第76話 面従腹背
バーデンロイドの代官屋敷の執務室、俺とラルフ卿は少し難しい顔で向き合っていた。俺もラルフ卿も、したくてこんな顔しているわけではない。
「どの位集まりそうだ?」
「旧シルバニッヒ伯爵領内の騎士爵家の七割ぐらいでしょうか」
溜息交じりの俺の問いにラルフ卿が答える。
「思ったより集まる方か」正直、半分も来れば御の字と思っていたのだ。
「しかし御屋形様の思惑通り行くでしょうか?」
「それは蓋を開けるまで分からない。
俺にしてみれば現状を変える切っ掛けになれば良いと思っただけだ」
戦乱の世なら従わぬ者を武力で押さえつけるのもアリだと思うが・・
魔王との戦が終わり、復興と平和に世界が舵を切っている中、権力と武力を以って押さえつけるのは、違う感じがするのだ。
下手に武力で押さえつけたら、その後の影響が怖い。
従わぬ準貴族の面々はどうでも良いが、民に影響を及ぼす事を考えると、短慮は禁物だと思う。
これを武力で押さえつけたら・・・俺はただの恐怖の独裁者でしかなくなる。
歴史に残る残虐な独裁者だって、最初からそうでは無かった筈だ。
理想を描いて腐った社会を変えようと軍を挙げても、理解者は少なく反対勢力は強大だ。
手段を選ばずに反対勢力を武力で皆殺しにするのを繰り返す裡に、後戻りできなくなり、更には自分の保身の為に少しの批判勢力も許さずに皆殺しにしてゆく。
そして歴史に名を遺す恐怖の独裁者が出来上がる。
私はそうはなりたくはない。
ただでさえ家の支配が定着していない土地だ、慎重くらいで丁度良いと思う。
それでも本音は、俺の遣り方が気に入らなくて、兵を挙げて反乱を起こして貰った方が楽だ、という気持ちは確かにある。
「取り敢えず代官就任の祝賀会の様子を見てから、方針を決めようか」
急いては事を仕損じる、相手の出方が分からない以上無理に行動に移すより、向こうの出方を見る方が吉だと思う。
**********
1ヶ月後、ラルフ卿の代官就任式は、バーデンロイドの代官屋敷で行なわれた。
山国というのも考慮して、海産物の料理を中心に立食パーティーのバイキング形式にした。
天ぷらも考えたが、パンと天ぷらでは合わないと思い、今回は見送った。
代わりにエビフライを筆頭に各種のフライ物が並ぶ、、白身魚のムニエル、魚介をふんだんに使った魚介のスープに、蟹のせいろ蒸し、各種魚のソテーなど、普段山国では食べられないものを用意した。
因みにフライ用にウスターソースを用意した。
ウスターソースと云うと水の様なサラサラなソースだけを思い浮かべる人が大半だと思うが、とんかつソースも中濃ソースも粘度が違うだけで、ウスターソースのカテゴリーに入る。
中濃ソースもとんかつソースも日本独自の物で、外国には無いそうだ。
一般的に西日本ではウスターソースが好まれ、東日本では中濃ソースが好まれる。
俺自身は、とんかつソースが好みだ。
19世紀、イギリスのウスターシャー州ウスターの主婦が、野菜の余りを調味料と一緒に保管して居たら偶然ソースが出来たのが、ウスターソースの始まりだと云われている。
ウスターソースは果実・野菜のジュースやジュレに食塩、砂糖、酢、各種の香辛料などを加えて調整、発酵された調味料の事を云う。
それから刺身や寿司も考えたが、米がなければ成立しないしパンには合わない。今でこそ世界中で市民権を得ている寿司も刺身も、昭和の時代には生魚を食べる事に忌避感を持つ欧米人が数多くいた事実もある。
流石に初めての魚料理で、生魚はハードルが高い。
それでもスモークサーモンだけは、カルパッチョにして出したが・・
受け入れられるかどうかは、まだ未定だ。
飲み物が行き渡ったのを確認して、俺は声を上げる。
