第27話 クリスマスプレゼント
まだ二か月ほど先で気の早い話だが、このトレイター学園の学園祭はクリスマスイブから当日にかけて行われる。勿論、有事である今現在、呑気に恋人とクリスマスを過ごすなど学園側から推奨されることは無いが、この学園のクリスマスは靴下に入りきらないほどのプレゼントが送られる。
クリスマスに行われる学園祭、『学園トーナメント』
模擬ダンジョンが異形に対する訓練であるのに対し、このトーナメントは強奪者相手の対人訓練である。
そして、優勝賞品はサンタが腰を抜かして動けなくなるほどの高級品。
『ウルトラレアカード』
数億円の値がつくものだ。そのほか準優勝以下にも『スーパーレアカード』や予選を勝ち抜くだけでもレアカードをもらえるといった大盤振る舞いだ。
これは理事長が管理局とのコネクションがある為、国庫より送られるものが景品となっている。賞品もさることながら優勝経験どころか予選突破だけでも、四大ギルドや管理局から就職のスカウトが来るといった学生にとってまさにお祭りである。
■■■ カフェテリア
「また、お呼び立てしてしまって申し訳ありません」
「良いんですのよ。それにあたくしからも謝らなければいけないことがありまして」
お気に入りの席なのだろうか。前回、四月一日要と話したテーブルに一同は着席していた。奥側に要、テーブルを挟んで琴音、紫苑、雪菜と並ぶ。
「ただ、再来月トーナメントがあるでしょう? その為に一旦ダンジョン攻略委員の方の活動は停止する事になったの」
「正直、貴方たちのことを見くびっていたわ。ごめんなさい。まさか模擬ダンジョンどころか、ミドル級ダンジョンで欠員無しで生還するなんて」
要はティーカップの取っ手をつまみダージリンを飲んでいる。前に紫苑が指摘した軽い意趣返しといったところだろうか。
「だからトーナメントの後でも良いかしら」
「ちょっと、それは酷いです! 私たちは貴女が口を利いてくれるって言うから命がけで……ッ!」
琴音が珍しく声を荒げる。その琴音を手で遮って紫苑は口を開く。
「予想できていた」
全員の視線が紫苑に集まる。
「時期的に、今はトーナメントに集中すべきなのはわかっているし、四月一日さんの……」
「要でいいわよ。皆様そう呼んでらっしゃるし、雪菜ちゃんのことも呼び捨てにしているみたいですし」
一瞬、言葉を区切ったのち、紫苑は言い直す。
「要さんの言葉も一理ある。だが……」
紫苑の眼光が鋭くなる。
「責任のない発言はしないで貰いたいですね」
その闘気に要は一切怯むことは無く飄々と言葉を返す。
「安請け合いした事は謝るわ、でも白紙に戻したわけじゃないのよ、約束は反故にしないから」
「ええ、こんなことならば書面に残しておけばよかったですね」
要と紫苑は笑うが、互いに眼は据わっている。そこに切り込んだのは雪菜だった。
「えーとさ、要。ボクの面子もある。約束を反故にされると、情報の信ぴょう性が落ちる。情報屋にとってそれは致命的なんだ」
「ええ、わかっていましてよ。あたくしとしてもミドル級ダンジョン突破チームなんてこちらから引き入れたいものですもの」
要は口元を押さえてクスクスと笑っている。
「取り敢えず今はトーナメントの研鑽を積みましょう、お互い。ウルトラレアは売れば数億円になるそうよ。こんな美味しい話ないじゃない」
「はい。その話はトーナメントが終わって、来年ですかね?」
「そうですわね、正月帰省して、そのあとですわね」
紫苑は薄く笑い、要に語り掛ける。
「お互い、“両親”に恥じない生き方をしたいものですね」
「……」
「おや、如何しました? 何か変なことを言ったでしょうか?」
「……いえ、そうですわね」
(雪菜ちゃんが向こうサイドにいるってのは厄介ですわね。情報はあらかた抜かれているものだと思ったほうが良いかもしれないわね)
「では、お会計をしましょうか。その前に連絡先を交換しましょう。カフェテリアはとても美味しいです。が、財布に厳しい」
「良いですわよ。では出ましょうか」
紫苑が思い出したかのように店を出るとき口走る。
「そうだ。最近、講習で稼げる金額大丈夫ですか? 僕の方で、だいぶ顧客を取っちゃっているみたいですが」
