第26話 精霊の樹
「そろそろ、いいじゃないかしら?」
リーフリットのこの一言で、今まで人避けの結界と認識阻害が掛けられていた、精霊樹の魔法を解き、この日初めて、領都民にお披露目された。
突然、内装工事中の城の横に、城の高さより大きな樹が現れたのだ。
しかも、その樹の葉は、金色に輝き、風が吹くと、黄金の光はフアッと風に乗り、大気の中に舞い踊り、消えていく、若葉の緑に戻った葉は、また光を宿し、黄金色に輝く。
そしてまた、繰り返す。
その神秘的な光景に、祈りだす者まで現れた。
「なかなか、神秘的な光景だなぁ~」俺が感嘆すると。
「今の時期しか観れない光景だからね」とリーフリット。
エルフの間では、『精霊誕生』と呼ばれて、4月の中頃から5月中旬までしか、観られない光景だそうだ。
本当に精霊が誕生する訳ではないが、この光景を観れば、そう呼びたくなる気持ちは判る。
「エルフの里なら、良い観光資源に成りそうなのになぁ~」
「やると思う?」とリーフリット。
「愚問でした」と俺。
排他的なエルフの里が、観光収入目当てで、里を解放するなど、あり得ない。
「しかし、こうなると精霊樹の安全の為にも、柵と威厳付けは必要かな」
「何を始めるの?」
「たいした事じゃないよ」
そう言うと、俺は作業に取り掛かった。
精霊樹の幹に『しめ縄』を回し、柵を設ける。
そう、日本の神社で観る、御神木と同じ扱いだ。
これだけでは足りない気がしたので、ギリシャ神殿の屋根のないバージョンを造った。
ここが、聖域であるのを判られば良いので、神殿も柱を減らした、上から見れば、正方形の平屋の一軒家サイズより少し大きいくらい。
精霊樹を囲むように建てられた神殿の屋根を突き破って雄々しく立つ精霊樹イメージで。
デザイン的にも満足して、ついでに賽銭箱も設置。
立て看板を置き、この樹がどういう樹か明記して、御神木として祀っている事を付け加えた。
精霊樹の祠まで、参道として石畳を設置する。
設置が完了して、一息ついていると、衛兵隊長のフランツがやってきた。
「伯爵、この木に祈りを捧げたいという住民が多数詰めかけていますが、どうしますか?」
本来なら、警備の面からも、NOだ。
「祈りを捧げるだけなら構わない。
御神木を傷つける、枝を折る、などの行為に及ばない限り、許可するよ」
「判りました、そう、伝えてきます」
領民の祈りは、5月の中旬まで途切れる事が無かった。
お賽銭の管理は、1月交代で東西の神殿に委託した。
そこでひと悶着起きる。
東西の神殿が、精霊樹の管理を、うちに任せて欲しいと、それぞれ言い出したのだ。
神秘的な光景とは、別に祈りや瞑想をすると、邪念や雑念が沸きにくいそうだ。
司祭たち神官の間では、精霊樹は、もはや、神々の眷属の扱いだ。
実際、領民の間からも、気持ちが軽くなるとか、悩むより前を向いていこうという気になったとか、妬み、恨み、自己否定などの、負の感情が沸きにくくなったと、喜びの声が多数届いているという。
領民たちには、神さまの大樹として、認識されている。
「こんな事になるなんて、想像してなかった」
俺のボヤキに
「仕方ないわよ、私だって、えええって感じだし」
リーフリットが答え、
「里を出た、初の聖樹さまなんだから、当然といえば当然よ」
アイシャがドヤ顔で偉そうに評する。
「こうなると警備の強化が必要だな。枝を伐りて根を枯らす、阿呆が出ないとも限らない」
「まだ、若木だしね」
リーフリットの言葉に、これを若木と言い張れるエルフって、凄いと思った。
俺はフランツに精霊樹の警備の強化を指示した。
それから、数日過ぎて、疲れた顔のリーングランデが、久しぶりに遊びに来た。
領主邸の応接間へ通すと、座るなりグテッと体を、ソファーに横たえた。
「そっちは、どう? こっちは、大騒ぎになってるわ」
心底疲れた表情の聖女さま。
思い当たるのは、精霊樹の件しかない。
「精霊樹の件なら、東西の神殿から管理の申し込みがあったが、断った。
祈りや瞑想修行には、許可を出したけど。
元々、エルフの里で管理していた物だし、リーフリットとアイシャに丸投げした」
「良いわねぇ~司教、大司教から、枝木を一振り欲しいと、連日詰め掛けて断るのに一苦労してるわよ」
「まだ、若木だしねぇ~下手に剪定なんてされたら、枯れるからね」
アイシャが補足する。
「警備の方は大丈夫か、お偉いさんが権威を盾にゴリ押ししないかい?」
「取り敢えず、総代主教猊下からの命令で、神殿騎士が警備に当たっているから。
これ以上の権威はないわよ」
「このままにしとくのは、やっぱり、危険な気がするな」
