聖水
「もう! 信じられない!」
そう言って夕食のパンに齧り付くリオナさん。なんだろう、昼も同じような光景を見た気がする。
「ブレイド殿がパーシヴァル家の人間だとわかった瞬間に、さっきまてあんなに卑下していたのに、『ブレイド様って良く見ると格好いいですわ』とか何とか言っちゃって、昼間話していた事と真逆の事を口にするんだから、信用ならないわ!」
確かに貴族と言えども、俺に対しての手のひら返しは凄かった。合同練習が始まった当初、あれほど俺を無視していたと言うのに、俺がパーシヴァル家の人間だと分かるや否や、仕合の申し込みが殺到したからだ。
結局集まっていた全ての学生と、手合わせしたんじゃないかと思う。勝率としては九割。残り一割は引き分けだ。疲れた。もう夕飯を食べ終えたら、そのまま眠ってしまいたい。
「ブレイド殿、聞いてますか?」
うつらうつらしていた俺は、リオナさんに声を掛けられたハッとする。
「仕方ないよ。あれだけ仕合をやれば、疲れも溜まるさ」
珍しくクリフさんがリオナさんの気を宥めてくれている。気を使って貰ってすみません。
「ごちそうさまでした」
何とか食事を全て終えた俺は、まだ皆が食事をしている中、席を立つ。
「なんだ、もう部屋に戻るのか?」
とクリフさん。
「ええ。もう眠くて眠くて。すみませんけど、先に休ませて下さい」
俺はそう言って席を離れて、寮の部屋に向かった。
廊下をうつらうつらとしながら歩いていると、黒いローブを羽織った五人に遮られた。邪魔だなあ。
「初めまして。我々はウロ教の者です」
ウロ教? 確かボロス王国の国教だったか。そのウロ教徒が俺に何の用だ? ローブの下に紺の制服を着ている事から、ここの学生ではあるようだが。
「そのウロ教徒が、俺に何の用だい? 生憎俺はガラク王国の人間で、ガラク人は基本無宗教なのだが?」
ガラク王国は基本的に無宗教だ。田舎にいた時も、王都のネビュラ学院に通うようになっても、宗教的祭事に出会った事がない。あるとすれば収穫祭ぐらいなものだろう。
他国からは変わった国と呼ばれているらしいが、神に頼らず人間の知恵と努力によって国を運営していく、その姿勢を俺は強く指示している。
「ウロ教が俺に何か用があるんですか?」
「ふふ、そんなに警戒しないで下さい。我らの集会に招待したいと思いまして、馳せ参じた次第でして」
集会に? ウロ教徒はそう言うと、一人がスッと招待状と小瓶を渡してきた。
「この小瓶は?」
透明な小瓶に、液体が入っている。
「聖水ですよ。霊験あらたかな代物で、これを飲むだけで日々の不安は吹き飛び、ブレイド様本来の実力が発揮出来るようになる事でしょう」
「ふ~ん」
何とも怪しげな代物だ。口に付けようとは思えないな。
「もし、興味をお持ちになりましたら、街の大教会にお越し下さい。パーシヴァル家のご子息ですから、大歓迎いたしますよ」
そう言うと五人は俺の前から立ち去って言った。なんだったんだろう。
「なんだこりゃ?」
寮から俺たちにあてがわれた部屋。俺の机の上の招待状を持ち上げ、クリフさんが尋ねる。
「ウロ教に入れ。っていう催促状ですよ。何でもウロ教でそれなりの地位を下さるのだとか」
「はあん、ウロ教ねえ?」
ま、興味ないよね。俺も興味ない。
「で、ブレイドは何をやっているんだ?」
「聖水だとか言われて一緒にこの聖水を渡されたんです。何でも不安を吹き飛ばし、本来の実力を発揮させるのだとか。怪しいでしょう?」
「怪しいな」
「なので成分を調べているんです」
「成程。で、何か分かったのか?」
俺は首肯する。
「恐らく、芥子の果汁から成分を抽出した物を混ぜているかと」
「どういう事だ?」
ラウド先生もこちらに寄ってきた。
「つまり魔剤ってことです」
「魔剤!?」
「それって国際法で禁止されているんじゃないのか?」
俺は首肯する。魔剤はそれを服用した物の身体能力や魔力を上昇させるが、後遺症が酷く、場合によっては廃人や死に至る事もある。その危険性から、五十年前には国際法で製造、所持を禁止されている薬物だが、こうやって度々世間に出て来ては世を混乱に陥れるので、困ったものだ。
「どうするんだ?」
不安そうに尋ねてくるクリフさん。ラウド先生は渋い顔になっている。
「どうする、と言われましても。他国の話ですし。明日マリオ先生とマッシュに相談してみます」
はあ、面倒な事になってきたなあ。




