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銀色の魔法はやさしい世界でできている~このやさしい世界で最後の魔女と素敵な仲間たちの夢見る物語~  作者: 鮎咲亜沙
第二幕 夢と現実

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09-06 溶け始める氷雪

 ネージュ・ノワール、十七歳。

 彼女のこれまでの人生はアレクの妻になる、そしてエルフィード王国の王妃になる為に全て費やされてきた。

 しかしそれを今まで苦労だと思った事はなかった、それだけの才能と環境に恵まれてきたからだ。

 なお正式に婚姻が決定していたわけではない、しかし家柄や年齢差などネージュ以上の好条件の令嬢は居なかった為、半ば公然のものと扱われてきたに過ぎない。

 ネージュが始めて出会った頃のアレクはやんちゃな子供だった、だからその時ネージュはこの人をしっかりと支えて行こうと決意した。

 しかしその後アレクは母セレナリーゼを亡くした事で変わった、真面目に学業に励み真の王への道を歩み始めた。

 そんな事を知らないネージュは学園へ入学し非常に驚いた。

 自分の二年前に入学したアレクがこんなにも立派になった事を知って。

 ネージュ自身学年トップの成績を維持し続けた、しかし二年前のアレクに追いつくことは卒業するまでなかったのだった。

 そのことをネージュは気にしていたが両親は咎めなかった、ネージュの成績は十分立派なものであり将来アレクを支えるのにふさわしいものだったからだ。

 単にアレクが規格外なだけである、それになまじネージュの方が優秀だとアレクがネージュに対して苦手意識を感じてしまうかもしれないという、ノワール夫婦の思惑もあったからだ。

 学園を卒業したネージュは社交界にデビューした。

 そしてそこで積極的に動き人脈を作り続けた、将来この国の王妃になる為に。

 そんな人生だったネージュは、アレクと会い話す機会は多かったが一緒に仕事をしたことはこれまでなかった。

 今回初めて仕事をするアレクを見てネージュが感じた事それは⋯⋯

 まさに支配者であり、王だという事だ。

 会議に参加していた者は皆、アレクによってコントロールされている。

 それが優秀すぎたネージュにはわかってしまったのだ。

 無論アレクに悪意がない事ははっきりしている、全ての人の幸せの為に誘導しているだけだ。

 気づかなければ良かった、しかし気づいてしまった以上こう思わずにはいられない。

 自分は一生アレクの傍で王妃をさせられるのだという事を⋯⋯

 アレクが自分よりもあらゆる面で優秀なのはわかっている、しかしそれでもアレクは自分に何か仕事を割り振ってくるはずだ。

 本来アレク自身が行えば簡単な仕事をアレクの負担を減らす為だけに自分が代わりに行う⋯⋯彼よりも劣った自分が。

 そして失敗する事もあるだろう、アレクが行えば失敗しなかった仕事を自分は台無しにする、そしてそれをアレクは咎めはしない事もわかる、あらゆる手を尽くしてネージュを庇うはずだと。

 ここまでが突飛な想像だという事はネージュ自身も思っている。

 しかし一度そう考えてしまえばもう止まらない、アレクより劣った自分は一生この先アレクの思い通りに生きていく⋯⋯そのことを実感してしまったネージュは自身の人生に絶望を感じ始めていた。

 自分の人生がアレクや両親の手によって、生きたまま棺に入るように仕向けられているのだと気づいてしまったのだった。


 翌日、会議の二日目が始まった。

 その会議でネージュはどこか上の空で集中できずにいた。

 そんな時一つの議題が上がった。

 それは寄付をする貴族が購入できる魔女の薬の種類に関してだった。

 基本的にアリシアが創り続ける薬品は傷薬や解毒や病気を治す用途のものである、そしてそれらは『保存』の魔法文字(ルーン)が刻まれた瓶に入っているため数年くらいで品質が劣化する事はない。

 実際アリシアの薬を貰い使った冒険者の中には、残った瓶自体を貴重品として扱う者が多かった。

 そして購入した貴族たちがその薬を一年使わずじまいだった場合、来年購入する必要がないという事だ。

 もちろん全ての貴族家がそうなる訳ではない、極端な例だったが翌年以降も聖魔銀会が軌道に乗らなかった場合、今後も貴族の寄付に頼らざるを得ない。

 かなり限定的な状況ではあったが決してあり得ない事ではなかった。

「なるほど⋯⋯その懸念は確かにあるな」

 アレクもその可能性を否定しなかった。

 だからと言ってアリシアに、一年で使えなくなるように薬を作れとは言えない。

 そしてアレクは考える、来年以降の財源を⋯⋯しかしそう簡単には思いつかない。

 その時アレクは不意にネージュと目が合う。

「ネージュ殿、何か考えがあるのか?」

 突然話しかけられたネージュは慌てたが、その答えをネージュは思いついていたため話し始める。

「こういうのはどうでしょうか? 銀の魔女様に健康とは関係ない需要が変化しない薬品類を製造して頂くという事は」

「具体的にどんな薬だ、それは?」

「⋯⋯美容品です。 過去の魔女の中にはそういったものを作れる魔女はおられたので、銀の魔女様が作れるのなら」

 そのネージュの提案にアレクも同意だった。

 問題はアリシアが作ってくれるかどうかだが⋯⋯アレクはその美容液の事で妹のフィリスが豹変したところを見ている、迂闊に答えられる事ではなかった。

(別にいいですよ、作っても)

