第69話 州法・セクハラ防止法
俺は今、国王陛下の執務室に居る。
正面に国王陛下、左右にミューゼル宰相とバレンシュタイン法務伯閣下。
「貴公は、自分が何をしたか分かっておるのか?」
陛下には悪いが、そう言われても当方に、心当たりが無い。
「そう言われましても、何故ここに呼び出されたか、皆目見当もつきません」
バレンシュタイン法務伯が口を開く。
「問題となっているには、州法・セクハラ防止法だ」
???・・州法は、総督の権限内、一つも問題ないはずだ。
「おしゃっている意味が分かりません。州法は総督である私の権限のはずですが」
「確かにその通り、普通なら問題がない。
しかし、セクハラ防止法が各所に様々な影響を及ぼしておる。
もはや看過できぬ程にな」
言ったミューゼル宰相は頭を抱えている。
代わりに法務伯閣下が口を開く。
「各地の女性から、うちにもセクハラ防止法を作って欲しいと、各領主邸に陳情が殺到して対応に追われている。
国法にして欲しいと云う要望まで・・・
うちの省庁も対応に追われて、私も三日、家に帰っていない。
部下たちに至っては一週間と云うのも、ざらだ」
ご愁傷さまとしか言いようがない。
それだけセクハラに苦しむ女性が多いという事だろう。
基本モラルの問題だし、モラルがしっかりしていれば、法制化なんて必要ない筈だ。
下手に法制化になんてすれば、弊害も多いのは確かだ。
冗談で言った事もセクハラ発言にされては、冗談の一つにも気を遣う事になる。
うっかりした発言は出来ない。
だから、当たり障りのない会話しかできなくなる。
真綿で首を締められている様なものだ。
何事も、過ぎれば息苦しくなるだけだ。それは男も女も。
しかし流石天下の主要街道、情報の伝搬速度が半端ない。
俺のしたことは、領内の駅や領都、支城府の広場に新しい法律の内容を説明した掲示板を立てただけだ。
「それで、私にどうしろと?」
『セクハラ防止法を廃案にしろ』という事だろうか?
「対応に苦慮しておる」胃の痛そうなミューゼル宰相。
「下手に廃案にすれば、強引に王が法律を潰したと、国の女性たちの猛反発が予想される。
更に放置すれば、貴族に大地主、大商人などの男たちからの猛反発を招く。
更に頭の痛い事に、貴族の御婦人方や令嬢方にも、この法律の支持者は多い。
下手に手を出せないと云うのが、本音ですね」
バレンシュタイン法務伯が代わりに説明してくれる。
「そこでだ」国王陛下が重い口を開く。
「一週間後、元老院と代議士院の議員に招集をかける。
アルメニア侯、そなたそこで説明責任を果たせ」
そんなに早く貴族の招集をかけらるのか?
社交界シーズンが始まったばかりで、大半の貴族は王都に居ると気が付いた。
それって、説明責任という名の戦犯裁判だよね。
そうなると判っていれば、纏まった休みを取って、シャー・アズールの港湾都市を目指して、航海してたのに。
青い空、青い海、気持ちの良い潮風。
うん、現実逃避って素晴らしい。
心からそう思う。
***********
俺にとって一番長い日。
気乗りのしないまま、議事堂までの廊下を歩く。
廊下の両脇には、貴族の奥様方や令嬢方が並んでいた。
「アキュフェース卿、応援してますわ」
「数の暴力に屈しないでください」
「あれこそ女性の為の法律ですわ。アルメニア侯に神の御加護を」
「アルメニア侯は私たちの希望の星ですわ」
「馬鹿な事を言っている旦那をギャフンと云わせて」
黄色い声援が飛ぶ。
普段の俺なら、モテ期キターーーと喜ぶ処だが、正直そんな余裕はない。
議事堂の扉の前で警備する衛兵に声をかけ、入室する。
案内された席は、何となく・・被告席?