自分の権威付けの為に、精霊樹の苗木を欲しがる高位の神官。
いい金儲けになると、あの手この手で、入手しようとする商人。
この分では、偽物も出回りそうだ。
「管理を近くのエルフの里に委託するのは?」
「あればやっているわよ。 残念ながら、国内には無いのよ」
国を跨ぐと、手続きの面からも、色々厄介そうだ。
「取り敢えず、悪意のある者だけでも、遠ざけられれば良いんだけど」
自分で言ってだけど、そんな都合のいいアイテムなんて、あるわけないかぁ~。
(告:素材があれば、造り出せます)
「「出来るの!!」」
ガバッと起き上がったリーングランデと俺は、思わずハモル。
「そうと決まれば、アキュフェース、さっさと造ってね」
ニッコリ微笑む大聖女さま。
リーン、それが、人にものを頼む時の態度か。
結局、文殊の御指導で、長さ15cm程の筒状のマジックアイテムを、6本造った。
これを正六角形の形で、精霊樹の周りに差し込んでゆく。
次にマジックアイテムと精霊樹をリンクさせる作業にはいる。
リーフリットが、文殊に教えられた『祝詞』を奉納する。
リーフリットの姿を見て、日本の巫女装束、用意しとけば良かった、と後悔した。
「『祝詞』って、歌なんだなぁ~」
エルフ語で謡われる祝詞は心地よい、考えてみれば『コーラン』も歌だった。
識字率が低い世界では、小難しい説法より、歌の方が心に残る。
「ねえ、リーン、教団の経典も歌で伝えるの?」
「いいえ、経典を読むだけ、でも、歌も良いわね。個人的には、こっちの方が好きかも」
「リーンが改革したら」
「これ以上の面倒ごとは、勘弁して」
他愛のない事を言い合っていると、精霊樹に明らかな変化が起こった。
マジックアイテムが、円形に光を結び、六芒星を描き出す。
魔法陣の光を浴びて、精霊樹全体に金色の光に包まれる。
リーフリットは、綺麗な高音を歌い上げ、祝詞は無事に奉納された。
(告:これで、悪意あるもの、邪な欲を抱くものは、近寄れなくなります。
但し、無垢なる者を騙し、凶行に及ばせた場合は、防ぎようがありません)
「完璧でないのは、仕方ない。取り合えずは、これで十分だ」
防犯措置を終えて、ホッとした時、招かねざる客が来た。
王都の大聖堂を預かる、イスカリオテ大司教猊下である。
おまえは、ユダか、と、ツッコミたい。
「わざわざのお越し痛み入ります。大司教猊下」
俺は、社交辞令の言葉と笑顔で出迎える。
「先ぶれも無く、失礼した。アルメニア伯。
今日は、卿に折り入って頼みがあって来た」
碌な話でないのは、見当が付きます。
それより驚いたのは、ソファーの後ろに立つ、聖女さまに気付いていない様子だった。
「単刀直入に申し上げる、あの御神木を譲って欲しい」
そら来た。
「三つの理由で、お断りします。
まず第一の理由、あれは大樹に見えて、まだ若木。
下手に手を出せば、枯れてしまう恐れがあります。
第二に、あれは、アルシード氏族との友好の証。
大司教猊下の頼みとはいえ、友好を金に換える真似は出来ないと申し上げる。
第三に、あの木は、瘴気を取り込み、無害な魔素に変える働きがある。
つまり魔物の発生を抑える働きがあるので。
この地を預かる者として、領民の人命、財産、安全が第一と考えます。
以上の理由で、重ねてお断りさせて頂きます」
俺は、これ以上ない程、キッパリと断った。
「つまり卿は、教団を敵に回すと、おしゃる訳ですか?」
出たよ、テンプレ展開。
しかし未だ、聖女リーングランデに気付かないのは、おかしい。
「教団では無く、あ・な・た、です。イスカリオテのユダ大司教猊下」
この世界の通じないと思うけど、イエスを銀貨何枚だっけ・・で売った裏切りの使徒。
ワザと名前を間違えた、効果はあったみたいだ。
「図に乗るなよ、少々陛下の覚えが良いくらいで。
貴様など、我が教団の手に掛かれば、異端として告発することも可能なのだぞ」
「という事らしいが、この件に関して、大聖女さまの見解は?」
「こんな茶番に巻き込まないで欲しいですわ。
こんな些事で、イチイチ異端告発していたら、世界で正統な信者は、誰も居なくなりますわ」
この段階になって、ようやくリーングランデの存在を認識した、大司教猊下。
「これはこれは、聖宮に居るはずの方が、こんな処で男漁りですか。
大聖女さまも地に落ちたものだ。
聖女を騙る淫売婦、神々の名に於いて告発させて頂きますぞ」
随分と一方的で、乱暴な物事の進め方だ。
「面倒ですわ。アキュさん、やって御終いなさい」
そんな呼ばれ方初めてだし、俺は何時からお前の部下になった?
