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第2話 絶望的戦力差

 紫苑(しおん)は激痛に顔を歪ませながら、偶然拾えたカードに目を通す。デッキ(山札。カードの束の事)は8枚まででしか組むことはできない。どんなカードが存在するかは政府公認のデータベースを確認しているため、紫苑は殆どのカードの効果を暗記している。



■『爆炎術式』 呪文 コスト20 スーパーレア

●前方向に高威力の炎属性の爆炎を放出する。



 これが先ほど男が使用したカードの正体だ。対異形AOE(エリアオブエフェクト)(広範囲に影響を与える効果の事、その一つに全体攻撃がある)である。異形に効く、という事は即ち人間にも効くという事になる。そして、彼の使用するデッキもおおよその見当がついている。しかし、目下の問題はこの目の前の小男だ。


 ナイフを逆手に持ちつつ、じりじりと小柄な男性は距離を詰めてくる。彼としても早いところ紫苑を殺害したいところだろう。先ほどの蹴りが上段蹴りならば死亡していた。


 体格差故の僥倖だ。


 恐らく身体強化系の呪文、もしくは装備カードを使用している。


(あのナイフとローブもおそらくはカードから具現化された物だろう。類似品がいくつかあるので特定は難しいが)


(取るに足らない雑魚、と認識してくれれば、良かったが……。実戦慣れしている。満身創痍の僕相手でもカードを持っている、となれば話は別になるか)


 先に行動したのは、紫苑だった。初めて使うはずのカードにどこか既視感さえ覚えるような触り心地、長年カードゲームをやってきただけはあるという事だろうか。


「『卵喰らいの蛇』召喚」


 ホルスターからカードを抜き、それは輝き発動する。裏路地に長さ数メートルの、黒いクサリヘビのような化け物が顕現する。空中でとぐろを巻き、細い舌を出しながら攻撃態勢に入る。


 その矛先はリーダー格の男の骸骨兵に向かっていった。



■『卵喰らいの蛇』 自立型異形 コスト15 レア

●この異形は敵味方問わず最も体力の低い生物を連続攻撃する

●攻撃力115 体力125



 紫苑が調べた情報ではこの数値が1につき一両の戦車と同程度の攻撃力と耐久を持つ。この蛇は連続攻撃可能で攻守もレアリティのわりに強力である。味方さえ狙わなければ、普通にデッキに採用される事も検討出来る性能だ。だが……。


(これは雑魚カード、味方も攻撃するんじゃ、せっかくの連撃も高いスタッツ(異形の攻撃力と体力の事)も役に立たない)


 それを見て、リーダー格の男は鼻で笑う。


「本当……。嫌になるな。横着して良い事なんて一つもない。なのにどうして横着するんだろうな? 人は。こうも面倒くさい状況になるなら迷わなければよかった」


 黒いクサリヘビのような化け物が骸骨兵を食い破る。と同時に砕かれた骨々は再生を繰り返していく。


「初心者はスタッツと連撃を見て強いと勘違いするんだよなあ。俺達に牙がとどく前にお前が死ぬんだぞ?」


「知っている。だが、人間の体力は基本100で計算される。骸骨兵のほうが低い」


「……だとしても馬鹿、だ。こいつが見えないのか?」


 無精ひげの男が指を後ろに向けると、そこには金色の冠と、宝石のついた指輪。杖を持った豪華絢爛なローブを纏う骸骨型の異形が存在していた。


「ナイトメアリッチ。こいつがいる間、俺達全てのアンデッド系異形は不死を持つ。そいつは何回殺しても無意味に攻撃し続けるでくの坊だ」

「知っているさ。アンデッドコンボくらい」


「リーダー! 『卵喰らいの蛇』が肥大化してきています!」


 既に紫苑は次のカードを使っていた。



■『食物連鎖』 呪文 コスト30 ノーマル

●異形一体を選択する、30分間その異形は破壊した異形の数だけ攻守が上昇する


(これも雑魚カード、戦いの最中、悠長にバフ(攻撃力と体力の一時的な増加の事)をしている間隙なんて、おおよそ対人戦で与えてくれるわけがない)


 だが、『卵喰らいの蛇』と不死のアンデッドがかみ合い、凄まじい速度で強化されていった。


「……ッ!! そうか。」


(今、最も体力が低いのが骸骨兵、次いであの青年と少女。次は俺達だ。あの蛇は自立型異形。術者が死亡しても5分間は動き続ける。先にあの『食物連鎖』による強化を止めないと。もう自爆特攻ぐらいしか勝ち目はないと踏んだのか)


「全員! 俺のナイトメアリッチに攻撃しろ! まずはループを止める!」


(俺の不死コンボが突破された? それどころか利用された、だと? あえて自立型を選択することで、自分を俺達に殺されにくくした? 一般人が? 偶然なのか?)

