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銀色の魔法はやさしい世界でできている~このやさしい世界で最後の魔女と素敵な仲間たちの夢見る物語~  作者: 鮎咲亜沙
第四幕 光と影の協奏曲

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11-22 誕生祭三日目 その二 運命のスタート

 今日のレースの会場は、帝都を出てすぐ近くにある競技場で行われる。

 支度を済ませたアリシア達はその会場へと移動した。

 アリシア達がレースを観戦するのは、劇場の時と同じような高い場所に設置された特別席である。

 そこで今日はアレクとミハエルを除いた昨日と同じメンバーで観戦する事になった。

 そしてナロンも居ない、今日は一般の客席で観戦しているはずなので。


「あれ? もうレースが始まっている?」

 アリシアが特別席に来た時には既にレースが始まっていて、コースでは何頭もの馬が走っていた。

「あれは前座ですわ、といっても将来の期待を背負った若馬たちのデビュー戦ですが」

「そっか⋯⋯でも凄い熱狂だね」

 それはアリシアが見た観客席に対しての感想だった。

「ああ、あれは賭けているからですね」

「賭けてる?」

「ええまあ、民たちの娯楽でもあるので⋯⋯」

 賭け事という概念くらいはアリシアだって知っている、しかしこれまで博打という物とは縁がなかった。

「⋯⋯私が賭けてもいいの?」

「本気なのアリシア?」

 フィリスがやや心配する。

「あの⋯⋯やめておいた方がいいのではアリシア様」

「なんで、ミルファ?」

「その⋯⋯賭け事で破産して身を亡ぼす事もありますし」

 アリシアは思い出す、今の自分の資産を。

「⋯⋯なくなるのかな、私の貯金?」

「まあ確かに、アリシアの資産を考えたらなくなる方がおかしいけど⋯⋯」

「ではやってみればいいのでは? 私もお小遣い程度ならよく賭けますし」

「え!? ルミナスって賭けたりするの?」

 フィリスも知らないルミナスの一面だったようだ。

「所詮はゲームよ、これでお金を増やそうなんて考えるから身を亡ぼすの、勝っても負けてもお金は手元に残らないって考えてやるのが嗜みってもんよ」

「どういう事?」

「要するに今日使う軍資金を決めておくのです、それが無くなればそれまで、もし増えれば何か贅沢な食事でもして全部使ってしまうって最初から決めているのよ、私は」

「豪快ですね⋯⋯」

 ミルファは呆れてしまう。

 普段のルミナスは、賭けに勝った時は近くの食堂などにお金を渡して周りの人に奢ったり、負けた時は他の勝った人からご馳走して貰ったりを、繰り返していた。

「そうやって上の者がお金を使う事で経済が回っていくのよ」

 その言葉はアリシアには耳が痛い言葉だった。

 なぜなら未だにアリシアには、お金の使い方がわからないからだ。

 だからとりあえず今日は賭けてみる事にした。

 そしてアリシア達四人は自分たちだけでルールを決める。

 そのルールとは――

 各自、軍資金は十万G(グリム)である。

 途中で増えた分を足して賭けても構わない。

 軍資金が無くなったらそれで終わり。

 それで今日の最後に誰が一番稼いでいるかで勝負。

 という取り決めになった。

「まあ十万くらいならなくなっても、それほど問題にはなりませんが⋯⋯」

 そんな事を言うミルファも大金をアリシアから報酬に貰ったり、聖魔銀会で動く莫大なお金の大きさに慣れて、かなり金銭感覚が麻痺してきていた事に気付いていない。

 まあ最初っから金銭感覚が無いアリシアに比べればマシだが⋯⋯

「今日はメインレースを含めてあと五レースか⋯⋯一レース二万ずつ賭ければ途中で資金が無くなる事は無いわね」

 そんな事を言いながらフィリスも何だかんだで楽しみ始めていたのだった。

 なおこの特別席の大人たちは当然のように既に賭けていた。


 その頃、決勝レースに備えてアレクとミハエルは自分の馬と共に待機していた。

「ミハエル調子はどうだ?」

「絶好調ですよ、アレクさんは?」

「当然だろう」

 と、余裕の笑みを浮かべる。

 ミハエルはアレクの隣の白い馬を見て感じる。

 いい仕上がりだと、そして感謝した。

「ありがとうございますアレクさん、本気でやってくれて」

「⋯⋯ミハエル、俺たちはいずれそれぞれの国を統べる立場になる、そうなれば面子の問題もあってこんな勝負事などそうそう出来なくなる」

「そうですね」

「だから今だけはお互い背負うものは忘れて、真剣勝負と行こうじゃないか!」

「⋯⋯ありがとうアレクさん、いい勝負を!」

 そして歩み寄りアレクとミハエルは固く握手したのだった。


 そこから少し離れた所に居た一人の騎士が呟いた。

「まったくお遊戯とは、我らが殿下も人が悪いな」

「不敬だぞオブライエン!」

 その騎士は声のした方を見た。

「貴様かハウスマン」

「我らがミハエル殿下はこの帝国の未来を背負って立つお方、その為に強くあろうとする事がわからないのか?」

「確かに未来の皇帝陛下が強いにこした事は無いが、それは周りで支える我らが居ればよい事だ!」

 そしてオブライエンはフッと力を抜く。

「それよりもハウスマン、貴様がここまで来られるとは思わなかったぞ」

「俺もさ」

「ふん! 今日は言い訳など出来ないくらいの大差で、俺が勝つ!」

 そう言ってオブライエンは去っていった。

 一人その場でハウスマンは立ちすくむ⋯⋯

「勝利か⋯⋯」


 そして時間は流れメインレースが始まる。

 そしてここまでのアリシア達の賭けの結果は⋯⋯

 アリシア、ここまで全敗⋯⋯残り資金は二万G(グリム)

