第34話 アウゼンシュタト子爵の領地経営
北部経済同盟の結成から数日して、カシムは、新しい領地へ行ってみようと思い立った。
あの時、偉そうな事を言ったが、北部の現状を理解していないと思い至った。
アルメニアの時は、何もしなかった。
何もしなかった者には、チャンスは無い。
しかし、何もできなかったのなら、チャンスはある。
この二つの違いは大きい。
あれだけの大言を吐いたのだ、出来ないでは、済まされない。
まず、足元を固めて、実績を持って、他の諸侯を説得した方が良いと判断した。
今度は、言い訳なしに、成功を勝ち取りたいと願ったのだ。
それと、シャーリーたちが、怪しい組織に所属して居た事だ。
怪しい奴らだと、思っていたが、確かに腕は立つ、腕が経つ分エゴが強い。
怪しい組織に所属していた事実を知っても、今更感がある。
それでも、一度も身の危険を感じたことがないのだ。
「トマス、少し良いか?」
「はい、何か御用でしょうか? 若」執事のトマスが即答する。
「暫くパウロの処で領地経営をする。留守を頼む」
「承りました。王都の事は任せて、存分にお力を振るいください」
トマスは、嬉しそうに執事の礼をする。
今まで、領地経営など興味を示さなかった人が、人が変わったように、やると言い出した。
やっと、目を覚ましてくれたかと、嬉し涙を堪えるのに必死だ。
「すぐに支度をして参ります」
嬉しそうに出てゆく後姿を見送ると、入れ違いでシャーリーが入って来た。
「私たちが、怖くなったのかしら?」
その言葉に笑顔で答える。
「それこそ今更だろう、お前たちが怪しいのも、後ろ暗い事をしているのも、全て込みで雇ったのだ。怪しい組織に所属していても、驚くには値しない」
「では何故、今更、領地経営を?」
「少しアルメニア侯を見習ってみよう、かと思ってね。
あの人の成功は、陣頭に立ち、いろんな問題を、一つ一つ解決した先にあるじゃないか。
そんな気がしてね、私もそれにあやかろうと思った次第さ」
「まあ良いでしょう。
何か困った事がおわりでしたら、連絡頂ければ、お力添え致しますわ」
「無いに越したことは無いが、その時はよろしく頼む」
シャーリーは一礼して退出した。
カシムは、新しい領地に到着していた。
小さいと云っても、日本の中堅処の〇▲市くらいの広さはある。
しかも海まであるのだ。
北の海は波が荒いと思っていたが、穏やかそうで安心した。
領主邸に着くと、パウロが笑顔で迎えてくれた。
「お早いお着きでしたな、御無事でなりよりです」
「其方も変わりないか?」
「お心遣い、痛み入ります。
しかし暫く見ぬ間に、良いお顔になられました」
「1度負けてみるのも、良い経験かも知れぬ。
何もかも失ったと思った瞬間、価値観が大きく変わった」
「ならば、アルメニア侯には、感謝しないといけませんな」
「悔しい気持ちが消えた訳じゃない、いつかリベンジしたいものだ」
「王都からの長旅、仕事の事は明日にして、今日はゆっくりお休みになると宜しい」
パウロの言葉に甘え、今日はゆっくり休ませてもらう事にした。
翌朝、朝食を取り、パウロを連れて領内の視察に赴いた。
「ひとつ、ご報告がございます。
領都の領民2300名の者が、この地に赴いております。
今は、新しい町造りに励んでおります」
「そんなにか! 良くぞ、不甲斐ない私に付いてきたものだ。
これでは、領民に不義理はできんな」
「左様にございますな」
話しながら、カシムは、気付いたことを口にした。
「思ったより道が狭いな。これでは、商人だけでなく、領民も難儀しそうだ」
この言葉に、長年家令を務めてきたパウロは、胸に来るものがあった。
ポンポン息子だと思っていたカシムから、この様な言葉が聞けて、長年の苦労が報われた気がした。
男子三日合わされば刮目してみよ。
パウロは、もう涙腺が決壊しそうだ。
「やりたいのはやまやまですが、予算がありません。
遣るにしても、主要な幹線からになります」
「何処を向いても、金か、世知辛いな」
「全くです」とパウロは答える。
「せめて、領内の主要幹線だけでも、駅がほしいな。
