第20話 スイーツダンジョン①
「あれ? この人工ダンジョン……」
「どうした長谷川?」
模擬ダンジョンの評価にはダンジョン攻略速度も評価基準に該当する。そのため講師陣は等間隔に並んだダンジョンの入り口を見て回っていた。違和感を覚えた長谷川に、石橋が声を掛ける。
「いや、ちょっと入り口の形がおかしくないかな……って」
人工ダンジョンの入り口は基本的に正円である。しかし、一つだけ、言われなければわからないほどの差で、楕円の形状をしていた。
「この人工ダンジョンに入ったグループは、誰ですか?」
デバイスを取りだし石橋は名簿を確認する。
「……星空琴音チームだ」
間違いなく、今回の模擬ダンジョンで最強のチーム。でも長谷川は本能的に何か良くないことが起こる予感がした。しかしそれを言語化できる程の説得力はなく、心にしこりを残しながら、他のダンジョン入り口の見回りを続けた。
■■■ スイーツダンジョン 中層
「おらぁッ!!」
■『ファーストギア』 呪文 コスト15 ノーマル
●15分間『ガントレット』を強化する。次の強化は『セカンドギア』でしか行えない。
見た目だけは可愛らしいぬいぐるみが無骨な凶器を持ち、徒党を組んで襲ってくる。黒い宝石のような瞳は美しいという印象よりも先に、感情が読み取れない不気味さの方が勝っていた。
鬼塚のデッキは武器主体、というよりは手甲を強化して戦う、頭を使わないデッキであった。採用カードは『ガントレット』二枚と『ファーストギア』から『フィフスギア』の五種類の殴撃を強化するサポート。申し訳程度に『不死鳥の霊薬』が一枚挿してある脳筋デッキだ。
しかし、事実彼の戦闘能力は高く、喧嘩慣れしているのか、打撃も強烈。足さばきも軽く、蝶の様に舞い、大砲の様に打ち抜く彼のおかげで、紫苑は自身の異形を自壊することに専念できた。
ダンジョン上層の敵は数も多くはなく、鬼塚一人でも十分対応可能な数だった。しかし中層に侵入するや否や、数が格段に増え、敵の耐久度も攻撃の悪辣さも激しさを増してきた。ここからは紫苑も異形を召喚し盤面を構築していく。
「紫苑さん! イビルイーターを!」
琴音は『攻撃の旋律』の呪文を使い、荒れ狂う嵐が、敵の異形をズタズタに切り裂いていく。『爆炎術式』程の火力は無いが、それでも比較的柔らかい人形系統の軍団を一掃するのには十分だった。
その隙に乗じて、紫苑は『イビルイーター』を召喚する。既に召喚されていた『供物の仔山羊』を自壊させ全員にバフ効果を与える。と同時に自分の異形を破壊するために使用した『亡者の剣』を活性化させ、装備する。
■『イビルイーター』 異形 コスト20 スーパーレア
●召喚時、自分の他の異形一体を破壊する。そうした場合『イビルイーター』を除く、不活性化している他のカード一枚を活性化させる
●攻撃力53 体力78
■『供物の仔山羊』 異形 コスト5 レア
●このカードが破壊された場合、味方全体に直近15分以内に破壊された自分の異形の数だけ10%のバフと身体強化を与える
●攻撃力5 体力12
■『亡者の剣』 武器 コスト25 レア
●このカードは直近一時間以内に破壊された自分の異形の数だけ、コストが1下がる。(最低は1)
●このカードは直近一時間以内に破壊された自分の異形の数だけ、攻撃力が20上がる
●攻撃力1 耐久度5
『イビルイーター』の真髄はその効果にあるが、スタッツも悪くはない。十分戦闘にも耐用できる、紫苑のメインモンスターだ。加えて『供物の仔山羊』で全体のサポートも重ね掛けしているため、鬼塚のフットワークも軽くなっている。