 フィリス、勝ったり負けたりで残りは八万G(グリム)

 ルミナス、豊富なデータを基に手堅く勝ちを積み上げ十三万G(グリム)

 ミルファ、勘だけで賭け続けまさかの全的中⋯⋯資金は二十万G(グリム)

「なぜ勝てない⋯⋯銀色の馬は」

 ここまでアリシアは特に当ても無かったので、自分と同じ銀髪の馬にのみ賭けていたのだった。

「あのアリシアさま⋯⋯あれは葦毛と言って銀というよりは灰色なのですが⋯⋯」

「⋯⋯そうなの?」

「で、どうします? 最後のメインレースにも葦毛は一頭だけ出場しますが?」

「⋯⋯いやもういいよ、銀じゃないなら別に」

 アリシアは自分の勘違いに気付いたとたんに、葦毛への執着が無くなった。

 そしてアリシアは次に賭ける馬を選ぶ。

 結果、体の大きないかにも早そうな栗毛の馬に残りの二万全部を賭けた。

「私は当然兄様に全部よ!」

「あらじゃあ私はミハエルに全部よ!」

 ここまで所持金を二倍に増やしていたミルファはある程度残しておけば勝てるのだが、あえて全額賭ける事にする。

 なぜならこのレースの収益の一部は恵まれない孤児たちなどへの寄付金に代わる事を知ったからだ。

 だったら全て溶かしてしまってもいいかな⋯⋯と、思ったのだ。

 それに、ここで自分だけ全掛けしないのも気が引けたので⋯⋯ミルファは空気を読んだのだ。

 そしてそんなアリシア達の前で最後のメインレースに出場する人馬が入場し始めた。


 最初に姿を現したのはこのウィンザード帝国の皇子ミハエルだ、愛馬は黒鹿毛の黒い馬だ。

「ミハエルも本気ね、あの馬は我が帝国家が保有する馬の中でも最高なのよ!」

 そんな解説をルミナスはした。

 次に入場してきたのはアレクだ、愛馬は白毛の白馬である。

「あら兄様の馬も負けてないわよ」

 アリシア達から少し離れた席でリオンとネージュは座って見ていた。

「アレク様がんばって」

「アレク殿下ご武運を⋯⋯」

 二人の祈りが通じたのかタイミングよくアレクは二人の方を見て手を上げた。

 そして歓声が起こる。

 どうやらアレクはここ帝国でも人気があるらしい。

「くっ! さすがに絵にかいたような王子様ね、忌々しい⋯⋯」

 ルミナスがそんな呪詛を吐いていた。

 そして三頭目が入場する。

「彼はオブライエン、今年のシーズンレースで最もポイントを稼いだグランドチャンピオンの最有力よ!」

 その栗毛の馬に跨るオブライエンの姿は、まさに質実剛健といった貫禄だった。

 ちなみにアリシアが全掛けした馬である。

 そして四番手はやや小さな葦毛の馬と騎士だった。

「彼は何度か会ったでしょ? 騎馬隊の若きエースのハウスマンよ、天才の名をほしいままにしていた男⋯⋯あんな事さえなければ」

「あんなことって?」

 アリシアはルミナスに訊ねる。

 今年の春に愛馬を失ったのよ、それで今の馬に乗り換えて⋯⋯でも規定によって前の馬の時のポイントは無効になって春からの三戦でここまで這い上がった⋯⋯凄い男よ」

「⋯⋯あ」

 その時アリシアは思い出した、このハウスマンとその愛馬の事を⋯⋯

「アリシア、あまり気にしない方がいいわよ」

「そうです、馬の治療なんて普通練習しませんし⋯⋯」

 そう、ハウスマンの元の愛馬は春の世界会議の時に骨折して、アリシアが救えなかった馬なのだ。

 一応骨折そのものは治したのだが元の走りには戻らなかったのだ。

「もしちゃんと治せていたら今年のレースはどうなっていたのかな?」

「⋯⋯はっきり言って、ぶっちぎりで優勝と総合優勝の二冠だったでしょうね」

「⋯⋯そっか」

 そんな気落ちしたアリシアをよそに次々と人馬が入場しスタートラインに並んだ。


 やがて競技場は一瞬沈黙に覆われる⋯⋯

 そしてついにスタートの信号弾が上がった。

 各馬一斉に綺麗なスタートだった。

 最初のコーナを目指し大地を駆ける馬たち。

 やがて集団を飛び出したのは白い影、アレクの馬だ。

 そのすぐ後ろでミハエルは黒鹿毛の馬を駆る。

「さすがアレクさん!」

「ミハエル、俺は負けん!」

 意地のぶつかり合いは第一コーナーの勝負へともつれ込んだ。

 その最初の勝負を制したのはアレクだった。

 しかしまだレースは始まったばかり⋯⋯その行方はまだ誰にもわからないのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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