 突然アレクの頭にアリシアの声が響く、それはアレクが持っている念話の魔法具によるものだった。

(いいのか本当に? 一生作り続けるはめになるぞ)

 そのアレクの予感は正しい、女性の執念とはそういうものだ。

(私が作り続けるのは嫌なので、それに関してはレシピを公開してもいいかと)

 そのアリシアの言葉にアレクは驚く、これまでアリシアは制作物の扱いに関してはぞんざいだったが、その製作法や技術に関しては完全に秘匿してきたからだ。

 アリシア曰く「材料を乱獲されて拙い技術で無駄遣いされるのは困る」とのことだ。

 それ以外にもアリシアが秘匿する理由は様々なのだが、こと美容液に関してはいざという時の金策手段という意味が大半である。

 しかしアリシアには使いきれない貯金が既にあるし、今後弟子を取り魔女を受け継がせる気もないため美容液に関してはどうでもいいと考え始めていた。

(正直フィリスが継続的に欲しがって困ってるんです⋯⋯そういう物目当ての友達関係になるのは嫌だなと)

 アリシアの手持ちの美容液は師から学んだ試作品やその後の練習用の物で、既にその在庫はフィリス一人が使うだけならその人生分くらいは十分にあるのだが、その美容液の為になら何でもするとフィリスが言いそうな気配が出て来てアリシアは戸惑っているのだ。

 なおルミナスは現時点で興味はないとの事、「必要になったら使えばいい」というルミナスと「そうなってからでは遅い」というフィリス、どちらが正しいかアリシアにもわからない、そもそも個人差があるに決まっているのだ、だからそれは不毛な争いだった。

(それはすまなかった⋯⋯だがその決断を後悔させないよう、力を尽くす事を約束する)

 そして会議の一同の前でアリシアは収納魔法から美容液の瓶を取り出す。

「これは美容液⋯⋯その製法を公開してもいい」

 それによって会議がざわめく。

「静粛に! アリシア殿製法を公開するとはどういうことだ?」

「⋯⋯作る自体は簡単なんだけど材料集めが面倒で、人に任せてやってもらえるならそれでいいんじゃないかと」

「希少な材料なのか?」

 そのアレクの問いにアリシアは答える。

「海底とか魔の森にはあまりいない魔獣の素材が主成分なので」

 その時リオンがボソリと呟く。

「魔の森に少ないって豚魔獣(オーク)かな?」

 その発言にアリシアは驚く。

「よくわかったねリオン」

 いきなり注目を浴びたリオンは戸惑うが、しっかりと受け答える。

「魔の森の魔物や魔獣の生態分布を大体見て回って、何となくそうなんじゃないかと思って」

 皆の前でそうしっかり答えるリオンにアレクは少し驚く、以前ならろくに答えられなかったに違いないと。

「それはゾアマンと比べてって事?」

「はい、そうです」

 その答えにアリシアは考える。

 魔の森では豚魔獣(オーク)は多くの上位捕食者によって生息数が保たれている、でもゾアマン大樹海の豚魔獣(オーク)には天敵がいないのだろうと。

「なら豚魔獣(オーク)の安定供給は出来るのかな? 後は海藻だけど⋯⋯」

「人魚族の方に頼むのはどうでしょう?」

 そのリオンの案は普段アトラと接する事があるからこそ、すぐに浮かんだものだった。

「なるほど人魚か⋯⋯」

 そして辺りがざわめき始める。

「静粛に! 銀の魔女様もリオンもそこまでだ! その話題は脇にそれ過ぎている。 美容液製造だけで一大事業になってしまう、単なる聖魔銀会の資金源に止まらない」

 そのアレクの静止にアリシアとリオンは議論を中断するが、既に周りの者達は期待を持ってしまっていた。

「いま言った事は全て保留だ! 実行可能かわからん、別に検討する必要がある」

「確かにその通りですな、材料の確保や製造法の確立そして需要の見極め、何一つ確かなものはない」

 ノワール公爵もアレクに賛同し、会議の軌道を逸らすのに協力する。

「美容液に関しては後で話し合いたい、銀の魔女様とリオンは後で来てくれ、それとネージュ君も頼む」

「私もですか?」

 唐突な指名にネージュは珍しく慌てた。

「美容液の需要がどの程度か私には全くわからん、女性の意見が聞きたい」

「わかりました」

 その流れを隣で見ているノワール公爵も同意する。

 だがしかし、会議の反応を見てこの話題を出したことは失敗だったとアレクは感じた。

 その後、美容液以外に有効な金策手段も見つからないまま、二日目の会議は終了したのだった。

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