魔物や野盗被害を減らす助けに成るからな。
近くに衛兵がいるだけで、商人たちの受ける安心感が違う」
「駅でしたら、直にでも始められそうですな。
ただ、道路上の他の諸侯と話し合うのが宜しいかと。
東海道の時と違い、費用対効果の問題もありますから」
「確かに今の利用者数なら、人件費だけ嵩むか」
「左様に御座います。世知辛い事ながら」パウロも溜息を付く。
何をするにも資金不足が壁に成る。
二人は馬でトボトボ海岸線を歩いていた。
「ここは、満潮だと水がここまで来るのだな」
砂浜を覆うくらいの潮の量に驚いた様子だ。
ふと思いついたように聞く。
「この領では、塩田は遣らないのか?」
パウロは、揚げ浜式塩田のレクチャーを始める。
「そうすると、これは使えないか? 人の手でなく、自然の手で、塩田に海水を引き込んでいるではないか」
目から鱗!のパウロ。
偶然にもカシムが賜った領地は、入浜式塩田の条件に合っていた。
朝夕の干満の差が激しい事、土地が海面よりやや高く、遠浅である事。
「どうすれば効率が良いか、少し模索してみよう」
上手くいけば、貴重な財源となる。
アルメニア候だって、ポンプだ、砂糖だ、活版印刷だと、派手な事をしていても、基本は塩の利益にある。
海のない内陸の国々では、塩は高値で取引される。
上手くすれば、財政難はクリアして、道路整備、駅の建設に資金が回るかもしれない。
カシムたちの入浜式塩田の製塩方法の模索が始まった。
しかし、1週間経っても、これといった成果は出なかった。
「いいアイデアだと思ったんだがなぁ~」
「そんなに早く結果が出るなら、先人も苦労はしていないと思いますよ」
パウロは、笑いながら諭す。
2人とも塩田など遣った事が無いので、分からなくて当然なのだ。
「分からないなら、分かる人に教えを請いましょう」
「誰か心当たりがあるのか?」
「はい、御一人。敵には手厳しいお方ですが、こちらが礼を尽くせば、無下にはしないと思いますよ」
「誰だ、それは」
「秘密です」そう言ってパウロは、笑った。
アルメニア州の新たな領都、グランバニア。
アキュフェースは、手紙を読み終え、羨ましいと呟いた。
「誰からの手紙?」
リーフリットの問いに、パウロさんと答えた。
「それで、何だって?」
「どうやらカシムの領地は、入浜式塩田の条件に合うらしい。
それで、上手くいかないから、教えを乞うてきた。
揚浜式と基本変わらないから、干満の差を利用できるだけ、楽なんだけどな」
「それで、教えるの?」
「礼を尽くして、教えを乞うてきた相手に、教えないという選択肢は無いだろう」
「変な処で律儀よね。あなたが良いなら、それで良いけど」
アキュフェースは、入浜式塩田の製塩手順を簡単に書いた。
入浜式塩田の製塩方法
①干潮時に、砂を撒く
早朝、明るくなると塩田に出て、ヒラを使って砂を隈なく広げる。
潮が満ちて砂が海水に浸り、潮が引いて水分が乾くと、塩の結晶が砂粒に付く、これが塩砂。
②満潮から潮が引いたら、マンガを引く
砂がよく乾くように、マンガを引いて砂に筋を付ける。
③砂を集める
水分が蒸発して、塩砂になった砂を、T字のオシエプリを使って、壺の近くへ帯状に集める。
④集めた砂を壺に入れる
オシエプリで集めた砂を、カキエプリで寄せて壺の中に入れる。
⑤鹹水を採る
砂の入った壺に海水を掛けて、海水より濃い鹹水を採る。
⑥塩を焼く
鹹水を砂や骨炭で濾過した後、直径2メートル前後の鉄製平釜で、2~3時間煮詰める。
殆んどの水分が蒸発したら、塩になる。
⑦カマス詰め
採れた塩は、ドサにあげ、1週間放置すると、苦汁が抜けて、サラサラの塩になる。
以上。
これにより、カシムの領地でも良質な塩を製塩出来る様になった。
これが財源となって、領内は少しずつ整備されてゆく。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
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