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第29話 決勝戦

 紫苑は一人控室で座っている。二回戦の最終試合が終わり、リングの清掃が行われるのをモニターで確認し、視線を下に下げた。


(琴音は一回戦で(そら)さんに敗北、か……。マッチアップが悪すぎる。校内ランキング1位。しかも対人特化の彼に勝つのは僕でさえ難しいだろう)


 トーナメント中の連絡は禁止されている。だから薄い壁掛けモニターに映し出される他プレイヤーの戦闘の様子でしか、窺い知ることが出来ない。


(後で、琴音の好きなもんでも買って飯にするか。そんでもって雪菜も呼んで、鬼塚や姫も……)


 そこまで考えて紫苑は琴音が何を好きなのか、をよく知らないことに気が付いた。たこ焼きもチーズフォンデュも美味しそうに食べていた。しかし特別何が好きなのか。


 彼女の好物は何なのだろう。余暇は何をしているのだろう。異形戦争以前はどのように暮らしていたのか。


 彼女に興味を持っていることに自分でも驚いた。故郷奪還のために心を殺して鋭利なナイフの様に尖っていた彼の心がいつの間にか丸くなっている。決して折れずに、錆び付かずに。あの日、妹の「腕」に誓った覚悟が揺らいでいるのではないか、と。


 そんなはずは無い。誰を利用してでも、何を壊してでも、故郷の奪還、異形の殲滅は紫苑の悲願だ。友人が、仲良くなった友人が数人出来たほどで、壊れるほど、彼の覚悟は軽くない。はずだ。


 しかし焦りもした。紫苑にとって、優先順位がいつの間にか変わっている。という事は青天の霹靂だ。いずれ安穏とした生活に身を任せ、牙が抜け、爪が折れるのではないかという可能性に、彼は恐怖した。


(そんなはずは、ない。あってはならない……)


 紫苑は両拳を握りしめた。だが脳裏から、落ち込んでいる琴音の幻影が呪いの様に彼を取り巻く。


『もう、十分頑張ったじゃないですか、紫苑さん。少尉まで来ればほとんどの大型ギルドから声がかかります。わざわざ危険な失楽園に行く必要なんてないんですよ』


「お前は、……琴音じゃない。彼女はそんな事は言わない。消えろ」


 紫苑は手で空を切り、一人で、その幻覚と戦っていた。


「月見里さん! リングの清掃終わりました! 準備お願いします」


 スタッフの一人が控室の扉を開け、紫苑に声を掛ける。彼が不思議な動きをしていたのを、準備体操だと解釈したのだろう。少し不思議な顔をしながらも誘導し、紫苑は礼を言いながら、彼についていった。


■■■ 準決勝 


「トーナメント表を見た時から気付いておりましたわ」

「……」

「あたくしと相対するのは貴方だという事に」

「随分と買いかぶってくれますね」


 ぶっきらぼうに紫苑が答えるがそれに笑って返したのは(かなめ)だった。


「ええ、正直に申し上げまして、最初お見かけした時は、ここまでの人物だとは思っておりませんでした」

「正直すぎますよ」


 紫苑は苦笑を漏らした。


「あら、失礼。傲慢でしたわね」


 要もつられて笑う。しかしそれはすぐにひき、真面目な顔をして紫苑を見据える。


「そして今、ミドル級を踏破して貴方はここに立っている。数多の辣腕を退け、準決勝の場にまで歩を進めた貴方に最大の敬意を持って、お相手致します」


 カードに手をかけるまでの時間を平等にするための措置である準備完了の合図。要は両手を上げる。寒風が金髪の縦ロールを揺らし、その琥珀色の目には“獣”が宿っている。


 紫苑もおもむろに両手を上げる。


「準決勝第一試合! 少尉同士のぶつかり合い! かつて学園でこれほどまで、階級の高い試合があっただろうか? いや、ない。学生諸君括目しろ! それでは両者、準備OK? それでは構え!」


 空砲が鳴る。と同時、破砕音が轟く。


 マナ・ゴーレムが左右から斜めに飛んできた氷結の斬撃波を受け止め瓦解した。


(氷結チェスデッキ。彼女はグッドスタッフ使い、だと思っていたが、カード資産があるという事はテーマデッキも使用可能だという事。そして彼女がこのデッキにしたのにも理由がある)


「宙さん対策ですね、これは」

「ええ、貴方は確かに脅威です。でもそれ以上の怪物がこの学園にはいるもので、そちらへの対応を優先しないと」

「はは、妬けますね」


 要が使用したのは「氷結のビショップ」斜め方向にしか攻撃できないがその攻撃範囲は空に届く。さらに危険なのがその攻撃速度。一瞬にして凍結する衝撃波を放出し、撃破、もしくは固定する。