「国王陛下、御入来~」国王陛下、貴賓席に座る。
「わざわざ玉体をお運び頂き、恐悦至極に存じます」
元老院議員を代表して、議長のサウスエルッツェン侯爵がお礼を述べる。
「では始めてくれ」国王陛下開始の合図をする。
「アルメニア侯、貴公のセクハラ防止法について、説明を願えるかな」
サウスエルッツェン議長の言葉に頷き、俺は説明を始めた。
説明の最中、ヤジが飛ぶ飛ぶ。
国会中継を観てて思うけど、一国の総理が話している時、ヤジを飛ばす人の品性、少し疑う。
人の話くらいきちんと聞こうよ、なんかとっても下品だなと感じる。
「~という事で、以上となります。何かご質問がありますか?」
まったく、以上と云うより異常だね。俺は心の中で悪態を突く。
「発言宜しいか?議長閣下」シルバニッヒ伯爵が発言を求めた。
「どうぞシルバニッヒ伯爵」議長は発言を促す。
「この愚にも付かないくだらない法律の審査の為に、我々の貴重なお時間を無駄にした事、アルメニア侯は如何お考えか」
「特に何も」俺は素直に返す。
シルバニッヒ伯爵は激高する。
「この様な愚にも付かない法律がまかり通れば、女どもがつけあがる。
男の権限を抑制して、女どもを調子に乗せるだけではないか」
男尊女卑丸出しの発言に、そーだそーだのヤジが飛ぶ。
だんだん面倒くさくなって来た、そろそろこの喧嘩高値で買っても良いよね。
「この条文をきちんと読んで貰えれば、わざわざ法律にしなくとも、モラルの問題だと判る筈です。何故モラルの問題を法律化しなければならないのか?少しはお考え頂きたい。
その程度の頭も無いみなさまに申し上げる。
貴族の特権とか金や権力、上位者の立場を利用して若い女に関係を迫るゲス野郎には、都合の悪い法律でしょう。
それ以外の者にとっては、言葉遣いに注意すれば済む話だ。
だから、シルバニッヒ伯爵がいきり立って云うのが、理解できない。
己の地位や権力を振りかざして、強引に愛人に囲うゲス野郎以外、関係のない話だからだ」
「貴様、我を侮辱するか!!」
シルバニッヒ伯爵は怒声を浴びせる。
己の地位に胡坐をかいているから、こんな安い挑発に乗るんだぜ。
「誰も貴公とは言っていません。
それとも貴公には、後ろ暗い事でもおありか?」
「そういう訳では無いが・・・」シルバニッヒ伯爵、少し言い淀む。
「そもそも前提がおかしい。
これはアルメニア州の州法であって、他の地域では何の効力も発揮しない。
セクハラ防止法が嫌なら、アルメニアに来なければいいだけの話だ。
先ほども言ったが、モラルの問題であり、女性を人としてキチンと接している者からすれば、当たり前の事ばかりだ。わざわざ法制化するまでも無い」
俺はひと息つく。
「モラルの問題まで法制化しなければならない現実を、お考え下さい。
裏を返せば、法制化しなければならない程、この国のモラル意識は最低だという事に、何故お気づきにならないか?