要の眉毛がピクリと動く。
「ええ。学生で尉官は、あたくしと宙。そして貴方だけですからね。依頼は来るでしょう」
「ええ、そのあたりも“仲良く”やっていきましょうよ」
紫苑は満面の笑みで要に振り向き、タクシーに乗っていった。
■■■
「だから! なんで! 挑発するの!」
「わからないか? 雪菜。悪名は無名に勝る」
タクシーの後部座席に紫苑と雪菜が腰かけ、助手席に琴音が座っている。唾を飛ばす勢いで紫苑に食ってかかる雪菜を腕一本で制圧していた。
「例えば、異形戦争前の動画サイト。わざとモラルに外れることをやって炎上して悪名高くなる。それだけではどの企業も敬遠してしまって金にはならない。が、そういった輩にも案件が来ることもある」
「それに例えば恋のテクニックでもあるだろ? 僕は異性に好かれたことは無い。だが、ラブストーリーとかだと最初はヒロインが主人公の事を大っ嫌いだったが、一緒に行動するうちにギャップや気付かなかった良いところを見つけたりして、恋に落ちる。まあ映画知識だが」
「……」
(映画知識……ね。琴音ちゃん頑張って。ダンジョン攻略より骨が折れそうだけど)
「そして要。彼女の周りにはイエスマンしかいなかっただろう。何せ彼女がそうなるよう振る舞ってきたのだから。議論を建設的にするためにはNOといえる人物を側に置くべきだ。しかし、お嬢様を演じていて、それによって来るのは金持ちのおこぼれをもらおうとする卑しい人間。指示を従順に効く奴隷たち。それでも人は自分と対等に付き合ってくれる人物を心のどこかでは渇望しているものなのさ」
「だから彼女の中には間違いなく“僕”が刻まれた。衝突? 軋轢? 望むところさ」
そのままタクシーは学生寮まで走っていく。紫苑は呑気に鼻歌を歌っていた。
■■■ 雪菜の部屋
「要もああいっていたが確かにトーナメントは是が非でも勝ちたい。今は鬼塚と『姫』はいないが、彼らにも稽古をつけよう」
「その前に良いかな紫苑君。経験者のボクから流れを説明するね」
そこまで話した段階で、雪菜の腹の虫が鳴る。彼女は顔を紅潮させた。
「その前に夜ご飯にしましょうよ、私が作ってもいいですか?」
雪菜に許可を取ると、琴音は冷蔵庫にあった材料で、山掛けマグロ丼を作り、全員に対して振る舞った。
「琴音ちゃん料理上手いね! とってもおいしいよこれ! マグロと醤油が絡み合い、弾力があって噛みごたえ抜群。少ししょっぱめの味付けだからとろろとオクラがアクセントになっている。触感もいいし口の中をリセットしてくれて、また新鮮な気持ちで掻きこめる」
「ありあわせの物で作っただけですよ」
「いや、雪菜の言う通りだ、いいお嫁さんになれるぞ」
(ほんとにどこまで朴念仁なんだよ。でも脈が無いってわけでもなさそうだ)
「話の途中でしたよね、遮って申し訳ないです」
「いいや、いいんだよ。ご馳走様」
「ご馳走様でした」
食器を紫苑が水場に持って行って洗い、すぐに戻ってくる。
「さて、まずトーナメントについてだ。話し忘れもあるかも知れないから後で電子シラバスを確認しておくんだよ」
「まずは予選。参加者の中からランダムに10回マッチングして、上位16名がトーナメントで対戦する。この戦いは相手を殺したほうの勝ち、だ。全員『純銀の盾』を渡され、それが発動したタイミングで勝敗が決定する。実質デッキは7枚で組むことになる」
「トーナメントでも同ルールだ。ただ予選で使うデッキは何を使ってもいいのに対して本戦は一度登録したデッキを変えることは出来ない。一つのデッキで勝ち上がらなくてはいけない」
息を漏らしながら琴音は頷いている。
「成る程、安定を取って様々な状況に対応できるデッキにするか、一転特化のデッキにするか難しいところですね」
「僕の自壊デッキは相性が悪そうだな。少し組み替えるか。……ところで雪菜。登録したデッキを見ることは出来るのか?」
雪菜は苦い顔をしながら首を横に振る。
「技術的には出来る。でもルール違反だ。発覚したら退学になる」
「そりゃそうか……」
残念そうに眉を下げる紫苑を気遣って、雪菜はデッキ構築の話に進んだ。