 自壊可能な異形だったらいいが、宙の使う切り札は自壊不可能な異形である。それを氷漬けにしたら、クールダウンさえ始まらない。ただただ冷えているだけだ。


「氷結のポーン! E4へ!」


 氷の彫像の様なチェスの駒が前進してくる。氷結チェスデッキ。ほぼ全てのカードがスーパーレアというとんでもなく高価なデッキであるが、揃えた時のシナジーは凄まじい。


 攻撃と移動はチェスのルール通りにしか行えないものの、“効いている”コマを撃破しようとした際、必ず、そこに攻撃が飛んでくるのである。


 なので要はチェスをプレイしながらカードを使わなくてはいけない。


 そして最大の特徴。


『氷結のキング』これは要に無敵効果を付与するとともに、キングが取られたときに要が死亡するという効果を持っている。つまりこの氷上のチェスに勝たなければ、要の命に届かない。


(マナ・ゴーレム以外であの氷撃を防ぎきるのは厳しいか。となると次の手は……)


「氷結のナイト。F3」


 騎馬の形をした氷像が跳ねる。着地と同時に、衝撃波を全方位にまき散らす。それは氷剣となり周囲に飛び散る。デスドールが防ぐが氷結のチェスの駒はデスドールの道連れ効果を無効にする。


(……ッ。厄介だな)


 イビルイーターが現れ、仔山羊を食べる。それにより、紫苑の身体能力は30%向上。颯爽と戦場を駆け『冥王の剣』で取れるコマを取っていく。


「氷結のビショップB5」


 斜め方向にスライドしてくるビショップが氷結する光線を4方向に放つ。


 要の的確な指示が、紫苑を追い詰めていった。


□□□


「な、なぜですの……?」

「随分と僕の事を研究されていたようで、嬉しいですよ」


 紫苑は右の額から血液を流し、それも凍気によって固まっている。彼は氷結のクイーンの破片を踏みつけながら、霜のついた『冥王の剣』を振り払う。


 既に前線まで到達し、最小限にまで被害を押さえたものの、失ったのは左腕と右目。更に脾臓、膵臓一部損傷。


「典型的なルイ・ロペス・オープニング。確かにこれがチェスならば完璧な指し手といわざるを得ません」

「だが、これはカードを用いた決闘。盤面だけを見ていても勝てませんよ」


 がっくりと要はうなだれ、膝を折る。


「そうです、ね。仰る通りですわ……」


 要の口角が上がる。


()()()()()()()()()()()()()()()


 リングの中から土気色をした巨大な魚が、岩石で出来たリングを泳ぎ、飛び出るかのように紫苑を、喰った。


「よく勘違いされる方が多いのですが、テーマデッキで組んだデッキはそれ以外に有効打が無い、と。宙にばれてしまったのは手痛いですが、チェスで御せないならば盤面ごと割ってしまえばいいだけの事。単純な話ですわ」



■『岩遊魚(ペトラ)』 異形 コスト15 ウルトラレア

●個体の中も回遊することが出来る

●攻撃力321 体力163



「月見里紫苑、一回死亡!」


 その勝利宣言を聞き、髪を搔き上げる要。後ろを振り向き、リングを降りようとする彼女の足がピタと止まる。


(……一回?)


岩遊(ペト)()』が中から裂け、青い血と共に未だ腕の欠損した紫苑が歩み出てくる。


■■■ 一か月前 理事長室


「このトーナメントは死亡したほうが負けなんですよね?」

「嗚呼、その通りだとも紫苑君。単純明快なルールだが何か不明な点があったかね?」

「『純銀の盾』が発動した時ではなく、死亡した場合、なのですね」


 理事長は真意を悟ったのか、笑みをこぼす。


「そういう事か。2枚目の『純銀の盾』を自前で用意した場合どうなるのか、が知りたいわけだ」

「話が早くて助かります」


 特級のコーヒーの芳醇な香りを楽しみながら、二人は対面している。


「今まで前例は無い。『爆炎術式』ほど流通枚数が多くない『純銀の盾』を2枚採用したい、と申し出た学生はいなかったからな」


 理事長が眼鏡を中指で押し上げコーヒーを啜る。


「2枚目の『純銀の盾』が発動した時点で、敗北とする。学生が持っているカードを最大限利用する祭典だ。持っているものは全て使ってくれ給え」

「わかりました。貴重なお時間を割いていただきありがとうございます」


■■■


「『氷結のポーン』8体セットで1枚」

「『氷結のルーク』2体セットで1枚」

「『氷結のビショップ』2体セットで1枚」

「『氷結のナイト』2体セットで1枚」

「『氷結のクイーン』1枚」

「『氷結のキング』1枚」

「貸与されている『純銀の盾』1枚」


 紫苑はつらつらと撃破した駒の名前を上げていく。


「計7枚。おかしいな、1()()()()()()()()?」


 剣に付着した『岩遊(ペト)()』の血液を振り払いながら『氷結のキング』の前に立つ。


「さらに言葉を返させてもらいますよ。()()()()()()()()()()()()()()

