11-19 誕生祭二日目 その五 演劇『小さき皇帝の即位』
ついに幕が開き、アトラとアイリスの舞台が始まる。
この劇はそれなりの数の役者が出演するが、ほとんどがセリフが一言くらいの脇役ばかりだ。
ずっと主人公の『少女』の視点で行われ話が進んでいくため、主演を演じる者の負担は半端ではない。
そして主人公が少女であるため演じられる役者も限られており出来る者がほとんどいない。
しかもずっと喋ったり歌ったりで喉への負担も大きく、次第に演じる者が居なくなっていた、それゆえ現在では幻の演目になっていた物語である。
今日の舞台では主人公の少女の『声』をアイリスが、『歌』をアトラが別々に担当する事で成立させていた。
その劇の名は『小さき皇帝の即位』である。
――かつて帝国には野心溢れる皇帝が居た。
その皇帝は世界中に戦争を仕掛けて自国の領土を拡大し、また女を見れば手に入れずにいられない男だった。
主人公の『少女』は、そんな多くの妃との間に生まれた一人の皇女である。
皇女は生まれて間もなく城を母と共に追放された。
皇帝家にあるまじき魔力の低さが理由だった。
そんな娘を生んだ母も皇帝の怒りの対象になった。
そして皇帝はその母子共々地方のさびれた街へと、送ってしまったのである。
そんな皇女が頭角を現し始めたのは五歳くらいの頃であった。
皇女はそれまで誰も思いつかないような事を思い付き、周囲の人の力を借りて実現していった。
今なお愛される卓上遊戯『チェス』や『リバーシ』など開発し、資金を集めた。
そしてその資金を基にある事業を立ち上げる、それこそが出版業だった。
当時印刷技術もそれほど発達しておらず、また自由な作品を書く土壌も無かった。
皇女は一つ一つその問題を解決して、事業を拡大させていった。
それこそが、今なお続く世界最古にして最大の出版社『シュバルツビルト出版』の始まりだった。
そしてこの出版社の出した書物が、後に帝国を焼き尽くす火種になる事を、まだ誰も知らなかった。
皇女が十歳の頃、母が死んだ⋯⋯
元々体が弱かった、皇女を産んでますます体が弱くなったとも言われている。
皇女は死にゆく母に、最期に一目くらいは皇帝と会わせたいと思った。
自分の事はもういい、父に⋯⋯皇帝に全く期待されていない事などとっくに理解していたからだ。
皇女は何度も皇帝に手紙を送った、しかし一度も返事はなく会いに来ることも無かった。
そして、そのまま母は死んだ⋯⋯
その時始めて皇女に、父への怒りの炎が宿ったのだった。
ただ一発ぶん殴りたい。
ただそれだけの小さな反抗になるはずだったのだ。
これまでの皇女の行いの積み重ねがなければ⋯⋯
ずっと今の皇帝のやり方に不満を持ち、いつか来るべき時に備えて力を蓄えていた者たちがこんなにも多くなっていたなど、皇女は知るよしもなかったのだ。
ただみんなに楽しみを感じて欲しいと願って作りあげた『物語』が、こんな事を引き起こすとは思ってもみなかったのだった。
皇女が帝城へと辿り着いた時、既に皇座は血で染っていた⋯⋯
皇帝の⋯⋯父の血によって⋯⋯
革命が起こったからだった。
皇女がついに立ち上がったのだと思いこんだ民衆が、革命を起こした。
やがてその炎は帝国の全てを焼き尽くし、皇女がその血に塗れた皇座に座る事でしか消せなかったのだった。
こうして皇女は皇帝に即位した。
そしてそれを民衆は喜んで迎えたのだった。
これが帝国史どころか世界史においてさえ、前代未聞の即位と退位を繰り返し続けた⋯⋯
帝国史上最も愚かで、愛された皇帝が誕生した物語である――
この物語をアトラとアイリス二人の主演が演じた⋯⋯
時に苦悩し、時に怒り、時に楽しそうに⋯⋯
アイリスは『皇女』を演じた。
「私は今この皇座に座っている、諸君たちが望んだとおりに!
だがいつか後悔するだろう、何故なら私はこの帝国を私の思い通りに作りかえるからだ!
不満のある者、自らこそが皇帝に相応しいと思う者が居れば遠慮なく来るがいい!
この皇座、すぐに譲ってやろう!
だが、私について来る者には新しい世界を見せてやろう!
まだ誰も知らない、人同士が争わずにすむ幸福と楽しみに満ちた世界を!
争う事など真っ平だ! 私の時間と力は、自分の楽しみのためだけに使う!
それでも良ければ、私についてこい!」
『皇女』の心情をアトラの声が歌にする。
劇のクライマックスにアトラが歌う帝国国家が流れる⋯⋯
本来はたった一人でやる物語だった。
それゆえ今まで失われていた物語。
でも今、二人の独演が、この物語を現代に蘇らせていた。
やがて物語は終わり、そして幕が下りた。
今日一番の拍手はこの二人に贈られたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
続きを読みたい方はブックマークの登録を、
面白いと思って頂けたなら、↓の☆を1~5つけてください。