「普通ダンジョン攻略の際にはAOEを使用することが定石なんだけど、対人戦だとどうだろうね。ボクの体感的に使用率は落ちてる傾向にあった。去年のトーナメントでは」
紫苑が顎に手を当て頷いた。
「逆にそれを生かしてウィニー(大量の異形を採用したデッキ)で組むのもありか……」
「誰か1人の対策をして、他のトレイターとの戦いがおざなりになるのはいただけないかと思いますよ。ていうかこの前のスイーツダンジョン踏破の表彰の時に私のデッキばらされたんですけど!」
「それもハンデのうちってところじゃないか? 理事長は毎度毎度、僕達に試練を与えてくるね」
紫苑は視線を雪菜の方に向ける。
「雪菜。大会で誰が何のデッキ使うかはわかるか?」
雪菜は呆れたように肩をすくめた。
「流石にその情報を流す奴は勝つ気ないだろって思うね、でも予選突破者がどんなデッキを普段使用しているかは教えられるよ。飽くまで“普段”だけどね」
「要はカード資産が多い。しかも普段からグッドスタッフを使っているから宙よりも厄介かもね。デッキが予測できない。この二人はほぼ間違いなく、予選は突破してくるだろう」
「空戦とグッドスタッフか。確かに対処が難しい。今度、鬼塚と『姫』があいている時間にでもトーナメント用のデッキを考えようか」
琴音と雪菜もその案に納得したようで、その日は解散する運びとなった。
■■■
それからトーナメントまでの二か月間、授業も真面目に出て、山本から剣術も教えを乞い、インスタントダンジョンの利用許可が下りたので、少尉である紫苑が他の四人のトレイターを率いて、攻略した。だが、一度ミドル級の洗礼を味わった者たちと、二回生の雪菜。苦戦するはずもなく、産出カードの半分と、異形の兵装から、有効そうなサンプルを持ち帰り秘密裏に研究した。
そんなハードワークが続いていたが睡眠だけはきっちりとった。ノーマルやレアのカードしか産出しないが、それにも有用なカードは眠っているし売れば資金になる。バードショットハンドガンとパラライズナイフの研究も着々と進み、デッキ、兵装、練度共に紫苑たちのチームはめきめきと成長した。
■■■ 12月 初旬
トーナメントに出場する学生は多いので、12月24日『学園祭』となる前に予選は始まっている。
紫苑は既に九回戦っている。最後の一戦を残すだけとなっていた。対戦相手は黒髪で眼鏡の垢抜けない青年だった。彼は闘技場に立つなりニヤリと笑った。
(人を殺すのに最も適した武器は何か。近代戦争を見れば答えは自ずとわかる)
(小銃だ。世界大戦のころから使われ、今なお現役な陸戦の主役。)
『アンティークライフル』
青年はアサルトライフルを顕現させ開幕、全弾を紫苑に叩き込んだ。粉塵が上がり彼は勝利を確信した。
「古い」
そこから聞こえてきたのは先ほど討ち倒したはずの男の声。
「銃は確かに強い。でも現状、それはサポートの域を出ない」
「なんで無傷……」
視界が晴れたとき、体高6m程の多脚戦車。二つのガトリング砲が備え付けられている機械があった。紫苑が雪菜より借り受けているカードの一枚。
『スパイダータンク』である。
「銃での制圧はこうやるんだ」
先ほどの倍以上の出力で弾丸が青年を撃ち殺す。純銀の盾を初めて使った彼はショックで動けなかった。
「勝者、月見里紫苑! 10連勝達成したので、トーナメント進出が決定します!」
紫苑は青年に近づいていく。
「な、なんだよ。嫌味でも言いに来たってのか?」
「いや、君のコンセプトは一応理に適っている。あとは近代戦から今の戦法に昇華させればいい。これ僕の連絡先だ。何かの縁だ。初回は無料でデッキ相談をしよう。全員が強くなることが僕の目的だからね」
目を丸くして青年は訊ねた。
「これは、トーナメントだぞ? なんで敵に塩を送る様な……」
「我々の敵は異形と強奪者だ。そのために仲間を強くするのは当たり前だと思うが……」
しばしの沈黙の後青年は、フッ、と笑う。
「敵わないな」
(勝てねえよ。こんな怪物相手じゃ。ミドル級踏破は伊達ではないってことか)
倒れこんでいる青年の手をつかみ、起き上がらせる。しっかりと握手をしたのち、二人は一礼し、闘技場を去った。
(確かに教えを乞いたくなる。俺も考え方を変えなくちゃいけないな)