鬼塚は既に『サードギア』まで開放しており、その強力な身体能力と、紫苑によるバフによって、ほぼ一撃で異形を破裂させていく。その死角を護るように『イビルイーター』は触手で異形を叩き潰している。
「あ、あッ! 危ないです! 鬼塚さん! や、月見里さん」
白雪がか細い声を上げる。最初に危険に気付いたのは彼女だった。カードを引き抜き『ゴーレム』を前衛二人の前に召喚する。
彼女が見たのは、巨大なスポンジケーキの影に隠れていた二体の熊の人形。それらはクロスボウをこちらに向けていた。間一髪のところでゴーレムに着弾。タンク性能として優秀な岩の巨人が、ドロドロに溶けた。
「え、え? ど、毒? 酸ですか……?」
それと同時に、琴音はショートケーキで作られた左右の家の窓から気配を感じた。クッキーで出来た観音開きの窓が開かれ、そこにはクロスボウを構えているクマのぬいぐるみが大量に居た。目算で、30体ほど。
(ゴーレムが二発で落とされる、毒矢……ッ! 身を隠せる場所もない。斉射されたら死人が出る)
「琴音ぇ!! 『防衛の旋律』を!」
同時だった。突風による全体防御と致死の毒矢が発射されるのは。
風により、毒矢は逸れていき、両隣に立つショートケーキの家に突き刺さる。しかし一度凌いだところで、状況は変わらない。ぬいぐるみたちは次の矢を装填している。
(ここで、切るか……? 『爆炎術式』を? おそらくここがこのダンジョン最大の難所)
「琴音! 『爆炎術式』を向かって左側に! 僕は右側に撃つ!」
即座に、それを放ち、ショートケーキの家ごとクマのぬいぐるみは炎に包まれ消滅した。
(これが模擬ダンジョンの難易度か? 今僕たちが“スーパーレア”の『爆炎術式』を持っていなかったら、少なくとも一名は死亡していたぞ……?)
「紫苑、やっぱりお前、すげえわ。俺馬鹿だからさ、カードのコンボとか、相性とか、使いどころとか。わかんないんだ」
「称賛は後にしてくれ。白雪さん! 『マナ・ゴーレム』を! クールタイムを回復したい。琴音は周囲警戒。鬼塚君は一旦『ガントレット』を自壊させろ。今のうちに付け替えてくれ。死角になる場所で、体勢を立て直す!」
■『マナ・ゴーレム』 異形 コスト20 スーパーレア
●このカードが破壊されたとき、周囲30mの不活性化している『マナ・ゴーレム』以外のカードのコストを10減らす
●自壊不可
●攻撃力20 体力210
虹色に光るクリスタルのような5m程の岩人形がチームを護るように仁王立ちしている。その陰に隠れて、先ほどのクマ人形の猛攻を凌ぐのに使ったカードが、再び使用できるようになるまで姿勢を低くし、全員で隠れている。
今攻撃に使えるのは紫苑の『イビルイーター』一体。『自壊人形デスドール』二体は戦闘能力にほとんど期待できない。
防御と回復に偏重した白雪のデッキでは攻勢に転じられない。
近接しかできない鬼塚に頼ろうにも、ボウガン相手に吶喊するのは控え目に見積もって自殺行為だ。
琴音の切り札は知っているが、あれはコストが膨大だ。雪菜の『トールマン』同様、一度のダンジョンで一回しか使えない。
(考えろ、考えろ、考えろ。イビルイーターによる仔山羊ループによって鬼塚に全てを託すか? それとも爆炎術式をサルベージして次の軍勢に備えるか? 今後の異形の数で判断するしかない。しかし前者を選んだ場合、命綱をあのバカに託すことになる……)
「なあ、紫苑。さっき俺が目的は金だって言った時、お前軽蔑しただろ」
脳が焼けるほど思考している紫苑に、鬼塚が話しかけてくる。余裕が無かった紫苑は苛つきながら答える。
「集中しろ。……確かに金は大事だ。立派な理由の一つになる」
