表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/61

第31話 反撃

■■■ 学園北部 1位 小鳥遊(たかなし)(そら)


(一人を除いて、警備局員は全滅……。遅かったか。代行者は『対人武装』をしている警備局員とは相性が悪い)


 なぜならば、代行者との戦闘は対異形戦に近い。死を側に置き、今生(こんじょう)を否定する、教祖の思想を代行する者。


「非戦闘員の避難は?」


 空中より、宙が班長に声を掛ける。


「終わっている。もう北区画には俺しか残っていない」


「本隊の到着まで、あと8分! 時間稼ぎに徹してください!」

「ああ。丁度今、クールダウンが明けたところだ。お前のおかげで手の震えが止まったよ」


 主要戦闘区域では敵味方問わず、死体が転がっている。


 異形に食い殺された代行者。猟犬の歯形が至る所についており、神経か腱かもわからない白い線が紅く染められている。神父服も所々が破れ、焦げ、学園側の必死の抵抗が見てとれる。


 頭部を十字剣で穿たれた警備局員。その表情は驚きとも恐怖ともとれる形で固まっていた。壊れた時計の様に、『死』という現象で固着された彼の右手には、縋るようにカードが握りしめられていた。


 避難中に、後ろから串刺しにされた男子学生、その傍らには同じく剣山の様に十字剣の刺さっている女学生。最期まで共に逃げようとしたのだろうか。繋がれた手は固く結ばれており、お互いが相手の目を見ながら事切れていた。


 目を逸らしたくなるほど、惨憺たる光景だ。




 事の起こり、というものは、言葉で説明するのが難しい話だ。『何か嫌な予感がする』『良くないことが起ころうとしている』第六感というオカルトを宙が信じているわけではないが、こと戦闘においてその直感は無視できないものだ。


 些細な違和感。例えるならば何かの歯車がほんの少しずれただけ。でもそれは大きな装置の基盤部分を崩壊させ、致命的な“何か”を起こしてしまいそうな悪寒。論理立てて何がおかしいのか、を説明することは出来ない。




 しかし。




 “何か”が、来る。


「建物に入ってください! 今! すぐに!」


 1位の言葉だ。彼のさしせまった表情。理由を問うている時間は無いと班長は判断した。言葉を返す代わりに、班長は最寄りの洋服店のガラス窓に飛び込んだ。ガラスの破砕音と共に彼は宙の視界から消え、同時に狂った歯車が厄災を封じていたダムを決壊させた。




死霊術(ネクロマンス)



 地獄の中に、もう一つ。地獄が顕現した。


 ぼろ雑巾の様に打ち捨てられている死体の指がびくりと動く。ゆっくりと、永久(とこしえ)の眠りについたはずだった彼ら、彼女らは。その生を冒涜され、死さえも冒涜された。


 代行者の焼け爛れた顔は皮膚が溶け、瞼がくっついてしまっている。両目を縫い合わせたような姿は最早人ではなかった。言葉を発さず、だらりと垂らした両腕で新たに法衣から十字剣を取りだした。


 頭に十字剣が突き刺さった警備局員もおもむろに起き上がる。粘着性の音を出しながら彼の右目は熟れた果実の様に、床に落ち、湯気を上げながら溶けていく。歯茎がむき出しになりガチガチと歯を鳴らせている。寒いのか怖いのか、それさえわからない。何かに突き動かされるかの様に自分の頭蓋に突き刺さっている十字剣を抜く。


 次々と死体は起き上がり、死屍累々の最前線は亡者の支配する戦場へと変わっていく。老いも若いも、男も女も。平等に、ただただ平等に、その尊厳を踏みにじられた。



■『死霊術(ネクロマンス)』 呪文 コスト10 ウルトラレア

●周囲100mの、死んでから10分以内の死体をゾンビとして蘇らせる。それらの身体能力は2倍になる。10分後に再び死亡し、二度と起き上がることは無い。



「司教様!」

「司教様!」

「司教様ぁ!!」


 生き残っている代行者は口々に司教の事を賛美する。十字剣を置き両手で祈っている代行者も存在した。


「し、司教クラスも、いる、のか? まずい……俺だけでは」


 宙の言葉はそこで遮られる。



 十分な高度を維持していた、はずだった。


 身体だ。跳びあがってきた。


 どう見ても致命傷。


 顔が爛れている。


 先ほど、自分が焼き殺した代行者だと理解するのに、数瞬かかった。


 片方の十字剣を投擲し、宙の眼前に迫るが、『ルビー』は主を護る為、片翼でその攻撃を防いだ。続けざまにもう一方の手で斬撃を行い、それは宙の右耳を削ぎ落とし、呆けていた宙は痛みで現実感を取り戻した。彼は遅れて剣を顕現。


 ロングソードで斬り返し、その骸は地面に叩きつけられる。


「はぁ、はぁ……。血。痛い。(まず)い。どう、する?」


□□□


『教団』の序列についてだが、下の方から。


 代行者。


 司教。


 大司教。


 そして現在死刑囚の教祖。


 司教以上でないと、カードの携帯は許されておらず、代行者は何があっても司教を護る。カードを反逆者(トレイター)に頑として渡さないための措置である。


□□□


「嗚呼、あぁあッ!! 御許しください。司教様。我々が不甲斐ないばかりに、せっかく旅立った同志たちをこの地獄に呼び戻してしまった失態をどうか。どうか、御許しくださいぃぃぃッ!!」


