった。テントにいるゴブリンの弓兵は金城に狙いを定めていた。今度は火矢ではなく麻痺毒。
雨のような弾幕を全て避けきることはできずに、金城は横たわる。
(10分も持つわけがない……。やばい、やばい、やばい!!)
麻痺のせいで芋虫のような速度での匍匐しかできずに、金城は涙を流して掠れた声で助けを求める。
「ァが……。……。誰、か助けて……」
■■■
「お前は自慢の息子だ、凛。金城家は常に勝者でなくてはならない」
口酸っぱくいうのは金城財閥代表取締役社長である、父の言葉だった。褒められるのは何時も弟の凛。金城本家の一人息子。
「平時よりも有事のほうが我々は大きく躍進できる。不謹慎だと責められる謂れは私にはない。日本を陰から支えてきたのは他でもない、『金城』なのだから」
だから、王俄はいないものとして扱われるディナータイムが苦手だった。父のコンプレックスの裏返しなのだろうか、酒が入ると武勇伝ばかり話し始め、帝王学を聞かされるも、凛は愛想よく聞いていた。
「トマホーク巡航ミサイル。攻撃ヘリ、アパッチロングボウ。10式戦車。米国からの輸入も自国での生産も『金城』抜きには国防という概念そのものが成り立たない」
「流石です、お父様!」
そして、おべっかばかり上手くなっていく凛も。それに特に気の利いた返しもできずに、腐っている自分も。とことん腹の底から嫌いだった。
「金城さんだからなぁ」
「金城さんだもんな」
「金城さんだったら」
どいつもこいつも家柄しか見ていない。すり寄ってくるのは頭の悪い女と、頭の悪い男。
親父、親父、親父、親父! それだけだ近寄ってくる奴は全員。
□□□
「トレイターになる? ああ、いいぞ。頑張ってくれ」
父には特に反対も賛成もされなかった。金とカードだけを十分与えて、無関心な親。俺じゃなくて凛だったら。きっと反対されたのかな、と思う自分でさえ、もっと嫌になる。
学園に入って、最初に興味を持ったのは四月一日要という女子だった。本物だからすぐに分かったが、どうして金持ちのふりなんかをしているのだろう、と思った。そんなことをしたらもっと生きづらいだろう。もっと息苦しいだろう。寄ってくるのもハイエナばっかりだ。
■■■
すでに玉座から立ち上がったオーガチーフは金城のところまで来ていた。鈍重な斧を振り上げ、そして振り下ろす。
「誰か、誰か、だれかぁ……俺を、わ、私を見てくれッ!!」
斧が叩きつけられ、粉塵が舞う。
「だったら最初からそう言え」
そこに立つのは黒髪黒瞳の吊り目の男性。その男性にお姫様抱っこされているのに気が付いた。
「!?……。おま、どこ触って……!」
紫苑の左手は、とっさに金城のことを助け出した際に鷲掴みにしたため金城の胸部を握りしめていた。
「何言ってるんだ? それより状況を」
そこで金城は気づく。彼は単独で、護衛なしで、この大広間まで突っ切ってきたのだと。炎に炙られ、腕が焦げている。
あれだけ和を乱し、現在進行形で迷惑をかけ続けている彼女を救うためだけに。
「どうして、助けに……」
紫苑は視線をオーガチーフから外さないよう、金城を抱えながら、毒矢を回避している。
「御曹司助けたら得になるだろ」
金城の心臓に落雷が落ちた。紫苑の顔は敵を見ていて見えないが、彼女が生まれてきて初めていわれた言葉だった。
(本当にそう思っている人間はそんなこと言わないだろ)
「お前は帰ったら要さんに謝れ、お前の品が落ちる。それより状況だ」
「はい……」
彼女がその落雷の名前を知るのはもっと後のこととなる。
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