第33話 ネクロマンサー
「起きろ、戦没者ども」
ネロの号令と共に、洋服店の死角に置かれていた代行者の死体が一斉に起き上がる。その死体は血色こそ悪いものの、心臓部に十字剣が突き立っているだけで身なりは綺麗だ。どう見ても“戦って”死んだものではない。
「お前、……自殺させたのか? 部下を」
「その臭い口、閉じてほしいですわー。鼻が曲がってたまりませんわ」
彼女はわざとらしく鼻をつまみながら苦い顔をしている。怒りで手が震える班長は、猟犬を召喚しながらネロに問うた。確かに代行者は異常者の集まりだ。それでも自らの部下を数分戦うためだけに死を命じたことに、恐怖よりも、義憤が勝った。
「それに、勘違いです。教祖様の教えを微塵も理解できていない。嘆かわしい事です。司教として、教えを説かせていただきますわー」
全く悪びれる様子もなくネロは語り始める。班長の先ほどの義憤は本心だった。だからこそ小細工なしの時間稼ぎとして機能していた。
「まず。彼らは喜んで死んでいきました。言うまでもなく、ね?」
「微塵も分からねえよ」
「はぁー。頭が痛くなりそうですわー」
ネロは頭を抱えながら、聞き分けのない子供に諭すように言い方を変える。
「“死”は終わりではありません。“死”とは 始まりなのです。この世界は、到達した。だから、リセットされるのです。ブリテンが落ち。ハワイが奪われ、北海道は血と肉とに穢された。なんの前兆もなく。理由も分からず。殺され、蹂躙され、奪われて。それであなた方は、理由も分からぬまま、拾い物の武器で戦い、その実何も取り戻せていない。泥臭く足掻く様は美しくはあれど、意義はありません」
ネロは大きく息を吸い込んだ。
「いいですか。ここは、滅びが決まった世界。我々の、いいえ、人類の悲願。
それは“希望の世界”への到達。人類すべてが到達すべき理想郷 。そこでは戦争もありません。差別もありません。飢餓も病魔も絶望も、不完全なものは何一つありません。いずれ来るその世界との出会い。死は、それまでほんのひと時、微睡みの平穏に漕ぎ出すだけのことですわ」
「話にならねえな」
「おや、珍しく意見が一致しましたね」
二名の代行者の屍が、姿勢を低くし、十字剣で班長に吶喊してくる。
一名は猟犬に足を食われて転倒するが、もう一人の十字剣が班長の喉元に迫る。
咄嗟に左腕を盾にして致命傷を避ける、深々と刺さり、班長は苦痛の声を漏らす。だが、火事場の馬鹿力で蹴り飛ばす。班長は自己強化の呪文を使用している。一対一なら優勢ではないにしろ、何とか拮抗できる。
(死体になった分、動きが単調になった。身体能力は脅威だが、まだ戦える)
「左腕、痛みますわね? 美しい。人が、足掻く様は。けれど私はあなたをいたぶって殺したいわけではありませんよ。受け入れなさいな。死は、船出。理想郷への。苦痛なく、瞬きの間に、送り出して差し上げますわ」
「ユートピアね。笑えるな……」
ネロの眉毛がピクリとつり上がる。
「何がおかしいのでしょう?」
「ギリシア語でユートピア(utopia)は『どこにも存在しない場所』という意味。皮肉を込めた言葉遊びだ。滑稽だな。何処にもない場所を探す旅に出るってんだから笑いも出るさ」
ネロの眉間に彫像の様な深い皺が、刻まれる。
「何処にもない? 嗚呼、嘆かわしい。貴方はまずは、気づきを得なくては。安らかな船出は、諦めましょう。教義では。自ら進んで受け入れるものには安らかな船出を。抗うものには、自ら手放したくなる程の苦役を伴う船出を」
「耳を削ぎます。鼻を削ぎます。内臓を切り裂きます。そして焼いて、荼毘に付すことと致しますわー」
「そうでなくては、苦しみ抜いて死んでいった人間たちと、自ら受け入れた人間たちとで、不均衡が起きます」
「ほら、もう矛盾している。大事な大事な教祖様の教えはどこ行った? 俺を救ってくれるんじゃなかったのか?」
