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第23話 スイーツダンジョン④

 グラトニーが重い腰を漸く上げた。


 紫苑に襲い掛かるのは大量の黒い腕。手の平には口がついており、それでもって紫苑を食い殺そうと迫る。


「遅い」


 一本目の腕を『亡者の剣』にて切断。黒い液体をまき散らしながら、巨木ほどあるその大腕は宙を舞う。


 その液体で死角になった場所から迫る続けざまの二本の腕を体をひねり回避。


 そのまま回転しながら、紫苑は腕を切断。二本目と三本目の腕が床に突き刺さる。


「どうした? グラトニー? そんな程度で支配者(ドミネーター)が務まるのか?」


 その挑発を彼奴が理解しているとは思えない。だが少しでも知性を持つ“生物”ならば、紫苑に攻撃を集めた方が全員の生存率は高くなる、と希望的観測だが、彼は考えた。


 偶然か、はたまたその挑発に乗ったのか定かではないが、グラトニーは更に残っている腕をすべて展開。


 波状攻撃でもってこの反逆者(トレイター)を処刑せん、と迫った。


『攻撃の旋律』


 不意に横から入った疾風による竜巻はその全てを刈り取った。


「紫苑さん! いけます! これなら……」


「『フィフスギア』ァァアアアッ!!」


 鬼塚は温存していた最後の強化カードを切った。口の端からは血が流れ、消化器官にまで損傷が入っているのは一目瞭然だ。しかし、彼の連撃で猫のぬいぐるみ一体が轟沈。膝をつき、黒い靄となって消えていった。


 しかし倒すと同時、彼の『ガントレット』の耐久値が無くなり、破壊音とともに不活性化する。


「馬鹿ッ!! 回数くらい数えろっ!!」


 もう一体の猫のぬいぐるみがハルバードを鬼塚目がけて振り下ろす。紫苑は鬼塚に駆け寄り、そこに『デスドール』を合わせた。


(これで、グラトニーの近衛兵は全滅……)


 しかし、当たる寸前で、そいつは戦斧を止めた。


 いや、止められた、といったほうが正しいだろう。


 グラトニーの黒い触手が、猫を絡め取り、体の前面の大きな口で咀嚼し噛み潰した。


(……ああ、そうだよな。お前がミドル級でも上位なのは、その特性にある)


 黒い巨躯から毛の生えた鼠色の手が生える。そこにはハルバードが握られていた。グラトニーはそれを床目がけて振り下ろした。


 クッキーは砕け、大量の粉塵が空中を舞う。


(目くらまし? いや、次は……)


「琴音! 防御!!」


 風による結界。『防衛の旋律』が張り巡らされ、斉射された『毒矢』が壁に刺さる。最初に味方のぬいぐるみを喰っていたのはこの一斉掃射で、全滅させるためだったのであろう。


────グラトニーは、()()()()()()()()()使()()()


「紫苑さん! これを!」


 琴音が『旋律の剃刀』を紫苑に手渡した。短剣程度の大きさしかないが、振ると同時にかまいたちが発生する剃刀だ。


 グラトニーの腕が鬼塚目がけて伸びる。鬼塚のガントレットは不活性化中。彼は今、自身を護る術を持たない。紫苑が目の前に立ち、防ごうとするも、意外にもグラトニーは彼をスルーした。


 向かう先は白雪栞、後方支援に徹していた彼女だ。


『俊足の旋律』


 琴音は紫苑にスピードのバフを掛ける。しかし間に合わない。


 だが、白雪は『ナチュラル・ゴーレム』を自身の前に展開し、傷を負った鬼塚を回復させつつ、自身の防御に使おうと考えた。




 “()()()”だった。


 手の平で、ナチュラル・ゴーレムを喰らい、グラトニーは再生能力を持ってしまった。しかし不幸中の幸い。白雪の前に紫苑が立つだけの時間は稼げた。


 大量の触手が紫苑に迫る。


 斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。


 紫苑は吼えた。


 斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。


 手捌きは一ミリのズレもない。しかし、その声にも限界が見える。


 それでも、斬る、斬る。


 十重二十重に迫る触手の猛攻が紫苑を襲うが、その全てを紫苑は『旋律の剃刀』で切り落としていった。しかし再生能力を持ってしまったグラトニーは触手を無限に展開できる。


(亡者の剣の攻撃力は増加、コストは減少しているが、耐久度が5回。破壊されても1分間で再度使用可能になるが、グラトニーは当然待ってくれない。この弾幕のような鞭打(べんだ)を構わず叩き込んでくるだろう……っ)


