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銀色の魔法はやさしい世界でできている~このやさしい世界で最後の魔女と素敵な仲間たちの夢見る物語~  作者: 鮎咲亜沙
第四幕 光と影の協奏曲

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11-24 誕生祭三日目 その四 目指すべき勝利

 とうとうレースは後半戦へと突入した。

 現在首位に立っているのはオブライエン。

 少し離れてアレク、だがついに加速を始め追撃し始める。

 その後をマークし追うのはミハエルだった。

 はたしてこの三人がこのままの順位で終わるのか⋯⋯


 ジグザグの低速区間を抜けて最後の高速区間へと、レースは展開する。

 この後は短いストレートの後、ラストの大コーナー、そして残りはゴールまでのロングストレートだけだ。

 そしてここでオブライエンの馬がペースを落とし始めた。

「やはりスタミナ切れだな!」

 そう分析したアレクはここが勝負だと白馬を加速させた。

 短いストレートでオブライエンを抜き、トップへ返り咲いたアレクが最終コーナーへと突入する。

 ミハエルは動かない。

 ここまでピタリとアレクをマークしてきたミハエルが初めてアレクから離された。

「良し! いいわ! そのままよ兄様!」

「ミハエル! 焦るな!」

 ミハエルは応援している姉達など眼中になく、ただ勝つためだけに集中し始めた。

「アレクさん、仕掛けが早い⋯⋯まだ勝負はここじゃない、勝負は⋯⋯」

 最終コーナに突入した順位はアレク、ミハエル、少し離れてオブライエンだった。

 このままラストまで駆け抜けフィニッシュだ、そう思っていたアレクは異変に気付いた。

 アレクの白馬の息が上がり始めた、スタミナ切れだった。

 このままペースを落とせばミハエルに抜かれる⋯⋯

 そう考えたアレクは手に持つ鞭を白馬へと叩き込むため、力を込めた。

「俺は勝たなきゃ、勝たなきゃいけないんだ!」


 その目的のためだけに、アレクは非情の鞭を入れ――



 ――アレク様がんばって



 この時アレクの脳裏に白い少女の祈りが浮かぶ。

 そしてその白い少女と、今跨る白馬のイメージが重なった。


 ――俺は今、何をしようとした? これがエルフィード王国の王子様の姿か? ただ勝つためだけに疲れ切った馬に鞭を入れるのが、俺が見せたかった姿なのか⋯⋯


 そしてアレクは⋯⋯その手に持つ鞭から力を抜いた。

 アレクの白馬は徐々にペースを落として最終コーナーを出る時に、ミハエルの黒い馬に並ばれ⋯⋯抜かれた。

 ラストのロングストレート、ここで初めてミハエルが先頭に立った。

「良し! 行けーー! ミハエル!」

「兄様!」


 ――勝った⋯⋯僕は勝った、アレクさんに!


