02-14 未来への一歩
これはどういう事なのか、アリシアには状況が飲み込めない。
気がつくとアリシアはベットの上で、しかもフィリスに抱きついていたのだ。
柔らかい⋯⋯そんなぼんやりした現実感の無い意識が次第に覚醒して来た、次の瞬間アリシアは謎の現象に襲われた。
フィリスが目を覚ました時、アリシアは苦しんでいた。
「アリシア! 大丈夫!?」
激しい頭痛や眩暈に吐き気、いずれも呪術にはありがちな症状だ、しかしどれだけ対抗魔法を必死に使ってもその症状は緩和しない、アリシアは苦しそうに答える。
「フィリス⋯⋯私は今、未知の呪術の攻撃を受けている!」
そんな初めて見る弱々しく狼狽えた、アリシアを見たフィリスは⋯⋯
次の瞬間フィリスの寝室から盛大な笑い声が響き渡った。
「酷い、フィリスあんなに笑う事ないでしょ!」
「ごめん、ごめん、アリシア」
現在アリシアは真の原因である体内のアルコールを魔法で分解して元の状態に戻っていた。
時間を戻せるものなら戻したい⋯⋯しかし既に手遅れで今から最大限戻しても笑われた前には戻れなかった。
二人で廊下を歩いていると、ルミナスとミルファに出会った。
「おはよう二人とも」
「⋯⋯おはよう」
フィリスとは対照的なアリシアの雰囲気に、ルミナスとミルファは気遣う。
「魔女様、大丈夫ですか? あの後大変だったんですよ」
「あの銀の魔女様、お薬ありますが飲みますか?」
「⋯⋯いい、大丈夫だから」
アリシアはそう答えるのがやっとだった。
「まだ本調子では無い様ですね、そうだわちょっと付き合いなさいよ!」
こうして四人はルミナスの先導で、一緒に風呂へ入る事になった。
「二日酔いにはこれが一番なのよ、水をたっぷり飲んで汗を流す、あんた達は昨夜お風呂に入れなかったんだし、ちょうどいいじゃない」
「久しぶりだね、ここの大浴場に来るのは」
「フィリス来たことあるの?」
「ええ何度かね」
「フィリス余計な事は言わないように、この二人は初めてなんだからね!」
「そうね、わかったルミナス」
フィリスとルミナスが何やら悪巧みしているらしい、そんな空気をアリシアとミルファは感じていた。
ルミナスに案内され連れてこられた、やたらと広く開放的な脱衣所に、初めて来たアリシアとミルファは戸惑う。
「さあ、まずはたっぷり飲んで」
備え付けのコップでルミナスはガバガバ水を煽っていく、アリシアもそれに倣う。
お腹がポチャポチャし出した頃、ようやく風呂に入るべく服を脱ぐ。
脱ぎ終わるのが一番早かったのはアリシアだった、なにせ魔法で服を一瞬で消したのだから。
「じゃあお先に」
アリシアは一人先に浴室へと入っていった。
「待ってよアリシア!」
次に脱ぎ終えたのはフィリスとルミナスが同時くらいで、ミルファの法衣は脱ぐのに時間がかかる。
「姫様方はお先にどうぞ、私はもうちょっと時間がかかるので」
その言葉通りにミルファを残して、二人も浴室へ入った。
そこではアリシアが、立ちすくんでいた。
「どうですか、我が帝国が誇るこの大浴場は!」
「⋯⋯こんなに広いお風呂は、初めて見ました」
アリシアはただただ圧倒され感心していた、よくこんな物を作った物だと。
「こればっかりはねー、温泉が沸く帝国が羨ましい」
ふふんっと、ルミナスは誇らしげである。
「あ、魔女様! 酔い覚ましにはぬるま湯がいいのであっちを使って下さい」
「わかった」
このいっぱいある湯船は、温度の違いなど色々と違いがあるのかと、感心する。
三人が湯船に向かう途中、ルミナスは苦虫を噛み潰したような表情でフィリスを睨む。
「また育ったわね⋯⋯」
「それ、何度目よルミナス⋯⋯」
どうやら胸の成長の事を話している様だが、大きかろうが小さかろうが何の違いがあるのか、今のアリシアにはわからない事だった、ただフィリスの大きく柔らかい温もりはなんかいいなと思う、あれは癒しだと。
「お、お待たせしました!」
どうやらミルファも追いついたらしい⋯⋯が、何か違和感がある。
「ちょっとミルファ、お風呂にタオルをつけるのはマナー違反よ!」
ルミナスはスタスタと、ミルファへと近づく。
違和感の正体はこれかと理解する、アリシアたち三人は一糸まとわぬ姿だが、ミルファはバスタオルを巻いていた、アリシアには羞恥心が無く、王族二人はそもそも風呂に入る時その世話をする人が周りにいることが当たり前なので、こういう場で肌を晒すということに抵抗がないからだ。
そうこうしているうちにミルファに近づいたルミナスは、そのバスタオルを剥ぎ取った。
たゆん!?
