第32話 司教
■■■ 搬入トンネル 学園側 出口
『大阪クラン』はトンネルの出口に立っている人影を見つけ、行軍を止める。逆光で顔まではよくわからなかったが、シルエットから女性らしい事は認識できた。
「一人、だと? 女か」
前衛のタンクに守られているアタッカーの大阪クラン幹部は訝しむ。この学園の最高戦力である理事長は女性だ。彼は性別で実力を判断するほど愚かではなかった。この学園はカードという超兵器を扱う、この国の“最強”学府。そこの講師の実力は折り紙付きだ。
「リーダー。こいつデータにあった『長谷川』です。理事長じゃありません」
「『ウルトラレア』持ちの? すげえ。こいつ殺したら、一体いくら金が貰えるんスかね」
対人戦において数的優位を覆すことは基本的に無理な話だ。使えるカードが一人8枚に限定されているため、一部の化け物を除いて、どうしようもない。だが目の前の「長谷川」が単独で来たのもまた事実。すでに殺した気になっている部下を指揮官は諫める。
「……各員油断するな。おい、お前。取引しないか? カードを全部置いていったら俺達『大阪クラン』は帰投する。『教団』にも帰還命令を出そう。悪い話じゃないと思うが」
(単独で出てきたという事はそれなりの自信があるのであろう。だがこちらは52名。流石にここまで大所帯で侵攻してくるとは思っていなかっただろう)
「蟲と……」
長谷川が口を開く。
「交渉するのは、時間の無駄だ」
ファランクス陣形を崩さない前衛のタンクに向かって、長谷川は『爆炎術式』を発射する。タンクは腰を落としその衝撃に耐えるために盾をかまえた。
(そうだよな、優等生。一対多数ならAOE。種類こそ沢山あるが最もポピュラーなのは『爆炎術式』。俺達の対炎武装はタンクローリーの爆発から身を守ることがメインの目的ではない。このためだ)
視界が閃光で眩まされる。時間にして2、3秒。その間もただ突っ立っているだけではない。アタッカー30名ほどの弾幕射撃が、トンネルを満たす。猫一匹通さないほどの弾幕密度だ。
さらに後方支援のヒーラーは異形を展開。使えるカードは長谷川が8枚なのに対して、こちらは365枚。桁が二つ違う。更に通常武装まで含めたら学園側は孤軍奮闘だ。
(『爆炎術式』もタンクが防ぎきった。さあ、どう出るね。後使えるカードは最高でも7枚。それがお前の命のカウントダウンだ)
「君たち、捨て駒だな」
その声は後ろから聞こえてきた。アタッカーが振り返ると、そこにはヒーラー10名が首から血を吹き出しながら倒れていた。彼らは絶命と同時に消滅する。
(ふむ、『リスポーン』か……)
「な、なにを」
「後衛から潰すのは定石だ。家に帰って、兵法の本でも読むんだな。そんな機会はもうないが」
彼女は『爆炎術式』を目くらましに使い、ガードしている間に天井に着地、ここまでで0.5秒。そこから後衛まで跳躍するのに、更に0.5秒。密集陣形をしているのが仇となった。
そこから2秒足らずで、10名を殺しきった。如何にヒーラーが肉薄に弱かったとしても、カードを抜く暇も悲鳴を上げることさえ許さずに全員を制圧。人間業ではない。
暗殺系のトレイターでも最高峰。管理局の皇大将直属の部下であった長谷川は息一つ乱れていなかった。
(超速度特化型のトレイター。ウルトラレアの1枚は『狩人の健脚』だったが、それがこれほどまでの制圧能力を誇るとは。だが所詮スピードだけで装甲は薄い。当たりさえすれば、殺せる)
「さぁ、蟲ども」
長谷川の視線が鋭くなる。
「抵抗を赦す」
長谷川の視線は人間に対して向けられるものではなかった。目の前を鬱陶しく飛び回る蠅や藪蚊。敵とさえ認められていない。矮小な下等生物を叩き殺そうとする温度のない瞳。
「……う。うわぁァァァああああ!!!!」
重装備をしている前衛タンクは恐怖のあまり、鈍重になる盾と鎧をカードに戻しトンネル出口まで、走り抜けていく。一人逃げれば後は止まらない。恐怖は伝播しほとんどの前衛が後に続く。
「ば、バカッ!! 陣形を崩すなッ!!」
出口から外に出るなり、スナッチャーは大量の銃弾に撃ち抜かれて絶命した。長谷川に次いで到着した講師陣の攻撃である。
リーダーがそちらに目を移すや否や、頬に暖かい粘着性の液体が付着する。
一瞬、目を離した隙にアタッカー30名のうち半数が小型の短剣で的確に頸動脈を裂かれていた。短剣からは血液が滴り落ちている。
「残存兵力かたまれ! 死角を無くすぞ!」
(当たりさえすれば……、通常兵器のライフル弾でもいい。体のどこかに命中すれば動きは止められるんだ……ッ!)
