第36話 世界変遷
「始末書程度で済んでよかったよ」
現在は学園トーナメントより一週間。紫苑は停学、下手したら退学の恐れもあったが、幸運にもそれはなく。結構な量の書類に文字を綴っていた。理由はもちろん敵勢力の情報隠蔽の謝罪文。
結果こそよかったものの、如何に相手のカードが欲しかったからと言って、スナッチャーの戦力を知っていながら過少報告をするのは下手したら敵に与する行為といっても過言ではない。
しかしそれはスナッチャー狩りに特化した「アルテミスギルド」や「管理局」でもここまで露骨ではないが、やっているグレーゾーンだと長谷川が理事長に提言してくれたことにより、理事長の大きなため息とともに免罪された。
ネロのデッキは全て、一枚のノーマルカードを除き紫苑の所有物となった。
講義や剣術指南の合間に、こつこつと書き上げ、理事長室の扉をノックした。
■■■
「さて、どれどれ」
紫苑は始末書に目を通している間、デスクの前で立っていた。さすがに始末書の提出時にコーヒーブレイクを要求する程彼の面の皮は厚くはなかった。理事長の目線は左から右にを繰り返し、速読しているようだ。
「うん、フォーマットに問題はない。よく頑張ってくれた。こんなつまらない作業に君の時間を割いてしまったことは申し訳なく思っている」
「……理事長は怒っていないのですか?」
理事長は自嘲気味に笑い、言葉を返す。
「本来ならば怒るべき、なんだろうな。だが一人の警備局員が君に感謝していた。命を救われた、と。ほかにも小鳥遊君や北区画で避難が遅れたもの。君に対する処分を軽減してくれという声が100件以上私に来ている。功罪あれど君の活躍は多くの学生や非戦闘員の命を守ったのは間違いない」
「私はカードが欲しかっただけですが」
「理由なんて大した意味を持たないのだよ。崇高な目的を持って行動したが結果を出せなかった者と私欲で結果を出した者。評価されるのは後者だ」
理事長は机に置いてあるコーヒーに口をつける。
「まあ、私は管理局に怒られることになるんだが。まあ皇君ならば私に返しきれないほどの恩がある。小言は言われるかもしれんが」
「申し訳ありません、どうお詫びすればよいか」
紫苑は頭を下げるが、理事長の口調は優しかった。
「じゃあ、私の気分転換にでも付き合ってもらおうかな」
「といいますと?」
「一緒にテレビでも見ないか?」
紫苑は目を丸くして驚いた。
「理事長にもそんな俗趣味があったのですね」
「バラエティー番組じゃあないよ。君はあまりニュースとかは見ないのかな?」
「ええ、まるっきり。その時間があれば自己研鑽に励んでいますよ」
理事長は頭をかき、どう説明したものかと頭を悩ませるが、言葉での説明が面倒になったのかリモコンに手を伸ばす。
「いや、そうだな。見たほうが早い」
壁掛けテレビに映像が映し出される。
LIVEの文字が左上に表示されている
「大量の蟲です! 空飛ぶアリに、蜂。ロンドンの時計塔ダンジョンより這い出てきた異形が欧州に迫っています!」
クイーンエリザベス級航空母艦一隻とそれを守る大量の駆逐艦の大口径火砲は津波のように押し寄せる虫型異形に弾幕を浴びせかける。
それでもほとんど打撃を与えることはできなかったが、撃ち漏らしを将官クラスのトレイターが迎撃していく。
まだ、足りなかった。
一匹の蟻がクイーンエリザベス級空母に着地する。
「あ、まず……」
防衛線が破られてからの瓦解は早かった。次々と虫が空母に着陸し強靭な顎と爪で空母に攻撃を仕掛ける。
「旗艦、エリザベスが……。援軍を! 援軍を!!」
そこでカメラマンが肉塊にされたのだろう。画面は真っ暗になる。
理事長はテレビを切り、紫苑に話しかける。
「これが失楽園級だ。君はこれでも折れないか?」
「無論です」
理事長はにやりと笑い、胸章を取り出した。
「これは?」
「司教一人の討伐、および民間人の救助。さらに失楽園の惨状を見ても折れない心」
「昇格だ。これが君の新しい胸章。今日から君は大尉として扱われる。すでに尉官級講師に比肩するその実力を人類のために使ってくれ」
紫苑は一礼して、少尉の胸章と大尉の胸章を交換した。
「ありがたいです」
■■■ 学園襲撃 翌日
「月見里君。すごいな君は」
小鳥遊宙は紫苑に正面から向き合っていた。今までも善戦してきたトレイターはいるが学生に負けたのは、数えるほどしかない。
しかし、彼がこれほどまでまっすぐと目を見たのは。宙の人生でもなかったことだと、彼は自覚した。
と同時に恥もした。無意識下で最強の名を欲しいままにして、紳士然と振舞ってきたが、内面は自分よりも劣っているトレイターたちだと心の奥底では下に見ていた。
だからこそ熱くなることも激情することもなかった。強者の余裕といえば聞こえはいいが、改めて自問すればそれはただの傲慢にすぎない。
それに気づかせてくれたのが月見里紫苑という、頭のネジが外れている怪物だったのだ。
「今回のトーナメントはノーゲーム。となったらしい。そして理事長は俺にウルトラレアカードをくれた」
「知っていますよ、僕がそれで了承したのですから」
「違う、違うんだよ、月見里君」
手を前に出しもう片方の手で頭を押さえながら首を左右に振る宙は、口の端を噛んでいた。
「俺は、自分を強いと思っていた」
「事実そうでしょう?」
「……でも。俺は対等な立場で君たちと向き合っていなかった。一番親交のある要でさえ、俺は見下していたんだ。一人では何もできなかった。司教も君の加勢がなければ殺せなかった」