 紫苑の頬を汗が伝う。


(こうしていても、じり貧だ。白雪さんに異形を出してもらう事は出来るが、それも喰われる。……攻勢に出ないと)


 琴音も同様の事を考えていた。今グラトニーは完全に紫苑と白雪を標的に攻撃している。今ならば入る、切り札が確実に。


 琴音は二枚のカードを同時展開。一枚は『爆炎術式』もう一枚は。



■『旋律のマエストロ』 異形 コスト150 スーパーレア

●このカードが召喚された際、直近120分に使った『旋律』と名のついた呪文全てを再使用する

●攻撃力120 体力150



 白い仮面をつけ黒い長帽子をかぶった指揮者。タクトを振り、ここまでの攻略で使った『攻撃の旋律』『防衛の旋律』『疾風の旋律』を再使用する。


 グラトニーを回復させる間もなく、撃破するための瞬間最大火力。それをここ一番の好機で使用した。


 倒せるはずだ。倒せるはずだった。


 口を大きく開け、グラトニーは全ての攻撃呪文を“喰った”。


「え……お前。“現象”も喰えんの……?」


 全ての攻撃呪文は、グラトニーが再度使用する。太陽のような爆炎と、全てを切り刻むかまいたちが、このダンジョン深層を満たす。


 防御呪文が喰われなかったのは僥倖だった。それが無ければ全滅していた。防衛の旋律の四重装甲。それが琴音たちを護る。


 それがあっても貫かれた。


 琴音は横の壁まで吹き飛ばされ、裂傷が酷い。


 鬼塚は両脚が炭化しており、『不死鳥の霊薬』でも回復しきらない。


 白雪はマナ・ゴーレムを召喚し、紫苑と自身を護るが、破壊され散弾と化したそれに打ち付けられ気を失っている。


 唯一、残った紫苑は打撲、左腕欠損、腹部裂傷、Ⅱ度熱傷。立っているのがやっとの状態で、グラトニーを睨むが、異形は当然待ってくれない。鞭の様に触手を叩きつけられ、入り口のお菓子の山まで吹き飛ばされる。


 地面を何度もバウンドし、体の様々な傷口が開き、内臓が攪拌される。


 ここで紫苑は死亡。『純銀の盾』でかろうじて命を繋いだ。


 仰向けに倒れながら、紫苑は吐血する。それを見てグラトニーは再び耳障りな声で嗤っていた。


「つ、強い。無理だ……。こいつ。強すぎる……!」


■■■ 地上 トレイター学園 西区画


「総指揮は私が執る。小鳥遊(たかなし)(そら)部隊、四月(わた)一日(ぬき)(かなめ)部隊、後は長谷川遊撃隊だ」


 理事長はこの緊急事態でも冷静に指揮を執っていた。大将の経験値は伊達ではない。既に学園では犠牲者が十名は確認されている。それでも彼女は泰然自若とした態度を崩さない。


「既に長谷川が西地区のダンジョン入り口を確認している。警備局員10名と講師2名をそれぞれのチームにつける。小鳥遊と四月一日は入り口で待ち構えろ。これ以上異形を外に出すな。“1位”と“2位”の尽力に期待する」


