02-15 ともに歩む未来へ
お風呂から上がった後、フィリス達三人はそれぞれの陣営の代表者にアリシアから話したい事があると伝言を伝えた。
三国の王達が城の会議室へ来た時、既にアリシアは正装に着替えて待ち受けていて、入室して来た王達にアリシアはゆっくり振り返るとその場で帽子を脱いで一礼した。
普段のアリシアは基本的に帽子を被りっぱなしである、しかしこういった場で帽子を脱いで見せ礼をするのは、魔女にとっての最大限の礼を尽くすという所作なのだ。
そしてその帽子をテーブルの上に置いた、これは気まぐれな魔女がいきなり話を打ち切って大切な帽子を残して消えてしまわない最後まで話し会おう、という意味がある。
「まず謝罪を⋯⋯いきなり呼び出す不躾申し訳ありません、そしてお集まり頂き誠にありがとうございます」
そしてアリシアは着席を促し、その後自分も席に着いた。
「さて、どの様な理由で我らを集めたのか聞かせて貰いたい、アリシア殿」
とりあえずラバンがこの場を仕切る事になった、エルフィード王国国内なら基本的にアリシアとの交渉は息子のアレクに任せるが、この世界会議中に他国の者を交えた場においてはラバンがアリシアの交渉相手になると事前に打ち合わせ済みの為、アリシアは素直にラバンに答える。
「本題に入る前に、少し私自身の事を話させて下さい」
アリシアは周りを見渡し特に反対もなかったので、改めて話し始める。
「私が魔の森を出て少なくない時間が経ちました、それまでの師と森の中が全てだった私にとって、それからの日々は驚く事ばかりです、中でも本当に驚いたのは世界がこんなにも平和だという事、大変失礼ですがエルフィード王国を出るまで口では平和だと言っても、裏では国同士は憎しみ合い足の引っ張り合いなどしてるものだとばかり思い込んでいました」
ここでアリシアは一旦区切り、その時王達も互いを見ながら苦笑する。
「ここ帝国に来て私の想像は間違っていたと悟りました、思った以上にここは〝やさしい世界〟だったのです」
「〝やさしい世界〟か、嬉しい事を言ってくれる」
ラバンは満足げに答える、今日までのアリシアへの接し方が間違いでなく、そして報われたのだと。
「何よりも素晴らしいと感じるのは、このやさしい世界は皆さん一人一人が力を合わせて築き上げているという事、そして思ったんです⋯⋯もうこの世界には魔女は必要無いのでは、と」
ラバンは慌てて立ち上がる。
「待てアリシア殿、我らは其方を排除したいなどとは考えておらん! むしろ頼みたい事など幾らでもあるのだ」
「そうじゃアリシア殿、此度の帝国の一件にしてもそうじゃ、たしかに犠牲を許容すれば妾達だけでも収めれた、しかし好き好んで犠牲を出したいなど思わん、この手に掬いきれぬものから何を取りこぼすか、いつも思い悩む妾が今回それをせずに済んだ事をどれほど感謝しているかわかってほしい」
ラバンに続き、アナスタシアも声を上げる。
「暖かい言葉ありがとう、しかし私がこの世界の最後の魔女になる可能性は高い、このまま魔女に頼らない世界を作り続けて欲しい、そして私は森でひっそりと過ごしていけばいいとそう思っていた、でも⋯⋯私もこの世界の一人でいたい、私はこのやさしい世界を知りすぎた、もう一人には戻れない」
しばらく沈黙が流れ、アリシアはそのまま話しを続ける。
「この世界の一人として私も何かをしていくべきだろう、でも私は魔女としての生き方を変えられない、だから問題が出てくる」
「問題だと?」
オリバーがアリシアに聞き返す。
「今回の帝国の事件で私は大した事をやっていない、ルミナス皇女たちを運んだくらいで後は大人しくしていた、もちろん危なくなれば何かはしたけどそうする必要もなかったし、では何故そんなやり方だったのか、それは私には加減が分からないからだ、私のした事がその時は良くても後々どんな結果に繋がるのか、緊急時なら仕方なかったで済むかもしれない、でも余裕のある時でも貴方達に聞くのは躊躇う」
「何故躊躇うのだ? 聞けば良いでは無いか」
「ではお聞きしますが、私の提案した方法に問題があってその時は使わなかったとします、でもその後貴方達は私がそういう事が出来る事を忘れて、国を治め続けられますか?」
「⋯⋯難しいな、そういう選択肢も有ると考えざるをえん」
「普通の人達が、時間やお金をかけて出来る様な事ならいいんです、でもそれ以外の魔女にしか出来ない事は、知らないままでいた方がいいモノもあるんじゃないかと思うんです」
