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第22話 スイーツダンジョン③

■■■ 模擬ダンジョン 入り口 仮設テント


(発砲音? 音からしてSMG……。学生たちは拳銃しか持っていない。いや……、カードの音か? だが私の知っている限りこんな銃火器は無いはずだ……)


 長谷川は講師の中でもカードの知識が随一だ。そんな彼女は脳内の図書館を一瞬で検索し、学生が手に入るカードでこの音はあり得ないと判断した。


(しかも、聞こえてきた方角がダンジョンからではない。はっきりとした位置は不明だが風力発電所、キュービクルが並んでいる……)


 直後、頭の中に鳴っていた警鐘が確信に変わる。距離は離れていても聞こえる大音量の警報。既に帰還した学生はざわついているが、最初に行動に移ったのは彼女だった。



■『狩人(ハンター)()健脚(レッグ)』 呪文 コスト5 ウルトラレア

●15分間自分の脚力を20倍にする

●15分間空中で一回跳躍ができる



 空駆ける天馬の様に長谷川は発電所へと駆けていく。到着までおおよそ20秒。その間他の講師は呑気に見物とはいかない。すぐさま理事長が避難指示を出す。現場にいる各職員に最適な命令を下した。


「石橋、山本! 長谷川から報告があるまで、臨戦態勢を崩すな。学生諸君。講師の指示に従って行動しろ!」


 その後理事長は補佐に緊急連絡。空襲警報を彷彿とさせる、サイレンが学園中に流れる。


 ここまでで、僅か20秒。丁度長谷川が、発電所に到達したタイミングだった。


『理事長、ダンジョンです……! 受変電設備、管理棟の裏手に大穴が』

『敵影は?』

『着ぐるみ状の異形が6体、いやまた出てきました。7体に……。うわッ!』


 矢が長谷川のすぐそばを掠めて飛んでいく。


 彼女はギリギリでそれを躱した。


 そちらに目線を向けるとクマのぬいぐるみがキュービクルの隙間に隠れるように匍匐しながらクロスボウを向けていた。


『……8体目。飛び道具所持! しかも身を隠し、仲間を囮にする知能を持っています。私の経験上、これはミドル級ダンジョン上位! 脳内で異形のデータ照合はしましたが該当なし』

『何分で殲滅できる?』

『5……いや3分で……』

『山本と石橋を派兵する。攻略しろ。私は『簡易(インスタント)迷宮(ダンジョン)』とその関連カードでアクティベートしているから使用可能なカードが3枚しかない。攻撃に使えるのに限定すれば1枚だ、戦力にならん』


 山本と石橋は理事長のゴーサインと共に平原を走りだし、管理棟へと向かう。


『“1位”“2位”に連絡し学生討伐隊を組む。私はここで学生と共に守備に徹する』


 無線機に向かって長谷川は現状連絡をしながら、異形を屠って、野性的直観で不意打ちを躱していた。そこで矢と服だけを残し、ドロドロに溶けた現場監督を発見する。かろうじて残っていた職員証から彼の身元が分かった。


『クマのぬいぐるみに気を付けてください! あれは人体をドロドロに溶かすほどの毒を持っている上に、常に射手が有効に動ける位置を陣取っています。私も、山本さんと石橋さんの到着を待って、ダンジョン攻略に加わります』

『ダメだ、既に学園郊外から、緊急連絡が入っている。お前の足が必要だ。今回のダンジョン、()()()()()()()()()()


 その言葉を聞き、長谷川は今までの違和感を結びつけることが出来た。何故琴音チームの入った模擬ダンジョンの入り口が新円でなかったのか。あの優秀なメンバーの帰還がこれほどまで遅かったのか。


