第35話 学園防衛戦
「どうしてわかってもらえないのでしょう。僕は誠心誠意、“死”の素晴らしさを説いているつもりなのですが。……まあ、いいです。『九頭竜』彼らに安らかな船出を」
上下、左右から『九頭竜』の目にも止まらない即死攻撃が山本を襲う。
全方位からの多重攻撃。どれか一本の攻撃を通した時点で、山本は敗北する。
一手のミスも許されない迎撃。山本はほとんど同時に首を落とす。
「すみません。それ、意味無いのですよね。すべての首を落さない限り『九頭竜』は再生します。そして僕はすべての首を攻撃に回すつもりはありません」
「勝ったつもりか?」
山本は哄笑する。
■『鷹の目』 呪文 コスト8 ウルトラレア
●使用者の動体視力と反射神経を5分の間、10倍にする
この呪文が有効である限り、目にもとまらぬ攻撃が山本と、後方にいる琴音や、尉官級講師に死は訪れない。
「止まって見えるよ。君の攻撃は」
「それでも『鷹の目』は5分が活動限界。クールタイムの3分の間、僕はあなたを殺せますよ?」
「わかってないな。吾輩は君に決定打を与えることができない」
ヴェーノは眉根を寄せる。
「だったら、何故? 死を恐れているならば貴方の行為は全く無意味なのですよ?」
「吾輩もそれなりに戦えるが、君の猛毒の防御は突破できない」
「ますます疑問が増えました。少しでも長く生きたいということですかね? 理解に苦しみますね」
山本は不敵に笑う。何がおかしいのかヴェーノは首を捻る。
「吾輩は繋ぎだ。ジョーカーを呼ぶまでの、ただの端役だ。と、まあ。到着したわけだが」
「やっぱりあなたの言動は支離滅裂ですね。すみません。理解できなくて。僕は昔、国語の成績は良かったんですけど」
「ぴっ」という音とともに赤い液体がヴェーノの視界に映る。
「あれ……暖かい。なんだこれ」
遅れて痛覚がやってくる。
「痛い。あれ、血管切れてる……」
ヴェーノが首に手を当てると赤い液体が付着している。命の源泉、血液が首から流れているのが分かった。
「すみません。これなんです……か」
横を見るとボーイッシュな女性講師、「長谷川」が短剣を片手に、木の幹に着地しているのが見て取れた。
「あれ、『大阪クラン』が長谷川さんと交戦中だと聞いていたのですが」
「情報はアップデートしないと。私は一瞬であの蟲どもは屠ったよ」
ヴェーノは頭を抱える、なぜ自分に攻撃を当てられたかが全く分からないからだ。
『猛毒障壁』の守りは絶対だ。物理でも現象でも毒で溶かす。
「すみません。後学のために教えてもらってもいいですか? あなた何をしたんです? 3秒間、毒に晒されたら、無事で済まない猛毒が僕の周りには……」
「だったら、3秒以内にヒット&アウェイを繰り返せばいいだけの話」
感心したようにヴェーノは唸る。
「言うは易しですけど、現実的じゃないでしょう。まあ……」
ヴェーノは『不死鳥の霊薬』を使おうとするが、カードを握っていた手が床に落ちる。長谷川が短剣でヴェーノの右腕を落した。
「おや、また見えませんでした。困りましたね、首からの出血が止まりません」
とくとくと血液があふれ出している。死が迫っていることは彼にも理解できた。そうして満足げに頷き、森林地帯の、雪化粧された枯葉の上に座り込んだ。
「では最後に、ご一緒しましょう。一人で逝くのは寂しいですけど皆様とご一緒ならば」
ヴェーノは懐から左手で毒ガス爆弾を取り出した。
「VXガス。人間が作り出した最高の毒。純度はとても高いので一瞬で昏倒します」
ピンを口で抜くと、噴霧音とともに人類の悪意が見えない脅威となってあたりに広がる。
『攻撃の旋律』
琴音がカードを使用する。風で相手を切り刻む呪文。今回は毒ガスを人のいない方向に風で流れさせるために使用した。
「あら、あらあら。そこまで拒むのですか、“死”を。まあいずれ、またお会いしましょう。今度会う時、僕たちは友人です」
致死量の血液が流れ出て、ヴェーノは前のめりに倒れる。その顔は眠っているかのように安らかなものだった。
