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第37話 ダンジョン攻略委員

 紫苑と要が部室に戻ると重苦しい空気が流れていた。一人のボブの黒髪がふんぞりかえって机の上に足を乗せている。体は華奢で、不健康的に肌は白い。


「おい、要先輩。おせーぞ」

「……机の上に足を乗っけるのはやめてくださらないかしら?」


「最初はきちんと座っていたさ。でもあんまりにもおせーもんで、すみませーん」


 ガムを食いながら軽薄にその男は返した。紫苑は場の空気を変えるべく口を開いた。


「……自己紹介から入ろうか。僕は……」

「知っている。無駄なことに時間を使わせないでくれ。俺も自己紹介の必要はないよな?」


 傍若無人を人の型にあてはめたらこの男のようになるのではないか、というほどにその男の言動は傲慢だった。


「いや、知らないな」

「はぁ……。金城(かねしろ)(おう)()。親は政府公認のカードショップを経営している。意味が分かるな? 特待生?」


 目つきの悪い三白眼で金城は紫苑をにらむ。カードショップ経営。異形戦争以前ならばステータスになる仕事ではなかったが、今は民間のカードショップを持っているだけで莫大な資産が手に入る。所謂ボンボンだ。


「なんのために戦っているんですか? 経営者ならば、お金に困ることはないでしょう? やっぱり大事な人を異形に殺された復讐だったり……」


 琴音は疑問をぶつけた、が。それを聞き、金城は鼻を鳴らす。


「復讐? ばかばかしい。そんな暇があるんだったらセンズリこいてたほうがなんぼかマシだ」


 足を組み替え、金城は訥々と語りだす。


「金は、いいものだ。カードが流通したおかげで“命”以外の殆どすべては買えるようになった。孫の孫の孫の代まで遊んで暮らせる。でも金は死んだら持っていけない」

「金城君。言っていることとやっていることが矛盾してないかい? 死んだら意味がないならば猶更危険を冒すことはないんじゃないかな?」


 雪菜も理路整然と答えるがそれも先ほどと同じく金城は鼻を鳴らす。


「わかってないなあ、雪菜先輩も。()()()()()()()()。人類のために命を懸けて戦う。かっこいいじゃないか。英雄になれるんだ。名が後世に残って初めて俺は俺が生きた証をこの世に残せるんだ」


 要が声を荒げる。


「名声のために、この委員会はあるわけじゃないですわ。人類が領地奪還のために少しでも資産をためるためにあるわけなのです。オリンピックじゃないのですよ!」


 金城は耳をほじり、出てきた耳垢を息で飛ばす。


四月(わた)一日(ぬき)なんて名家は聞いたことがねえなあ。もしかして先輩って成金? それなのにお嬢様ぶっているって恥ずかしくないの?」


 要は目を伏せてうつむいた。金城はしたり顔で笑っている。


「カードショップを経営しているならばお前も成金だろう」


 紫苑が助け舟を出すが金城はそれでも表情を崩さなかった。


「お前も学がねえなあ? 俺は金城財閥の跡取りだ。防衛産業で、日本一のシェアを誇っている会社。聞いたことくらいあるだろう? 今は兵器がカードにとって変わられているけど交渉がうまくいってね」


 金城は煙草を取り出し、火をつける。


「扱うものが同じく兵器ならば、その扱いは防衛産業であるウチがするべきだ、と。俺が聞いた話でも笑っちまいそうなもんだけど。暴論だって、これよ、これ」


 趣味の悪い笑顔を浮かべながら、指を丸めて金のマークを作る。


「管理局ともコネがある、というよりなかったら民間でカードの取引はできないからね。世の中金とコネよ」


 紫苑は苦い顔をしながら要に進言する。


「要さん。こいつは危険です。この協調性のない輩に背中を預けるのは気が乗りません」

「……ですが」


 金城は笑いながら机の上にデッキを並べる。


 驚いて声も出なかった。


 そのすべてのカードが「ウルトラレアカード」相場は調べないとわからないがこの八枚で10億円の価値はゆうに超える。


「安心してくれ、俺のデッキはこの学園で最強で最高のデッキだ」

「その割に、トーナメントではお前の名前は見なかったが」


 金城は大げさに肩をすくめる。


「運だよ、運。所詮カードゲームなんて」


 場はこれ以上ないぐらい凍り付き、先ほどの非常階段のほうが暖かかったような錯覚さえ感じた。


 紫苑は慎重に言葉を選んだ。


「ふたつ。お前には言っておかなくてはいけないことがある」

「お! 特待生直々にご教授願えるのか。ありがたいねえ」


 馬鹿にしたようにけらけらと金城は笑う。


「一つ目。これはカードゲームではない。一つのミスで、カードゲームで負けることはあるが、ダンジョン攻略ではそれは凄惨な死につながる」


「二つ目。敗北を運のせいにしていたら永遠に成長できない」


 金城の表情は変わらない。相も変わらずへらへらしているだけだ。


「肝に銘じておきますよぉ。特待生様」


 ■■■


 こうして最悪の空気の中ブリーフィングがはじめられた。ほかにもダンジョン攻略委員にはメンバーが大量にいるが、金城が参加すると聞き、辞退した部員がほとんどだったらしい。