 二人は敬礼の後、入り口を目指して、ドラゴンの異形に要を乗せて宙は飛び立つ。


 長谷川は日本家屋の屋根を飛び回りながら散らばった異形の数を視認していく。どの異形の脅威度が高いのか。


 わからない。


 しかし、長谷川は野生の嗅覚で、最も被害が出そうな地区へと迅速に駆けつける。


 家屋の屋根から、跳躍し頭から落下していく長谷川。


 異形の頭と、彼女の頭が重なる。


 三体で固まっていたウサギのぬいぐるみの首が飛び、同時に長谷川は虚空を蹴り、回転しながら跳び、屋根の縁に捕まる。


 全ての異形を“暗殺”し再び屋根の上を駆け、次の現場へと。


 まさに少佐の階級に恥じない獅子奮迅の活躍を見せていた。


 もうすでに事の重大さは学生たちも理解したようで、デッキを片手に、安全な地区へと避難を開始していた。


 それからしばらくして、宙たちのドラゴンは西区画ダンジョン入り口に到着。まばらだが異形が湧き続けている。


点火(イグニッション)


 宙が短く指示を出すと、赤いドラゴンは灼熱の火炎を吐き出した。何体かの異形は燃え盛り、灰塵と化した。一切暴れることもなく、ただただ自身の最期を受け入れているように感じた。


「痛みも死の恐怖もない。知ってはいたが厄介だな」

「小鳥遊! ここら一帯は木造建築だから延焼しちゃいましてよ?」

「……だったらどうする?」

「任せてくださいな」


 ドラゴンの背中に乗りながら器用にも要は無骨なアサルトライフルを顕現させた。銃身は燃えるような赤で統一されている。



■『紅い(スカー・バ・)凶弾(レット)』 武具 コスト15 ウルトラレア

●連射可能 ダメージを与えた場合体力を吸い取る

●攻撃力40 装弾数150



 その圧倒的な攻撃性能により上空から、異形の侵攻を完全に食い止める。しかしそれもいつまで持つかは未知数だ。山本と石橋がダンジョンを攻略してくれるまでに防衛線が突破されるかどうかは運だろう。


 もうすでに要の中では紫苑たちは死んでいるものだと確信していた。確かに彼は強い。でも流石に相手が悪すぎる。これだけ時間を掛けてしまえば戻るのも一苦労、途中で危険度に気付けたならば既に帰還しているはずだ。


 それが無い、という事は。言うまでもないだろう。


「哀しいですわね。あの殿方とはうまくやっていけるものだと思っていましたが、こんな事故で……」

「要、迎撃に集中。死者を悼むのはそのあとだ」



■■■ スイーツダンジョン 深層


 死屍累々。満身創痍。今とどめを刺さないのは、グラトニーの傲慢さ故だろう。


(暴食に怠惰。おまけに傲慢と来たか。どれだけ大罪重ねるんだよ)


 もはや現実逃避、建設的な案など一つも浮かんでこない。あまりにも実力差がありすぎる。


 不意に紫苑はお菓子の瓦礫の横にある、大きなホールケーキに目線を移した。乾いた笑いと共に、紫苑は朦朧としながら考えていた。


(山本先生、甘党だったな。これ、持って帰ったら喜ぶだろうな)


 走馬燈の様に紫苑の頭の中に映像が流れ始める。小さいころ遊んだお姉さんとの思い出。地獄のような異形戦争。頭の悪いバイトリーダー。仲良くなってタコパをした琴音と雪菜。


 しかし、その時。光が見えた。真っ暗な絶望に一筋の光が刺したのだ。


■■■


「ダンジョンを核でふさぐ手段はことごとく失敗した」


■■■


 確かに講義で聞いた言葉。ダンジョンの物理的封鎖は不可能だった。単純に硬度が高いのか、それがダンジョンのルールなのかは知らないが。


(何故、()()()()()()()()()()()()()()()()?)


 ダンジョンに入るや否や、壁を引っぺがしお菓子を口に入れていた鬼塚の事を思い出す。


(グラトニーは近くにいた鬼塚より、後衛の白雪を対象にした)


(脅威度は鬼塚の方が高いはずだ。異形にそこまでの合理性があるかはわからないが)


(しかも、グラトニーは鬼塚を攻撃しないで、近衛の異形がアイツの吶喊を全力で止めた)


 ふふ、と笑いが零れた。


「あぁ、なんだろう。合理が馬鹿に負けるのは、なんというか、癪だな」


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