「かもしれんな⋯⋯」
「でも、そんな消極的な手段ばかりでは、いつかは後悔する日が来ると思うんです、使っておけば良かったのに⋯⋯と、だから私には協力者が必要なんです」
「協力者?」
「これが今回皆さんにお願いしたかった事です、そう私には協力者が必要だと強く感じました、私と王様たちとの間に立ち、いま皆さんがどんな苦難を抱えているのか私に伝えたり、私のやり方が正しいか判断して時には止めてくれる、そしてその事を貴方達に秘密に出来て、私には常識を教えてくれる、そんな協力者が⋯⋯私が持つ〝契約と対価〟以外の価値観で動けて信頼できる、そんな人たちに側にいて欲しい」
しばらくしてラバンはアリシアに問いかける、優しい声で。
「それが誰なのか、名前を言えるかな?」
アリシアは頷いた後暫く黙ってて、そして⋯⋯
「フィリス王女、ルミナス皇女、ミルファさん、この三人にお願いしたいです」
しばらくの沈黙の後、ラバンは⋯⋯
「だそうだフィリス、覚悟は出来ているな」
「はい、お父様!」
「国の事は儂とアレクに任せてお前はしっかりアリシア殿を支えろ、それが国を⋯⋯いや世界のためだ、いいな」
エルフィード王国はあっさり纏まる。
「あの⋯⋯お母様、私⋯⋯」
「言うなルミナス、其方が皇帝には向いておらん事くらいお見通しじゃ、幸いミハエルは優秀だしお前はお前の出来る事でこの国を⋯⋯弟を支えていけば良い」
「はい、ありがとうございます、母上!」
「後で、ミハエルに謝っておくようにな」
続いてウィンザード帝国の方も纏まるが問題はアクエリア共和国だった。
なにせミルファは王族ではなく、ただの一聖女に過ぎないからだ。
オリバーはそんなミルファに何を話し、何を期待すれば良いのか⋯⋯
そんな中、ミルファに話しかけたのはキーリンだった。
「ミルファよ見つかった様じゃな、これから進むべき道を、共に歩む友を」
「はい!」
キーリンが初めて見た時のミルファは、意思のない人形の様だった、しかし今ではその目に強い光を感じ表情も明るい。
「こちらの事は気にせんでいい、お前は銀の魔女様を支えていくんじゃ、良いな」
そんなキーリンの表情は、まるで孫娘に話す様な優しさだった。
キーリンにこうまで言われてしまえば、もうオリバーとしても口を挟み辛い、聖女を通してアリシアとどう関わっていくか悩ましい限りだが、銀の魔女教団の設立へ漕ぎ着ければなんとかなるだろう、むしろ銀の魔女の巫女を向こうから取り込んだ事は僥倖だったかもしれん、と前向きに思うことにするのであった。
アリシアは目の前で起きている事に、何処か現実感が湧かなかった。
ミルファはともかく、後の二人は王族で絶対無理だと思っていたからだ。
そんなアリシアの元にフィリス、ルミナス、ミルファが近づく。
「―― だからここに居る皆に、私の協力者になって欲しい」
お風呂に浸かりながら突然長くて、とんでもない事を言い出したアリシアにフィリスは聞き返す。
「それはいいけど、どうして私達なの?」
「信頼出来ると思ったから、後は私とは違う考え方だったから」
「考え方が違う?」
今度はルミナスのその質問に答える。
「私は魔女、〝契約と対価〟が私の基本で、そこには善も悪も正義も慈悲も無い、でもあなた達は違う」
「違うのですか?」
ミルファが聞き返す。
「友の為に動く、民の先頭に立つ、我が身を顧みない、どれも私には無い⋯⋯だからこそ、そんなあなた達がいいと思った」
「うーん、ルミナスどう思う?」
「たしかに意義のある事ね。 はー、ミハエルに何て言おう⋯⋯」
「私は元より銀の魔女様にお仕えするつもりですので、特に何も変わらないのではないかと」
「よし決めた、銀の魔女様取引よ! もしこの話を母上が認め纏まって弟が皇帝になったら、私があなたに力を貸した分だけあなたは弟を助ける、どう?」
「それでいいなら」
「よし決まり! フィリスはどうせもう決めてるんでしょ」
「そうね、うちは兄様も居るしね」
「⋯⋯本当にいいの、あなた達?」
「アリシアを放って置けないしそれに⋯⋯素敵な未来になる私達の」
フィリスが手を伸ばしアリシアの手を掴む、そこへルミナスとミルファの手も重なってゆく。
「みんなで進もう、私たちの未来へ」
そして今再び、アリシアの周りに三人が集まり、その手が重なる。
今、一人ぼっちの魔女に初めて出来たのだ、友と呼べる仲間が。
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