第21話 スイーツダンジョン②
「よっしゃあ! 戻ってこれたぁ!!」
「怖かった……。異形ってあんなに……。殺意くらうってのはマジでしんどい……」
模擬ダンジョンを終えて、最初に戻ってきたのは活発そうな男子学生の率いるチームだった。チーム長は入り口を出るなり、ガッツポーズをして喜び、横にいた気の強そうな女学生は、人生で初めて出会ったであろう、『本気で自分を殺そうとする相手』との邂逅に足が震えていた。
「望月チーム、帰還速度一位。長谷川……記録を」
石橋の言葉に長谷川は頷き、手持ちのタブレットに記録を記入していく。
ダンジョンは常にイレギュラーが待ち受けている。
全てのトレイターが最初に教えられる初心だが、初心を忘れないでいるのは中々に難しい。
模擬ダンジョンの危険度は、異形戦争以前の高レベルの登山程度の認識だ。勿論細心の注意を払い、警戒はするが、誰しも死ぬとは思っていない。学生もそうだし、講師もそうだ。
(……星空チーム。文句なしに今年度最優秀だと思っていたが、見込み違いか? それとも、鬼塚や白雪が足を引っ張って全体の行軍スピードが遅れている?)
時刻は午前10時。往復3時間もかからない道程を琴音と紫苑が苦戦するとは思えない。
「なにか、おかしい。違和感が……気持ち悪い……」
長谷川は口元を押さえ、考え込んだ。
■■■ スイーツダンジョン 下層
「おい。おいおい」
紫苑は冷や汗を流す。他のメンバーも唾をのんだ。金属が固い床をひっかく、鈍重な音が聞こえてくる。
「デカくないか?」
ピンク色の通路を抜けると少し高い場所に出た。広間中央にはホールケーキが五段重ねで鎮座しており、その周囲を三体の大型の猫のぬいぐるみが戦闘斧を持ちながら、廻旋している。今までのぬいぐるみが人型程度の大きさであったのに対して、この猫は体高が20mはある。背丈以上のハルバードを携え、地面を踏みしめ、飴で出来た地面を削るように凶器を引きずりながら移動していた。
その周りには先ほどから見たウサギ、イヌのぬいぐるみが随伴歩兵の様にその猫を防衛するように行進し、ケーキの周りを守っている。
「気付いていない、のか? 僕はあらかた異形の事は調べつくしていたつもりなのだが、ぬいぐるみ型は初めて見る」
「紫苑さん。『デスドール』で攻撃を受ければ、あの巨体でも……」
琴音が提案を持ちかけるが、紫苑は首を振り答えた。
「ああ、支配者不在のダンジョンでデスドールはカウンターに合わせれば1:1交換の出来る“比較的”優秀なカード。だが、ダンジョン内の異形は殲滅することが目的じゃない。こちらが8枚しかないのに対して、敵はどれだけでも物量で勝負できる」
紫苑は白雪に対して偵察を指示する。彼女は武器カードである『レーザーライフル』を武器としてではなくスコープとして使っていた。攻撃が苦手で、防御や回復しかできない彼女の唯一の武器。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね……」
「これ白雪さんがいてくれたから良いものの、模擬ダンジョンでも、後衛に双眼鏡は必須じゃないか」
紫苑は学園のカリキュラムに文句を言いながら、音を立てないように仔山羊の自壊回数を稼ぐ。
「あ。ありまし、た。ホールケーキの頂上に穴が。た、多分。あのネコさんたちは、護る為に、まわ、回っているんじゃないでしょうか?」
しばらく紫苑は考えるそぶりを見せたのち口を開く。
「間を縫っていく。幸い、あのケーキがでかすぎるおかげで、どのグループにも死角がある。タイミングを合わせて仔山羊のバフをもう一度乗せる。そのまま頂上を目指す。異論は」
「ねぇよ。俺に作戦を立てろっつうなら、それこそ馬鹿だぜ? ただ、状況はわかった。つまり素通りすんだな」
「そうだ。だが最終判断はチーム長である琴音がする。どうだ? あのカードを切って、一掃は出来るかもしれないが……」
琴音は押し黙り、考え込む。ここまでの状況判断は紫苑に頼っている。現に、彼の方が遥かに俯瞰できているし、指示も的確。
しかしダンジョンに潜る前に、彼に言われた『指揮官が迷えば部下が死ぬ』『間違っても死ぬ』という言葉が、彼女の額に汗を流させた。
震える唇を噛みしめ、彼女は心中で自分を鼓舞する。自分と紫苑がいて模擬ダンジョンでの敗北などあり得ないのだと。
「決行します! 全員この高台で、周囲を警戒! 白雪さんの合図を持って、ホールケーキへと直進し進軍。戦闘を回避します!」
■■■ 地上 風力発電 受変電設備 管理棟
「なんか騒がしいな……」
