04-01 魔の森への招待状
――魔の森、それは魔女が住む魔性の森。
ここグリムニア大陸のほぼ中央に位置する、この大陸最大の魔素溜まりである。
そこに立ち込める魔素の濃度は他の中小の魔素溜まりとは明らかに異なり、その魔素によって変質する魔獣や魔草の類も、他の追随を許さないくらい凶暴かつ高品質である。
しかしここは魔女の私有地であり、その許可無くして踏み込めない禁断の地。
だがその宝に目が眩み、年間かなりの数の密猟者がやってくる。
でも帰って来れたのは表層エリアへ侵入したほんの僅かな者達だけで、中層より奥へ踏み込んだ者は帰って来れない。
生還できた者達は皆こう言った。
「あそこは地獄だと」
このグリムニア大陸最大の魔境にして、全ての冒険者の心を虜にし、そしてへし折る魔窟⋯⋯
それが『魔の森』の真実である。
―― シュヴァルツビルト出版『世界の秘境』より抜粋 ――
朝が来た、ミルファがここ魔の森へやって来て何度目かの朝が。
現在ミルファは魔女の家の物置で寝泊まりしている、アリシアは自分の部屋で寝れば良いと言ったのだが、ミルファがそれを断った為である。
そんな物置に似つかわしくない、アリシアが用意したフカフカの寝具のおかげで、今日もミルファは快適な安眠であった。
ミルファは静かに物置を出て廊下を歩き外へ出る、アリシアを起こさないようにだ。
ここ数日間アリシアはあちこち飛び回り、何かしらの材料の調達や、隣の工房で何かを創っているかのどちらかだった。
そして昨日も遅くまで起きて作業していた様だ、アリシア曰く「夜の方が集中して出来る」との事。
ミルファは大きく伸びをし深呼吸する、澄んだ空気やさしい朝の日差し、なんて穏やかな所なのだろう⋯⋯ここがあの魔の森であることが、未だに信じられないミルファであった。
ミルファがここへ来た初日はもう日も暮れていたため、お風呂に入ってすぐに休む事になる。
ミルファの寝床に関してやや揉めたのだが、結局はアリシアが折れる事になりそのまま現在に至る。
その翌朝からミルファは心機一転、誠心誠意アリシアに支えるのだと意気込んでいたのだが、その決意は大きく空回る事になる。
なぜなら何もする事が無かったからだ。
元々アリシアはここ魔の森で一人暮らしを何不自由なく送っており、ミルファにわざわざ何か手伝って欲しいと思う様な事は無かったのだ。
ならせめて掃除でもと思ったが、掃除も完璧に行き届いているためこれもだめだった。
実際にはアリシアはこまめに掃除している訳では無く、ただ単に汚れや埃が付かない魔法がこの家全体にかかっているだけなのだ。
ミルファの感覚からすると恐ろしく生活感の無い空間というのが、ここ魔女の家の率直な感想だった。
ならせめて料理でもとミルファは調理場を借りたのだが、魔法を使う前提の調理場の為道具も調味料もろくに無かった。
結局最初の一日目のアリシアとミルファは、買い出しに出かける事になった。
「すみません⋯⋯かえってご迷惑をお掛けして」
「べつにいいよ、これからの事を円滑にする為の準備なんだから」
結局僅か一日で早くも共和国のローシャの街へ出戻りして、アリシアとミルファは様々な物を買い漁っていく。
元々アリシアは後に楽をする為の準備を、しっかり念入りにするタイプであるため、こういう事は苦ではない。
「お金の事なら気にせず、好きな物を好きなだけ買っていいから」
アリシアは常々アレクから、積極的にお金を使う様言われている。
なぜならアリシアが欲する物は大抵売っておらず、自分で材料を集めて自作する事がほとんどだからだ。
なので無駄に多いアリシアの預金は一向に減らない、なので経済が回らない、お金の為に依頼を受けてくれない。
そういった説明をアリシアが完全に理解出来ている訳では無かったが、自分がお金を使わないと困った事になるということだけはなんとなくわかった。
正直アリシアとしては魔法ではなくお金で物事を解決する事は若干の抵抗があったのだが⋯⋯
ふとアリシアは隣のミルファを見て考える。
このミルファはフィリスやルミナスと一緒の協力者というだけで無く、今後はアリシアという存在をトップにした組織の幹部という立場になる。
言ってしまえばフィリスやルミナスは、自国の利益の為にアリシアに協力している、とも取れる。
だがしかし、ミルファは別に共和国に対して義理や忠誠心があるわけでも無い、なので相応に報いなければならない。
全てをお金で解決するのはアリシアの矜持が許さないが、それでもこの世界は魔法よりもお金で回っている、相応の報酬を出すべきだろう、それの相場がわからないが後でアレクに相談しようと決めた。
買い物から戻りようやくミルファは、アリシアの為に食事を作るという仕事が出来たのだ。
そしてその料理にアリシアは大変満足していたが、それが終わればまたミルファは手持ち無沙汰になった。
なのでアリシアはミルファに、書庫の本を自由に読んでていいと薦めた。
アリシア自身もミルファの事をほったらかしになっている現状は辛い所だが、今色々と創っている物が出来上がれば、ミルファも自由に動ける様になると、今は後回しにしている。
それから数日間ミルファは、書庫で本を読んでいた。
魔法関連の物は字が難しく読めない、そんな中から医学書を発見し読み漁っていた。
実はミルファは教会で治癒魔術を学ぶ際に、何度か人体解剖を見学した事がある。
人体の構造や機能を知っている方が、治癒魔術を実践する上で効果的だからだ。
そしてここにあった魔女の書庫の医学書には、これまで謎だったり禁忌とされている知識が惜しげもなく書かれていた。
これによってミルファの治癒魔術の技量が、さらに上がっていく事になる。
そんな中ミルファの目に、その娯楽本はやけに浮いて見えた。
ナーロン物語⋯⋯実はミルファはこの本が嫌いだった。
なぜならミルファは、世界がそこまで優しくは無いと思っていたからだ。
しかし、ミルファは何気なくその本を取り読み始めた。
どこにでもあるような優しい物語⋯⋯しかしミルファは気付く、これを好きだと言うアリシアやフィリスは、こんな世界を目指しているだけなのだと。
そしてそんな人達を自分が支える、その為には自分自身がこの夢を信じられなくてどうする?
そしてミルファは、ナーロン物語を片っ端から読み漁り始めたのだった。
そして数日間が過ぎ色々な準備が出来た頃、ようやくフィリスとルミナスにここ魔の森への招待状が届けられたのである。
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