紫苑としてはそこで会話は終わりにするつもりだった。しかし構わず、鬼塚は話し続ける。例え馬鹿だろうと、そんな話をしている余裕は今の状況にない事はわかるだろう。
「俺んちビンボーだったからよ。母ちゃんに楽させてやりてぇんだ」
「学食の飯、食い放題なの良いよな。こっそりタッパーに詰めて持ち帰ったりして金浮かしてるんだ」
その言葉を紫苑は止めなかった。紫苑は自分が“そう”だから知っている。母が“ああ”だったから知っている。
「余ったカードはさ、売ったりしてウチの母ちゃんに送ってたんだ。でもよ、何回言っても米送ってくるんだよ。学食無料だからいいっつってんのに」
────彼は死ぬ気だ。
「俺頭良くないからさ、ここの座学もいっぱいいっぱいだったんだよな。高校も行ってないで馬鹿な仲間とつるんでバカやってた。喧嘩したり、バイク乗ったり」
「ろくでなしだった。警察にも何度も怒られて、それでも止めねーの。そんな馬鹿どもは、神奈川に引っ越してた俺以外、異形戦争で」
「みんな死んじまった」
ダンジョン災害では保険は降りない。当たり前だ。生き残った人間に対する社会福祉だけでも火の車だった日本にそんな余裕は無かった。笑いながら話すのは彼の強がりだろうか、それともあまりに虚しいと笑いしか出なくなる現象なのだろうか。
「葬式もまともに出来なくてさ。でもその時、神奈川にツレの親父とお袋がたくさん俺んとこ来てさ」
「金、くれたんだよね。これで学園に入って息子の無念晴らしてくれって。俺がケンカつえーからって理由で。ただそれだけで。喧嘩強くても異形に勝てるわけねーじゃんって」
「でもいっぱい勉強した。算数とかで止まってた俺も一日中勉強してたら、ギリギリ受かったんだよ。異形がどうとか、ダンジョンがどうとか。難しいことはよくわかんねぇ」
「でも、アイツらはいちゃいけねぇって思ったんだ」
唇をかみしめ、拳を握る鬼塚の言葉を紫苑は耳に入れていた。彼が如何に合理的でもこれから死地に向かう人間の言葉を遮るのは。なんというか、無粋、だと思ったのだ。
「栞、お前が俺のこと怖がってたの知ってるよ。でもペア組んでくれてありがとな」
白雪は口を開けなかった。
「琴音。お前と紫苑は栞だけは守ってくれ、最高にカッコよく戦って死んだ馬鹿がいるって語り継いでくれ。後は、そうだな。すげー自分勝手なこと言うと、俺の使ってたカードは換金して、母ちゃんに送ってくれると嬉しい。そんだけだ」
琴音もかける言葉を見つけられなかった。しかしその瞬間、マナ・ゴーレムに何か硬いものがぶつかる音が連続して響き、崩れ落ちる。
攻撃は前方から。
床を見ると武器はメイス。どうやら投擲された物らしい。
悲鳴を上げるのは前方を偵察していた白雪だった。
「皆さん。異形が、今度は、盾、盾? 板チョコとハンマー? いやメイスで武装した、わ、ワンちゃん? 犬の兵隊が!」
「白雪さん、数を教えてください! 概算でいいです!」
「30、いや40は超えています!」
直後、太陽が炸裂する。上着をはためかせ、そのカードを使用した男は顔を前方に向けて言い放つ。
「お前は何、悦に浸ってんだ? 誰も死なせるわけないだろ。僕と琴音がいて模擬ダンジョンで死者? 冗談はデッキだけにしとけ」
「……お前、結構優しいのな」
「……僕のランキングを落としたくないだけだ。約束があってな」
「嘘、下手だな、お前」
「言ってろ。お前も全力で戦え。国のために散るのは美徳じゃない。諦めただけの敗北者だ」
「母さんに恩返ししたいなら、自分で自分のカード届けろよ。トレイターは死者のカードは取ってもいいって、習っただろ? 僕はそんなにお人好しじゃないぞ」
首を斜め後ろに傾け、紫苑は口角を上げた。