「先輩、今日は『モギダン』の日っすよ」
「あー、だからか」
室内には煙草を吸いながら、ファイリングされている日報を確認している中年の男性と、比較的若い顎髭を生やした茶髪の男性がいた。彼らは灰色の作業着を着用し、腰には工具一式と、SMGを差している。ここは風車が集めた高圧の電気を使用可能な電圧に変換する、いわば“小さな変電所”だ。
遠くからは歓喜の声や、大怪我をした者の悲鳴が聞こえてくる。中でも一番耳障りなのが、昨日まで学生生活を謳歌していたであろう人間の歔欷の声。それは号泣へと変わり、それなりに離れている管理棟まで届く。
「どうして、こんなことしなくちゃいけないのかね」
「どういう意味っすか?」
「失楽園を奪われたならそのままでいいじゃないか。俺から見ればまだまだケツの青いガキが死線に行くなんて。……しかも、その前に訓練中に友人が死ぬのを見せつけて。学園は。どうかしてるよ『反逆者』なんて」
「先輩……」
煙草を半分も吸い終わらないうちに、灰皿でもみ消し、新しい煙草に火をつけようとする。しかし、ソフトケースの煙草の中を見て、空だとわかった現場監督はそれを握りつぶし、ゴミ箱へ入れる。
「てか交代は? まだ来ないの?」
「全然連絡着かないっすね。寝てんじゃないすかね」
「……はぁ。起きたら煙草買ってくるよう言っといて。……じゃあ点検行くぞ。なんかしてないと気が滅入る」
「わかりました」
二人は白いヘルメットをかぶり、屋外キュービクルの点検に向かった。
金網に囲われたこの場所は管理棟の主要な部分だ。金属製の箱に変圧器、遮断機、制御装置諸々を詰め込んだものが『キュービクル』である。それが規則正しく並んだ、テニスコート程の大きさの設備である。
もとより、点検などそう時間のかかるものではなく、交代などいなくても侵入者はこの学園にそうそう入れない。だから、この大袈裟なまでの武装と防犯意識がバカバカしく思えてくる。
「A1からB5。異常なし」
二人は手元のチェック表に書き込んでいく、そこで後輩は何かに気付いた。
「あれ、なんすかね?」
現場監督は言われるがままに、そちらの方を向く。そこにはウサギの着ぐるみが立っていた。
「……なんだ。お前。学祭にはまだ早いぞ。どうせ、どこぞのガキが……」
キュービクルの影からもう一体のウサギの着ぐるみが姿を現した。
右手には鉈。
左手には人間の頭を持っていた。
二人の思考が停滞する。
どうせ作りものだと。やんちゃな学生が、職員を驚かせて遊んでいるのだろうと。しかし、なぜあの着ぐるみは今日シフトに入っている人間の顔を……。
「う、わぁぁっぁぁああアアアア」
後輩は腰からSMGを取りだしそのウサギ目がけて発砲する。しかし、セーフティーの外し方と、簡単な試射訓練しかしていなかった素人が、その反動に耐えられるはずもなかった。
上を向いた銃口は明後日の方向に攻撃をする。
その隙に、ウサギは頭を投げ捨て、姿勢を低くし、突進してきた。
15mは離れていたのに、たった数歩で距離を詰め、後輩の首を斬り飛ばす。
現場監督は踵を返し走り出した。無線を手に取り緊急事態を総合会館本部に連絡しようとする。
「緊急事態だ! いぎょ……」
トス。と自分の胸に衝撃を覚える。激痛と共に、体がそこから溶けてなくなっていく。キュービクルの上にはクマのぬいぐるみが、感情の分からない宝石のような瞳でこちらを見ていた。
(いてぇ……。いてぇ……。声が出ない。死ぬのかよ、しょーもねえこんなところで。緊急事態も伝えられず……)
現場監督は死ぬことを受け入れた。そのうえで、トレイター達に敬意を表しSMGを抜く。
発砲先は“キュービクル”。これは発電所の心臓で防犯の為、破壊されたとき大音量で警報が鳴る。
(ああ、こんな化け物相手に、戦ってんのか。そりゃ怖えよ。おっかねえよ。なんであいつらは戦えるんだ……)
もう数秒で事切れるであろう現場監督のところにウサギは鉈を持ち、とどめを刺しに、行かなかった。
異形たちは警報を止める方法を探すかのように、キュービクルの周りをまわる。
(そうか、そうだよな。まともじゃあ、やってられねえよな)
もう彼の視界は暗くなり、警報の音も聞こえなくなってきていた。
(ああ、勿体ない。煙草。最後まで吸えば、良かった)
■■■ スイーツダンジョン 下層
(深くないか? このダンジョン。ふつうライト級でもコアに辿り着く頃合いだろ……)
「紫苑さん。周期の計算ができました。あのネコを基準にして一周半。時間にして9分後に15秒だけ死角ができます」
