10-01 ルミナスのおねだり
十一月の月末には、ルミナスの十六歳の誕生日が待ち構えている。
その為アリシアはある程度の準備期間に余裕があるうちに、どんな誕生日プレゼントが良いのか聞いてみた。
それが全ての発端だったのである。
ルミナスが久方ぶりに実家へ帰り、そしてフィリスも帰宅したその瞬間アリシアは崩れ落ちる。
「どうしようミルファ⋯⋯まさかあんな物を頼まれるとは、思ってもみなかった⋯⋯」
「あんな物とは⋯⋯ルミナス様のお誕生日の贈り物ですよね、確か帝国刀をご所望だと言ってましたが?」
帝国刀とは今から二百年ほど前に帝国で生まれた、刀剣の一種である。
普通の剣とは違って細身で反りがあって、より切る事に特化した剣である。
使いこなすには独特の運用法があるためなかなか難しい物らしいが、その美しさから美術品としての値打ちもある物が多い。
なおフィリスも昔帝国から貰った事があったらしいが、あっけなくへし折ってしまったらしい。
「ただの帝国刀なら別によかったんだよ、ただ材料がアダマンタイトでさえなければ⋯⋯」
そうルミナスの希望はアダマンタイト製の帝国刀だったのだ、しかも一切の魔法付与なしの。
おそらくルミナスは実戦で使う事を視野に入れているのだろう、フィリスと違ってルミナスの場合は自身が魔術を使いながら魔法付与された帝国刀を使いこなせないからだ。
本人もそれをわかっているから、アダマンタイト製で魔法付与なしを希望しているのだろう。
なぜならアダマンタイトはほとんど魔力が通らない金属だからだ、そしてその分全ての金属の中で最も重く丈夫なのだ。
アリシアが魔法付与して創るならその材質はミスリルかオリハルコンになるだろう、しかし魔法付与のない純粋な刀剣として使うつもりなら、丈夫なアダマンタイト一択なのは納得のいく選択だった。
「何が問題なのですか?」
「⋯⋯アダマンタイトは魔力を通さない、つまり魔法で創る事が出来ないんだ」
「なら何故、そんな安請け合いをしたんです?」
「最近私は出来ない事が多くなってきたでしょ? だからつい出来ないとは言いたくなかった⋯⋯」
「⋯⋯」
ミルファは何と言っていいのか、わからない。
しかしミルファは気付く、普通に世間ではアダマンタイト製の剣が出回っている事に。
「あのアリシア様、アダマンタイトって普通に熱で溶ける金属ですよね? なら溶かして作れるんじゃ?」
「⋯⋯まあ溶かす熱なら作れるよ、ただそうして作った剣がただの鋳造で、多分アダマンタイトでもすぐ折れると思うけど」
なるほどと思うミルファだったが、おそらくルミナスは帝国刀を貰っても単なる趣味で普段使いにはしないとも思っていた、しかし万が一それでルミナスの身に危険が迫れば大変な事になる。
「今から事情を話して材質を変更すればいいのでは?」
「ルミナスのあの期待の顔見たでしょ⋯⋯言いづらい、それにまだ日数には余裕があるし何とか出来るかも知れないし⋯⋯ねえミルファ何かいい案はない?」
アリシアの無茶振りにしばらくミルファは考え、とりあえず思いついた対策を述べる。
「ナロンさんに相談してみてはどうでしょう?」
「なるほど、それはいい考えだ、ありがとうミルファ!」
現時点でのナロンに対するアリシアの認識は、優秀な鍛冶師でしかなかった。
「⋯⋯それはいいですが最悪ルミナス様の安全にかかわる事なので、無理なら無理と言った方がいいと思います」
「もちろんそれは最優先だ、でも一週間だけ足掻いてみる、それで駄目で満足いくものが出来なければその時は謝罪するよ」
「絶対そうしてくださいね」
そう、ミルファは念押ししたのだった。
次の日の早朝、アリシアはミルファと共に冒険者ギルドへとやって来た。
もちろん目的はナロンに会う為にだ。
朝食の席でアリシアはナロンを見つけ話し始める、帝国刀の作り方を。
「わかりました、私でよければできる限りは相談に乗りたいと思います」
