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第3話 辺境の村人Aの証言(3)



「根本的な事を教えて頂きたいのですが、そもそも何故騎士様は頑なに裸になろうとしておいでなのでしょう?」


「なりたいからです」


「なるほど……」


 間違いない。私は確信しました。こりゃ変態だ。


「貴殿だってなりたい時はありませんか? 裸に」


「え? ま、まぁ……そりゃあありますけど……」


 確かに人間ずっと服を着ている訳にはいきませんからね。お風呂に入るとき、トイレに行くとき……ああ、私は用を足すときは全部脱ぐ派です。


「ですが、それは必要な時だけの事……こんな公共の場所で裸になるなど、許されるわけないじゃないですか」


「果たして本当にそうでしょうか?」


「えっ」


「公共では駄目、誰かに許される、必要な時……それは果たして本当にそうなのですか?」


 騎士様は笑顔を止め、真剣な顔で私に問いかけました。その目は私を真っ直ぐに見つめ、訴えていたのです。真実を……。

 私は自分の考えが何処か間違っているような気持ちに駆られ……思わず目を逸らしてしまいました。周りを見渡すと毛が刈られた魔獣達に綺麗に刈られた芝山、そして裸の中年の私と裸の騎士……。

 私はハッと我に返りました。何ですかコレ、どういう状況? 私はただ芝を刈りに来た辺境の村人なのです。


「いや、何処でも裸になってしまったら困ります……よね?」


「誰が?」


「え?」


 騎士様の言葉はじわじわと私の常識を狂わせていくようでした。騎士様があまりにも真っ直ぐに言葉を返してくるので、私の方が間違っているような気さえしてきたのです……。


「いやいや、みんな困るでしょう! 困りま……すよね?」


「みんなとは、誰の事ですか? 少なくとも私は困りません」


「それはそうでしょうね、で、でも騙されませんよ!!」


 真っ直ぐで美しく優しいその瞳は妙な説得力で私を征しようとしていました……このままではこの騎士様の雰囲気に呑まれて何が正しく、何が正しく無いのか……その境目が分からなくなりそうでした。


「そうですか、貴方なら……分かって頂けると思っていたのですが。残念です」


「え……」


 騎士様は悲しげな表情を浮かべて置いていた服を拾い上げました。

 慣れた様子で制服をテキパキと身につけ、やっと騎士様の騎士様は私の視界から消えて無くなりました。

 パリッと制服を着こなした騎士様は……いえ、私が想像していたよりは制服は似合ってはおりませんでした。

 ファーストインプレッションが強すぎたせいでしょうか、それとも騎士様が変質者としての心の輝きを失ったせいでしょうか。

 何だか申し訳ない事をしたような気がして……いや、実際は何も申し訳ない事はしていないはずなのですが。

 ですが私は思わずその背中に手を伸ばしかけました。


「芝を荒れ放題にしておくのはいけませんよ。野良魔獣も住み着きやすくて危険ですし、ちゃんと手入れしてあげてくださいね」


 振り向きもせずに、マトモな事を言って騎士様は去って行きました。その背中を見送る私は……何故か寂しさを感じました。



 それから言われた通りに帝国の首都に届け出ると、直ぐに騎士達が魔獣を回収しに来ました。

 首都から来る騎士様達のお姿を見て内心びくびくとしておりましたが、あの月光の騎士様の様にインパクトがありすぎて布面積が無さすぎる騎士様はいらっしゃいませんでした。その様な方はあの月光の騎士様だけのです。

 私は安堵と共に、ほんの少しの残念さを感じました。何故そんな気持ちになったのか、その時は理解出来ませんでした。


 魔獣が回収され、騎士達も帰って行きました。

 あの騎士様によって芝が綺麗に刈られた場所に、私は寝転がって空を仰ぎ見てみました。

 私は空を見て気になりました……同じ空の下で、今もあの麗しい月光の騎士様は服を召していないのかと。


 私は起き上がり辺りを見回しました。その山は私の私有地であり、誰も入る事はありません。

 私はどうしてもあの騎士様の言葉が頭から離れなかったのです。


『貴方だってなりたい時はありませんか? 裸に』


 そんな事考えたことなどありませんよね。無いですよ。ただなりたいから裸になるなんて。服を脱ぐ時はそれなりに理由があるものでしょう?

 だから一度だけと思い……何の意味も無く服を脱ぎ、身を隠す荒れた草も無い綺麗な芝生の上で寝転がってみました。


 そこで何が見つかったのかって? いえ、何の解放感も悦びもありませんでしたよ。ただ寒いだけでした。私は露出狂ではありませんですし。


 ……ですが、何でしょうね。時折こうして山に芝刈りに来た時には……必ず服を脱いで寝転がってみることにしているのです。

 ああ、別に誰かに見られたいとかいう変な趣味は決してありません。正直貴方が来られた事に困惑している位ですし。


 私があのお方に出会った時の話はこれだけです。

 貴方もこれ以上私の事を見るのは忍びないでしょう。この姿に慣れてしまったらおしまいですよ、はは。



「……ありがとうございます」


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