「黙りなさい」
ネロは静かに言い放つ。そしてカードを抜いた。目の前の取るに足らない矮小な存在に天誅を降す為。
「『怪物化』」
■『怪物化』 呪文 コスト5 スーパーレア
●周囲100mのアンデッド系統の異形を肥大化させる。
●その対象の体液は強酸性の液体となる
襲い来る代行者は筋肉が肥大化し、体長3m程の筋肉だるまになる。続いて外にいる全ての亡者も巨大な怪物と化した。
(生き返らせた人間はもう“異形”扱いなのか。だが、動きが鈍重になれば、寧ろ……)
そう思った次の瞬間、巨大な拳が班長の目の前に迫る。
(え、早……)
殴り飛ばされ、壁面まで飛ばされる。喀血し、呼吸器系へのダメージが深刻なことが素人目にもわかる。咳込みながら班長は自らの死期を悟った。
(よく、やった、ほうだよ。一介の警備局員が。司教相手に……。時間ならば十分稼いだ……。後は、頼んだぞ。この世界の救世主たち……)
次の瞬間、強烈な冷気と共に洋服店の天井が吹き飛ばされる。空を仰ぐと、青色のドラゴンに乗った青年が見下ろしていた。
「よく、耐えてくれました。只今より参戦します」
トレイター学園一回生。月見里紫苑、現着。
■■■ 一分前 学園北部
「おい! 月見里! 持ち場はどうした? 四方より攻めてくる代行者の殲滅が最優先だぞ!」
宙は余裕がないのか怒声に近い言葉で紫苑を問い詰める。紫苑は朗らかに、それに答えた。
「西方面からは大した数の代行者はいませんでした。ドラゴンは便利ですね。氷結の吐息で一瞬でかたがつきました。雪菜から聞いた情報で、学園北部に司教級が現れたと聞いたので、至急飛翔しました」
宙は腕を組み、熟考した。
「雪菜がその指示を出したんだな?」
「はい」
「わかった。力を貸してくれ。司教は俺一人では倒せない。いま警備局員が対峙しているが何分もつかわかったものではない」
「了解。宙さんは、他の外にいる亡者を制圧してください。亡者は炎の攻撃に弱いはずです」
「ああ、そちらも気を付けて。佐官級トレイターが来るまで何とか前線を維持しよう」
■■■
「へえ、アンタが噂になっている、スカルローバーの幹部を退けた学生ですね? そんなに強く見えませんわー」
「おや、ご存知でしたか。それは鼻が高い」
(『大阪クラン』『教団』に加えて、『スカルローバー』まで交流があるのか。クラン一つ一つでも脅威なのに手を組んだら、言語化が難しい程、悪辣になる)
「それにしても、その修道服、腋が出ているんだね。教祖の趣味かな?」
「あら? セクハラ? あまり褒められないですわー」
「腋はいいよね、あの曲線美は人間のそれを除いて自然界に一つとしてないものだ。それに激しい運動をした後の腋は格別だ。臭そうに火照っている姿など芸術品だ。汗を気にして、おどおどしている女性を見るのも心が躍る」
紫苑はモールスで班長に、時間を稼ぐから『霊薬』を使ってくれと合図をしていた。その結果出たのが早口の性癖暴露だった。ネロはあきれ顔で空飛ぶ紫苑をジト目で睨みつけていたがため息と共に、気だるげに、答えた。
「……トレイターの強さには外せない要素が一つあります。言ってしまえば、狂っている事です。そういった人間ほど注意しなければなりません。今のところ貴方、私が出会った中で筆頭ですよ?」
「『教団』司教にそれを言われるか。褒め言葉と受け取ってもいいか?」
「どうぞご自由に」
ネロはカードを使用して、氷の槍が多数発射される、『氷槍』を使用した。それは空飛んでいた氷結竜『サアファ』が凍結させ、防ぎきる。
しかし、ネロは次に異形を召喚していた。『ナイトメアリッチ』
■『ナイトメアリッチ』 異形 コスト25 スーパーレア
●このカードが召喚されている間、自分のアンデッドは不死を得る
●自壊不可
●攻撃力15 体力350
