第3話 編入試験
現場には救急車と警察。そして関東最大のギルド「オーディンギルド」よりプロのトレイターが二名同伴していた。
人を殺し、人が殺されているのだ。異形戦争以前ならば長時間の聴取が待っているが、今回の対応はあっさりしたものだった。
「またこいつ等か、害虫どもが。『アルテミスギルド』の奴らは何しているんだ……」
「まぁまぁ先輩。それだけ数が多いってことでしょう。私達としても、巡回の人員を増やしたほうがいいと部長に進言してみますか」
琴音が事情を説明しながらギルドのトレイターに頭をぺこぺこと下げている。彼らは二名とも細身だが、服の上からでもわかる筋肉がついており、カードの腕だけでなく徒手格闘でも一流な事がわかる。国内で最大数の5枚ものレジェンドレアカードを保有する四大ギルドの一つ、オーディンギルド。
「もう帰っていただいて大丈夫ですよ。これ私の連絡先です」
琴音は紫苑に敵味方問わず死亡した人間が持っていた数十枚のカードを手渡し、こっそりと耳打ちする。
「カードの管理だけは気を付けてください。一枚でも紛失した場合、特待生枠の話は無しにする、と先ほど理事長が仰っていました。一週間カードを護りきる。それが最初の試験だと」
「何故……」
「?」
琴音が不思議そうに首を傾げる。はねている髪の毛は寝癖ではないだろう。かといってセットしているわけでもなさそうだ。それがぴょこんと揺れる。
聞きたいことは色々あった。アホ毛の事ではない。どうしてそんな簡単に気持ちを切り替えられるのか。初対面の僕を信じてカードを預けられるのか。試験がそんなものでいいのか。
疑問は尽きない、が今すぐに答えを知ろうとするのは貪欲すぎるだろう。一つ一つ考えていけばいい。今現在、紫苑は極度の緊張から解放されたことで疲労の限界に近付きつつあった。
「ああ、わかった。また学園で」
「ええ、お待ちしております」
パトカーに乗せられ、自宅まで送られる。まるでタクシーの運転手かのように、警官が気さくに話しかけてくる。
「兄ちゃん、大変だったな。でも近くにオーディンさんとトレイター学園の学生さんがいたのはラッキーだったね」
「え? はい……」
どうやら僕が助けられたと思っているらしい。琴音の協力があったのは確かだが、オーディンギルドに関しては到着を待っていたら全滅していた。だが、そんな些事を訂正する気にもなれなかったので適当に返す。
それからも色々な事を聞かれたが本当のことを話した。住所、氏名、家族構成、職業、等々。これが軽い事情聴取も兼ねているのかもしれないと紫苑は汲み取った。
「ここ? 君の家って? なかなか年季入ってるね」
「ええ、まあ。では、お仕事お疲れ様です」
「おう。ちょっと混乱してるかもしれないが、今はゆっくり休んでくれ」
フランクな警官は手を軽く上げる、紫苑はアパートに入っていき、布団に倒れこみ死んだように眠った。
□□□
「対象に不審な点はありません。唯一つ、謙虚なのかどうかわかりませんが、自分が戦ったことに関しては伏せているようです。それにカードをきちんと隠すくらいの危機感は持っているようです」
先ほどまで親戚の叔父さんのように紫苑に語り掛けていた警察官はもうその顔を変貌させていた。警察帽を脱ぎ、髪を搔き上げると、長い前髪だけ白色で、全体は鼠色のオールバックの髪形をしている中年男性だ。従来拳銃のホルスターがある位置にはカードのデッキが薄いケースに入っており、拳銃は左の脇の下に備え付けられている。すぐにでもカードを抜くことを可能にするため、利き手と反対側の手で携帯電話を持っている。
「住所は東京都足立区北2号シラカバ荘一階103号室。話を聞いた限り北海道難民の一人暮らしだそうです。はい……、はい……」
「弁えております。彼の周りには、私服警官を常に三人以上つけるようにいたします。緊急の場合には迷わず処理を行える警視庁管理局でも選りすぐりの三人を」
「……はい。分かりました。では後の雑務はお任せください。“理事長”」
通話を終え難しい顔をしていた警官は、パトカーの運転席に座る部下に呼ばれ振り返る。その風体は飄々とした人の良いおじさんに戻っていた。口には煙草を咥え、襟を正しながら、助手席へと戻っていく。
「うーん。おじさんには見たところ大丈夫に見えるんだけどなぁ。重心の運び方も素人のそれだ。元軍人やプロの殺し屋ってわけでもないだろう」
「皇さんの基準で考えないでくださいよ。フランス外人部隊にあんな若者がいますか?」
「いや、結構若いのはいたぞ? 当時30だったおじさんでも、爺さん扱いだ」
女性警官はそれをジョークだと思ったのだろう。呆れたように半目で皇を睨みつけ、一言。