大司教と警護の神殿騎士2人を、当て身で無効化する。
(告:三名に例の金属反応、針の摘出を依頼します)
こんな所まで、蔓延してるのか。
俺は、すぐに針の摘出を行う。
シャープペンの芯みたいな、すぐに折れそうな金の針を摘出する。
「これは、何ですの?」
あれ? 連絡いってない? 取り合えず、データーを送る。
「世界友愛評議会ですか。名前が知れた時点で、もう秘密結社ではありませんわね」
『誰もが知っているフリーメイソン』みたいな言い方しなくとも・・
「名前だけ一人歩きして、被害だけ着実に広がっている。正直、気持ち悪いかな」
文殊の話だと、ミツルギとナイトハルトには、金の針検出アプリと摘出アプリをダウンロードしている様だ。
「じゃあ、リーフとリーンあとカリオンに頼めるか?」
(了:早速、実行します)
「さて、3人連れて聖宮に戻りますか」
そう言って、リーングランデは、立ち上がる。
俺は、急いで制止する。
「何をするつもりなの?」
「少し、試したい事があるんだ」
俺はそう答えると、悪戯っ子のように、ニヤッと笑う。
まず3人の衣服を脱がし、汚れてもいい服装に着替えさせる。
精霊樹の神殿の周りに、3つの十字架を立てる。
処刑する訳でも無いので、足場を体格に合わせて造る。
3人を十字架に縛り付けて、食事以外は、そのまま放置する。
この懲罰は、実験も兼ねている、一応3日間の予定だ。
領民から、精霊樹に祈ると心が軽くなる、という話を聞いてから、罪人の更生に使えないかと考えていた。
瘴気を吸うのなら、人の想念の負の部分も、どうだろうか?
全部は無理でも、過ぎた嫉妬、怨念、傲慢、強欲、戦闘狂など、
人の持つ負の感情、この量が人並、それ以下になった時、自分の行いが自責の念で埋まり、更生する切っ掛けに、成りはしないかと期待しているのだ。
仏教で、蓮の花が出てくるが、蓮の花が咲くのは、池や汚い泥の上だ。
泥の内には、糞尿、動物の死体、など、泥の中には汚い物で溢れている。
人の感情も同じ、潜在意識に積もりに積もった負の感情。
何処向いても絶望しかない『地獄』
ブランド品など買っても、買っても満足しない。
恋愛でも、次から次へと相手を変えても、心が乾いた状態の『餓鬼道』
三大本能だけの『畜生道』
争いだけに、生きる生を見出す『修羅道』
『人道』
栄華の極め、人気は絶頂、目指し得る頂点を極めて、それを失う事を、地獄以上の絶望で恐れる『天道』
人の持つ業を六道という形で表している。
六道のくびきから、1つ1つ魂のステージを上げていく様は、蓮が汚い泥を養分にして、人は妬みや嫉妬などの負の感情を養分にして、真直ぐ上を向いて、1つ1つ浄化してゆく。
泥の上で、泥一つない花を咲かせる『蓮の花』は、仏教で悟りの在り方を示す花として大事にされる。
これは、傲慢になった人が更生出来るか、どうかの実験だ。
上手くいくことを願う。
1日目、意識を取り戻した3人は、自分の置かれている状態に憤り、罵詈雑言を吐き捨てる。
「小僧、必ず、神の審判が、お前に降るぞ。
その時、許しを乞うても遅いからな!!! 覚悟していろ」
「神よぉ~アルメニアの地に災いあれぇ~」
「神よぉ~我ら敬虔な信徒を救い、かの地に相応しい罰を~」
こいつら本当に神官か?
呪いの言葉を、神に祈る時点で終わっている。
2日目、3人とも、ひたすら号泣している。 泣き叫ぶ声は、夜中過ぎても続いた。
「神よ、何故、敬虔な信徒なる我らをお見捨てに成る~」
「我らの何がイケなかったのでしょうか。答えてください。神よぉ~」
3日目、もう泣き声は聞こえず、3人とも憑き物が落ちた顔をしている。
「我らは、いったい何をして居たのだろうな」
自嘲的に言う大司教の姿を見て、3人を解放した。
糞尿で汚れた体を清め、綺麗に洗った元の衣服を返し、王都の大聖堂まで送り届けた。
王都に戻った大司教は、今まで不正な方法で集めた財を、全て聖宮に返納して、大司教地位まで辞職して、一司祭からやり直したいと申し出たという。
リーングランデから事情を聞いた総代主教は、大いに喜び、司教以上の神官に、1年に1度、1週間の精霊樹での瞑想修行を義務付けたと云う。
俺のした事が、少しでもお役に立てれば、良いんだけど。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
ブックマークの登録と
☆☆☆☆☆に、面白かったら★5つ、詰まらなかったら★1つ
頂けると、今後の励みになります。
この物語があなたのストレスを緩和する、清涼飲料と成ることを願って。




