11-12 誕生祭一日目 その三 帝都集結!
それはアリシア達がミハエルの動物園にいた頃だった。
帝国が用意したゲストハウスでエルフィード王国の国王のラバンは寛いでいた。
しかし周りにはアレクを始め誰も居ない。
「アレクはどうした?」
ラバンは傍に控えている侍女の一人に問う。
「はい陛下、アレク殿下はリオン様と馬を厩舎へ連れて行かれました」
「ではネージュ嬢は?」
「ネージュ様は美容液関連の準備の為に出かけられました」
「⋯⋯そうか」
そして今フィリスはアリシア達と共にミハエルと一緒のはずである。
このごく自然とアレクとリオンを一緒にしてネージュを排除している今の状況は、アリシアの手腕によるものだとラバンは思い込んでいた。
魔女の力をもってすれば可能だろうが、人の心を無理に捻じ曲げる様な事はきっと何かに歪が生まれるものとばかり予想していた。
しかし現状アレクとリオンは穏やかに近づき、そしてネージュをそれとなく引き離しているに留まっている。
たしかに全ての切っ掛けを作ったのはアリシアなのだがラバンは知らなかった、現在のアリシアがもう積極的に動いていない事を。
だからこういう出来事も実際にはアリシアの手を離れているのに、何かしら裏で糸を引いているとばかり思い込んでいたのである。
だからラバンはこう考える。
ここまでアリシアが魔法に頼ることなく自然で静かに計画を実行できるとは思っていなかったと、若干恐ろしさすら感じるほどに⋯⋯
現状ラバンはリオンとネージュ、どちらとアレクが結婚したとしてもいいと考えている。
今まで通りの安定した国の礎となる、ネージュとの婚姻。
王室からサンドラを失い今後離れていくであろうエルフ族との関係をより強固に繋ぎとめるための、リオンとの婚姻。
どちらにもメリットがあり、デメリットもあるからだ。
おそらく今、アレクはネージュと結婚する事が既に決まっている事だと思い込んでいるに違いない、そしてその通りになっても反対はしないだろう。
よく出来すぎた子だとラバンはアレクをそう思う。
この時ラバンはネージュの父であるノワール公爵と話を付ける覚悟を決めた。
王国に戻ったら今後について話し合うべきだと。
そんなラバンの思索は中断する、騒がしくなり始めたからだ。
「陛下、アクエリア共和国の皆様方が到着されたようです」
「そうか⋯⋯アレクとフィリス達に戻るよう伝えてくれ」
「かしこまりました」
その頃、馬の厩舎ではアレクとリオンが王国から連れてきた馬を預け終わっていた。
「アレク様は二日後のレースに出られるのですね」
「ああそうだ、リオンもよかったら見に来てくれ」
「はいもちろん見に行きます、でもなんで三頭も連れて来たんですか? 乗るのは一頭だけですよね?」
「馬という生き物は意外と環境が変わると体調にも影響が出るんだ」
「つまり当日、一番調子がいい子に乗られるのですね」
「ああ、そういう事だ」
そんなアレクの細心の手腕にリオンは素直に感心する。
「そっか、今はみんな元気でも当日はそうとは限らないですしね」
「⋯⋯リオンは今の馬の調子がわかるのか?」
「どの子が早いとかはわからないけど、機嫌がいいとかやる気があるなんかの雰囲気ならわかりますよ」
「そうか⋯⋯なら当日どの馬がいいか選んでくれないか?」
「えっ!? 私がですか?」
そのあまりに責任重大さにリオンはしり込みする。
「リオン、君の選んでくれた馬なら勝てそうな気がするんだ」
「⋯⋯わかりました、私が選ばせて頂きます」
「頼む」
そう話しをしている時、アレク達に係りの者が近づく。
「アレク殿下! ラバン陛下がお呼びです!」
「そうか、ご苦労! さあ行こうかリオン」
「はいアレク様」
そして動物園にいるアリシア達にもアクエリア共和国の到着は伝わる。
「ミハエル行くわよ!」
「はい姉様!」
ルミナスとミハエルを見送った後フィリスは、
「私たちも待機していた方がいいわね、戻りましょう」
「ん⋯⋯わかった」
「わかりました」