「死を恐れないスナッチャー。これほど厄介な存在がいるでしょうか」
琴音は長谷川に尋ねた。彼女はこくりと頷き説明をする。
「スナッチャーのクランで一番厄介なのは『教団』だ。覚えておいてくれ。山本先生! 他の区画、特に北部への救援に向かいたいのですが『狩人の健脚』がクールダウン中です。車を出してください」
「陽動の可能性がある以上、理事長は動けない。紫苑君と宙君だけで『司教』クラスの撃退は難しい。石橋先生も向ってはいるが……」
長谷川は目を丸くする。
「司教?! もう一人? 聞いていないですよ?」
「……意図的に伏せたか。とかく行動だ。遺体の弔いは後だ。残存兵力。すべて北に向かうぞ」
■■■ 学園北部
「欲しい」
怪物の腕が飛び、酸が飛び散る。紫苑はサイドステップ、バックステップを繰り返しながらその致死攻撃を軽やかに避けていく。
「欲しい、欲しい」
ネロの『氷槍』が弾幕を張るが、『マナ・ゴーレム』が防ぎきる。『仔山羊』が再度使用可能になり、紫苑の速度は更に上がる。
「欲しい、欲しい、欲しい」
相手の不死を持った怪物たちは、一度死亡しても即座に起き上がる。だがしかし、すでにネロの前線を守る無敵の兵団は徐々に押されていた。
「なんだ、なんだよ! お前! 難しく考える必要はないんだよ! 判れ! 抵抗は無意味だと! 今投降するなら安らかな船出を約束する。どうか、思い直しては……」
「負けていた、すでに」
ネロは眉を吊り上げ、まったく意味が分からないと言いたげに、口を開けていた。
「長谷川先生をこちらに呼べば、お前は負けていた」
「何を、言って……」
「僕は君のカードが、欲しい。だから僕一人で倒したかったんだ」
紫苑の口角が大きく上がり、巨躯の怪物が守る前線を突破し、『冥王の剣』をネロに向け突進する。
「起きろ、つがいども」
十字剣が大量に突き刺さっている、恋仲であった学生の亡骸を眼前に召喚する。
「生命への冒涜、さぞ不本意でしょうね。かつての学友を手にかけるの……」
ネロが言葉を紡ぎ終えるより先に、紫苑はそのカップルを両断していた。
「死ねば終わりだ、冥福を祈る」
敗北がネロの眼前に迫る。彼女は冷や汗を流し、カードを抜きながら、最後の手段を使った。
「存命代行者へ! 全員自害し、私を助けろ!」
しかし反応はなし。
「な、ぜ?」
「石橋先生、到着したみたいですね。彼の拘束呪文で、代行者は死ねません」
「悉く、私たちの教義に反して……。背徳者どもがァっ!!」
復活した代行者の怪物は再び防御陣形を構築する。その間に、ネロはここら一帯を吹き飛ばすだけの自爆用のスイッチに手をかける。洋服店ごとすべて灰燼と化すために。
しかし、押す直前。彼女の胸から突き出ているのは十字剣。代行者の主力武器だった。顔を後ろに向けると、警備帽をかぶり冷徹な瞳をしている人物。『班長』が奪った十字剣で、ネロの心臓を貫いていた。
「俺を戦力に入れていなかっただろう。ジャイアントキリング、だな」
■■■
彼に先ほど紫苑が手で逃げるよう制した時に、その手のひらには文字が書かれてあった。
「裏を取って、司教を殺せ、と」
■■■
「はは、なんだ。死ぬってこんな感じなんですね。ああ、悪くない、で……す」
ネロはうつぶせに倒れ、息を引き取った。紫苑はそれを確認すると、無線で中央警備センターに連絡する。
「北区画、制圧完了。司教の撃滅と代行者数人の捕縛成功。動ける人たちには敗残兵の処理をお願いします」
つかつかとネロのもとに紫苑は歩いてゆき、デッキを手に入れた。
「戦力報告の意図的隠ぺい。怒られるだろうなあ……」
紫苑は座り込み、デッキを広げている。このデッキ一つだけで小さな国一つ買うことができるほどの資産である。南区画から襲撃した司教も同程度のものを持っているとしたら、どれだけの資産をこの威力偵察につぎ込んでいるのか。
「なあ、特待生。その司教。一応倒したのは俺だから、俺にももらう権利はあるよな?」
「当然です。ただ、貢献度を胸章のカメラで測って……分配を」