ナロンのその対応は、ここに長く居座るためという打算もあるのだった。
食事が終わり退室する⋯⋯その時アリシアは後片付けをしているルシアとすれ違う。
「⋯⋯いつも食事ありがとう、美味しいです」
「どういたしまして、いつでも来てください」
そう短い言葉を交わすのだった。
そしてナロンの鍛冶場へとやって来た。
「あの魔女様、条件はアダマンタイト製の帝国刀で間違いないですよね」
「うん、そう」
ナロンはアダマンタイトの特性を思い出し、考える。
――確かにアレは魔力で加工するのは無理だよな⋯⋯
融解する温度はミスリルと比べてもやや高めではあるが、ここの魔法炉なら余裕で溶かす事は出来る。
実際にナロンは帝国刀を使うカインに、その代刀を作った事がある。
「とりあえず魔女様が今どのくらいの剣を作れるのか、何か見本はありませんか?」
その言葉に従いアリシアは収納魔法からミスリルのナイフや、フィリスに贈った剣などを取り出す。
「あれ? その剣はフィリス様のですよね、どうして此処に?」
「ミルファの盾もだけど元々五つくらい創っていたんだよ、渡したのは一番出来のいい奴で」
「なるほど⋯⋯影打ちというやつですね、魔女様もそういう手順を踏まれるのですか」
ナロンは少しだけ安心する、自分たち普通の鍛冶師と同じ考え方があったので。
そしてナロンはミスリルのナイフを見て、次にオリハルコンの剣を見て眉を顰める。
「⋯⋯」
「どうかな?」
「とりあえず一言言わせてください、鍛冶師を馬鹿にしてますよね、これは」
「⋯⋯? 馬鹿になんてしているつもりはないけど」
「いやこれは鍛冶師への挑戦ではなく嘲笑っているとしか思えません⋯⋯少なくとも父ちゃんなら怒ると思います」
「私は自分にできない事を出来る人には敬意を払っているつもりだし、こうして教えを請いに来た以上は貴方をそして鍛冶師を下になんて思っているわけがない」
そのアリシアの言い分を聞いてナロンは、それが本心でただの無自覚なんだという事を理解する。
「⋯⋯とりあえず父ちゃんじゃなくて私が見たのが最初でよかったです」
「この剣やナイフは、それほど貴方たち鍛冶師の誇りを傷つけるものなの?」
ナロンは自分が鍛冶師と認められている事が、やや複雑だった。
「ミスリルのナイフに関しては気味が悪いくらいよくできた量産品です、多分父ちゃんの弟子たち総出で作れるかな? という感じの。 そして問題なのはこのオリハルコンの剣⋯⋯剣といっていいのかなコレ?」
「剣じゃない? どうして?」
「だってこれ切れないじゃない、魔力を通さないとこのままじゃ大根は何とか切れてもカボチャは無理でしょ、そんな物を剣⋯⋯刃物だと認めるのはちょっと」
要するにナロンはこのフィリスに贈ったものと同じオリハルコンの剣を、ただの剣の形をした魔法具でしかないと切り捨てているのだと、アリシアは感じた。
「⋯⋯なるほど、言われてみるとそうかも」
「すごい剣だって事はわかるし実用性も理解は出来るけど、これ見たら父ちゃんならブチ切れる⋯⋯絶対に」
「忠告ありがとう」
とりあえず反省はするアリシアと、魔女が鍛冶師としては大したことがないと感じたナロンだった。
そしてアリシアはナロンの要望で、目の前でオリハルコンやミスリルを魔法で剣にするところを見せた。
「⋯⋯なるほど、一応基本的には鍛造と変わらないんですね、ちゃんと何度も折り返して」
「師に見本を見せてもらったり、本で読んだりした知識が元になっている」
「本って?」
「なんか昔の有名な鍛冶師が書いた本らしいけど⋯⋯」
アリシアは収納魔法からその本を取り出す。
「この本書いたの⋯⋯おじいちゃんだ」
そのナロンの言葉どうり、その本の作者名には〝ダロン〟と書かれていたのだった。
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