第30話 急襲
決勝戦開始直後、軽自動車程の大きさの紅いドラゴンが召喚される。馬に翼が生えたような形状で、深紅の鱗に鋭い眼光が紫苑を睨む。宙はそれにまたがり空に飛翔した。これが成功した時点で宙との勝負は決したと言っても過言ではない。何せ、紫苑のデッキには空戦に対する切り札が存在しない。
しかし紫苑は悠長にも、『仔山羊』『イビルイーター』『マナ・ゴーレム』を利用したループコンボで自壊回数を稼いでいた。
紫苑がトーナメントでほぼ必ず当たるであろう宙とのマッチアップを想定していないはずがない。
(対空……のカードは月見里君のデッキには入っていないはずだ。武器も『冥王の剣』。だが、何かをしようとしているのはわかる。準備が整う前に空から燃やし尽くす)
宙もその不気味ともいえる紫苑の隙を恐れて、地上に近づけずにいた。だから必然的に距離が空き、空の開けたコロシアムの天頂程の高度からの火炎放射がリングに叩き込まれる。
だが、炎は地上に届くころには減衰し、身体能力の向上した紫苑は容易に躱すことが出来た。
(決定打には……ならない、か。では爆撃といこう)
■『炸裂爆弾』 武具 コスト5 スーパーレア
●炎属性の爆発を起こす手りゅう弾
●攻撃力120 装填数15
上空から、ゴーレム相当ならば撃破可能な榴弾が投下される。それはリングを爆炎に包む。上空にいるからこそできる絨毯爆撃。それはリング全体を火の海にした。
上空からは爆煙のあがるリングの様子は見てとれない。だが勝利の判定が山本からされないという事は、未だ紫苑は存命なのだろう。
(『純銀の盾』を1枚は切らせたかったのだが……その報告もないか)
そう思った瞬間、宙の頬に鋭い痛みが走る。何事かと、手を触れると血が流れ出していた。
「砲撃……?」
「いいえ、投擲です」
煙が晴れると、マナ・ゴーレムの破片を弄んでいる紫苑の姿が、宙の視界に入る。
「悠長に、自壊ループをさせていたのは『冥王の剣』の強化のためではなく、『仔山羊』のバフで身体能力を高めるためか……。だが種が割れれば怖くない、投擲程度……」
宙のドラゴンの右翼に穴が開く、またも投擲を被弾した。
「……? 躱せない? 俺のドラゴンが……?」
人類がまだ兵器を発明する以前、圧倒的なフィジカルを持つ野生動物に根絶されなかったのは。一説によると“投擲能力”の高さ故だといわれている。
動物が基本持たない遠距離攻撃。これが人類はどんな生物より優れていた。『仔山羊』で強化されたそれは、異形にさえ通用した。しかし宙の想定外だったのは自壊スピード。想像をはるかに上回るスピードで身体強化が進んでいる。
当然、これまでの戦いでも『仔山羊』を使っていたのだから、それの警戒は宙側も怠っていなかった。
(なるほど。榴弾の投下位置を予想して、『仔山羊』を召喚。俺が攻撃していると思っていた時間は、彼にとって“自壊”の手間を省くボーナスタイムでしかなかったわけか)
■■■ 搬入トンネル
対炎武装した『大阪クラン』総勢52名。タンクを前面に、アタッカーがその後ろに陣取り、ヒーラーは最後尾につく。トンネルの中を小走りに駆けてゆく。
全員がカード武装をしている上に、通常武装でアサルトライフルを構えている。自動車でも数分かかるそのトンネルを侵攻していく。
「『理事長』とは交戦するな。わかっていると思うが、今回の俺達の目的はトレイター学園を陥とす事じゃない」
「わかっています」
いつ防衛のトレイターが反撃に来るかわからない。一糸乱れぬ密集陣形で“敵”がトレイター学園に近づいていく。
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異変に最初に気付いたのは雪菜だった。本来紫苑の応援で、そちらに意識が向いていた彼女もスマホの緊急事態のアラートを無視することは無かった。
すぐさま確認すると、搬入トンネル入り口の監視カメラに映っている火の海が目に入った。そこからの判断は早かった。即座に理事長に「警戒度最大」の連絡を送り、理事長もその事態を把握した。
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「学生諸君! 謹聴ッ! 緊急事態だ! 今すぐトーナメントを中止する! 強奪者がこの学園に、迫っている。二回生は迎撃準備を! 一回生は避難誘導を行え! 警備局員及び尉官講師陣は搬入トンネル制圧に向かえ!」
理事長は声を荒げて、マイクを取った。講師陣もすぐさまデッキをアクティベート。臨戦態勢に入る。紫苑と宙にもその言葉は届き、彼らは戦闘を中断した。
それとほぼ同時。闘技場に大量の砲弾が着弾する。
「砲撃……?」
石橋が初撃に反応した。即座に広範囲、減衰障壁を張ったおかげで、死者こそいなかったものの負傷者が多数。
「……いや、これは、石礫。投擲だ」
理事長が苦い顔をする。百戦錬磨の彼女は、こういう戦い方をするスナッチャーを知っている。
『教団』信徒。まともなカードさえ持たしてもらえずに、戦いに来る前にエンチャントカードで強化され、チェスの捨て駒のように使い潰される。通称、代行者。
「雪菜君! 搬入トンネルの『教団』はカード武装しているか?」
『いえ、『教団』ではありません。あの武装。恐らくは『大阪クラン』……』
(手を組んだ……? カードを奪うという一点のみで共通してこそいるもののスナッチャーは他のスナッチャーでさえ狩りの対象だ。そんな無法者が?)