リーダーが号令をかけると残ったアタッカーは円を描くように陣形を取り、長谷川と対峙する。
「『虚空闊歩』」
長谷川の姿が霧の様になり、見えなくなる。
■『虚空闊歩』 呪文 コスト15 ウルトラレア
●30秒の間、使用者は不可視になる
「リーダー……、敵が消えましたっ! どうすれば……」
「血液を見ろ! あいつの短剣からは血が滴っている。そこを辿れば」
左方向に血液が落ちる。アタッカーは全力でそこを攻撃。仕留めたかと思ったら、反対方向の『大阪クラン』の首から血が噴き出す。
そして、今度はそこを攻撃するも、また一人、切り裂かれる。
裂かれる。
刺される。
抉られる。
「も、もう血が、血が。多すぎて、どこにいるか。わかんねえ、よ……」
最後の一人になったリーダーの前に長谷川が姿を現す。
「言っただろ? 捨て駒だと。『リスポーン』は死地に赴く人間の持つものだ」
■『リスポーン』 呪文 コスト5 ノーマル
●致死ダメージを受けた場合、このカードを使用した場所に転移させる。
雄叫びを上げながら、来た道を戻り、搬入トンネル入り口まで走っていくリーダー。
「なんで、なんで!! たかがカード数枚の為に死ななくちゃなんねえんだよぉ!!!!」
「それがわからないならば、その手にカードを握る資格はない」
長谷川は逃走しているスナッチャーに追いつき、両脚の腱を切断。転倒し顔面からアスファルトにこすりつけられるリーダーだったが、それでも匍匐で逃げようとする。
長谷川は更に両手を切断。即座にワイヤーで止血する。
「お前には聞かなくちゃいけないことが沢山あるんだ。死んでもらっちゃ困る」
そこに増援の講師たちが駆けつける。
「長谷川先生、すみません到着が遅くなって」
「いや、いい。スナッチャー護送の為に腕っぷしに自信のある人間数名を残して『教団』の援護に行ってくれ。私も『狩人の健脚』が回復次第追いつく」
「了解です」
敬礼をしたのち講師たちは学園方向に走っていった。残された長谷川と尉官級講師はスナッチャー幹部の止血をしながら縛り上げていく。
「お前、最近……といっても4年前か。憲法が改正されたのは知っているな?憲法で絶対にやってはいけない事。意外にも日本にはたった一つしかなかったんだよ。“絶対に”と文言のつく条文は」
「日本国憲法“元”第36条 公務員による拷問及び、残虐刑は、『絶対に』これを禁ずる」
「これが撤廃された。同情するよ」
屈強な肉体をした講師は冷静に冷徹に、体を縛り上げていく。しかし肝心の相手から出た言葉は現状にそぐわないものだった。
「ボス! 俺はまだやれます! だから! 待ってください! 俺は『リスポーン』持ってないじゃないですか! 学園にカードが渡りますよ!!」
怪訝な目をして拘束している講師は首を捻る。拷問をすると宣言されたのにコイツは誰に対して命乞いをしているのだと。
「だったら、俺は学園につきます。『大阪クラン』のボスは“か”……」
長谷川は拘束している屈強な男性講師の首根っこをつかみ後ろに引っ張った。と同時に、スナッチャーの頭が爆発した。
「……インプラントの遠隔起爆か。盗聴器まで入っているみたいだな。『大阪クラン』はその情報が極端に少ない。幹部を拷問してでも聞きだしたかったが、こうなる、か」
しばし、手を顎に当て、考え込む長谷川だったが「一文字」だけでは何もわからない。すぐさま切り替えた。
「各員、『教団』殲滅戦へと移行する! そいつのカードは私が預かる。散開!」
■■■ 学園北部 洋服店
「助けてください……」
班長に蚊の鳴くようなか細い声が響く。そちらに目をやるとレジカウンターの裏に隠れている女性店員を発見した。足には十字剣が刺さっており、そこから見える筋繊維と骨が痛々しい。側には二名の代行者の死体が転がっている。
