08-08 リオンの恋~その回り道に障害はない
少々トラブルはあったがそのまま予定通り一行は、森霊林へと辿り着いた。
その場の木々がボンヤリと輝き、アレクを待ち受ける。
その場でアレクはミスリルの剣を抜き自らの腕を浅く切った。
流れる血が大地に吸い込まれる。
そして同時にアレクはこの手の剣にも血を捧げる。
そのやり方はフィリスから聞いて知っていた。
「我が血を捧げ命名する、『調和の剣』だ! 我が剣よ!」
アレクによって名付けられた剣は、ぼんやりと輝きアレクを主人と認めた。
「森の木よ、エルフの英霊よ、我が名はアレク・エルフィードなり、次代のエルフィ―ドの王である。 我が血を捧げ、いま誓う、人とエルフの調和を!」
森の木々の光がアレクに宿った。
こうしてアレクの森の祝福の儀は終わり、次はサンドラの葬送の儀の番だった。
まだ若く小さな精霊樹を選び、その下の地面をみんなで掘る。
そしてその穴の中にサンドラの体を、生きたまま寝かせるのだ。
人としての常識のあるアレクにとっては残酷な方法に思える。
しかしエルフにとってはみんなに見送られ、朽ちてなお木となり子孫と共に有る、名誉な事なのだとエルフ族の文化を尊重し割り切った。
サンドラの周りの土にリオンが花の種を植える、そしてそれをアレクも手伝った。
皆が静かに祈りを捧げ、やがて花が咲きサンドラの揺り籠になった。
「偉大なる先祖サンドラよ貴方に誓う、私は誇りある王になると! そしてエルフィード王国の民もゾアマンのエルフ族も護って見せる!」
そしてアレクは偉大な先祖を見送ったのだった、リオンと共に。
こうして全ての務めを果たしたアレクは森の外へと送り届けられた。
これ以上何かあったら困るメルエラの意向によって迅速に。
「兄様!」
アレクの元に二日ぶりに会う妹が駆け寄ってきた。
後れて母もやって来る。
「どうやらやり遂げたようだな⋯⋯なかなかいい顔になったじゃないかアレク」
「ありがとう母上」
一時は死んだと思っていた母にこうして祝福される日が来るとは思っても見なかったなと、アレクは思った。
「アレク様ご苦労様です」
アリシアとミルファもやって来た。
しかし近づいたアリシアは気づく。
「あれ? アレク様その剣と契約したんですか?」
「えっ、そうなの兄様?」
「ああ、もうこの剣はフィリスお前に貸す事もないだろう?」
「ええ、そうね」
フィリスは腰にさげた自分の剣『理想の剣』に手を添えて答える。
「ところでアレク様、どんな名前にしたんです?」
「『調和の剣』と名付けた」
「ほう、堅物のお前にしては上出来だなアレク」
そう喜び合う王族たちを見ながらアリシアは、その剣を創り直す事はもう出来なくなったのだと悟る。
まだ未熟だった頃のアリシアが創った剣を師が持っていきアレクに渡したものが、その剣だからだ。
もっと良い物が創れるようになっている今のアリシアにとって、あの頃創った剣が残り続ける事は何とも言えない気分だった。
「アリシア殿あらためて礼を言う、このミスリルの剣を創ってくれて」
「確かに創ったのは私だけど、贈ったのは師だから」
「もちろん森の魔女様にも感謝している⋯⋯あの時はどうしてこの剣が自分にふさわしいと仰っていたのかわからなかったが、答えは出たよ」
そのアレクの顔には自信が漲っていた。
そしてアレクはゆっくりとリオンに近づく。
「リオン、君にも世話になった。 今日だけじゃなくずっと前から⋯⋯君から大切なものを教わった、ありがとう」
「そ⋯⋯そんな⋯⋯わたしなんかが」
そして顔を真っ赤にしたリオンは、踵を返して森へと走っていった。
「リオン⋯⋯まだ眼鏡をしていてもやはり明るい日の下はきついのかな?」
そう呟くアレクをアリシア以外の全員が呆れて見ていたのだった。
それから暫くしてアレクは帰還の為の打ち合わせをルックナー将軍と行っていた。
そこから離れたところでセレナリーゼとメルエラは二人で話していた。
「おい、なんだお前の娘は、やる気はあるのか?」
「あれは昔からああでな、さてどうしたものか⋯⋯」
「メルエラ、一応確認するがリオンはいいんだな?」
「構わん、こっちにとっても都合はいいのだ、ただ問題はあの子がな⋯⋯」
そう言ってメルエラは頭を抱える。
「なら私に預ける気はないか? 親のお前では非情になれまい」
そうセレナリーゼは嫌らしく笑う。
そして、メルエラも笑った。
「なるほどな⋯⋯では頼むとしようかセレナよ」
二人の母は固く握手を交わす⋯⋯それを少し離れたところから見ていたミルファはやっぱりセレナリーゼは怖くて油断できない人だと再認識する、そして勝手に運命を捻じ曲げられることのなったリオンの今後をただ神に祈った。