それを聞き、何がおかしいか班長は、大笑いする。
「どうしました?」
「いやぁ? 随分とクレイジーな奴だと思っていたから。案外真面目ちゃんなのな」
煙草に火をつけ、一服する班長。その眼に映るのは哀惜と虚無感だった。
「もう、俺は戦えねえ。なんていうのかな。天井に頭ぶつけた感じ。自分の限界を思い知らされたよ。それにそこまでしてカード欲しがるのも金のためじゃねえんだろ? そこを退役するおじさんが持ってくなんて、かっこ悪い真似できねえよ」
「そうですか。ありがたいです。奪取カードの分配でもめるのは僕も避けたいですし」
携帯灰皿で、煙草をもみ消し、班長は思い出したように一つ提案する。
「すまん。舌の根も乾かないうちに翻して悪いんだが、いらないノーマルカード、一枚だけもらえないか?」
「何故です? もう戦いは……」
班長は煙草の箱を逆さにして振って見せる。
「当分の煙草代に、ね?」
■■■ 東京 スカルローバー拠点
「凄まじいな、映画みてえな迫力だった。あの司教連中も相当強いんだろ?」
ボスはもうすでに拘束の解かれた、代行者に質問する。
「はい。ですが司教の中では比較的戦力の低い者たちです」
「そりゃすげえ。それに死を恐れない兵隊『代行者』か……。俺も欲しいな」
視線を大阪クランのほうに移す。
「反面、大阪のほうは瞬殺だったじゃないか、あれだけの数的有利で負けるもんなのか?」
「長谷川が対人特化なのは情報にありましたが、想像を三段階は超えてきましたね」
「まあ……」
目をそらさずに大阪クランの構成員はボスに伝える。
「負けるのは予定調和らしいですよ」
「だろうな」
■■■ 日本国 某所
大阪クランのボスはノートパソコンの画面をみながら、満足そうに笑みを浮かべてそれを閉じた。
「いいね。革命には犠牲は付き物。ステージ2へ移行しようか」
■■■ 東京 スナッチャー専用刑務所 死刑囚棟
絢爛豪華なインテリアにふかふかのソファーにベッド。強化アクリルガラス一枚で阻まれたそのスイートルームの個室で、“死刑囚”はワインを飲んでいた。外には刑務官が二人、カード武装をしているトレイターである。
「申し訳ありません。今日の分の新聞をいただいていないのですが……」
若いほうの刑務官が声を荒げて応答した。
「……自分の置かれた状況わかってんのか? 何が新聞だ」
「はい。当然わかっておりますよ。死刑にできない死刑囚。その実、ただのホテル暮らしのような身ですが」
ベテランの刑務官が叱責する。
「おい、会話をするな。こいつは洗脳と人心掌握だけであのバカでかい組織を作り上げたんだ。上から一定時間の会話は禁止されている。お前は他のメンバーと交代しろ」
「は、はいっ」
小走りに去っていく刑務官が通路の角を曲がって見えなくなる。次の瞬間、ワインを飲む男の目つきは鋭いものになっていた。
「で、どうなっているんですか?」
ベテランの刑務官は上司に平伏する社員のように直立不動で答えた。
「スカルローバーとの交渉は上手くいったようです」
「ネロ司教とヴェーノ司教は?」
「はい、安らかに旅立ったと伝えられています」
「それは重畳。して、刑務所内、看守同志は? 今どのくらいです?」
「私も詳しくはわかりませんが2割、多く見積もっても3割ほどかと」
「そうですか、ありがとうございます。……まだ、ですね。引き続きよろしくお願いいたします」
「仰せのままに」
刑務官は仰々しくお辞儀をする。
『教祖』はワインを一口飲む。テイスティングするように口の中で転がし、風味を楽しんだ。
「名は体を表す、でしたか。見た目はそれなりに重要なのですよ。浮浪者が声高に叫ぶ正論は、為政者の老獪な詭弁に劣ります」
「あの子羊は死刑囚がワインを飲んでいる不自然さを受け入れようとしている。そう時間はかからないでしょう」
口角をわずかに上げ、『教祖』はワインのグラスを下から見つめた。
「あるべき世界をあるべき形に。私たちはこれから始まるのです」