「今宵バーデンロイドの新しい門出にお集まりいただいた紳士淑女の諸君、新たな代官を迎えてようやく新体制が整った、これからの東バーデンブルク州の平和と発展を願って『乾杯!!』」
「「「「「「「「「乾杯~♪♪」」」」」」」」」
和やかにパーティーは始まった。
アキュフェースはラルフの元に行き、小声で話し掛ける。
「あそことあそこに居るのが、我が領の地主貴族のドライスとボーデンハイマーだ。なかなか厄介な連中だが、よろしく頼む」
「では御屋形様、彼らをご紹介いただけますか?」
「こういうのは苦手なんだけどなぁ~」
ボヤキながら、先ずはドライス卿の元に行く。
「紹介しよう、こちらがドライス殿だ。ラルフ卿」
ドライスは一瞬顔をしかめたが、直に笑顔となり
「騎士です、ラルフ卿。サー・ヨッテン・フォン・ドライス。
ご覧の通り田舎騎士ではありますが、共にバーデンブルクの発展の為に共に手を携えて行きましょうぞ。
まだラルフ卿はこの地へきて間もなく、分らぬことも多い。
このヨッテン、私にできる範囲であれば、協力できる処は協力して行きましょう」
ヨッテンはニコヤカに笑い、ラルフ卿に握手をした。
「これは心強い言葉、感謝します、ドライス士爵。
こちらこそよろしくお願いします」
ラルフ卿とドライス卿は固い握手を交わした。
(反対勢力の双璧が、よく言うよ)
アキュフェースは、ドライスの狸ぶりにウンザリしていた。
日本語では、騎士爵も貴族も適切な言葉が無いので、同じ卿で表記されますが、使い方が全然違う。
ロードの場合であれば、苗字+卿でも、名前+卿でもどちらでもOKです。
使い分けは、その場のTPOだけ。
しかしサーの場合、苗字+卿か、フルネーム+卿。
女性の騎士爵(士爵夫人も含む)の場合、結婚していればレディ、未婚であればデイム。
使い方は騎士爵の時と同様でOK。
日本の若い娘たちの乙女とか淑女の意味で使うレディとは、根本的に違うので注意が必要です。
乙女とか淑女の意味で使うなら『デイム』の方が良いと思うが、デイムには『行き遅れ』と云うスラングがあるので・・・好んで使う事は無いと思うが。
「処でドライス卿、用意した食事は気に入って貰えたかな?
正直、口に合うか心配していたんだ」
俺はさりげなく?会話に加わる。
「正直、初めての料理が多いのですが、美味しく頂いています。
日常的にこの様なものが食べれるとは、海側の人を羨ましいと思いますよ」
「気に入って頂けて何より。私個人としては魚より肉の方が嬉しいな。
お互い、無い物ねだりなんだろうな」
俺は当たり障りなく無難に答えた。
その後もドライス卿と当たり障りのない会話をした後、次の双璧であるボーデンハイマー卿の元へ向かった。
本来なら領主である俺は椅子にふんぞり返って、下々の挨拶を受ければ済む。
庶民出の貧乏性が顔を出し、ついこちらから挨拶回りをしてしまう。
バーデンハイマー卿の挨拶も終わり、出席してくれた騎士たちの挨拶廻りも無事終わり、ホッとした気分で残りのパーティーを楽しんだ。
パーティーも終わりに近づき、俺は一つの爆弾(提案)を投げ入れた。
「諸君、新しい時代に東バーデンブルクも入った。
バーデンブルクの百年先を見越して、私から提案がある。
旧シルバニッヒ伯爵領の全ての河川の治水工事、領内全ての道路の舗装工事を実施したいと思う。
領地の垣根を無くして、一気にやった方が効率が良いし、しっかりしたものが出来る。
それに伴い諸君には、資金援助と人員の提供をお願いしたい」
その宣言に会場は騒然となり、不協和音が会場内に満ち溢れた。
(まあ、想定の範囲内か・・・)
次の展開も予想できるから・・・俺は大きく溜息を吐いた。
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