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第78話 話し合い?

河川名を変更しました。ボルタ河⇒ドナール河。

 ラルフ卿は治水工事の折衝の為に、まずは厄介なドライス士爵を呼び出して話し合いを始める事にした。


「まずはサー・ドライス、突然の呼び出しに応じてくれた事感謝する」

「この地の代官たるラルフ卿のお召しとあらば、喜んで参内致しますとも」


 社交辞令でドライスは返す。


「ところでラルフ卿、今回の呼び出しはどのようなご用件で?」

「治水工事の取り決めを、事前に話し合いたいと思ってな」

「話は分かりましたが、他の領主は呼ばずにわたくしとだけ、というのは如何なものと思うのですが・・・」

「この地の取りまとめ役は、ドライス卿と思っていたが、ボーデンハイマー卿を呼び出した方がよかったか?それに事前と云ったはずだが、本格的な話し合いの前に大枠だけ造っておこうと思ったんだが・・・」


 ボーデンハイマーの名前が出され、ドライスは不機嫌になり憮然とした。

 プライドを傷つけられたと思ったのだろう。それなら余計な事は言わなきゃいいのにね。


「そもそも河沿いの領主が話し合いの対象であって、河川に領地を接していないボーデンハイマー卿は対象外と思うのですが?治水工事の影響の出る領主の中で、取り纏め役たる貴公に、話が行くのが自然だと思うのですが?・・違いましたか?」


 ラルフ卿の言葉で一応のプライドは保たれたが、ここでボーデンハイマーのイメージダウンをドライスは狙う。


「ラルフ卿のお言葉、至極ごもっとも。ですがボーデンハイマーという男は無駄にプライドが高こうございます。関係が無くとも話を通さねば、どのような妨害があるか見当もつきません」


 いけしゃあしゃあと、ドライスはボーデンハイマーを讒言する。


「取り敢えず今日の処は、貴君と二人だけで良いでしょう。次の機会にボーデンハイマー卿と関係する領主を呼んで、話し合えば問題ないと思いますが。先ずはそれに先立ち、取り決めの大枠を貴公と話し合いたいと思いますが、如何かでしょうか?」

「そういう事なら異存はありませんな」


 これでようやく話し合いが始まった。


           **********


 それから五日後、ドライスを始めとする川沿いの小領主たちと、ボーデンハイマーがバーデンロイドの代官邸に集められた。

 今回の集まりは治水工事の関係だと予測はついているが、どのような要求が来るのか予想できない為、戦々恐々とした雰囲気が会議室を包んでいた。その中でドライスだけは、何とも言えない顔で俯いている。


「地元を愛し、その発展を望む良識ある紳士諸君!!!本日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます」


 ラルフ卿の挨拶が始まり、治水工事の取り決めを説明しだした。ラルフ卿が提案したのは、主だったもので以下の通りである。


①今回のドナール河の治水工事の費用は、全てアルメニア侯爵側が負担する。


②作業員をアルメニア、バーデンブルグ両州から、幅広く希望者を募集する。作業員は賦役ではなく、相場の日当、昼食を支給する。通いが困難な者に対しては、仮宿舎を用意する。なお作業に必要なつるはし、スコップなど必要な道具はアルメニア侯爵側が用意するものとする。


③治水工事中の警備については、アルメニア騎士団を派遣し、領の垣根無く河川沿いの治安維持を行う。その際、罪人の裁きはアルメニア侯爵側が行い、治水工事中の犯罪に対しては、警察権、司法権はアルメニア侯爵側を最優先とする。この措置は飽くまで、治水工事完了までの期間限定のものとする。


 普通に見れば大盤振る舞いの提案だが、ドライスとの話し合いでも露骨に反発したのは③の部分で、当然、これから大きな反発が予想できるものなのだ。


「少し良いか?ラルフ卿」ボーデンハイマーが挙手をする。

「サー・ボーデンハイマー、なんでしょうか?」

「これは治水工事にかこつけた内政干渉だと思うのだが」


 ボーデンハイマーが遺憾の意を表す。


「内政干渉?そんなに大袈裟な話ではないと思いますが?」

「治水工事にかこつけて、我らから警察権と司法権を取り上げる算段の様に見えるが」


 ボーデンハイマーが声を荒げ反論する。


「何か大きな誤解があるようですね?」


 ラルフ卿は溜息交じりに肩をすくめる。


「そもそもこの提案は、治水工事をする地域の領主が対象であって、ボーデンハイマー卿には適応されない。治水工事中の治安維持が目的で遭って、対象領主の他の問題にまで、首を突っ込む気はサラサラない」

「ならば各領主たちに警護を頼めば良いでは無いか」

「最初に御屋形様が、資金援助と人手の協力をお願いした時、断ったのは卿たち自身では無いか!!勿論これには治水工事の警護に関する者も含まれる。それとも何も考えずに、ただの嫌がらせの為に断ったなどと、云いますまいな」


 彼らも嫌がらせの為だけに断ったのではない。ここから交渉して自分たちの利益になるように誘導したかっただけだ。当てが外れてしまったが。


「それでも・・それでもその様な暴挙、認められるはずがない!!!」


 ボーデンハイマーは鼻息荒く憤る。自分たちの権利が一時的に侵害される。理屈より感情が優先して、生理的な拒否反応が感情の大半を占める。

 侯爵の提案を拒否したのも、この土地の事を何も分かっていない新参者に、好き勝手な事をされるのが嫌だっただけだ。


 遣るのは構わないが、俺たちにも利益をよこせ!!!