 あの穴はミドル級ダンジョンに“()()()()()()”。


 そこで、山本と石橋が到着する。既に通信で情報を共有している三人はアイコンタクトをした後、長谷川は折り返して、学園郊外の和風建築が並び立っている地区に急いだ。


『移動しながら話します。おそらく星空チームも同じダンジョンに潜っています』

『何故だ?』

『僅かに。ほんの僅かにですが、あのチームの入り口は楕円でした。模擬ダンジョンがミドル級ダンジョンに上書きされたものだと予想できます。すぐさま救援を送らなければ、あのチームは全滅します! 何よりあのダンジョンには支配者(ドミネーター)がいます!』


 ミドル級ダンジョンは尉官をチーム長に据え、8人体制で攻略することが安全に攻略できる最低ラインだ。紫苑たちが如何に優秀でも、流石にどうしようもないはずだ。


『許可できない』

『何故ですかッ! 貴重な人材をみすみす……』

『同じダンジョンならば山本と石橋が潜れば全滅していてもカードは回収できる。それに今は他の学生も窮地だ。長谷川、頭を冷やせ。今未曽有の災害が起きているんだ。お前の遊撃なしではもっと多くの学生、職員が死ぬ』


 長谷川は返す言葉が無かった。命に序列をつけるのは、はるか前に止めたはずなのに。彼の熱意と、勤勉さに、個人的感情で動こうとしていた自分を恥じた。


『……申し訳ありません、遊撃に加わります』

『警備局員は『対人仕様』のデッキしか持っていない。が、それでもいないよりましだ。学園全兵力を持って、現状を打開する』


□□□ 同時刻 和風建築区画 団子屋


 旧き良い時代の団子屋を模した、学園のアミューズメント施設。西側地区の端に位置するこの区画では、良質な抹茶や緑茶、和菓子などを食べられる息抜きの場になっている。


「なんか、アラート鳴ってない?」

「スナッチャーでも来たんじゃないの?」


 まだ一回生は凄惨な現実を見た者は少ない。この学園の優秀な講師や上位学生が何とかしてくれると思いながら、緊急連絡の学生手帳さえ確認することはしなかった。


 それよりも、明日は第二陣の模擬ダンジョン実習だ。その危険がスパイスになり一緒にいるガールフレンドと関係を深めることの方が重要だったのだ。


「あっちにさ、和服屋があるみたいだ。一緒に写真撮らね?」

「いいじゃん、いい記念に一枚……」


 そこで平屋の曲がり角から出てきたウサギのぬいぐるみに気が付いた。


 もしもそれが、真っ白だったら疑問に思うだけにとどまっただけだろう。しかしそいつは返り血がべったりとついて、手には血液の滴る鉈を持っている。


 悲鳴さえ上げられなかった、女学生は尻もちをつき、後ろにずり下がるが、ウサギは距離を詰めてくる。感情のない瞳でこちらを見つめながら。


 男子学生は一目散に逃げだした。女学生は彼に対して軽蔑の感情さえ湧いてこなかった。彼女の脳裏には恐怖、恐怖、ただただ恐怖だった。



 鉈が振り上げられ、彼女は目を瞑る。


 聞こえてきたのは何かが潰れる音。恐る恐る目を開けた。


 目の前では、紅いドラゴンがそれを踏み潰していた。それに乗るのはこの学園で学生最強。空色のツーブロに派手すぎない蒼いピアス。長身で足が長い美丈夫だ。細長い刀身のロングソードを握っており、竜騎士と形容して遜色ない。