少し森の中に入った所からずっとアレクを見ていたリオンは油断していた。
背後から忍び寄る存在に、そして⋯⋯意識を失った。
そして気づいたときには簀巻きにされていたのだった。
「え? え? 何? どうなっているのこれ!?」
覚醒したリオンが気づいたとき、移動している馬車の中に転がされていたのである。
そして今、馬車にもう一人別の人が居る事に気付く。
「誰? あなた誰?」
「やあ、おはようリオン。 私はセレナリーゼだ、こうして話すのは始めてだな」
「セレナ⋯⋯リーゼさん?」
王国へと向かう帰り道、アレクは別の馬車に、アリシアとフィリスとミルファは三人で別の馬車に乗っていた。
だからこの馬車にはセレナリーゼとリオンの二人だけだった。
「誰だかわからん、そういう顔だな、ならわかりやすく言ってやろう、お前が好きなアレクの母だよ」
「え⋯⋯お母様? アレク様の?」
リオンの心に動揺が走る。
「そうだ、お前の事はメルエラから預かってきた」
「え? え? 何で?」
だが次にリオンには困惑が待っていた。
「おまえがどうしようもないヘタレだからだ!」
「ひっ!」
リオンはビビッて縮こまる。
「今私はセレナという名でギルドマスターをやっている、魔の森のな。 そこへお前をつれていく」
「な⋯⋯なんでそんな所に、わたしが行かなきゃいけないの」
「お前の性根を叩き直す為だよ!」
まるで意味がわからないリオンには。
「どうしてそんな事するの!?」
「決まっているだろう、お前をアレクに相応しい女にする為に調⋯⋯教育するためだ、魔の森でな」
リオンはとにかく恐ろしかった、目の前の人が自分の心を暴くことも、これから連れていかれる魔の森も。
「いやーー! 魔の森なんて行きたくない、死んじゃう! 森へ帰して!」
「ほう、なかなか声が出るようになってきたじゃないか、いいぞこれから向かう先はお前の望み通り森だぞ」
「そこは私の知ってる森じゃない!」
そのすぐ後ろの馬車に乗るアリシア達は、さっきセレナリーゼとメルエラから頼まれた奇妙な依頼について話していた。
「あのリオンを捕獲して魔の森へ連れて行く、どういう事なのフィリス?」
その依頼を聞いたときアリシアは断るつもりだった、しかしフィリスまで一緒に頼んできた為アリシアは承諾したのだった。
「リオンが兄様の事を好きだからだよ」
そうはっきりとフィリスは答える。
「やっぱりそうなんですよね」
「あ、ミルファちゃんも気づいてたんだ」
「ええまあ、少し見ればわかりますよ⋯⋯なんで気づかないんでしょうアレク殿下は⋯⋯」
「そうなの?」
アリシアには何の事なのかまだよくわかっていなかった、だからフィリスとミルファは目を合わせた後ため息をつき説明する⋯⋯アリシアに。
「そっか、あのリオンがアレク様を⋯⋯どうなるの?」
「どうにもなんないわよ、今のままじゃね」
呆れたようにフィリスは答える。
「やっぱり困難なんだね、王子様と結婚するって」
アリシアはナーロン物語で得た知識で王子と結ばれる困難さを理解した気になる、しかし⋯⋯
「いや障害なんてないよ、たぶんあの二人には⋯⋯」
「え?」
「そうなのですか、フィリス様?」
フィリスは事情を二人に説明する。
「我がエルフィード王家は二百年前エルフの血を迎え今日の繁栄に繋がっている、でももう二百年前なんだよ、だからそろそろまたエルフから妻を娶る王が現れる事は、決して悪い話じゃないわ」
「なんだ、そうだったんだ⋯⋯」
その説明を聞きアリシアはつまらなさそうに答えた。
「でも周りは問題なくても、本人同士はどうなのでしょう?」
そのミルファの疑問にフィリスは⋯⋯
「あれだけ想いを向けられているのに気づかない兄様には正直がっかりした、あとはっきりしないリオンにもね」
「だから行動に移されたのですね、セレナリーゼ様は⋯⋯」
そうミルファは理解した。
珍しく辛らつなフィリスに、アリシアは戸惑いながら問いかける。
「ねえ、結局二人は結婚するの? しないの?」
そのアリシアの問いにフィリスは――
「その結末は誰にもわからないわ⋯⋯今はね」
アレクに恋するリオンは、故郷のゾアマンの大樹海から引きずり出され、魔の森へと連れ去られた。
そこでどんな目にあわされる日々が待っているのか。
「助けて! アレク様ーー!」
その声はアリシアが頼まれてかけた防音の魔法によってアレクへは届かなかった。
そして今、一人馬車の中で貯まった書類に目を通しているアレクは、一人のエルフの少女を思い出す。
「リオン⋯⋯今度また会えたら⋯⋯」
再会の日が、いつか来ることに思いを馳せながら。
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