「あとこのパトカーも制服も、交通課からの借りものなんですから禁煙すよ」
「ああ……そうか。忘れてた」
シガーポケットに煙草を押し付け、揉み消したのを確認すると、パトカーを走らせて夜の街に消えていった。
■■■ 翌日
「……62。63。64! 大丈夫だ。全部ある」
迂闊である。いくら紫苑が精神的にも肉体的にも疲労の限界を迎えていたとしても、こんなセキリュティの「せ」の字もないアパートで鍵も閉めずに眠りこけるのは。あまりに迂闊だ。
今日も昼から工事現場で日雇いの作業をした後、夜はコンビニでバイトだ。顔を洗い、歯を磨き。麦茶を水筒に入れ、動きやすいTシャツに腕を通した後に、だれもいない部屋に向かって半ば習慣化した「行ってきます」の挨拶をした後、アパートをでる。
■■■
基本的に紫苑は毎日バイトしている。最初の試験内容はカードを一枚も紛失させるな、という課題だったが、これをどうすべきなのか紫苑は大いに悩んで午前中はそれに時間を割いていた。
カードは合計64枚。未知の物質で出来ているこのカードは薄い割に強靭で、引っ張っても燃やしても傷一つつかない。確か聞いた話ではダンジョンの攻略に失敗した時、ダンジョンに還元されるらしいが、その仕組みは解明されていない。
(と、なると。ダンジョンに挑戦できない僕にカードを渡しても消滅の危険はない、と判断されたのか? いやしかし、昨日まさに強奪者に襲われたばかりではないか。反社会勢力に『カード』が渡るのはダンジョンに還元されるより危険な事では……)
「……い。おい! 月見里! お客様だ!」
「あ! 申し訳ありません。お待たせしました。こちらのレジへどうぞ」
■■■ バックヤード
「お前さ、レジ打ちの途中にボーッとするって社会舐めてんの?」
「すいませんでした。今回は完全に僕が悪かったです」
不愉快そうにバイトリーダーが眉をつり上げる。目元をぴくぴくと痙攣させながら怒気を孕んだ声色で話し出す。
「今回”は”? いつもは悪くねえみたいな言い方するじゃん」
(やってしまった。これだから、コミュニケーションは苦手なのだ。喋ると余計な一言まで言って相手を怒らしてしまい、沈黙に徹すると面白くない奴だと呆れられるのだ)
「達也……。このニュース見てぇ」
気持ちの悪い猫なで声を出しながらバイトリーダーに声をかけてきたのは、紫苑の後輩で現在バイトリーダーの彼女……、の一人である女性だった。彼女に他意はなかっただろうが、紫苑は内心感謝していた。
「お、どうした。リカ。……殺人事件? うわ……ここからめっちゃ近いとこじゃん」
「強奪者を……トレイター学園の学生とオーディンギルドの共同戦線により被害を出しながらも撃退。うわ、マジか。クソかっけえ……」
僕が根回ししたわけではないが、“こう”したほうが都合は良いのだろうか。難しいことはよくわからない。しかし、ひとしきり興奮したのち彼の矛先は紫苑に向く。
「紫苑君もゲームばっかやってないで、もっと世の中に貢献したほうが良いぞ。労働ってのはな。ただ、金を稼ぐ手段じゃないんだよ。分かるか、お前? トレイターはスナッチャーと戦い、ダンジョンを踏破する。人類の希望みたいな存在なんだ。俺達の仕事は評価されない事が多い。それでもな……」
(また、始まったよ。これ今日も長くなりそうだな。この時間分の給料も払って欲しいもんだ)
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「……たとえアルバイトでもPDCAサイクル回してだな……。そもそもお前は社会人としての自覚が足りていないんだよ。バイトに来るのだって5分前。1時間は早く来て掃除でもしておくってのが……」
紫苑は服の下に対人特化のデッキをアクティベートしてある。これは言わずもがなスナッチャーの襲撃に備えて、である。
家に金庫は無い。そも、ぼろアパートに盗みに入るほど悪食な泥棒もいないだろうが、念には念を入れて全てのカードをバイト現場に持ちこんでいる。
結論から言うと、この目の前の小うるさいバイトリーダーを3秒で殺せるだけの兵装を保持しているのだ。未だ現実感は無いが、あれ程の経験をした僕なのにバイト先ではいつも通りいびられるのだと、そのギャップに笑ってしまう。
「何笑ってんだ! お前、俺を舐めてんのか?」
「いいえ。立派な志を持った素晴らしいお方だと思いますよ」
末尾には言っていることが口だけでなければという文言がつくが。
「そうだ。店長にはもう言っているのですが一週間後、アルバイトやめさせていただきます。今までお世話になりました」
「ハァ!? それは一番に俺に話すことだろう? 引き継ぎもしないで辞めるとか他のスタッフの事を考えているのか? 責任っていうのは……」