「お前、何やってんだ! 民間人は避難したはずだろう。特別避難講習は受けたんだろ?」
「最近来たので受けていません……。先輩たちにも置いていかれて……。なんで私がこんな目に」
涙を流しながら、しくしく泣き始める女性店員。
「声を出すな、敵に見つかる。被弾箇所は足だけか? 今、俺が抜いてやる。そのあとに『不死鳥の霊薬』を……」
班長が女性に近づいていく。が、彼は数メートル手前で足を止める。
「え?」
彼女は面食らったような顔をしている。
「特別避難講習を受けていないのに、緊急アクティベートのやり方は知っているのか?」
『緊急アクティベート』胸章がついていない者のカードの使用は厳禁だが、異形やスナッチャーに襲われたときは別だ。現に紫苑はこれが適用され、罪に問われていない。
「それは、私。まだお金貯まってないんですけど、いずれこの学園に入学しようと思っていて、それでカードの扱いは……」
特別避難講習は緊急アクティベートよりも先に教えられる。非戦闘員なのだから当然だ。まずは逃げ、それも不可能なら抗戦する。その順序が逆転することはこのトレイター学園、いや、どの施設であっても同じくありえない。
「緊急アクティベート用のデッキには『不死鳥の傷薬』が入っている筈だ。なのに何故、お前は俺に助けを求めた?」
「それは! 気が、動転して!」
女性店員は、足を庇いながら涙ながらに訴える。
「そして、俺でさえ苦戦した代行者を、二名。それだけの傷で殺したと」
「……」
沈黙。
「……俺の勘違いだったら出頭するよ」
班長はカードを抜き、女性に向かって『炎術式』の呪文を放つ。『爆炎術式』程の火力は無いが、人間相手ならば消し炭に出来るほどの火力は持っている。
女性店員に着弾するはずだった炎球は跳ねるように起き上がった代行者の亡骸に、防ぎきられる。
すでに彼女は、足の十字剣を抜き、『不死鳥の霊薬』で自身を回復させていた。黒髪のボブに、若者らしい派手すぎないダウンコート。それを脱ぎ捨てると司教服。修道服といったほうが近いかもしれない。そんな彼女が流し目で班長を見ていた。
「あー、ゴミカスの相手は疲れますわー。頭が悪い人間ほど生に執着する。ハァー。ウザイ。ダルい。しょーもないです。こんな不敬な人間まで救ってあげようっていう、教祖様の懐の深さは天井知らず。いや、深さだから海溝知らずですかね?」
彼女は両手を広げくるくる回りながら、教祖を讃える讃美歌を口ずさむ。そこで何かに気付いたように口元に手を当て申し訳なさそうに謝る。
「あ、でも海溝には底がありますね。口が滑りました。まあこの恩知らずはとっとと殺して救済してあげなくてはいけませんね。本ッ当に不本意ですけれど」
班長は戦慄しながらも、彼女に気付かれないように通信機のマイクを叩き、モールス信号で状況を学園に届けていた。ほかの誰かが彼女の演技に騙されないように。司教級のスナッチャーが相手ならば警備局員に勝ち目はほぼない。
だからこそ自身の死を無意味にしないために。最後の仕事を遂行していた。
「私は『教団』第16司教『ネロ』と申します。教祖様より頂いた、大事なお名前。いつか辿り着く“希望の世界”でも私はそう名乗りましょう」
十字を切り、深くお辞儀をする。彼女にとって教祖は絶対の存在であり、彼を認めない人間を心から疎ましく思っている。それでも教義の関係上、「殺さなくてはいけない」その矛盾が彼女、『ネロ』の苦悩である。
「お前みたいなボケナスでも教祖様は全てを赦してくださるのです」
笑顔を崩さずに『ネロ』がカードを抜いた。
「感謝しながら死んでゆけ」