(アンデッド系統の切り札だ、対スナッチャー戦で見るのは二回目。『死霊術』で起き上がらせた元人間を不死の軍団として? ……だが)
「おや? 死は救済ではなかったのか?」
「これが終われば逝きますよ。心置きなく旅立つのは代行者の悲願にほかなりません」
「自分に都合のいいところしか切り取っていないんだな、やれ死が救済だから殺すだの、兵力が足りなくなったから蘇らせるだの」
「凡百の人間に説明しても無駄だと先程わかりましたので、もう説明はしませんわー」
(もう屍に攻撃する意味は殆どなくなった。『ナイトメアリッチ』を殺すか司教を殺すかの二択しかない)
「リッチか私を殺さなくてはいけない。私のネクロマンスデッキは完全です。完璧です、負ける方が難しいですわー」
再び讃美歌を歌いながら両腕を広げている。それを紫苑は感情のない目で俯瞰していた。
「いいデッキだな、隙のない構築だ」
「当然ですわー。頭の出来があなた方とは違いますので」
「だが……」
上空のドラゴンより紫苑は降り立ってくる。膝を曲げながら、しゃがむ様に姿勢を低くし着地した。それを見て口を開けたままにするネロ。
「頭が狂ってる、とは言いましたが、理性まで腐っているとは思いませんでしたわー。自ら空戦の利を捨てるなんて」
「いや、これでいいんだ」
ここに来るまで、さんざん『仔山羊』でバフをして、『冥王の剣』を大幅に強化していた。完全にショートレンジでの戦い方を想定している。
「ここからは僕が前線に立ちます。班長は安全な場所に!」
紫苑は班長に対して手の平で制する。
「俺だって……。ッ!! ……わかった」
班長は異形が集まっていない比較的安全な場所へと走り、身を隠した。
ネロは両脇に、肥大化した代行者。怪物の骸を側にしたがえている。その後方にはそのアンデッド軍団に倒されても起き上がる『不死』を付与する『ナイトメアリッチ』。『死霊術』に汎用攻撃呪文、回復呪文。
実戦経験は講師陣よりも低いだろうが、デッキが強い。非人間的な戦い方をするも合理的。非常にやりにくい。
紫苑が相対したスナッチャーの中で間違いなく最強。
「さて、10分制限がなくなったアンデッドはその名の通り不死の軍団ですわー。頑張るだけ無意味。不可能。煎水作氷!!」
■■■ 学園 南区画 星空琴音
「はぁ……、はぁ……」
琴音は積極的に攻勢に転ずることなく、宙から借り受けている緑色のドラゴン『ラルド』で空対地、遠距離攻撃に徹していた。ラルドの息は毒ブレス。耐酸性の低い金属ならば溶かしきる猛毒だ。
代行者はそのほとんどがグズグズに溶け皮膚が泡立っている。手に持っていた十字剣もその形を保ってはいない。
しかし、現状琴音は肩で息をしていた。
対峙しているのは眼鏡をかけた痩せぎすの男。腰ほどまで伸ばした紫色の髪も黒い神父服も。汚れの一切が無い。ぼそぼそと聞き取れない音量で、何かを言っている。
それは讃美歌だった。神に対するものではなく、教祖に対しての。この教団がもっとも敬うものは教祖である。彼を讃える歌。その信仰心は一切揺らぐことなく、笑顔だった。
この南からの『教団』襲撃者にも、一騎当千の猛者が投入されていた。
「僕は『教団』第18司教『ヴェーノ』と申します。教祖様より頂いた、素晴らしいお名前。いつか辿り着く“希望の世界”でも僕はそう名乗りましょう」
恭しくお辞儀する『ヴェーノ』には一切の動揺が無い。味方を潰され、琴音と増援に到着している尉官講師陣も彼に近づけずにいた。
理由は落とされた『ラルド』と、溶けた講師数名が物語る。彼の周りに漂う、猛毒の所為である。暴露されたが最後、3秒以内に身体は溶け、死に至る。
「皆様も最高の世界にいち早くたどり着けますよう、心より祈っております」
ヴェーノはカードを抜く。
「安心して、死んでいってください」




