憤慨
「もう! 信じられない!」
食堂でパンに齧り付きながら、珍しくリオナさんが憤慨している。理由は俺だ。いや、俺と言うより俺へ向けられる視線に対して憤慨している。見渡せば、俺と視線が合った人間が珍獣を見るようにこちらを見ている。
それもそうだろう。ここ、ガンド魔剣学園は貴族の通う学校であり、恐らくこの学園で平民は俺だけだからだ。
「ここはガラクじゃないからな。平民が下に見られるのは仕方ない」
と宥めるクリフさんだが、リオナさんは気持ちの整理がつかないようだ。
そもそもヴォーパル一刀流は、長い伝統と格式の高い流派である。つまり習っている人間のほとんどは王侯貴族なのだ。今回の対外試合の為に各国から集まった学生の中で、平民は俺一人だった。奇異な目で見られて当然だろう。
貴族らしく対面で俺を卑下する事はないが、俺のいない陰では色々言われているらしい。リオナさんはそれに憤慨しているのだ。
「『平民の子守りなんて大変ですね』ですよ! 信じられますか!?」
男子部屋は俺、クリフさん、ラウド先生の三人だが、女子部屋は他国の令嬢と相部屋らしい。それで嫌味を聞かされるのだから、その大変さは推して知るべし。
「皆、ブレイド殿の実力を分かっていないから、あんな態度になるんです! ブレイド殿! 午後からの合同練習、その実力で分からせてやりましょう!」
リオナさんやる気満々だなあ。が、それをラウド先生が窘める。
「そうやって自分も相手を下に見ていないか? やる気なのは結構だが、仮にも彼らは国の代表だ。気を引き締めて掛からないと、痛い目を見るのはこっちになるぞ」
ラウド先生の言葉に、しゅんとなるリオナさん。
「ごめんなさい。……そうですよね。気を引き締め直して、午後からの練習頑張ります!」
切り替え早いなリオナさん。魚たっぷりなブイヤベースなるスープを口にしながら、俺はそんな事を考えていた。
午後からは集まった各国の学生たちの合同練習だ。柔軟から始まり、木剣の素振りを経て、一対一の実戦練習となる。練武場のそこかしこで木剣と木剣がぶつかり合う音が聴こえてくる。そう、聴こえてくるだけ。俺と実戦練習したいと思う人間は皆無だ。
皆、俺が初めからいないかのように、実戦練習を行っていた。リオナさんやクリフさんは俺に話し掛けようとしてくれているが、それを邪魔するように練習相手の申し込みが後を絶たない。ラウド先生に至っては自力で解決しろ、とでも言うような無視である。はあ、さて、どうしたものか。
取り敢えず、素振りを続けてみる。クリフさんはヴォーパル一刀流は、剛剣一閃であると言っていた。それをイメージして素振りをする。
一撃で敵を屠る。その為に木剣を上段に構える。深く呼吸を繰り返し、精神を整えると、息を止めて一歩前に踏み出す。下半身の突進力を上半身、腕へと伝達し、眼前の空を一刀両断する。
バンッ!! それは初めて聴いた音だった。いや、木剣から聴いたのが初めてなだけで、俺はこの音を知っている。破裂音だ。魔法で音速を超えると聴こえる音。つまり木剣が音の壁を切り裂いた為に起こったのだ。
面白い。俺はいつの間にか、こんな音が出せるようになっていたんだな。俺は気を良くして、何度も素振りを繰り返す。破裂音がする時もあればしない時もある。やはり気持ちが乗った時が破裂音がする時だ。
俺はその為に深く呼吸を繰り返し、精神を整える。最初筋肉は脱力させるのが良さそうだ。一歩は長過ぎても短過ぎても駄目だ。一振りの瞬間に全筋力全神経を集中させ、振る。
いや、違うな。過程があっては駄目なのだ。①構える。②振る。③振り終える。と言う順番だが、②はいらない。①の後、③になっているぐらいの速度が必要だ。良し、もう一度構えから始めよう。
と、呼吸と精神を整えて上段に木剣を構えた所で、雑音が耳をくすぐる。はあ、集中出来てないなあ。俺は上段の構えを解いて、ちらりと雑音の方に目を向けた。すると練武場の全員がこちらを見ていた。
「何か?」
素振りに集中していて気付かなかったが、俺は案外不機嫌だったようだ。結構低い声が出ていた。さっきまで俺がいないかのように無視していたのに、素振りをしただけで珍獣扱いか。俺の忠告が効いたのか、ほとんどの人間は俺から目を逸して練習に戻ったが、何人かは俺を見たままである。
「凄いな!」
その中にマッシュ・アジールの姿があった。彼は屈託のない笑顔で俺を褒めそやす。彼自身は嫌味のない人らしいのだが、彼の取り巻きらしいご令嬢たちの視線が痛い。
「ありがとうございます」
これは余り関わらない方が良さそうだ。俺の勘がそう訴えているので、笑顔で素振りに戻ろうとしたのだが、
「そう邪険にしないでくれ。どうだい? 俺と仕合をしないか?」
などと言ってきたのだ。思わず「うげっ」と言ってしまった。
「ちょっと、『うげっ』って何よ!」
「マッシュくんが平民の貴方に声を掛けてくれてるのよ!? 『ありがとうございます』でしょ!?」
知らんがな。
「『ありがとうございます』。間に合ってます」
と素振りに戻ろうとすると、
「ぶははははははっ! マッシュが男に振られてやがる!」
そう言って会話に入ってきたのは、赤い髪に褐色の肌、黒い瞳に白い歯が眩しい少年だった。