「わかった。ありがとう。では先陣は僕と鬼塚君。その後ろを白雪さん。殿は琴音で行くぞ」
他全員が頷き、隠れるように、高台から一旦広間に降りる。琴音は腕時計を確認し、時間を測る。
□□□
「今です!」
全員は音を立てないよう。それでいて、迅速に中央のホールケーキへと走る。
都合のいいことに、階段状になっていて、頂上までは、すぐに到着した。
「は?」
そこにあったのはチョコレートで描かれた、穴のトリックアートだった。
そしてすぐに気付く。隙があったのも、時間差で死角ができるのも、この中央が次への道だと勘違いすることも。考えてやっていたことだと。
既に三体の猫は中央にいる紫苑たちの方を向き、ハルバードを振りかぶっている。その肩にはクマのぬいぐるみが腰かけ、地上からは犬のメイスが投擲される。
(嘘だろ、するか? 異形がここまでの策を。狼の狩り程度の知能しか持っていないと言われている異形が)
(待ち伏せ、挟撃程度ならわかる。しかし、これは……)
異形たちに中央に誘い込まれ、全方位から攻撃を受ける。
「琴音! 『防衛の旋律』を一点に集めろ!」
「は、はい!」
琴音の風の防御は、全ての攻撃を逸らし、その指向性を一点に集中させた。紫苑はそこに『デスドール』を召喚し、攻撃を受けさせる。
■『自壊人形 デスドール』 異形 コスト5 ノーマル
●この異形は召喚されてから三分後に破壊される
●このカードが異形によって破壊された場合、それがドミネーターでなければそれを破壊する
●攻撃力0 体力10
デスドールは奇妙な笑い声を上げながら黒い霧を出し、ぬいぐるみたちを包む。これによって攻撃した異形は軒並み破壊される。
コンボによる疑似AOE。何度も何度も紫苑と琴音は雪菜の『トールマン』相手に練習していた技術だ。しかしそれでも防ぎきれなかった。殺し切れなかった。一本のクマの毒矢が鬼塚の足に命中し、体を蝕んでいく。
紫苑は『亡者の剣』を顕現させ、鬼塚の毒を受けた部分を切り離す。毒も回復は出来るが、ゴーレムが二発で落ちた毒だ。こうしたほうが『不死鳥の霊薬』でより多く回復できる。そうした後、ケーキから跳躍し、剣で残りの異形の掃討にかかった。
「白雪さん、『ナチュラル・ゴーレム』を! 鬼塚さんを守ってください」
紫苑の後に続き、琴音も飛び降りる。
■『ナチュラル・ゴーレム』 異形 コスト15 スーパーレア
●このカードが存在する限りこのカードと半径30m以内の人物は自動回復能力を持つ
●自壊不可
●攻撃力15 体力285
緑色で苔とツタの生えた岩の巨人が鬼塚と白雪を護る形で覆いかぶさる。傷を負った鬼塚は、『不死鳥の霊薬』を使用し、そのうえで『ナチュラル・ゴーレム』の治癒能力で、回復していく。
「俺も前線に……」
「だ、だめです。まだ足が治ったばっかりで……」
「でも……」
「終わった」
そこには剣を使い切り、次のカードを握りしめた紫苑が戻ってきていた。
「あのでくの坊。まともにやりあったらどれほどの被害が出るかわからないが、戦闘能力は大したことが無かった。戦闘能力はな」
「なあ、紫苑。異形って、こんなに頭がいいのか?」
紫苑は苦虫を噛み潰したように顔を歪ませ、答えた。
「いや、僕の知る限り、異形は本能みたいなもので動くものから、機械の様にプログラムされたものまでいろいろな文献を読んだ。だが、今回のぬいぐるみたちは今まで見たこともない」
「当然、未だ不明瞭な部分はあるが……。今回の模擬ダンジョンは余程外れを引いてしまったらしい」
そこで下から、琴音の声が聞こえる。
「皆さん! ケーキの下部に入口がありました!」
「よし、後はもうコアを壊すだけだろう。だが、この異常な知能。念のために、全てのカードのコストが回復するまで、新たに湧く異形を殺し続けるぞ。鬼塚君頼めるか?」
「おうよ! まかせときな」
「準備が整い次第、進軍する」
■■■ スイーツダンジョン 深層
クッキーで出来た階段を下るとそこは確かに最奥部だった。後はコアを壊して戻るだけのはずだった。
「なんで、だよ……」
それを嘲笑うかのように“奴”は大口を開けて手近に居る異形を黒い触手で掴み大きな口に運んでいた。
「嘘、ですよね?」
それを嗤笑するように“奴”は大量の腕を伸ばす。そこにも口がついており、お菓子を貪っていた。
黒い巨躯には脚と瞳が無く、大きい口が体の前面にあり、白い歯をのぞかせている。動くことを放棄し、見ることも止め、ただただ食うしか能のない怠惰の化身。
「ッどうして、支配者がいるんだよッ!!」
■スイーツダンジョン 支配者 “貪り喰らう人形” 『グラトニー』




