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銀色の魔法はやさしい世界でできている~このやさしい世界で最後の魔女と素敵な仲間たちの夢見る物語~  作者: 鮎咲亜沙
第二章 導きの世界会議

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02-EX01 光の中に潜む影

 エルフィード王国首都エルメニアにある高級スイーツ店『シルクス』の支店長、お菓子職人のシエル・エクレールの朝は早い。

 まだ日も登っていない内から城下町の城壁の外にある契約農家へ赴き、その日の材料を厳選する事から始まる。


「おはようございます」

「おはようシエルさん」

 挨拶もそこそこに畑をあちこち回り、自分の目で見た納得のいく材料の収穫を、農家の人たちと行いそして店に直行する。

 リヤカーを引きながら店に着くと既に副店長が来ており、シエルを出迎える。

「おはようございます、支店長」

「おはよう、材料を下ろして下処理の準備をしておいて」

「わかりました」

 そしてシエルは店に備え付けられたシャワーを使い、その身を清める。

 その後髪を整え白いコックコートに身を包み、厨房に入る。

 その時すでに、副店長によって今朝収穫してきた材料は、店に持ち込まれ下処理が始められていた。


 そしてシエルは副店長と共に材料の下処理をしつつ、今日の予定の打ち合わせを始めた。

「昨日、支店長がお帰りになった後に予約が入りました」

「いつ、どのくらい?」

「今日の夕刻に納品して欲しいそうです」

「今日の夕刻!? 何いってんのよ! 予約は一週間は時間をもらう様にと言っておいたでしょ!」

「それが城から⋯⋯いえ、アレク殿下直々の注文ですので断る訳にもいかず」

 それを聞きシエルはため息をつく。

「なら仕方ないわね⋯⋯で、どれくらい?」

 こんな急に何かの催しでも急遽開くことになったのかと考える、何故ならこの店は王室御用達の称号を掲げる以上お城でのイベントの予定は欠かさずチェックしているからだ。

「それが、ケーキを全種類一個ずつなんです」

「全種類一個ずつ?」

 ここでシエルは考える、そもそも店で出すケーキは大体その季節に合わせた十種類くらいで固定であり、それらを材料の許す限りの配分で作れるだけ作る、それがこの店の方針だ。

 言ってしまえば今回の予約は、全種類一個ずつキープしてくれと言っているようなもので、王子殿下の威光であってもそう無茶な注文でもなかった。

 しかし、ケーキ十個というのはずいぶん中途半端な数だと、シエルは考える。

 私的な茶会なら若干多いし、パーティーなら足りないだろう。

 まるで好みの判らない重要人物の為に、とりあえず全部用意しておこう、という準備に思えた。

「まあそのくらいなら、通常業務にさしつかえは無いわね」


 こうして本日も高級スイーツ店『シルクス』の営業は滞りなく始まり、いつも通りに終了した。


「では納品に行ってくるわ」

 夕刻、閉店作業を副店長に任せシエルは数名のスタッフと共に、ケーキの納品の為に城へ向かった。

 そしてシエルは驚く事になる、彼女を出迎えたのがこのエルフィード城の侍女たちのまとめ役の、マゼンダ・ローゼマイヤーだったからだ。

 これまで何度もケーキの納品の為にこうして城まで来た事はある、しかし総括侍女長じきじきというのはそうある事ではないからだ。

 内心こみ上げる動揺を、表面には出さないよう対応する。

「この度はわが『シルクス』をご利用いただき、まことにありがとうございます」

 そして見事な礼をする。

「今回は私共の無理な注文を受けて頂き、ありがとうございます」

 そう言ってマゼンダは完璧な礼を返す。

 そして、納品されたケーキの一つ一つをマゼンダが直々に検品する、そして⋯⋯

「いつもながら見事な仕事です」

 そう賛辞を述べた。

「今回は量も少なく可能でしたが、大量発注の際は時間に余裕を頂けるとありがたいです」

「ええ、そうさせて頂きます」

「今後の参考までに一体どのような催しなのか、お聞きしてもよろしいでしょうか? 今回の様な発注は珍しいケースでしたので」

「⋯⋯」

 探りを入れてみたが、答えは帰って来なかった。

 あきらめてシエルはその場を去ろうとする、しかしそれをマゼンダが呼び止めた。

「ショートケーキは今回無かったのですか?」

 一瞬なにを言われたのか、分からなかったが、

「ショートケーキですか、苺はまだ季節前なので今回はありません」

 そうはっきり答えた。

「⋯⋯帰りに城の中庭にある温室へ立ち寄ってください、そこには苺が植えてあります。 そして貴方の目に適うのであればそれを持ち帰り、明日一番に苺のショートケーキを一つ届けてください」

「⋯⋯わかりました」

 確かにケーキと言えばショートケーキだが、そのシンプルな見た目から安っぽく見られて王侯貴族からの人気は低い、それなのに何故わざわざ⋯⋯という疑問が浮かぶ。

 こうしてケーキの納品が終わりその後、別の侍女に付き添われて温室に立ち寄る。

 そこにはシエルの目で見ても見事な苺が生っており、それを収穫し持ち帰った。

 そして言われた通り、朝一番に城へ一個のショートケーキが届けられたのだった。


 その後、週に一度の頻度でケーキの注文が入るようになった、しかし最初の時の様な全種類ではなく三種類ずつになる。

 何度目かの納品時、マゼンダではない若い侍女にケーキを渡しながら聞いてみる。

「ずいぶん頻繁にお茶会を開いているようですが、もしかして王子殿下にお相手でも出来たのでしょうか?」

 その若い侍女は少し笑いながら、

「そうかもしれませんね、でも結婚相手とは少し違うかな?」

「そうですか」

 その後、しばらく何でもない雑談をしてシエルはその場を後にする。

「今回のはなに?」

「チーズケーキにガトーショコラ、それにタルト!」

「やったー! 魔女様の食べ残しに感謝!」

 そんな侍女たちのはしゃぎ声が、シエルの耳に届いていた⋯⋯


 その翌週も城への納品を終えシエルはその若い侍女たちとの短い雑談をして、城を後にする。

 そしてその日の夜、シエルはウィンザード帝国首都の本店へ材料や機材の発注そして収支報告書などを書き、翌朝郵送した。


 それから十日後、ウィンザード帝国にある『シルクス』本店の支配人バウム・シュトロイゼルは、シエルの送った書類を一瞥するそして⋯⋯

 その中の一枚を裏返し、ロウソクの火であぶった。

 そして炙り出された文字を読んだあと、そのままその書類をロウソクの火で燃やしてしまう。


「――以上が報告であります」

「そうか、わかった下がってよい」

 ウィンザード帝国皇帝アナスタシア・ウィンザードの言葉にその〝影〟は消える⋯⋯

「森の魔女は死に、そしてその弟子が後継者か⋯⋯」


 ウィンザード帝国、歴代皇帝を支える直属の諜報部その名を『シャドウ』。

 それはその名が示す様な、闇の存在ではない。

 帝国への絶対の忠誠を持ちかつ、()()()()()()()()()()()()()()()()()プロフェッショナル集団、帝国より生まれ世界各地に支店を持つ、様々な業種の技術者たち⋯⋯それこそが――


 ――光の中に潜む影の集団、帝国諜報部『シャドウ』の真実⋯⋯

お読みいただき、ありがとうございます。

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