引き際
ヴァルター盗賊団を全員捕縛した翌日、学院に行くと、再び俺は、ハミルトン・グラッツにサロン館のカフェに呼ばれた。
「気持ちは決まりましたか?」
ハミルトンはそれまでと変わらない柔和な笑顔を、俺に向けていた。それが薄ら寒い。
「今回はご縁がなかったと言う事で、お断りさせて下さい」
「な!? 本気で言っているのか!?」
驚いたのは俺たちを囲う三人で、ハミルトン自身は笑顔を崩さない。が、
「理由を聞いても?」
ハミルトンからしても、俺が断るのは意外だったらしい。
「ヴァルター盗賊団って心当たりありますか?」
俺の発言に三人は顔を引き攣らせるが、それでもハミルトンは柔和なままだ。
「すまないが存じ上げないな」
「そうなんですか? 知り合いの話ではグラッツ領内を荒らし回っていた盗賊団らしいのですが?」
「そうなのですね。今度父に確認してみましょう」
何とも面の皮の厚い男である。
「それにはお呼びませんよ。盗賊団は頭のヴァルターを始め、全員捕縛しましたから」
「な!? まさかお前が一人で!?」
ヴァルター盗賊団が捕縛されたとの情報に、三人の顔は真っ青になるが、ひとり冷静なハミルトンは、柔和な笑顔を解かない。
「まさか! ヴァルター盗賊団を捕縛したのは俺の両親です」
「ご両親が?」
これにはハミルトンも驚いたようだ。
「ええ。ウチは両親共にこのネビュラ学院の卒業生なのですが、いやあ、まさかあそこまで強かったとは、子供の俺も知りませんでしたよ。盗賊団が瞬殺でしたからねえ」
「ほう、それはそれは、素晴らしいご両親をお持ちなのですね?」
柔和な笑顔は崩さず、褒めそやすハミルトン。
「ええ、まあ。そんな訳で、またいつ他の盗賊が村にやって来るか分からないので、出来るだけ村にいたいんですよ。ガトー会長から、この何日かは一般コースが終わったら直ぐ下校して良い、との許可も貰っているので、今回の決闘への参加、俺は、辞退させて下さい」
俺の発言の後、少し黙考した振りをしたハミルトンは、
「分かりました。今回はご縁がなかったと諦めましょう。おい」
「はい」
後ろに控えていた男に手を上げて指示を出す。男はじゃらりと音のする布袋を俺の前に置いた。
「これは?」
「迷惑料だと思って下さい」
「迷惑料?」
「前回のワイバーンと言い、今回のヴァルター盗賊団と言い、本来は我らグラッツ領の人間が処理しなければいけなかった案件だ。それを領外のブレイドくんが処理してくれたのだから、謝礼と迷惑料を兼ねて」
努めて笑顔を崩さない鉄面皮のハミルトン。俺が布袋の中を開くと、金貨がゴロゴロ入っている。一枚二十万キルクルスの金貨が五十枚はあるとして、一千万キルクルスか。流石は金持ち領のお坊っちゃんだな。
さてどうしたものか。この一千万キルクルスは口止め料も入っているのだろう。そのまま貰うのは今後彼との付き合いの上でマイナスに運ぶ気がする。かと言ってまるで受け取らないのも、彼を敵認定して今後の対立を深める要因にもなるだろう。ハミルトンは何をしてくるか分からない男だ。出来るだけ真っ向から対立するのは避けたい。
「まあ、どちらも正式な依頼だったり、ウチの地元で起こった事ですからね」
そう言いながら俺はずっしり重い布袋から、金貨を一枚抜き取ると懐にしまった。
「それだけで良いのですか?」
「ええ。これで今回怖い目にあった妹に、甘いお菓子でも買って帰ってやりますよ」
そう言って俺は席を立つと、サロン館を後にした。
そして翌々日。ジョアン・ラセド率いるクリフさんと他二名が決闘で対峙したのは、この決闘に全く関係のない第三者だった。
一人ぐらいは下の人間を入れておくかと思ったが、ハミルトンは今後この策が使えないのを分かった上で、最大限に利用してきた。
決闘の結果はクリフさんたちの圧勝。と言うかクリフさん一人で四人の対戦相手を倒してしまったのだが、これでこの四人がネビュラ学院を退学になると思うと、何ともわだかまりの残る結果だった。
その翌日、王都に護送されたヴァルター盗賊団の情報か、父さんの後輩の竜騎士、ゴードンさんからもたらされた。
何でもヴァルターは獄中で自死したらしい。そしてヴァルター盗賊団の他の者はグラッツ子爵との関係を否認。繋がりを決定づける証拠も出てこず、捜査はそこで頓挫してしまったらしい。どうやらヴァルター盗賊団は世の安寧を乱した罪のみで、相応の刑に処されるようだ。
いつの間にか世の中は、春先の長雨を終えて花の咲き乱れる麗らかな季節となっていた。