 これが彼らの本音だ。


 その様子を見ていたドライスが割って入った。


「そういきり立つな、ヨルム。貴公の憤りも判る。最初にこの話を聞いた時、儂も同じ思いに駆られたからな。しかし者は考えようだ。以前何度もドナール河の治水工事の件は話し合われ、その都度頓挫してきた。莫大な費用と人手が掛かるからだ。それを無料ただで治水工事をしてくれると云うのだ。乗らない手はあるまい」

「確かにそうだが、そうは言ってもな」

「貴公も五年前のドナール河の氾濫の事を忘れてはおるまい。工事期間の間だけ多少の不自由さには目を瞑ろう。それでも侯爵のなされようが目に余れば、代議士院に訴えれば良いと思っておる」


 ドライスの助け舟がラルフには意外だった。てっきり敵に廻ると思っていたからだ。


(・・・これは、少し脅し過ぎましたかね)


 実際ラルフは前回の話し合いで、ドライスの心を折りにいった。厚顔無恥で横柄な男がここまで変わるとは・・・ラルフ自身予想外だった。ラルフ卿は顔には出さずに、心の中でほくそ笑んだ。


「ひとつ良いですか、ラルフ卿」ドライスが発言を求めた。

「構いませんよドライス卿」

「我らはこの工事が、時期的に農作業に悪影響を及ぼすことを懸念して、人手の提供を拒否したのですが、希望者があれば、我が領からも作業員を出す事は可能でしょうか?」

「もちろん可能です。飽くまで強制ではなく、希望者でお願いします。そちらの領の農作業に支障が出ては本末転倒だからです。それから作業員は賦役ではなく、作業員として扱い相場の日当をお支払います」


 ドライスがこちら側に着いた事で、その後の話し合いもすんなり終わった。


           **********


 話し合いが終わりドライスは会議場を後にした。その様子を見て慌ててボーデンハイマーは、ドライスの後を追う。


「ヨッテン貴様、どういうつもりだ!!!」

「何だいきなり騒々しい」

「どういうつもりかと訊いている!!!」

「見ての通りだヨルム。潰されない為に向こうに付いただけだ」


 ボーデンハイマーは怪訝な顔をする。


「潰す?断っただけでか?何でそうなる?権力を振りかざしてか?もしそうなら侯爵の器もたかが知れてるな」


 ボーデンハイマーの態度は、少し前のドライスと重なった。


「これが陛下だったら、どうだ?」

「断れるわけないだろう。相手は国王陛下だぞ」

「我らにとって、陛下も侯爵も大して変わりがないと、再認識しただけだ」

「随分弱気じゃないかヨッテン」


 何も分かっていないボーデンハイマーに、ドライスは溜息を付いた。


「儂もお前も地主貴族ユンカーなどと云われているが、その本質は1代限りの騎士爵リッターに過ぎない」


 本来『騎士爵』は1代限り、子供に領地や爵位を相続できない。

 今代の騎士が亡くなれば、爵位と共に領地は主君に返却される。

 騎士の子供は子供で、騎士修行を始め騎士に叙爵されて初めて新たな領地を主君から賜る。

 しかし実情は、土地に根付いた騎士たちの反感が無視できないので、慣習的に子供に騎士が居る場合、相続を黙認しているに過ぎない。

 なぜなら貴族より騎士の方が断然数が多いから、一斉に反抗されたら厄介だからだ。

 しかしアルメニア侯爵の場合、事情が異なる。

 元々騎士の叙爵や騎士の爵位の剥奪の権限は、主君である貴族側にある。

 アルメニア侯の場合、子飼いの騎士が別にいるので、反旗を翻しても大して困らない、むしろ反抗的な土着の騎士を一掃できるチャンスでもある。


「ラルフ卿に言われたよ。『貴公にもしもの時があった時、跡取り殿が無事に領地を相続出来ればいいですね』と」ドライスはため息交じりに言う。


 アルメニア侯からすれば、素直に騎士爵領を相続させる義理はないのだ。

 地主貴族ユンカー領を召し上げて、新たな領地を渡すか、土地なしの俸給取りの騎士にしても、法律上問題ないのだ。


「悪い事は言わぬ。貴公も詰まらぬことは考えぬことだ。己の家を存続させたければな。まあ業腹ではあるが、仕方あるまい」


 そう言ってドライスは立ち去った。


最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

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