第24話 スイーツダンジョン⑤
絶望的状況に刺した一筋の光。
紫苑はお菓子の山から、クッキーを一枚掴み取り、躊躇なく口に入れた。バリバリと咀嚼し飲み込む。満身創痍な琴音は紫苑の方を向いて、不安そうな顔を向けていた。その様子を理解しがたいといったように。
(し、紫苑さん……。どうして? ダメージの所為で不足した栄養分を補給している? あれだけダンジョン内の物を口にするなといっていたあの人が? でもあの瞳。まだ彼は諦めていない……ッ!)
しかし、琴音は体を起こそうとするも起き上がれない。既に『不死鳥の霊薬』は使用している。それでも肉体的疲労までは回復できずに、壁にもたれかかっていた。
『不死鳥の霊薬』
紫苑は回復カードを自身に使用し、半分ほど体力を回復した。それでも主要臓器。生命維持に必要な器官を再生するので手いっぱいで、左腕は未だ欠損したままだ。
しかし、グラトニーは初めて狼狽えた。彼奴にとって想定外の事態が起きたのだろう。目はないが、きょろきょろとあたりを見渡す。暴食で、怠惰で、傲慢な支配者が初めて、『焦った』。
紫苑は地を蹴った。同時に琴音は紫苑に『俊足の旋律』スピード強化の呪文を使用した。
紫苑は疾風の如くグラトニー目がけて一直線に突撃する。『亡者の剣』を使用し右手に持つ。
本来ならばこんな単調な攻撃、既に大量の異形と呪文を吸収しているグラトニーにとって格好の的だろう。
だがしかし、グラトニーは狼狽えるだけで一向に攻撃行動に移らない。
紫苑は瞬きの間にグラトニーに接近。ブクブクと太った腹部に切り上げ攻撃を叩き込んだ。
ここで初めてグラトニーは悲鳴を上げた。狂ったように触手と、腕を振り回し、まるで見えない敵を攻撃するかのように地面や壁を破砕する。
しかし、『仔山羊』のバフと『俊足の旋律』が乗った紫苑には攻撃が全て視えていた。
対してグラトニーは紫苑の居場所がわからなかった。
(グラトニーには視覚が無い。目が存在しない。あれは大きなヒントだった)
紫苑は振り下ろされる大腕を躱し、飛び乗った。そしてその腕の上を走っていく。
グラトニーは最初から鬼塚の事を認識していなかったのだ。だから脅威度の高い鬼塚を放置し、白雪を狙った。
(おそらく、グラトニーは視覚以外の感覚器官を持っている。蛇が持つ熱源感知のピット器官に似ているものなのだろうか。ダンジョンを食べた鬼塚は壁だと誤認識されていたのだろう。ゲームの認識バグのようなものだ)
(だから、僕にここまでの接近を許した。だがもうグラトニーの身体の上を走っている。流石にわかるはずだ。だから次に来るのは……)
触手の暴力。一発一発が、致死の攻撃。それが紫苑に浴びせられる。
右に一振り、左に一振り、そして前方に『亡者の剣』を打ち下ろす。全ての触手を切り捨てた。
(『亡者の剣』の耐久度は、後一回。こいつの弱点は、頭部。その中に“コア”がある)
紫苑は止まらない。腕の付け根まで走りきった紫苑は大きく跳躍する。これで再びグラトニーは紫苑を見失った。
しかしグラトニーも冷静さを失っていなかった。敵の場所がわからないならば吸収した『爆炎術式』で焼き尽くす。これこそが、全体攻撃の真髄。
グラトニーの口腔に光が集まっていく。紫苑は現在自由落下中。回避など当然できない。
それなのに、紫苑は笑っていた。
「生憎、僕の相棒は優秀でね」
爆炎が炸裂。しかしそれは風によって護られた。先ほどの『旋律のマエストロ』の連続攻撃呪文は防ぎきれなかったが、『爆炎術式』一発ならば、琴音の『防衛の旋律』で防ぎきれる。しかも守る対象が一人ならば十分すぎる。
紫苑は最後の一撃を頭部に打ち込んだ。
────しかし、運が悪かった。一瞬、閃光で目がくらみ、目測を誤った。コアまで届かない。頭部の肉は抉れ、赤い結晶のようなコアが剥きだしになる。ただそこまでだった。音を立て『亡者の剣』が砕け散る。
(ッ! 浅いッ)
グラトニーの口の端が醜くつり上がる。もうすでに攻撃をされたので、紫苑の位置は特定済み。更にまだ紫苑は落下中。確実にこの勝負はグラトニーに軍配が上がった。
再生した全大腕。全触手を展開。それら全ては紫苑に向かっていく。
紫苑もそれを受け入れた。このチームは、ここで終わるのだと。『死』を受け入れた。
────ただ一人の反逆者を除いて。
迸る、光線がグラトニーのコアを撃ち抜いた。
音もなく、正確無比に赤い結晶が砕かれる。
紫苑は空中で、後ろを振り返る。そこには震える手で物々しい狙撃銃。『レーザーライフル』を構えた白雪がいた。