「大丈夫ですか?」


 二つの意味で呆けている女学生を労わりながら、またがっているドラゴンから飛び降り、デバイスで理事長に連絡する。


「こちら小鳥遊(たかなし)。既に犠牲者が出ています。警備局員と(かなめ)を招集してください。西地区は既に死線(デッドライン)になっています」


 一通り連絡をし終ると、デバイスを閉じ、未だ座り込んでいる、女学生に手を差し伸べる。


「お怪我の方はありませんか? お嬢さん」


 その手を握り、立ち上がる彼女は、もうすでにさっきまで団子を食いながらデートをしていた男の事など忘却の彼方に追いやられていた。


■校内ランキング “1位” 小鳥遊(たかなし) (そら) 防衛任務 参戦


■■■ スイーツダンジョン 深層


「グラトニーッ! ミドル級ダンジョンの支配者(ドミネーター)だぞ……ッ!」

「各員ッ、撤退!! 現装備でグラトニー討伐は不可能! 即座に緊急事態を学園に……」


 紫苑が歯噛みし、琴音は即座に撤退の指示を出す。それに異論を唱えるものなど誰一人としていなかった。と思われたが、この場で唯一現状を俯瞰できていた学生。それは意外にも白雪栞だった。


「ふ、伏せてくださいッ!!」


 即座に伏せる紫苑と白雪、だが鬼塚は琴音の撤退指示を聞き、どちらに従うべきか一瞬迷った。


 琴音は鬼塚を突き飛ばし、そのまま地面に伏せる。


 英断だった。


 黒い触手が暴力的な速度でこの深層。グラトニーの根城を薙いだ。


 クッキーの壁は横一文字でえぐり取られ、何より致命的なのが、入り口が崩落し、お菓子の山が帰り路を塞いだ点だった。


(こいつ……。逃がさないつもりだ。先ほどの一撃も、僕らを狙ったんじゃない。退路を断たれた……っ)


 人間の可聴域ギリギリで聞こえるほど甲高い声でグラトニーは笑っていた。嘲り、蔑み、見下している。人類という下等生物が楯突くのを愉悦とさえ思っているのだろうか。


「琴音ぇッ!! 指示を! どうやったら生き延びられる?!」


 紫苑は目線をグラトニーから離さずに、琴音に指示を仰ぐ。この現状、どうすればいいのか紫苑にもわからない。当然選択肢はこの格上相手との戦闘を行うか、どれだけ時間が掛かるかわからないお菓子の瓦礫を、グラトニーに隙を見せながら、撤去して逃走するかの二択だ。


 琴音は迷った。


(『爆炎術式』ならば瓦礫を消し飛ばせられる……?)


(いや、でも誰かしらは犠牲に……)


 彼女が指示を出す前に、動いていた人物がいた。


 鬼塚拳地。筋金入りの馬鹿である。


 もうすでにこの深層に入る前に、仔山羊ループにより、二倍ほどまで増幅された彼の身体能力は目を見張るものがあった。30mは離れているグラトニーまでぐんぐんと距離を詰めていく。


 しかしドミネーターを護る異形は接近を許さない。


 熊は毒矢を撃ち、動きを牽制。


「『セカンドギア』」


 鬼塚のガントレットが光り、強化される。それでよけきれない遠距離攻撃は殴撃で弾き飛ばしさらに接近。


 ウサギは無骨な刃物を振りかざし、物量で圧殺しようとする。


「『サードギア』っ!」


 さらに強化を重ねる。金色の光が鬼塚の手甲を包む。仲間の身体さえ肉壁としたその群集を突破する。


「鬼塚ァ!! 先走るな!!!! ……ッ! 全員戦闘態勢!! 左翼から琴音。右翼から僕が行く」


 紫苑は語気を荒げて指示を出し、琴音はそれに従った。しかし、白雪は動けなかった。そもそも紫苑も無意識のうちに彼女を戦力から外してしまっていたようだ。彼女に指示は出さなかった。


(どうして、どうしてこの人たちは戦えるの……?)