こうしてアリシア達はゲストハウスへと戻るのであった。
それから一時間ほど経って、ゲストハウスには帝城で挨拶を終えたアクエリア共和国のメンバーがやって来た。
いつもの様にラバンと固く握手を交わすオリバー、その後彼はリオンを見た。
若干アレクに警戒心が湧き起こる。
「ねえフィリス、オリバーさんいつものやつするのかな?」
「するでしょうね」
「あいかわらずですね⋯⋯」
しかしそんなアリシア達の予想を裏切り、オリバーはリオンには求婚しなかった。
そんなオリバーに内心ほっとするアレクだったが気にはなった。
「どうした、いつものお前らしくないじゃないかオリバー」
ラバンも心配になり問いただす。
「ああ⋯⋯求婚はもう出来なくなってな⋯⋯」
その発言にエルフィード王国の一同は驚く。
しかしここまでオリバーと共にやって来たアクエリア共和国の他の面々は、少し面白がっているようだった。
「何があったオリバーよ」
ラバンも心配になって強く聞く。
「⋯⋯実は妻たちと、離婚する事が決まってな」
その発言は衝撃的だった。
「え? あの十五人いる奥さんと?」
思わずアリシアも聞いてしまった。
「浮気でもしたの? オリバー大統領」
フィリスもなかなか辛辣な事を聞く。
「今年二十歳になった娘が⋯⋯と言っても血がつながっている訳ではないのだが、儂と結婚すると言い出してな⋯⋯それを聞いた妻たちが揃って離婚を切り出したのだ」
それを聞いたミルファはやっぱりと、思う。
ミルファはアリシアの名代としてオリバーの館へよく行く、その時よく会うオリバーの娘たちの中の一人が父であるオリバーに向ける目は父親に対するものではないと、なんとなく感じてはいたのだ。
「妻たちは儂の部下だった者達の未亡人で形式上は結婚したが関係を持ってはいない⋯⋯だから離婚はいい、もう十分彼女たちには生きて行けるだけの金を渡す事が出来たのだからな、しかしそんな妻たちの子の中にずっと前から儂に惚れていた娘が居て、それを後押しするために皆揃って離婚するなんて⋯⋯儂は一体どうすればいいのだ?」
率直にアリシアは質問する。
「何か問題でも?」
「いや⋯⋯問題はないぞ、血は繋がっとらんしだから気持ちの問題なんだ、この間まで子供だと思って接してきた子が結婚してくれって⋯⋯どうすりゃいいんだ儂は!」
呆れながらラバンは答える。
「きっぱり断るか結婚してやる外なかろう、こうなった以上妻たちとはよりを戻す事はないのだし、むしろその子との事を応援しとるだろ、妻たちは」
「そうなんだ⋯⋯酷い裏切りだよ⋯⋯」
そんな大統領を取り囲むマリリン、トレイン、ドレイクの三人の領主は、これまでこらえていた笑いがこみ上げて決壊した。
「女は怖いねえ」
「その子にとって幼い時に自分の母たちを颯爽と救い弱みにつけ込む事もしなかった人でしょ、大統領は」
「そりゃ惚れるのも無理はないな⋯⋯こりゃ責任を取らなきゃな」
その言い草にオリバーは怒りの声を上げた。
「貴様ら! たんに面白がっとるだけだろ! こっちは真剣に悩んどるんだ!」
一方アリシアはオリバーが困った状況に陥っているのは理解できたが、それが面白いとは感じない。
「何が楽しいのフィリス?」
「まあ他人の色恋沙汰は、当事者以外には気楽な娯楽だからね」
「探偵物を始め様々な物語の動機には、恋愛から始まるものは基本ですからアリシア様」
フィリスとミルファに説明してもらったが今のアリシアにとっては、恋愛を娯楽として楽しめる気分ではなかった。
ついこの間リオンとネージュで懲りたばかりだからだ、なので迂闊に関わって泥沼にはまりたくないという本能がアリシアから恋愛への興味を奪う。
だからアリシアが考える事は実際にオリバーとその子が結婚した時に、どんな贈り物をするのかという事くらいである。
笑い声に包まれる中、オリバーに味方は居なかったのだった。
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