「雪菜君。有事だ。わかっているな?」
『言われなくとも。トンネルより、侵入者が52。山間部を上って侵入してきたであろう代行者がおおよそ100! 可視範囲内だけでそれだけいます』
理事長は息をのんだ。
「150、強……? 冗談だろ……?」
(何が目的だ? 兵力が少なすぎる)
理事長がいるこの学園を、150程度のスナッチャーで侵攻するには桁が足りない。そも彼女がいるから、輩が攻めてくることを想定していない。サイバーチームもそれに則って組織された物だから、対応が遅れた。
■■■ 学園北部
警備局員の巡回が、カードを使って交戦した。ほとんど時間を置くことなく、その勇敢な警備局員は壁の模様となった。神父服を着ている慈愛の塊のような人物。彼は柔和な表情をしながら十字架を模した“十字剣”で串刺しにして、警備局員を建物の壁に磔にした。
増援がすぐさま駆けつけ、その代行者に罵声と共に攻撃を仕掛ける。軽々とそれを躱した代行者は、バックステップしながら両手を前に出して、困ったような表情を浮かべる。
「落ち着いてください」
「順番ですよ。順番に」
「皆、同じところにゆきます」
挑発、ではない。彼は心の底から、激憤している警備局員の気持ちを勘違いしていた。彼らの事を我先にと救いを求める子羊だと妄信していた。『教団』信徒にとって、死は救いであり、抗うこと自体を理解できないのだ。
警備局員も『教団』が話が通じる集団だとは思っていない。異形を大量展開。スピードに特化した彼を殺すために、猟犬タイプの異形を多数召喚。
代行者は基本的に暗器の様に隠し持った、十字剣を主力武器にしている。刺してよし、斬ってよし、投げてよしの万能兵器だ。当然そのままだと異形相手にはオモチャのナイフ以下だが、エンチャントされているそれは、下級の異形程度ならば撃破可能。
しかしそれにも限りがある。十字剣が尽きた代行者は焦るでも、怒るでも、悲しむでもなくただ冷静に。神父服より伸びるワイヤーを引っ張った。
「では、お先に」
自爆。代行者が使うその戦法は有名で、『教団』戦ならば誰しも防御系統のカードを挿している。警備局員は爆炎を防ぎきり、負傷者の救助に当たる。
「太ももの大動脈を損傷している……! 『霊薬』を使用する、ぞ……。あ?」
救護に入った警備局員は肩に鋭い痛みを感じた。視線を横にずらすと十字剣が突き刺さっている。
上を見ると忍者の様に建物の屋上を飛び回っている代行者が目に入る。次の瞬間、眉間にも十字剣が突き刺さり、警備局員は絶命した。
『こちら北部警備局D班! 代行者多数! それもかなりの手練れです! 増援を……』
『こちら中央警備センターより通達。只今、東西南北全ての区画より代行者の侵入を確認。佐官級講師到着までおおよそ15分。現状維持を』
15分という絶望的な時間を聞いても、警備局員は退かなかった。スイーツダンジョン事件では発電所職員でさえ果敢に戦った。学生を守る立場である自分らが退いたら、何が残るというのだ。
「ああ、そうだな。そうだよなァ!!」
生き残った数名の警備局員のうち一人、班長はカードの展開と共に、煙草に火をつける。
「今日はこんなにも天気が良い。なぁ! お前ら。死ぬには良い日だ」
警備局員全員が臨戦態勢に入る。高所に陣取った代行者たちは心底不思議そうな顔をしながら十字剣を抜いた。
■■■
理事長は、即座に緊急事態を管理局に連絡。高速の飛行系異形に皇大将が乗ってくるにしても東京から軽井沢まで30分はかかる。そもトレイター学園の防衛は「理事長」一人で事足りるのだ。
(……トーナメント中は講師陣が最も警戒する時だ。一騎当千の理事長が出張らなくとも、スナッチャーごときの襲撃、佐官講師で十分だ)
(威力偵察……? いや、それならばもっと戦力がいる。こんなの飛んで火にいるなんとやら、だ)
(真っ先に思いつくのは“陽動”。だからこそ最高戦力の理事長は前線に出られない)
紫苑は、リングで一人考えていた。琴音は彼のサポートの為に、リングに上がり声を掛ける。その声で我に返った紫苑は曖昧な返答をする。すでに小鳥遊宙は地上に戻ってきていた。
「……どうやら、穏やかじゃないね。今、要が理事長に判断を仰ぎに行っている。俺の持っている人が乗れる大きさのドラゴンは四種類。ルビー、ラルド、サアファ、ラズリ。このうち三体を君たちに貸し出し、即座に救援へと向かう。長谷川先生は既に『狩人の健脚』でトンネル方面に向かったそうだが、山を踏み越えてきた『教団』への現着がまだだ」
「え? それってつまり?」