たった一発の残弾。
外せば終わる。
戦闘が好きではない。そんな彼女が護る為に、人生で初めて“攻撃”を行った。
紫苑は満足げに微笑み、床に落下。受け身を取り、五点着地を行いながらグラトニーに視線を戻す。
グラトニーは聞き苦しい断末魔を上げながら、黒い靄と共に消滅していく。後に残ったのは、十数枚のカードだった。
紫苑は大の字になり仰向けに倒れる。肉体的にも精神的にも限界を迎えていた彼は、そのまま動かなかった。しかしどこか心地の良い余韻を残して。
■ミドル級 スイーツダンジョン 完全踏破
■■■
「どういう、ことだ? これは……」
山本と石橋も深層にたどり着くまでの道中、違和感を覚えた。下層に到着するまでは流石佐官のトレイター。物量も悪辣な戦法も、彼らは対応できた。
しかしそれでも、苦戦した。クマの毒矢は行軍を阻み、ウサギの物量は何体倒しても、キリが無い。イヌは強固な壁を貫くメイスを投擲し、防御を破る。
だが、途端に、全ての異形が、靄となって消えた。
理由はわかった。彼らとてダンジョン踏破経験は多い。全ての異形が消えることは即ち、支配者が討ち倒され、コアが砕かれたことを意味する。しかしそれでも信じられなかった。
学生がミドル級ダンジョンのドミネーターを討ち倒すなど。
しかし事実そうなのだから、と、その事実を飲み込んだ。そのまま深層まで進軍し、入り口がお菓子の山で塞がれているところを『爆炎術式』でそれを吹き飛ばす。
そして改めて驚愕した。
「全員深層までたどり着いた……? 嘘だろ」
一瞬あっけにとられたが、まずは負傷者の回復が先だ。即座に切り替え、救護に専念した。
「星空琴音ッ! 返事をしてくれ。状況はどうなっている?」
石橋は彼女に近づいていく。彼女は顔だけそちらに向け安心したようにほほ笑む。
「……紫苑、さんが。最も、重症です。……彼から、救護を……」
山本と石橋は回復カードを抜き、それぞれ手当を行った。15分ほど回復に専念したあと、特に疲労困憊な紫苑と鬼塚にそれぞれ山本と石橋が肩を貸し、道中を帰っていく。
「紫苑君……聞きたいことは山ほどあるが、まずは地上に戻る。そこで胸章に録画されている映像も確認させてもらう。そのあとに顛末を聞かせてくれ」
「わかり、ました。カードを……。報酬の、カードは……?」
「安心してくれ。吾輩が持ってきている。当然君たちチームの物だ」
「良かったです……。少し、疲れました」
「ああ、帰りは安全だ。地上も全戦闘員を投入して、このダンジョンから出現した異形を食い止めていたが、支配者の討伐により決着がついた。ゆっくり休め」
山本は紫苑の肩を叩き、彼の健闘を讃えた。その後ろからは石橋に肩を貸されている鬼塚が紫苑に声を掛けた。
「紫苑。お前、俺を庇ってくれたじゃねえか」
「……馬鹿言うな」
「散々悪者ぶって。……良いやつなんだな」
「貴重なダメージディーラーが落ちると僕まで不利になると思っただけだ」
「素直じゃねえんだな」
鬼塚は失笑を零す。
「僕は合理的にしか動かない。たまたま利害が一致しただけだ」
それに呼応するように紫苑は鼻を鳴らす。
「頭が良くて、強くて、情に厚い。俺はアンタみたいなやつについていきたいよ。“兄貴”って呼んでもいいか?」
「……はっ。勝手にしろ」
ダンジョンの出口が見えてくる。その光に溶けるように全員は帰還した。
■■■
模擬ダンジョン、死者8名。スイーツダンジョンからの異形による被害、死者35名。学園創生より最悪の事件だった。理事長はこの責任を管理局に問われることになった。
しかし、未だダンジョンは未解明。いつ、どこで、どんなふうにダンジョンが出現するかは全くの未知だ。それに『簡易迷宮』との因果関係を終ぞ証明できる事実は無く、これからも模擬ダンジョン実習は続行することになった。
ただ一つ、模擬ダンジョン実施時にはその人工ダンジョンの生成は補佐が執り行うこととなり、不測の事態に理事長が動けるようにする。という事で事態は収拾した。
■■■ 三日後 契約室
アクリルガラスで遮られた、カードの交換や交渉の出来る施設に紫苑と琴音、鬼塚と白雪は座っていた。テーブルの上には14枚のカード。
「異論ありません」
「俺もだよ」
「わ、私も、です」
三者同様に口をそろえて同意した。「全ての産出カードを紫苑に明け渡す」という事についてだ。紫苑は最初遠慮しようとしたが、こと鬼塚が強く主張した。
「俺らが生きていられたのは、兄貴が居たからだ。ここで金魚の糞である俺が所有権を主張しようなんて図々しい」