今ヤジを飛ばし、私を戦犯のように扱う者たちに申し上げる。
お前ら、最低限の恥を知れ!!!・・以上になります」
議場は騒然とした。俺はもう掛かってこいやぁ~の気分である。
「静粛に!静粛に!!」サウスエルッツェン議長、声を荒げる。
ある程度静かになったのを見計らい。
「儂からも良いか?アルメニア侯」
「構いません。議長閣下」
「これには罰金刑となっておるが、幾らぐらいを予定しておるのだ?」
「罰金刑を課すのは、あくまで悪質な場合のみです。
ほどんどは、注意勧告になると思います。
三度勧告して、改善が見られなければ、罰金刑を課しますが。
異世界での例ですが、世界を股に掛けた大商会の会頭がセクハラ告発を受けた時、慰謝料が40億だったと思います。
流石にこの額はと思いますが、資産家なら〇千万ミラ、一般なら〇十万ミラ~〇百万ミラと云う処が妥当だと思っています。
高額の慰謝料が貰えるとなると、金目当てでセクハラと騒ぐ輩も出てくるでしょうから、キチンと調査した結果になり成すが」
「なるほどな」サウスエルッツェン議長は納得すると、国王陛下に上奏した。
「陛下、臣恐れながら申し上げます。
私には、大騒ぎする程の法律には思えません。
ただし、国法にするには時期尚早、混乱を招くだけだと愚考いたします。
領地法にするかどうかは、列席者、各自の判断で宜しいかと存じます」
「このあたりが落し処か・・サウスエルッツェン議長の意見を総意とするが、異存はあるまいな」
鶴の一声で事態は結審した。
代議士院には、国王の結審を伝えるだけとなった。
代議士院、民会、下院、これ全て同じもので翻訳の違いだけだ。
民会と云うと平民の代表と思う方もいるかもしれないが、それは大きな間違いだ。
準貴族扱いの地主貴族、騎士、大地主、大商人など、貴族に成れなかった金持ちたちの集まりだ。
実質、元老院の貴族たちと変わらないと思って良い。
平民代表と勘違いし易いので、注意が必要。
元老院、貴族院、上院、これも翻訳の違いだけで、同じもの。
**********
中立派の重鎮、アンスバッハ公爵家、サロンの様子。
「お越しいただきありがとうございます。
皆さまのご英断に感謝いたしますわ。
サウスエルッツェン侯爵夫人、ドラグーン辺境伯夫人」
アンスバッハ公爵夫人が感謝の意を表明する。
「王党派の私たちが来て、本当に良かったのかしら」
サウスエルッツェン侯爵夫人が戸惑いを見せる。
「今こそ派閥の枠を超え、女たちの希望の州法を国内法へ。
その為には、女たちは手を取り合うべきですわ」
「そこは同意しますわ公爵夫人。
今回の陛下の裁定、妥当だと思いますが、残念でなりませんわ」
ドラグーン辺境伯夫人が同意する。
サウスエルッツェン侯爵夫人は、紅茶を一口飲み口を開く。
「私、あの裁定の後アキュフェース卿と話す機会がありましたの。
かの御仁の異世界では、『神の前での人の平等』『人が人らしく生きる為に必要な基本的人権』『男女平等』は当たり前の概念らしいのですわ」
「だから、あのような法律を作れたのですね」
アンスバッハ公爵夫人は感心したように言う。
「しかし、セクハラ防止法をそのまま国内法にするだけでは、能がありませんわ。
セクハラ防止法を土台にした、婦人保護法があっても良いと思います。
皆様のご意見は如何かしら?」
サウスエルッツェン侯爵夫人の意見に、二人は賛同の意を示す。
ドラグーン辺境伯夫人が周りを見渡して、不思議そうに尋ねる。
「貴族派の面々の姿が無いようですが、まだ来られないのですか?」
「貴族派の方々は呼んでいませんわ。
あの方たち、人の足を引っ張る事に夢中になって、建設的な話し合いの場には不向きですもの」
アンスバッハ公爵夫人の言葉に得心が行ったようだ。
「それよりも、これからの話をいたしましょうか」
アンスバッハ公爵夫人の一言で話し合いが始まった。
『人は、神の前では、貧富の別なく、男女の別なく平等である。
故に法は、男女の別なく、身分の別なく平等でなくてはならない・・』
三年後、これを序文とする婦人保護法が議会に提出された。
元老院、代議士院を震撼させた。
六割以上の議員たちの奥様方からの法案だったからだ。
同時にそれは、女性の台頭を予感させる出来事となった。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
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あなたの人生に幸あれと、願いを込めて。