「……」
「子供特有の全能感にいまだ浸っていたんだ。恥ずかしいことに。一人で何でもできて、かっこよくて最強の竜騎士になれている、と」
「……」
紫苑は言葉を発さない。ここで口をはさむのは無粋だと、対人経験に乏しい彼にも理解できた。
「君は群の力で、失楽園を取り戻す、という大望を持っていると聞いた。この学園にいる人間ならば誰しも知っているが。俺はそれを半ば哄笑していたんだ。学生のおままごとで、世界が取り戻せないでいる失楽園奪還など。夢をあきらめきれない放蕩者を見ているようだった」
「でもよくよく考えてみれば、俺の希だって遥か彼方の那由他の果てだと気づかされた」
「……結論からしゃべるのが一番早いと思いますよ」
「その“那由他の果て”に俺もどうか一緒にいさせてくれないか? このウルトラレアは君に譲る。俺が成長できた感謝を込めて」
差し出されたカードを紫苑は受け取り、声を低くした。
「いいんですね?」
「いいともさ。そもそもそのカードは俺にはうまく……」
「違います」
今度は紫苑がまっすぐと宙の瞳を見つめ返した。
「“果て”は。そこに至るまでの“道程”も、筆舌に尽くしがたい地獄です。僕はその地獄に何も知らない善人を引きずり込む悪魔です。その誘いに自分から乗ることはおすすめしませんが」
そこまで発言して、紫苑は初めて疑問に思った。紫苑の歩む道、その過酷さを完全には理解していないだろう無垢の民にこの説明をしなかったのか。視線を下に移した後、再度宙の顔を見る。
目だ。
彼の視線に心を打たれたのだ。
正面から自分を認め、過ちを正し、協力してくれる真摯な態度にこちらも相応の対価が必要なのだと。
「ありがとう。君に最大限の敬意を払い、協力することを宣誓しよう」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
(琴音たちにも、話すべきだろうな。これから歩む道にどれほどの茨が生い茂っているのかを)
■■■ ダンジョン攻略委員 部室
「では契約書にサインをお願いいたしますわ」
時節は二月、軽井沢を最強クラスの寒波が襲い。誰しもこたつで丸くなるこの時期に、攻略委員は小金稼ぎと洒落込んでいた。
あれから無事要との約束が果たされ、ライト級ダンジョンに潜るための申請書を書きに、紫苑と琴音、雪菜が訪れていた。
「カードの取り分はドラフト制、チーム長から一枚ずつ選んでいく。順番はサイコロで決める。ボードゲームみたいで嫌いじゃないよ」
「紫苑さん……。これはゲームでは、いやもうゲームですねこのメンバーなら」
「ちょいちょい。琴音ちゃん。慢心、ダメ。絶対。ボクも死にそうになったことがあるんだからね? ライト級で」
「紫苑さん? 少しよろしいかしら?」
「え? なんです?」
「ここだとちょっと、少し外の空気でも吸いに行きませんこと?」
「……ええ」
要と紫苑は部室から外に出ると、長い廊下を歩いていき、非常階段に出る。雪がうっすらとつもり錆鉄の階段を部分的に白く染めている。
「何か? 言いにくいことでも?」
「どうしてあなたは私が根っからのお嬢様でないと……」
紫苑はおかしくなって吹き出した。そんなところをあの日からずっと気にしていた彼女の夜を想像してしまったのだ。
「難民ってどう思われているか知っていますか?」
「?」
要は頭の上に疑問符を浮かべる。
「可哀想。大変だ。助けてあげなくちゃ。……そういうのは全部方便です」
「大多数の国民は、自分達の生活が苦しくなるくらいならば、そのまま死んでくれと思っています」
それを聞き要は眉尻を下げた。
「それは、流石に被害妄想が過ぎるのでは?」
「コンビニの前に募金箱、ありますよね。あれって異形戦争以前からありますけど。自分から助けてあげるというのが重要なんです」
一呼吸おいて話をつづける。
「そう、あくまでも自分から。望んでもいないのに世界の救われない人々の為に給料から天引きしておきました。じゃあ暴動が起きる」
「話を戻しましょうか。最初はケースワーカーさんが苦笑した時に口の端にでる僅かな皺。それだけの違和感でした」
「でも、よくよく見てみると。バイトの店長、先輩、大家さん。快く思っていないことはすぐにわかりました」
どこか遠い目をしながら紫苑は雪に顔をかいて遊んでいる。
「当然ですよ。日本政府に生かされた身ですからね」
「それからはちょっとした特技と言ってもいいかもしれません。バイトリーダーが他のバイトや自分に怒鳴り始める気の起こり、がわかるようになりました。残念ながらそれを防ぐ術がなかったことは悔やまれますが」
「成る程、そうやって観察眼が鍛えられたと」
「それもそうですが……」と前置きして紫苑は続ける。
「後一つ、カードゲームは心理戦。相手のプレイング、目の動き、思考から行動に移るまでの速度」
「これらは対面したゲームだからこそ磨かれる技術です。これが剣とも相性が良くてですね。それが僕の強さです。まぁ、ネタバラシはこれくらいですかね。あまり面白い話でもなかったでしょう?」
「いえ。とても興味深いお話でしたわ。あと私の秘密は……」
「広めませんよ。関係を悪くしたくないです。戻りましょう。寒くてかないません」
思い出したように要は口を開く。
「そういえば今回のダンジョン攻略は一つ問題があるのですよ」
「これだけの豪華メンバーでですか?」
こくりと要はうなずいた。
「問題児が一人、同行します」