白雪はおさげを揺らしながらコクコクと頷き、琴音も賛同した形となった。紫苑はそれを受けて言葉を返す。
「まずは、礼を言う。琴音、鬼塚、白雪さん。誰が欠けてもあの『グラトニー』には勝てなかった。取りあえず全てのカードを受け取ることには同意する。だが僕は個人での強さには限界がある、と考えている。だから分配権をくれないか?」
「どういうことだ? 兄貴?」
「カードを一番うまく使えそうな人に僕がカードを分け与える。こういったら偉そうで嫌なんだが」
運のいいことにミドル級ダンジョンでスーパーレアのカードが二枚も産出した。この分配について紫苑が卓上にカードを並べ、説明していく。
「まずは『冥王の剣』これは僕が貰いたい。『亡者の剣』の上位互換で、僕のデッキと相性がこの上なく良い」
■『冥王の剣』 武器 コスト25 スーパーレア
●このカードは直近一時間以内に破壊された自分の異形の数だけ、コストが1下がる。(最低は1)
●このカードは直近一時間以内に破壊された自分の異形の数だけ、攻撃力が25上がる
●このカードは直近一時間以内に破壊された自分の異形の数だけ、耐久度が1増える。
●攻撃力1 耐久度5
「勿論ですよ、紫苑さん。このカードがあれば、自壊デッキの継戦能力が爆増しますしね」
「ああ。そしてもう一枚のスーパーレアカード。『マナ・ゴーレム』これは白雪さんに。既に一枚持っているのは知っているが、デッキの『ゴーレム』と入れ替えたら守備型タンクデッキがより扱いやすくなる。サポート役の君には最適だ」
それを聞いた白雪栞は手を胸の前で振り、否定する。
「え、え? いや。私は……とても、そんないいカード貰うわけには」
「誇っていい」
「え?」
「君は護る為にカードを手に取った。ならば使える。正直グラトニー倒したの僕じゃなくて君だからね」
「ッ……! ぁ、あ、ありがとう、ございます」
白雪は大事そうに両手で受け取り、デッキケースにしまう。
「残りのレア・ノーマルカードは琴音に。チーム長が無報酬なんて、ちゃんちゃらおかしい。『旋律』系統のカードは無かったから、これを売るなりして、デッキの強化に使ってくれ」
「ありがとうございます。わかりました」
「……」
紫苑は無言で鬼塚を見る。その視線に気付いた鬼塚は不思議そうに首を傾げ、金髪のベリーショートの髪を搔き上げる。
「どうした?」
「……いや、自分だけ何も貰えてないのに文句ひとつ言わないのな」
「そりゃ兄貴に全部あげるつもりだったからな、今さら文句なんてないよ」
「お前こそ、情に熱すぎだろう、鬼塚。僕がスナッチャーを倒してこの学園に入ったことは知っているよな?」
数拍置いて、鬼塚は突拍子もない自分語りにどう返せば良いものか迷っているようだった。
「今さら、そんな事言わなくても、兄貴が十分強いのは知っているし……」
「ああ、違う。スナッチャーから奪還した結構な枚数のカードを持っているんだ。僕は。だからその中で鬼塚のデッキに合いそうなカードを譲る」
鬼塚は驚いた後、ニッコリとほほ笑む。
「……最初。兄貴見たとき、俺結構ビビってたんだぜ」
「そうなのか? ガタイもいいし、見るからに喧嘩慣れしているだろ、お前」
苦笑を漏らしながら髪を弄る鬼塚。
「そりゃ、喧嘩なら、多分俺は勝てる。でもなんていうのかな。目が凍っていた。今まで出会った誰よりも非情な瞳だった。多分足手まといならば容赦なく切り捨てる。そんな冷たい人間だと思っていた」
紫苑は黙って話を聞いている。
「でも兄貴、強いだけじゃ無くて、優しいんだな」
「あんまりおべっかが過ぎると、お前にカードやらないぞ」
「ええッ! なんでだよ!」
紫苑は笑い、つられて他のメンバーも笑顔になった。しかし、すぐに紫苑は真面目な顔に戻る。
「交換条件、というわけじゃないんだが、一つお願いがある。鬼塚、白雪さん。仲間になってくれないか? 僕は失楽園。故郷の北海道を取り戻したい。そのためにこの学園で強くならなくてはいけない、だから……」
「言わなくていいぜ」
そこで鬼塚は紫苑の言葉を遮った。
「俺は兄貴についていく。栞、お前はどうする?」
「わ、私も。大した力にはなれないかもしれないですけど、お仲間に入れてください」
満足げに紫苑は頷き、琴音も口角を上げる。
「決定だね。こんど“彼女”も合わせて、デッキ構築の集まりを開こうか」
「彼女……?」
紫苑はもったいぶるように咳払いをしてから、話し出す。
「ああ、この学校の情報屋。“最上雪菜”。僕たちの協力者だ」