「きゃーーーー!!」
思わずその場にうずくまるミルファ、しかしルミナスは見た見てしまった、あまりに残酷な光景を⋯⋯
「おかしいですよねやっぱり、こんな大きくて変ですよね私⋯⋯」
「大きいフィリスよりも? いや体が小さいからそう見えるだけか⋯⋯」
冷静に分析するアリシアの声はなぜか場違いに聞こえた。
「ちくしょう⋯⋯チクショー!」
なぜか風呂場で、ルミナスの慟哭が響いた。
「ルミナス元気出して」
「やかましいーーーー!」
「お風呂上がりに牛乳を飲みましょう、まだ間に合う⋯⋯はずよ」
フィリスは、ルミナスの目を見ずに言った。
「牛乳飲むと、大きくなるんですか?」
ミルファの疑問に、フィリスが答える。
「迷信⋯⋯かもしれないけどそう言われているわ」
「当たってるかもしれません、私牛乳は毎日飲んでましたから、近くの牧場からの差し入れで」
「やっぱりそれかーーーー!」
ルミナスは思い出す、それはかつてあった弟との思い出。
「姉さん、このコーヒーって飲み物苦くて飲めないよ」
「ミハエル、あなたは無理せずミルクや砂糖を入れて飲みなさい、私の真似をする必要は無いわ」
「でも何も入れない方がカッコいいし」
「ミハエル、大人になれば嫌でも人目を気にしなくてはいけない時が来る、その時にはもうミルクも砂糖も恥ずかしくって使えなくなるの、でも今は無理する必要は無い、今出来る子供の頃だけの味を今は楽しみなさい」
ミハエルはしばらく考えて、砂糖とミルクに手を伸ばした。
「うん、この方が美味しいよ!」
そんな素直な弟を愛しむルミナスは、いま自分が飲むブラックコーヒーをカケラも美味いとは思っていなかった。
「あの頃の私のバカーーーー! 時間を⋯⋯時間を戻せたら⋯⋯そんな魔法は使えないのですか、魔女様!」
「今の私には、無理かな」
そう答えるアリシアに、生まれて初めて感じるイヤな焦りのようなものが生まれた。
「フィリス⋯⋯もしかして胸が小さい事はそんなに惨めなことなの?」
「そこ! 惨めとか言うなーー!」
自分より約二歳年上のルミナスがこんなにも苦しんでいる、今のアリシアはそのルミナスとほとんど同じ位、しかしそのルミナスの姿が自分の二年後にならない保証はない。
「これは、対策しておいた方が良いのかな?」
ポツリと漏れたアリシアのその言葉を、ルミナスは聞き逃さない。
「魔女様、何かあるのですか? 我々に希望が!」
なんだか知らぬ間に、変な同族意識を持たれてしまっているが、アリシアは突き放す気にはならなかった。
自分がもし胸が無いばかりに軽んじられ、師の名誉に泥を塗ることなどあってはならない。
そういった方面でも師は偉大だったのだ。
「豊胸薬なら作れるけど⋯⋯」
そのまま無言でルミナスはアリシアに向かってその場で正座し、両手と頭を地につけた。
帝国ではこれを最大限の誠意を示す、土下座と言うらしいと後に知る事になる。
なぜ豊胸薬程度が禁断の秘薬に分類され、存在ごと秘匿しなくてはならないのか、だんだんわかって来たアリシアだった。
「⋯⋯私が創れることを、誰にも言わないなら」
「この命に代えても守ります」
その時、申し訳なさそうにミルファが話しかける。
「あの、逆に小さくする薬ってあるんですか?」
「⋯⋯持ってないよ」
ミルファの身体を見つめながらアリシアは、創れないとは言わなかった。
カポーン
先ほどまでの騒ぎが嘘のような穏やかな時間が流れる、ぬるま湯に長く漬かるそんな沈黙をアリシアが破った。
「みんなに⋯⋯頼みたいことがある」
アリシアの心臓が高鳴り、緊張する。
この先を話す事はアリシアにとって怖くて、勇気がいる事だったから。
それは、本当の意味での、最初の一歩⋯⋯
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