 咳払いとともに要が説明を開始する。


「先遣調査隊にダンジョン偵察に行ってもらいましたが、ごくごく一般的な“ケーブダンジョン”でした。難易度はライト級中位程度と予測されます」


 洞窟(ケーブ)。その名の通り洞窟のような内壁をしており、様々なダンジョンが存在する中、最もポピュラーなつくりとなっている。(こう)(しょう)(せき)が唯一の光源となっており、薄暗く、奇襲される可能性が高い。


 駆け出しのトレイターが悠々とクリアできることもあれば、ベテランが命を落とすことも珍しくない。


 ダンジョン攻略はケーブに始まりケーブに終わる。とも石橋が繰り返し言っていた。


「異形の種類はゴブリン系統とオーク系統。どちらも群れることに特化した異形ですが、一匹一匹の戦闘力は高くはありません」


 不思議なことに、金城はその説明に茶々を入れることはしなかった。紫苑は彼のことだから「“ケーブダンジョン”程度楽勝だ」くらいの言葉は出るものだと思っていたが杞憂に終わった。


「ただ物量負け。これの恐ろしさは何度も聞いていると思いますが要注意です。アタッカーが撃ち漏らした異形を両サイドから自陣営に入れないよう後衛は常に気を張ってください」


 ペットボトルのお茶を飲み要は作戦書を閉じる。


「何か質問はございまして?」

「光源は?」


 意外にも、最初に質問したのは金城だった。要も面食らった顔をするが、すぐにそれに返す。


「ライト付きヘルメットを人数分。民間のものですが、十分使用に耐えられるかと……」

「ダメだ」


 ぴしゃりと金城は言い放つ。


「軍事用のそれを人数の二倍。余りは、後衛に持たせる。雪菜先輩か琴音かな? デッキの内容次第だが」

「でも、どこからそれを……」

「お前、俺の話聞いてたか? 防衛産業の金城財閥。俺に用意できねえなら、だれにも用意できねえよ」


 雪菜は眼鏡を押し上げ、金城に肯定的な意見を述べた。


「ケーブでの光源喪失は即座に窮地に立たされる。そこを妥協しない金城くんの提案はとてもいいと思う」

「わかってんじゃん」


 なぜ彼はこうも上から目線なのだろうと紫苑も琴音も疑問に思ったが、それは口に出さなかった。ここで下手にこじれてチームの瓦解など目も当てられない。


「ではデッキのすりあわせをしましょう。基本的に前衛に後衛が合わせるのがダンジョン攻略の定石になっています」


 □□□


「え、紫苑さん。()()()()()()

「いいでしょ。始末書書いてもおつりが来たよ」


 紫苑は純粋に笑うが、琴音も要も雪菜も絶句していた。


 こんな悍ましい戦法を取るトレイターは見たことがない、と

 そして、間違いなく最強だ、と


 彼女たちは引きつりながらもそのデッキ構成に賞賛を送るが部室でただ一人面白くなさそうに舌を鳴らしたのは金城だった。


(誰も俺のデッキには興味がない、ってことかい。いいぜ。見返してやる。俺だって考えなしに、組んでるわけじゃねえんだ。俺が単独で支配者(ドミネーター)を倒して目ン玉裏返してやる)




 ■■■ 三日後 長野県 某採石場


 切り立った崖の下部に穴が開いている。吸い込まれそうな漆黒で、中から出てきたゴブリンやオークの死骸がいたるところに打ち捨てられている。


 人の居住区画から離れた場所にできたダンジョンであったため、発見が遅れた。そのため何匹化のゴブリンは山中に出てきてしまったが、オーディンギルドの巡回員によって討伐された。


 本来、オーディンギルドがこのダンジョンの攻略権限と攻略義務を同時に持つのだが、理事長を通した交渉により、そのどちらもダンジョン攻略委員が買い取っている。


「本日、こちらのダンジョンを攻略させていただく四月(わた)一日(ぬき)です。よろしくお願いします」

「件の学生さんね。ゴブリンやオークだからって油断しないように。じゃ俺はここで待機しているから無理そうだったら引き返してきて。違約金はでるけど全滅するより何倍もましでしょ」

「はい! ご心配ありがとうございます」


「要さん」

「なんですの?」


 紫苑が要に訊ねた。


「このダンジョン終わってからでいいんですけれど、僕にもダンジョン攻略権限の買い取りに関する法律や実際に使用する際の注意点をおしえてもらってもいいですか?」


 要は口を結んで多少語気が強くなる。


「終わってからでいい? まるで生きて帰れる保証があるみたいな言い方をしますわね」


 紫苑は首を振り、否定する。


「いや、違うんですよ。生きて帰れる保証は……」


 項垂れて体を弛緩させる。


「……違わないのかもしれません。僕は確かに“今回もいつも通りに”、“全てがうまくいって”、“全員が無事に帰れる”未来しか見えていなかったかもしれません」

「貴方はもはや大尉。階級ではあたくしよりも上です。それだけ多くの期待をされている。あたくしも驕っていたときはありましたわ。でも死神はその隙を決して見逃しません。心得ていてくださいまし」

「わかりました。まずは最善を尽くす、ですね」

「はい。よろしいですわ」



 5人のトレイターは各々準備を整えていく。金城が二日かからず用意したプロテクターや防弾衣、軍用ライト付きヘルメット。後衛用の丈夫なリュック。携帯食料に水。


 そしてもちろん各々のデッキ。


「さて、いきますわよ。陣形を!」


 5人は後衛と前衛に分かれる。


「攻略開始!」


 その号令とともに、全員は静かに歩みを進め、ダンジョンに潜っていった。


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