(ナイトメアリッチは自壊ができない。ささやかなデメリットだと思っていたがこう効いてくるか……)


 他のスナッチャーもリーダー格の命令に従い、ナイトメアリッチに対して、持ちうる最大火力で攻撃を仕掛けた。『爆炎術式』による攻撃や、異形を召喚して、このループを止めようと全力を尽くす。


(俺のナイトメアリッチの高耐久が仇になるとはな……。だがこれでお終い。この骸骨兵が破壊されたときがお前の最後だ)


 数十秒間の攻撃でナイトメアリッチの撃破に成功し、漸くループは終了するが、もうすでに紫苑は次の行動に移っていた。


「その隙が欲しかった。三十六計逃げるに如かず、だ」


 紫苑は全速力で路地裏から大通りの道に走っていく。息を切らし、心臓の鼓動が早くなる。例え肺が破れようとも逃げおおせるべき確固たる意思を持って。


 しかし、頭上よりレーザー光線が紫苑の頭を貫く。連射力はないが一撃で異形さえ撃ち抜ける「武器・カード」『レーザーライフル』。頭部に穴があいた紫苑は力なく崩れ落ちる。


「一人はお前の対応に残すに決まっているだろう。ビギナーズラックもここまでだ」


「……ありがとう。君達ならばきっと殺してくれると思っていたよ」



──金は、無い。友人もいないし、家族もいない。カードも自前じゃ持っていない。そんな僕が勝負のテーブルに置けるもの……。


────自分の命くらいだろうがッ!


 拳を握り締め、足で地面を踏む。


 心が燃えた。血が滾る。それでも頭は冴えていた。


 視界はクリアで敵の次の行動まで時間がない事もわかる。


 先程の『爆炎術式』による土が焼ける匂いまで感じられる。


 五感全てが鋭敏になり、スナッチャーの動きがスローモーションのように見える。



■『純銀の盾』 装備 コスト45 スーパーレア

●致死ダメージを受けても、体力が1残る。

●耐久度1



 最初から紫苑は()()()()()()()()に動いていた。『卵喰らいの蛇』も『食物連鎖』もこの状況を作り出すための布石でしかなかった。全てはこのコンボの為に。紫苑は更にカードを展開。


「『均等』」



■『均等』 呪文 コスト35 レア

●周囲50m以内の人間の体力を使用者と同じにする



 自分の体力を1にして『均等』を発動。この周辺にいる人物全員の体力が1になった。つまり全員が『卵喰らいの蛇』の攻撃対象となる。だがここで、さらに紫苑は2枚カードを発動。



■『不死鳥の霊薬』 呪文 コスト10 レア

●任意の異形、もしくは人間一体の体力を50%回復する



 これにより紫苑と、少女の体力は他のスナッチャーの体力を上回る。無差別に攻撃するはずだった『卵喰らいの蛇』は攻撃対象をスナッチャーに向ける。大量に骸骨兵を食い荒らし、手が付けられないスタッツになった“蛇”が法を捨てた世界の住人を蹂躙する。


「く、来るなぁッ!!」


 クサリヘビのような漆黒の異形は容赦なく体力が1となったスナッチャーの頭にかぶりつき、哀れな犠牲者は数秒もがいた後に、身体を弛緩させ、首から下が路上に落ちる。


「誰か、回復カードを持っていないのか!?」

「あるわけないだろ、そんなのに割くデッキ枠なんてねぇよ!」


 言い合いをしているスナッチャーは持ち得る火力の殆どをリーダーのナイトメアリッチ相手に使用してしまっている。残ったカードで『卵喰らいの蛇』に立ち向かうが、焼け石に水だった。あっという間に死屍累々の地獄絵図が完成する。


 突然だが優秀な戦闘員に必須の能力とは何だろうか。強靭な筋肉? 明晰な頭脳? 実戦の経験? どれも正解だが、一番ではない。


 “引き際を弁える”。この一点が最も大事だ。


 リーダーが部下全てを見捨てる決断を下すのにかかった時間はわずか数秒。二人目の友軍が喰われた時点で身体強化のカードを用い、逃走をしていた。


「拙いですよ! 『卵喰らいの蛇』の攻撃対象がもういません! 次の標的は私達です! 逃げましょう!」


 癖ッ毛のある桃色の髪の毛をした少女が紫苑に近づいてくる。彼女の言った通り、あの異形は、コントロールができない。だから誰も使わなかったのだが。


「心配ない、運よく丁度いいカードが手元に入った、これで終わり、だ」


 紫苑がラスト2枚のうち1枚を使用する。それは継ぎ接ぎだらけの気味の悪い人形だった。2メートルほどの大きさで、眼はボタンで作られており、片方の目は飛び出している。



■『自壊人形 デスドール』 異形 コスト5 ノーマル

●この異形は召喚されてから三分後に破壊される

●このカードが異形によって破壊された場合、それがドミネーターでなければそれを破壊する

●攻撃力0 体力10



 漆黒のクサリヘビは不気味な人形めがけて一直線に突進していき、食い破る。デスドールは不気味な笑い声を上げながら黒い靄を発生させる。それに包まれ、双方とも破壊され、カードに戻った。不活性化してしばらくは使えないが、それでも最悪の状況から、何とか生き延びることが出来たのだ。