「私が、お手を煩わせてしまった。殺せていれば。救えていれば! こんな悍ましいことにはならなかったのに! 全員が幸福な世界へと旅立てたのに! 何故、なぜなぜなぜ何故ぇッ!! こんな簡単な申しつけさえこなせない私の無能を! 私の不首尾をッ! 全身全霊でもって贖います!」


 代行者は頭を掻きむしり、髪と一緒に皮膚も破れ、血と涙を振りまきながら狂乱している。頭を地面に何度も何度も打ち付け、贖罪している代行者も存在した。しかし、そんな子羊たちを赦す司教は姿を見せることは無く、ただただその代行者の懺悔がむなしく木霊するだけだった。


(……冷静になれ。耳が飛んだ程度で動揺するな。こんな奴ら【天災】と比べたら、小学生みたいなもんだ)


 耳からの出血をハンカチで押さえつつ、宙は深呼吸をする。戦意ならば彼はまだ失っていない。それに代行者側も今は司教に懺悔をするのが最優先なようで、行動不能な状態だ。


(司教を何とかしないと、本隊が来たところで、死人が相手の戦力になるだけだ。『死霊術(ネクロマンス)』の射程は100m。そう遠くない位置にいるはずだ)


 宙は無線機に手をかけた。


『北方面に向かっている本隊へ通達してくれ。敵に司教あり。『死霊術(ネクロマンス)』を使用。交戦すれば敵戦力を増やすことになりかねない。尉官級、……いや、出来るならば佐官級の精鋭のみ、増援が欲しい。そして二回生は北区画に近づかないよう通達を』

『こちら中央警備センター。了解』


 宙は無線の周波数を切り替え、先ほど洋服屋に転がりこんだ班長に連絡を取る。


『遅滞戦闘に徹するのは変わりませんが、司教が『死霊術(ネクロマンス)』を使用している以上、数での圧殺が難しくなりました。増援がどの程度で到着するかもわかりません。先の見えない防衛戦を俺と貴方でやるほかありません』

『……』

『班長……?』


(俺は弱い。もう30も後半って歳なのに、民間の警備員の下っ端で働いて5年間。それから異形戦争が始まってからも警備局員。ダンジョン攻略に挑むトレイターとは華が違う。確かに、俺は無能だった。体力もなかった。頭も良くなけりゃ、顔もいけてるとはお世辞にも言えねえ、誰にでもできる仕事だと馬鹿にされて……)


■■■ 6年前 異形戦争 前年 居酒屋


「知ってる? こいつさ30超えてんのにまだ童貞なんだぜ?」

「え! 嘘でしょ? それってキャラ付けとかじゃなくて?」

「ははは、そうなんですよ。私女性とお付き合いしたことは無くて」


────知っていたさ。俺が“引き立て役”としてこの合コンに呼ばれていることぐらい。それでも、誰かの役に立てるならばそれでいいと思った。俺が貶されて、一組でも結ばれればそれは幸せなことじゃないか。


「あ、私。トイレ行ってきますね」


────逃げるように俺はトイレに行った。幸いまだ早い時間だったというのもあって、男子トイレには誰もいなかった。嗚咽が漏れた。今までの俺の人生は何だったんだと。両親からは勉強すればいい大学に行ける。いい大学に入れば、いい仕事に就けて。いい仕事に就ければいい嫁さんが貰えて、そうすれば、そうすれば……。


 涙が知らず知らずのうちにこぼれてきて、便器に落ちていく。まだビールを一杯しか飲んでないというのに嘔吐してしまった。


────結局。俺の中にあるのは肥大化した自尊心と、何の役にも立たないプライドだけだった。取り繕うように良い人間、まっとうな人間であろうとした。一組でも幸せになればそれでいい? 俺が犠牲になって他の人間が得をすればそれでいい?


()()()()()()()()()()!!!!


 さあ、吐き終えたら“地獄”に戻ろう。あの、地獄(リアル)に。


■■■


『……こちら班長、把握した。()()()()()()。死ぬ気でやるよ。言葉通りな』

『それは困ります。敵が増えちゃいますから』

『はは、手厳しいねえ』


 数多の屍が、生前ただでさえ高かった身体能力に加えてバフが乗り、宙に襲い掛かる。しかもこれからは敵代行者を迂闊に殺すこともできなくなった。殺せばそいつらは2倍強くなる。


 無数の十字剣が『ルビー』の腹部に突き刺さり、ドラゴンは怒りの咆哮を上げる。


 空中で旋回し、攻撃を回避するが。高射砲の様に発射される十字剣が凶悪だった。先ほど自分の傷口を見て気付いたがこの十字剣。刀身がフランベルジェのように波打っていて、傷口の縫合が難しく、失血を起こしやすいように加工されている。


『ルビー』でさえ、あまりに多く突き刺さると撃破されかねない。『死霊術(ネクロマンス)』されないためには、炎で炭化させきる。物理的に起き上がれない状態にする必要がある。そのため『ルビー』のドラゴンブレスはチャージしないと発射できない。


 しかし、手数が圧倒的に足りない。


「ああ……。結構やばいかもな。これ」


 宙の額を汗が伝う。


■■■ 洋服店


「映画みたくカッコよく、とはいかないもんだな」


 班長は体に刺さったガラス片を取り除きながら『不死鳥の霊薬』を使おうとするも、この程度で使っていたら肝心な時に使えないと思いとどまった。


 班長も自身の仕事、警備員として恥じない生き方を貫き通す為、デッキからカードを抜いた。


「1位みたくドラゴンに乗ってカッコよく、も。映画の主人公みたいにスマートに、もできないけどな」


「無能だって、泥臭く生きられるんだよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