 これまでミハエルはアレクに勝った事は何度でもある。

 しかしそれはアレクにとって不得意な分野で、ミハエルの得意分野である事がほとんどだった。

 少なくともミハエルはそう思って来た。

 初めてだった、勝負の行方がわからない種目で真剣勝負をして勝つのは⋯⋯

 しかもこんな大観衆の前で、そのうえ今日はミハエルの誕生日だった。

 全てが自分の為にある、そんな全能感をミハエルは初めて味わっていた。


 ――これが先頭に立つ者の景色か⋯⋯


 そしてそのままミハエルはゴールを、いや人生の頂点へと手を伸ばす。


 この時、最終コーナーを抜けたオブライエンの栗毛の馬の陰から、灰色の影が現れた。


「ミハエル! まだよ!」

 姉の叫びが聞こえたのかわからない、しかしこの時ミハエルは気付いた、ラストのロングストレートをありえない速さで迫ってくる灰色の影を。

 その葦毛の馬を駆る騎士の名は――


 ――ラルフ・ハウスマン、彼は貧乏で小さな男爵家に生まれた。

 そんな彼は幼い時から騎士になるべく訓練に明け暮れた。

 だがその努力は実らず、次々と同世代の者に抜かれ、差が付き始める。

 次第に努力をしなくなっていく息子に父は誕生日の贈り物として馬を一頭与えた。

 この出会いが彼のその後の人生を大きく変え始める。

 少年時代のハウスマンはたちまちこの馬という生き物に夢中になり、馬術を極め始めた。

 騎士としての能力は平凡だったが騎乗兵として高い適性を買われ、何とか騎士団への入隊を認められたのだった。

 騎馬隊の一員になったハウスマンは帝国の各地を転々としていく。

 なぜなら騎馬隊の使命は戦いよりも主に伝令兵だったからだ。

 手柄とは無縁で出世のチャンスも無い、それでもハウスマンには十分だった。

 この愛馬ブレイドと一緒なら。

 しかし運命はこの人馬を引き離した。

 今年の春、転属になったばかりの砦の近くの魔素溜まりが決壊し、帝国に危機が迫った。

 それを知らせる使命を帯びたのはハウスマンとブレイドのコンビだった。

 愛馬ブレイドは期待に応えてハウスマンを運んでくれた、しかしその代償としてブレイドの軍馬としての命は終わった。

 ハウスマンの心にぽっかりと穴が開いた、ブレイドはただの愛馬ではなく自らの半身だったのだ。

 その穴は皇帝陛下から下賜された勲章などでは決して埋まらなかった。

 そんなハウスマンに新たな出会いがあった。

 数年前生まれた、愛馬ブレイドの仔。


 その名はエッジ、今ハウスマンが跨る、新たな相棒だった。


「行けエッジ!」

 奇跡の追走が始まった。


 みるみる差が詰まっていく⋯⋯

「なんであの馬、あんなに早いの?」

 それがアリシアには魔法に見えたほどだった。

「あの馬が早いんじゃない、他の馬が遅いのよ」

「どういう事ルミナス?」

「空気抵抗ですわ、あれは結構スタミナを削るのです、あの馬はここまでずっと他の馬を風よけにしてここまで来たんです」

「だからたっぷり体力が残っていたのですか?」

「それにしても⋯⋯出来るのそんな事?」

 アリシア達には信じられなかった、刻一刻と変化し続けるレースにおいて自分の馬のペース配分だけならともかく、他の馬の体力や位置を常に把握し続ける事が。

「だから天才なのよ⋯⋯彼は」


 ハウスマンの追走に気付いたミハエルは思わず振り返り、睨みつけた。

 ――邪魔するなよ、僕の勝ちを!

 その時見た、ミハエルは⋯⋯

 ハウスマンは自分など見てはいないと。

 ただゴールだけを⋯⋯いや、そのずっと先を見ていたのだった。


 今年の冬のレース、ハウスマンとブレイドのコンビは圧倒的な力で一着だった。

 しかしブレイドは引退し春のレースからはその仔エッジとのコンビになった。

 この時点でブレイドの取ったポイントは無効になった、大会規定では同一の人馬でなければいけないからだ。

 エッジとの初めてのレースは上手くいかなくて、辛うじて三着に滑り込んだ。

 その後も夏秋と二着を取ったがハウスマンには以前のブレイドの時の様な一体感は無かったのだ。

 そしてそれは当たり前だった。

 なぜならエッジがまだ若いからだ、始めて少年時代のハウスマンが出会ったブレイドのように。

 思い出がよみがえる、ブレイドとの日々が。

「そっくりだ、あの頃のお前のままだよ、お前の仔は!」

 このレースでようやくハウスマンはそのことに気付いたのだった、だから出来た、この完璧なレース展開が。

「走れエッジ! あいつの最高の走りを、俺にもう一度見せてくれ!」


 僅か半馬身の差だった。

 それが勝者と敗者の差。


 最初にゴールを⋯⋯いや新たなスタートを切った男の名は――

 ラルフ・ハウスマンだった。


「ミハエル⋯⋯」

「兄様負けちゃった⋯⋯」

「終わったね」

「⋯⋯」

 アリシア達はそれぞれの押しが負けてしまい沈黙する、しかし⋯⋯

「いいえまだよ、レースはまだ終わっていない」

 そうルミナスは最後まで見届ける。

 アリシアにはわからない、勝者が決定した時点でこのレースはアリシアにとって終わっているのだ。

 そんなアリシアの目にゴールを目指し駆ける栗毛の馬が見えた。

 アリシアが賭けていたオブライエンの馬だった。

 素人のアリシアが見てもわかるほどの力尽きる寸前の馬に鞭を入れて、鬼の形相で後続から逃げるオブライエンの姿は見苦しいとこの時思った、馬がかわいそうだと思った。

 そして追いすがる後続から辛うじて逃げ切り、オブライエンはゴールした。


「うおぉぉぉーーーー!」


 競技場にオブライエンの雄叫びが響いた。

 彼は泣いていた、そしてすぐに馬を下りてその愛馬を抱きしめる。

 馬の方もそんなオブライエンを嫌うどころか顔を舐めまくって応えていた。


「あの人⋯⋯なんで?」

「このレースはこれまでのシーズンレースとは違って、三着までではなく五着までポイントがあるんです、今の彼にとって四着と五着はまさに天と地⋯⋯今、彼は今年のグランドチャンピオンになったんです」

 そのルミナスの解説にアリシアは言葉を失った。

 そしてアリシアは再びオブライエン達を見た。

 ――最後まで諦めなければ⋯⋯

 そしてもう一方のハウスマン達を⋯⋯アリシアが賭けるのを止めた人馬を見た。

 ――最後まで信じ続けていれば⋯⋯

 もちろんいつだってそうだとは限らない、でも今日はそんな日だった。

 気付くとアリシアの手の中の馬券はくしゃくしゃになっていた。

 何となくアリシアはそれを大切に仕舞った。

「確かに面倒で問題も多い採点方式だけど、それでも報われる者も居るのです、ただ一度の奇跡を起こす者、日々の努力を積み上げてきた者、どちらにもチャンスがあるこのレースには」

「そうだねルミナス⋯⋯」

 勝利の栄光は一つとは限らない。

 挑む者全てにあるのかもしれない、形は違えど⋯⋯


 そしてレースは終わった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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