 運の要素は多大に含んでいた。それでもずば抜けた状況判断能力と機転を持つ紫苑が反逆者(トレイター)として比類ない人物であることに少女は息をのんだ。


「……もしかして貴方トレイターですか?」

「いや、本物のカードに触ったのもさっきが初めてだ」


 ふと、あたりを見渡すと、敵味方問わず、死体が転がっている。紫苑は吐きそうになるのをすんでのところで堪えた。今までは生死の境を彷徨う状況でアドレナリンが出ていたのだろう。我に返ると彼の精神を『殺人』という咎が蝕んだ。紫苑は自分の手の震えを押さえられなかった。


「増援は既に呼んであります、あと5分もしないうちに到着すると思います。……くそ」


 少女は自身の無力感に苛まれていた。哀しそうな目で並べられた遺体を見る。視線を遺体から紫苑に移した。


「……僕は人を殺してしまった、のか? どうしたらいい? やっぱり警察に……」


 わなわなと手を震わせ、奥歯をガチガチ鳴らす。それを少女は少し羨ましげな眼で見ていた。


「こいつらは人間じゃありません。だから気に病む必要はありません」


 怒りを隠すことなく、紫苑に語り掛ける少女の口調にはこの上ない憤怒が滲んでいた。その会話で少しは落ち着きを取り戻したのか、「取り乱してすみません」と一言置いたのち話し始める。


「ああいうカード狩り、所謂スナッチャーは民間人でもトレイターでも殺害許可が出ています。そしてそいつらの持つカードは倒したチームが貰い受けられます。一種のインセンティブですね」


 彼女は説明をしながら、スナッチャーの死体はお構いなしに踏み、友軍であったであろう人たちの目を閉じさせた。


 最後に小さい子供の遺体に同様の事をして、両手を合わせて冥福を祈った。しばしの間黙祷を捧げている。


 その腕は震えていた。怒りなのか哀しみなのか、喪失感なのか。紫苑は彼女に声をかけようとしたが、憚られた。彼女は以前にもこういった事があったのかと紫苑は思ってしまう。


 その様子を見るに、スナッチャーがどれほど憎まれ、疎まれ、蔑まれているのかを理解した。強奪者(スナッチャー)。もといカード犯罪者は例外なくその場で死刑が執行されるのは紫苑も知っていた。


 カードを奪うという事は人類が異形に勝利するのを妨害することと同義だ。そう考えると少しは心が落ち着いた。


 少女が紫苑に振り返る。


「私の名前は星空(ほしぞら)琴音(ことね)。トレイター学園の一年生です。貴方は?」

「僕は月見里(やまなし)紫苑(しおん)。フリーターだ」


「そうですか。今回の入手カードは全部あなたに差し上げます」


 あまりに突拍子もない発言に紫苑は空気の漏れるような変な声を出す。


「何言ってるんだ? カードは例えノーマルでも数十万円。スーパーレアなら数千万で取引されるんだぞ」

「無条件ではありません。ただ一つ条件が」


 どんな難題を押し付けられるのかと身構える紫苑に、ぎこちなく笑う琴音は自嘲気味に話し始めた。


「私はこう見えて主席入学でして、結構いろんな権限をもっているんです。今日は東京からの編入学希望者の護衛を任されたのですが、このザマです」


 責任を感じているのだろう。自分のミスで一部隊が壊滅する。そういった世界に身を投じているのだ。いつ人が死ぬかもわからない、殺し殺され、人間性を削って人類領地を取り戻す職業が、どれほどの人類の期待と責任を背負っているのか想像さえ難しい。


「貴方の機転、カード捌き、応用力。どれをとっても途轍もない逸材です」


 サイレンの音と共に赤色灯が近づいてくるのがわかった。


「特待生枠として私達の学園に入学しませんか? 責任は私が持ちます」


 紫苑は困惑した、こんなところに上手い話が転がっているなど、願ってもいない話だった。


「僕で良ければ、喜んで」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 普通に主人公が倒したのに交換条件必要なの?
[一言] 前回の十数枚のカードが固まって落ちてた描写を見ると1人の人間が9枚以上のカードを所持するのは問題ないように見える、なのに敵は命のやりとりをするであろう場に回復カードを持ってきてすらいない?つ…
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