09-EX02 聖女の休日
ミルファの目覚め、それは日の出と共に始まる。
起きてすぐにその身を清め着替える、そしてアリシアの様子を探る。
――今日も遅くまで起きてらしたようですね。
アリシアの生活リズムはわりと滅茶苦茶だった。
やりたい事が終わるまで寝ない、終わったら好きな時に寝るからだ。
三日くらい起きっぱなしだったりする事もある。
どうやら昨日は徹夜で何かをしていて明け方に眠りについた⋯⋯よくあるパターンの日だった。
そしてミルファはある目的の為に家を出て魔法の翼を出した。
今では完全に使いこなしたこの魔法の翼はかなりの速度が出る。
試した訳ではないがルミナスの『西風の龍塵翼』と比べると、速度は劣るが小回りでは勝てるとミルファは思っていた。
ただあくまで術の性能だけの話なのでルミナスの様な突拍子のない行動をとる相手に慢心できるはずもないので、ミルファは競うつもりは全くない。
ミルファは安全の為にかなりの高度を取って森の外を目指す、そこは冒険者ギルドのある所だ。
最近ミルファはこうして冒険者ギルドへ行く事が増えて来ている、アリシアに頼めば魔女の庵とギルドを繋ぐ魔法転移門を設置してもらえるだろうが、それをミルファはしなかった。
結局ミルファも空を飛ぶ事に魅了された一人だからだ。
ミルファが冒険者ギルドへ着いた時にはもう明るくなり始めているが、人の気配がする建物は一つだけだった。
そしてそこへミルファは訪れる。
「おはようございます」
「あらおはようミルファちゃん、今日も来てくれたのね」
ミルファを出迎えたのはルシア⋯⋯アリシアの母親だった。
「お手伝いします」
「いつもありがとうミルファちゃん」
「リオンさん、おはようございます」
「おはようミルファさん」
そしてこの三人で朝食の支度をするのが最近の習慣になっていた。
支度をしながらミルファとリオンはルシアから料理を習っていた。
ミルファはアリシアの為に、リオンはアレクの為に。
ルシアは最初自分の料理を直接アリシアに食べさせる事が出来ないのが複雑だったが最近では、この二人に料理を教えるのが楽しくなってきていた。
それはあり得たかもしれない母と子の時間の代わり、なのかもしれなかった。
「ルシアさん、この前教わったの魚のフライ用のソース、アリシア様には好評でしたよ」
「そう、よかったわ」
そして食事の準備が終わりしばらくすると、朝食を取りにセレナや冒険者が集まってくる。
今ではまだ人が少ないため、料理の給仕はそれぞれセルフサービスになっている。
大鍋からシチューをそしてパンや米を各々好きなように取り食べる。
ミルファもここへ来たときは皆と一緒に朝食を取ることにしている。
そしてミルファが森へ戻る時に朝食に使った料理を一人分持って帰る、これが今日のアリシアの朝食になるのだ。
立場上アリシアはここへきて頻繁に食事を取ることは出来ない、しかしミルファのお陰でルシアは娘に自分の作った食事を食べさせる事が出来るのだ。
「それではまた⋯⋯次は明後日の予定です」
「ありがとうミルファちゃん⋯⋯アリシアの事よろしくね」
「はい、お任せください」
そしてミルファはルシアに見送られながら森へと戻った。
ミルファが魔女の庵に戻った時、まだアリシアは起きていなかった。
おそらくいつも通り昼前くらいの起床になるに違いないとルシアから託されたアリシアの食事をテーブルの上に置いておく、こうしておけばアリシアなら自分で温めて食べるからだ。
そして今日ミルファは珍しく何の予定もない、だから再び寝床に戻り二度寝をする。
ミルファにとってこの背徳感は何物にも代えられないものだった。
一時間ぐらいの仮眠で目覚めたミルファは着替える。
今度は簡素な服装だった、庭で畑いじりをするからだ。
魔力のコントロールの訓練もかねて池の水を宙に浮かべ畑の上に移動させる、その後その水の塊から少しづつ水をまるで雨のように満遍なく撒いていく。
これが出来るようになったのは最近の事だった。
しかしそのおかげでミルファの無詠唱魔術の速度と精度は目に見えて良くなった。
水を撒いた後草むしりをしながら作物の状態を見る。
――もうそろそろ収穫の時期ですね。
ローシャの街で種や苗を買い、ここへ植えたその苦労が今実を結ぶ。
命の息吹を感じる。
はっきり言ってミルファが自分で作物を育てるのは非効率的な事だ、しかしそんな無駄な事を今までする事はミルファには許されなかった。
これがミルファの夢の形だった。
やりたい事をして生きている喜びを感じる⋯⋯決して失いたくはない譲れない居場所。
いつしかミルファはここをそんな風に感じていたのだった。
ミルファが畑の点検を終える頃になってようやくアリシアは目覚めたようだ。
「おはようミルファ」
「おはようございます、アリシア様」
その後ミルファは再び身を清める為にお風呂へ行く。
いつでもお風呂が使い放題という贅沢はミルファにとって何物にも代えられない。
なおアリシアのお風呂は朝食の後に入るのが習慣だった⋯⋯アリシアは合理主義者だからだ。
ミルファがお風呂から出るとかなり遅めの朝食を終えたアリシアと入れ違いになる。
テーブルの上を見るとアリシアは全て綺麗に平らげていた。
ミルファが食器を洗い終わった頃、アリシアもお風呂から出てくる。
「美味しかった、いつもありがとうミルファ」
「いえ、どういたしまして」
母の作った料理をここまで運んでくれた事に対してのみミルファへお礼をする、料理その物へのお礼は今度母に直接会った時にアリシアはするつもりだからだ。
昼過ぎから何もすることがなくなったミルファは読書をして過ごす、元々この魔女の庵には本が多かった為ミルファもすっかり読書が趣味になっていた。
何故本が多かったのか? それはアリシアへの教育として森の魔女が集めた物だったからだ。
しかしそのせいでその内容は偏ったものになっていた勧善懲悪・自業自得そういった教訓めいた綺麗ごとを並べる本が大半であり、中でも『ナーロン物語』の比率が多い。
しかしミルファはその『ナーロン物語』がいまいち好きになれなかった。
なぜならご都合主義でその世界がやさしすぎるからだ、現実は違う⋯⋯そう思うミルファは単純にアレを楽しめない。
代わりにミルファがハマり読むようになったのは推理小説だった。
元々この魔女の庵にもあったのだがその数は少なく、今ではミルファが街へ行くと帰りに毎回何冊か買って帰る、それが習慣になりかなりの量になってしまっている。
ミルファが推理小説を好むのは人間の身勝手さを描いたものが多いから、そして単純に謎解きの爽快感が好きだったからだ。
ふと本を読む手を止めてミルファは窓の外を見る。
そこにはアリシアの魔法で尾ひれを足に変えられ、一本足でぴょんぴょんしている魚が跳ねていた。
どうやらまだあの人魚が歩ける日は、まだ先のようである。
再びミルファは意識を切り替えて物語に没頭する、物語の主人公⋯⋯探偵になり切って事件の謎へと挑む。
いつかこの主人公の少女探偵のように、あらゆる事件から人々を救う想像を巡らせながら⋯⋯
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