(だって、こんなの勝てるわけないじゃない。ミドル級。そんなの先生がいたって犠牲が出る難易度じゃない)


(なんで、私はトレイターになったんだっけ……)


(怖い……。助けて、おばあちゃん)


■■■ 15年前 白雪祖母宅


「ばぁば、学校の男子がね、わたしのことイジメるの」

「それは酷いねぇ、誰かに相談したのかい?」


──小さいころから私は気弱だった。何をしても言い返さない私は小学生男子の格好のオモチャだっただろう。


「うん。たすけてくれたおとこのこがいてね、わたしの事守ってくれたの」

「それは偉いねぇ。ちゃんとお礼は言ったのかい?」


──今でも感謝している。彼の勇気は一小学生としてこれ以上なく立派なものだったろうに私はそれを……。


「でもケンカになっちゃって、守ってくれたおとこのこ負けちゃったの……」

「そうかい、そうかい。それは強かったねぇ」

「うん……年上だもん、勝てないよ……」


──あの時は正しく理解できていなかった。


「違うよ栞。強かったのは負けちゃった男の子だよ」

「……どうして?」


「誰かを守ることは、何より強いことなんだよ。例えその上級生が100回喧嘩に勝ったとしても、1回栞を守ってくれた男の子の方が強いんだよ」

「……わかんない」


 ふくれっ面の栞に祖母は笑いを零しながら、彼女の頭を撫でた。


「難しいよねぇ……。私から学校の方に連絡はしておくからね。安心しなさい。でも一つだけ、栞も将来、誰かを護れる人になるんだよ。子供でも、大人でも。困った人でも、乱暴な人でも。それが一番強くて立派な人間なんだよ」


──その時は納得できなかったが、それから時を経て私は真に理解した。


 異形戦争時、彼女の住む石川県でもダンジョンは出現した。二次災害で、家屋の倒壊が起こり、祖母は下敷きになってしまう。自分の無力さを痛感したが、そこに現れたのは自衛隊員だった。


 危険と隣り合わせの中、彼らは祖母を救出し、私達家族を安全な場所まで移動させてくれたのだ。


──あの屈強な筋肉は。


──あの物騒な小銃は。


──あの頑強な装甲車は。


────護る為にあるのだと。


■■■


「『フォースギア』ぁァァッ!!」


 鬼塚は反動で血を吹き出した。『フォースギア』以上は威力が格段に上がる代わりに、自身の身体にもダメージのフィードバックがある。確かに「グラトニー」に届くはずの一撃は金属がぶつかる音と共に遮られた。


 鬼塚はそれを血涙を流しながら、睨みつけた。


 グラトニーの両側に聳えるチョコレートフォンデュタワーから隠れていた猫のぬいぐるみが二体、鬼塚の前方にハルバードを打ち下ろし、その巨大な戦斧で鬼塚の攻撃を防いだ。


「嘘……だろ? 『フォースギア』まで使って、打ち抜けないの、か?」


 絶望に顔を染める鬼塚に、さらなる攻撃が加えられる。後方待機していた犬のぬいぐるみが大量のメイスを投擲した。


(あ、やべ……。俺、死んだ)


 しかしそれは、岩の巨人が受け止め、瓦礫となり崩れゆく。


「わ、わ、私だって戦えるんですっ!!」


 鬼塚の前に『ゴーレム』を召喚したのは、白雪栞。護る為に。死なせないために彼女は震えた手でカードを抜いた。足も震え、声も震えているが、彼女は確かに戦った。


 しかし、本来ゴーレムは異形の攻撃をしばらく受け止めるだけの耐久力があるが、このミドル級ダンジョンでは些か力不足だ。すぐに次の攻撃が来る。


 彼女の勇気は無意味だったのだろうか。


 死を数秒遅らせるだけの無意味な時間稼ぎだったのだろうか。


 誰かを護ることなど栞には出来ないのだろうか。




 “()”。


「ありがとう、白雪さん。君の勇気で、僕たちが間に合った」


 鬼塚の前には紫苑が立っていた。『亡者の剣』を装備し、鬼塚を護る紫苑と、『攻撃の旋律』で雑兵を一掃する琴音。


「勝率は限りなく低い。だが、最期まで食らいつくぞ『グラトニー』。今度は僕が君を喰らう番だ」


 格下の抵抗がそんなにもおかしいのか、グラトニーはまたも嗤った。


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