「……お見事」

「チェックメイト」


 紫苑は『冥王の剣』にて『氷結のキング』を破壊。と同時に要の身体が砕け散る。『純銀の盾』にて再生するが彼女は仰向けに倒れこむ。


四月(わた)一日(ぬき)(かなめ)、死亡! 勝者、(やま)見里(なし)紫苑(しおん)!!」


 観客席から歓声が巻き起こる。番狂わせの大逆転に歓喜する者、要に大量のポイントを賭けていた者の阿鼻叫喚と、熱気が会場全体を包む。


 紫苑は倒れている要に手を差し伸べ、彼女を立ち上がらせようとする。彼女は少し逡巡したのち手を取った。


「強かったです。チェスで相手を追い詰め、詰め切れなかったら『岩遊魚(ペトラ)』で場を返す。凄く単純な戦法ですが効果は抜群ですね。確かに今回は決闘という形だったので『岩遊魚(ペトラ)』の警戒ができましたが、乱戦ならこうはいきません。テーマデッキに、他のカードを挿すのは僕の構築にも流用できそうです」

「……侮っていたつもりは無かったのですけれどね。こんなことならば宙よりも貴方の対策を優先するべきでしたね」

「そう言っていただきありがたいです。ただ、最後の切り札を切らされたのは僕も同じですよ。後は宙さんですか」

「気が早いですわね。トーナメントは全員が傑物。彼が勝ち上がってくるかはわかりません」


 紫苑は頭を掻き、申し訳なさそうに返答する。


「それもそうですね。少し早計でした。今度はダンジョンでご一緒しましょう」

「ええ、私の方からお願いしたいですわ」


□□□ 決勝戦


 会場のボルテージは最高潮にまで達している。いよいよ決勝戦。対戦カードは紫苑VS宙。両名はリングに上がり近づいて握手を交わしている。


「直接会うのは、初めてかな? いや、獅子奮迅の活躍をしているようでよく耳にするよ、君の事は」


 空色の髪に、青いピアス。身長は高くすらっとした体形。この学園には彼のファンクラブもあるそうで、一部の女学生からは黄色い悲鳴が上がっていた。


「僕もここまで来れたことに驚いていますよ。やはり優勝するにはあなたを避けては通れないみたいですね」


 宙は照れ笑いをしながら鼻の下を擦る。


「過大評価だよ。階級こそ中尉だが、俺もまだまだ学ぶことが多い。勿論君の事をラッキーパンチでここまで上がってきた幸運なトレイターだとは思わない。要にも勝利した実力者だ。今まで手を抜いていたつもりはないが、全身全霊で相手させてもらうよ」

「胸を借りさせていただきます」


 そこで二人は距離を取り両手を上げる。会場の熱気にあてられたのか山本の口上もさらに熱がこもっている。


「諸君らは伝説の目撃者となる! 僅か半年でこの学園の最高クラスの戦力にまで上り詰めたダークホース。月見里紫苑! かたや学生の身でありながら講師にも勝利経験のある小鳥遊宙! この頂点を決める試合は瞬きも許されない! 全学生の最強を決める決勝戦が今、始まる!!」


 号令と共に空砲がリングに響き渡った。


■■■ トレイター学園 搬入トンネル


 一台の物資輸送車がこのトレイター学園唯一のトンネル入り口に到着した。そこで警備員が出てきてその車両を止める。車両から出てきたのは作業服を着た男性二人だった。


「本日の物資をお届けに参りました」


 作業帽を目深にかぶった彼らはそう警備局員に話しかける。


「お疲れ様です。IDカードの提示をお願いできますか?」

「IDカード……ですか?」

「あ、もしかして新人の方ですか? このトンネルを通行するのに必要な物なんですよ。ご存じなかったですか?」



 しばしの沈黙の後作業服の男は思い出したように口を開く。



「ああ」



「それなら」





()()()()


 警備局員は道路を猛スピードで走ってくるタンクローリーを発見した。即座に状況を把握した彼らは、カードを抜こうとするも、間に合わなかった。


 トンネルの壁に激突したタンクローリーからはガソリンが漏れ、爆音と共に炎上する。警備局員は爆発の衝撃で吹き飛ばされ、焼け焦げた。


 火の海となったトンネル入り口で作業服の男性は帽子を脱ぎ捨て、無線で連絡をとる。


「お前たち、降りろ」


 物資輸送車からは武装した男たちが続々と降りてくる。


「『大阪クラン』各員、対炎武装。デッキアクティベート」





「革命の狼煙を上げろ。全隊、進軍」


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