12-11 恋した少女と愛する少女
「おいローレル! 何をやっている、話が違うじゃないか!」
そうローレルに詰めかけているのは同じ純血派の同志だった。
「危ないところだった、重大な見落としがあったんだよ、この計画には」
「な⋯⋯なんだと⋯⋯」
その貴族の男は必死だった。
なにせこの計画が上手くいけばネージュが女王となり、あわよくば自分の息子がその王配となる⋯⋯そんな野望を抱いていたからだ。
子供のいないローレルと違って⋯⋯
そして今ローレルは気付く、自分もさっきまでこんな濁った眼をしていたんだな⋯⋯と。
「早急に計画を変更しなければ間に合わん! 同志たちを私の屋敷に集めてくれ、急げ!」
「わ⋯⋯わかった」
そう言って同志を見送ったローレルは振り返らず城を後に⋯⋯いや一度だけネージュの姿を見る為に振り返った。
そこにはアレクとリオンと一緒に、幸せそうなネージュの姿があった。
ずっと我が子のように想って来たネージュの、今の姿だった。
それを見届けてローレルは、二度と振り返る事はなかった。
今年も後僅かになった頃、王都エルメニアの空を花火が彩り始めた。
年の最後に花火を百八発撃って悪しきものを滅ぼし来年に持ち込まないようにするという、いつの間にか広まっていた風習だった。
今、お城のバルコニーでアリシア達はそんな夜空を見つめていた。
「うわぁーすごい⋯⋯」
「目は大丈夫なのか、リオン?」
「はい大丈夫です、この眼鏡があるからちっとも辛くないです」
「そうか、ならよかった」
初めて花火を見るリオンをアレクは心配したが杞憂だった。
だがその無邪気な笑顔にアレクは癒される。
これから先きっと大変なことだらけだろう、けどそんな事は忘れてしまうリオンの笑顔だった。
それからしばらくした頃、ローレルが待つ彼の王都の屋敷に今回の革命計画の同志たち全てが集まっていた。
窓から夜空を彩る花火を見ていたローレルは振り返り、その同志たちを見た。
皆、欲望で目が腐っていた。
いやローレルもそうだった。
だけどもローレルはギリギリで目が覚めたのだった。
「皆さっきはすまなかった、しかし重大な問題が判明したからだ」
「重大な問題だと! なんだそれは!」
「あの計画には穴があった、だからもう一度本当の革命をやり直そう、ここに居る我らで!」
そう言ってローレルは周りを見渡す。
そこに居るのは純血派の同志たち⋯⋯この国の闇だった。
二百年前から受け継がれてきた怨讐の結晶⋯⋯それが彼らだった。
「その計画を今から話す、早くしないと間に合わなくなるからな、もっと近くに集まってくれ!」
そして彼らはローレルに近づいたのだった。
「さあ始めよう⋯⋯真の王国革命を⋯⋯」
――ネージュ様⋯⋯どうかお幸せに⋯⋯
その日の花火が一発多かった事に気付く者は、誰も居なかった。
花火の光に照らされるバルコニーで、アレクはネージュをそれとなく観察した。
ネージュはリオンと一緒に花火を笑顔で見ていた。
――こんな風に笑うのか⋯⋯
今まで自分は何を見てきたのだろうかと、アレクは思った。
そして今朝、馬車を借りに来たアリシアが帰った後の事を思い出す――
――今日は今年最後の日、ネージュが早めにお城へ来るとそれを知ったアレクは彼女を呼び出した。
「ネージュ⋯⋯君に話がある、と言ってもノワール公から既に聞いていると思うが⋯⋯」
「さて何の事ですか、アレク殿下」
無論ネージュは察しは付いている、今アレクが何を言おうとしているかくらいは。
しかし自分からは言わない、絶対にアレクの方から言わせたかった。
そんな女らしい感情があった事にネージュは自分でも驚いていた。
しばらくしてアレクが深呼吸した後、言った。
「ネージュ、君に私の妻になって欲しい」
「私だけですか?」
「⋯⋯リオンもだ。 だが正妃は君だ、君にしか出来ない⋯⋯だから私を支えて欲しい⋯⋯リオンと一緒に」
「⋯⋯殿下はわたくしを愛していますか?」
その問いにアレクは奥歯をかむ。
「⋯⋯正直に言おう、君を愛しているかわからないんだ私は⋯⋯ずっと君と結婚すると思っていた、そして私の妻になる人はこの国の王妃だ、愛だけでは決められない」
「ならわたくしは、ただの都合のいい女だという事ね」
「ああそうだ、都合のいい女だ、君がどれだけ努力して私に⋯⋯この国に相応しい女性になったか、感謝している」
「⋯⋯そんな言葉が聞きたかった訳ではありませんわ」
「『愛している』と言えば納得してくれるかもしれないが今の私にはまだ言えないんだ、しかしこれから愛して見せる、リオンと同じように⋯⋯どうか俺と結婚してくれ」
そう言ってアレクはネージュに頭を下げた。
「わかりました⋯⋯けどわたくしも謝らないといけませんわ」
「謝る? 何をだ?」
「わたくしもあなたの事愛していないの⋯⋯だってあなたを愛せなんて教育はされていないの⋯⋯けど、こんなわたくしにも夢が出来たの」
「夢だって?」
「そう夢⋯⋯わたくしとリオンで、あなたを支えるという夢が」
そう言ってネージュは笑った。
作り物ではない悪戯に成功した子供の様な笑いだった。
「その夢に協力する⋯⋯生涯を賭けて」
「わたくしも賭けますわ⋯⋯案外お似合いですわね、わたくし達」
そしてその後、ネージュはアレクに代わって今日のリオンを出迎える役目を買って出たのだった――
アレクはかつてのネージュを思い出す。
ネージュと初めて出会った頃のアレクはまだヤンチャだった。
彼女に良いところを見せる為にずいぶん無茶をした事もある。
しかし母が死んだと思ってからアレクは変わった。
この国を将来背負って立つ男になる決意をしたからだ。
それ以来ネージュの事をどこか忘れていた⋯⋯自分を高める事しか頭になかった。
そしてネージュもまたアレクの妻になるべく努力を重ねたが、互いに会う時間は減っていった。
お互い良き王と良き王妃になることしか、頭になかったのだ。
愛を育む時間なんて無かった。
それでもお互いが結婚する事だけは決まっていると、思っていたのだった。
――これから少しづつ知っていこう、ネージュの事を⋯⋯
アレクはその最初にネージュの今の笑顔を心に刻み込む。
その瞬間アレクの中で今までになかったネージュへの感情が芽生え始めた事にまだ気付かなかった。
「アリシアもまた花火やってみる?」
「うーん、どうしようかな?」
そんなたわいのないアリシアとフィリスのやり取りがアレクに聞こえた。
「今日は遠慮してくれ、決められた数を担当している魔道士たちに迷惑がかかる」
そんなアレクの言葉にアリシアは素直に従う。
その時アリシアはイデアルの街の始まりを彩る花火をやってみようか、なんて考えていた。
お祭りは何も今日だけではない、これから先もいっぱいあるのだ、みんなで一緒に⋯⋯と。
そんな花火を見つめる若者たちが集うバルコニーを見た王国貴族たちは思いを馳せる⋯⋯
あれが未来のエルフィード王国の姿なのだと。
翌朝、王都の貴族街の一角で爆発事故が発見された。
その調査は困難を極めたが、やがてある結論に達した。
ノワール公爵の腹心であるローレル伯爵が、逆臣を討ったのだと⋯⋯
その後、ローレルの遺族に英霊勲章が届けられたのだった。
新しい歴史は今ここから始まる。
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