四丁目の交差点
え~、いつの世でもお化けというものは、大変に怖いものでして。昔は百物語なんていうのが流行りましてね。仲間内で集まってはそれぞれ持ちネタの怖い話を順番に語っていく。で、百話目になると何か恐ろしい事が起きるとか、起きないとか。
まあ、夏の蒸し暑い夜にはちょうど良い余興でございます。これがクソ寒い真冬の夜じゃ洒落にならない。身も心も凍えてしまいますからな。
今でもこのような怪談を好んで語る人がいる。語り慣れてるから、そりゃアたいしたものですよ。臨場感があるって言うんですか。話を聞いてる方は震え上がっちまう。
また、有名な心霊スポットなんかに胸をときめかせて出掛ける輩も少なくありません。わざわざ自分から怖い思いをしに行くんですから、これは誠にご苦労な事で。こういった心霊スポットなんていうのは、大概が誰かが亡くなった場所である事が多い。まあ、殺人現場や病院の廃墟なんてのは絶好の場所ですな。そんな場所はそこら中にある。
たとえば、こんなお話もございます。
その町の外れにあまり車の通らない交差点がありました。滅多に車が走らないし、人気もない。でも、数ヶ月前にこの交差点で女の人が、不運にもトラックに跳ねられて命を落としてしまったと言うんです。それで夕暮れになるとその跳ねられた女の人がどこからともなくスーっと現れて、じっと何か言いたげに車道を眺めてる。きっとこの世に未練があるんでしょうな。
そんな噂話を耳にしたある男は、一目その女を見てみたいものだと、また余計な事を考えた。かなりの物好きでございます。
日も沈んだ頃合いをみて、女が出るという四丁目の交差点へ出掛けたんです。いつもの事なんですが、交差点には誰もおりません。ただ、信号機のところに花束が供えられてあって、それが悲惨な事故をひっそりと物語ってた。
「おう、ここだな。いったいどんな別嬪さんか出るのか楽しみだ」
そんな邪な考えでやって来たんてす。でも暗くなるまでにはまだ時間がある。男はちょっくらその辺をぶらついて時間を潰そうと考えた。
交差点の近くには小さな公園があります。ベンチに座って一服でもしようと思い中に入ると、幼稚園児くらいの女の子がブランコに揺られてる。そろそろ暗くなりかけてるのに、この子は一向に帰ろうとしない。堪り兼ねた男は声をかけてみました。
「お嬢ちゃん、もう暗くなるからお家に帰りな。お母ちゃんも心配するよ」
女の子は寂しそうな顔をして男を見ました。
「ママをまってるの」
「そうかい。もう来るのかい?」
「うん」
男はベンチに座って煙草に火を点けた。一本、また一本、煙草は煙に変わっていきます。しかし、女の子の母親は現れない。
「お嬢ちゃん、お母ちゃんはどっちから来るのかな?」
「あっち」
女の子が指差した方角は交差点でした。
「それじゃ、一緒に行こうか」
まさかその場を立ち去って女の子を一人にするわけにもいかない。男は女の子の小さな手をとり交差点へと向かったんです。
もうじき夏が来るというのに女の子の手は冷えきっていました。可愛そうに……。そう思うと同時に男はある事を考えていた。
もしかすると、この子の母親ってのは交差点で亡くなった女の人じゃないか、と。すると、交差点に出る女の霊ってのは、この子に会いに来る母親なのか……。
そんな事を考えて交差点の方を見ますと、先ほど花束が供えられていた場所に一人の女の姿が目に入った。
「あ、あれがお母ちゃんかい?」
「うん」
もう、心臓が止まりそうです。が、ここまで来て逃げ出す事はできません。男は女の人に近づくと、思い切って訊ねてみました。
「あのう…」
女の人は青白い顔をした別嬪さんでございます。しかし、事の顛末を想像すると見惚れる事もできやしない。男は今にも逃げ出したい思いで一杯です。で、震える口元で言った。
「あ、あのう、この子はお宅のお嬢ちゃんですか?」
足元も恐怖でガタガタと震える。
「この子とは、いったい誰の事でしょう?」
「え、このお嬢ちゃんですよ…」
と、隣を見ると、そこには手を握っていたはずの女の子がいない。
「え~!」
男は何が何だか分からなかった。
「その女の子は母親に会いに行くと言ってませんでしたか?」
「ああ、確かにそう言ってました」
「そうですか」
女の人は涙声で語った。
「二ヶ月前にこの交差点で私は娘を亡くしました……。きっとその女の子は、私の娘です」