琴音が目を丸くする。トーナメントで宙に手も足も出なかった自分を彼は格下にみていると勝手に思い込んでいたためだ。
「学園1位から3位。及び、月見里君。この四名で全方面遊撃に出る、という提案だ。それを要が打診しに行っている。雪菜君からのサポートは万全。通信はオールグリーン」
「そんなに貴重なカードを、まだ出会って数分の僕に渡していいんですか? そのまま空飛び、どこへと消えるかもわかりませんよ?」
「わかるさ。一戦交えただけでね」
紫苑がその不用心さに突っ込みを入れたところで、宙は茶化さずに答える。そこに要が走ってくる。
「許可が出ましたわ! 本隊到着までの遅滞戦闘に徹してくれとのことです!」
即断即決ができるのは強者の証だ。示し合わすでもなく、ドラゴンにまたがり簡単なハンドサインで四名は東西南北の区画に飛んでいった。
□□□ 学園北部
「……ハァ。ハァ……」
警備局員班長は肩で息をしていた。代行者の強さは異形と似通っている部分が多い。まず数が多い。次に身体能力が常軌を逸している。そして最後に“死を恐れない”。
敗北が濃厚になれば、体に巻き付けてあるTNTを起爆させ、リソースを割いてくる。如何にカードが使えるトレイターだとしても。この戦法を取られると単独で戦うには分が悪い。
すでに彼の部下は十字剣で急所を的確に抜かれ、横たわっている。
「……なあ、ちょっといいか」
「はい。何でしょう? 『死にたくない』という願いならばご期待には応えられないのですが」
「最後に煙草一本、吸わしてくれねえか?」
代行者は笑顔で答えた。
「良いですよ。でも一本だけです。時間を稼がれると増援が来て貴方を救いの道に案内することが困難になってしまいます」
「抜け目ねえなあ……」
煙草に火をつけ、カードを横に置いた。ハナから15分の防衛など無理だったのだ。代行者は反逆者殺しのエキスパート。しかもそれが『教団』で最弱の戦闘要員っていうんだから笑いも出ない。
煙草の灰が落ち火種が床に落ちると同時に、代行者は地を蹴った。
刹那、代行者の身体が炎に包まれる。
「おや、おやおや。予定よりもお早いご到着で」
激痛が走り、息さえまともに吸えない状況であるにもかかわらず。焼かれている代行者は満足げに死んでゆく。
その炎は上空の紅いドラゴンから放射されていた。
「1位、小鳥遊宙。救援に到着しました」
この地獄に英雄が駆けつけた。
■■■ スカルローバー 拠点
「確かに、『大阪クラン』と『教団』が手を組んでるように見えるなあ」
ボスはフライドチキンを喰いながら拘束した『大阪クラン』メンバーと『教団』に対して話しかける。タブレット画面には兵士たちのカメラから映るリアルタイムの映像が流れてくる。
「はい。以前よりこの革命は『大阪クラン』ボスの悲願でした。今回はその序曲だと」
「そのためだけにあの化け物ぞろいの学園に?」
今度は代行者が答える。
「はい、その方が話が早いと。映像でご確認いただけたら我々の言が伊達や酔狂でない事はわかりますよね?」
「確かにグダグダ言われるよりはいいかもな。……お前たちは何で協力してるんだ?」
「教祖奪還が革命の一部に入っているからですね。死は確かに救済です。でも、ただ死刑になるだけではより多くの人を救えません」
スカルローバーのボスは次にハンバーガーに手を付ける。
「大阪のほうは俺も誰がボスだか知らねぇぞ?」
「私も知りません。ちなみに拷問しても知らないものは知らないので、無駄骨ですよ」
「ああ、それならもう腹いっぱいだ」
まるまると出た腹を叩きながら、ボスは眼光を鋭くする。
「大阪は組織長の悲願の達成。教団は、教祖様の解放。俺らが参加したら、何のメリットがあるんだ?」
「それを話し合うための先遣隊です、私たちは。奪ったカードの取り分を優先譲渡するなどを考えていました。特に我々『教団』はトレイターにカードが渡らないなら、そこまで執着していませんしね」
「そっか、じゃあ乗るわ」
あっけからんとボスは首を縦に振った。
「……幹部会などは開かなくていいので?」
「俺はフランス料理が嫌いだ」
「……は?」
あっけにとられる二人をよそにボスは話を続ける。
「俺はマナーが嫌いだ」
「……」
「俺はルールが嫌いだ」
「俺は法律が嫌いだ」
「ダンジョン攻略が嫌いだ。全部面白くない。」
盛大に手を広げて高らかに宣言する。
「つまんねえことを無くしてぇんだ! 俺は! 堅苦しい法律も、カードを奪うなんてお題目も。二の次だ。人殺しに道理はいらねえ」
「ああ、楽しそうじゃねえか。久々に退屈を殺せる」