「もうマニュアルなら作りましたよ。残りの一週間で、後輩に出来る限りの仕事を教えて辞めるつもりです」
このバイトリーダーの三倍以上、紫苑はこの店舗に貢献している。当然空いた穴はこのバイトリーダーが埋めなくてはいけない。目を白黒させる彼を尻目に、紫苑は退勤していった。
■■■
ビルの屋上より双眼鏡で紫苑を監視する一人の男性がいた。鉄柵にはカードが具現化した狙撃銃が立てかけられている。
「皇大将。目標コンビニより帰宅中。監視を続けます」
「報告ありがとう。最初に言ったが銃口を向けるなよ? 相手は『感知石』のカードを持っている。デッキにアクティベートされていたら露見するからな」
「分かっています」
「これ終わったら飯でも食いに行こうか。銀座の寿司屋にでも連れてってやる」
「ありがとうございます。これにて定時連絡を終わります」
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スーツを着てデスクに座り煙草を吸っている中年男性。皇一徹は「アイツ寿司嫌いなのかな? あんま興奮しないし」と少し寂し気に的外れな事を言っている。
いつも眠そうに半目を開けているブロンドの女性がコーヒーを二人分入れ、皇のデスクに置く。
「なんで管理局がただの青年1人にこんな監視つけなくちゃいけないんですか」
「まぁ、そりゃ理事長のお願いだからだな」
「そんなに恩のある人なんですか?」
ジト目を皇に向け、嫉妬したように唇を尖らせる。
「ああ、まだ異形戦争以前。おじさんが20代だった頃から彼女は全く老けていない。一体どんな魔法だよ」
「答えになっていません、よ?」
「答える気が無いからな。如月大佐には関係のないことだ」
茶髪のポニーテールを揺らす、ダウナー系で覇気のない女性トレイター、如月嶺はムスッと頬を膨らませる。
「如月。どうして俺が月見里の監視についていないかわかるか?」
「面が割れているからすよね? ついでに私もですが」
「それもある。しかし管理局のスナッチャー対策課が俺のワンマンだけで存続するのは余りに危険だ。最近は民間の、オーディンギルドやアルテミスギルドにも優秀な人材は流れていってしまうしな。異形戦争以前の公務員故の安定さなんて露と消えた」
「責任と対価が釣り合っていないんだ。余程の愛国者でもない限りこんな職やってられないよ」
皇は達観と諦観を吐き出すように紫煙を燻らせる。
「つまり、後任を育てる必要があるわけすね?」
「あぁ、そんなところだ」
皇は二本目の煙草に火をつける。そして首をひねり如月の方を向いて笑みをこぼす。
「それにこれは試験だからな。部外者の俺は出張っちゃいけないんだよ」
■■■ 一週間後
「これで良し、と」
生活必需品を段ボールに詰め終わり、後は迎えを待つだけだ。
琴音から聞いた話だが、今日の昼過ぎにトレイター学園から迎えのバスが来るらしい。12時少し前、インターホンが鳴る。
(少し時間より早いな)
返事をしながら扉を開けると、そこには誰もいなかった。
(悪戯……?)
直後、後方でガラスが割れる音が聞こえる。
既に紫苑は状況を把握していた。
カードを抜き『ビームライフル』を展開、窓からの侵入者に向けて発砲する。
■『ビームライフル』 武具 コスト10 レア
●直進する光線は物理防御を貫通できる
●攻撃力110 装弾数1
しかしそれは襲撃者の展開する光り輝くバリアで防がれてしまう。仕方なく、紫苑は『爆炎術式』のカードに手をかける。
「ストップストップ! それはまずい! 吾輩はトレイター学園の講師だ」
白髪に白い口髭を生やした壮年の男性は両方の手を上げている。しかし、その手には紫苑の持っているデッキケースが握られていた。
「最後の最後で油断したな。敵はあらゆる手を使ってカードを奪う。吾輩がスナッチャーならばあとは逃走しておしまいだ。その危機感では特待生として認めるわけには……」
「中身を見てみてください」
紫苑は未だ警戒を解かず、爆炎術式のカードを手にしていた。恐る恐る講師がデッキケースの中を見てみると、それは異形戦争前、世界で一番流行っていたカードゲームだった。
「ゲームの……カード?」
「はい、囮です」
紫苑が上着を脱ぐと64枚のカードを入れたデッキケースが見える。感心するように深い息を吸ったのち、壮年の講師は舌を巻く。
「素晴らしい、合格だ。琴音君の目に狂いはなかったようだ。では、行こうかトレイター学園へ」
「良い話風にしてますけど、ここの敷金と礼金は払ってくださいね」
割れて散らばった窓ガラスを指さして紫苑は苦笑をこぼした。




