柔和な笑顔
ネビュラ学院には、サロン館と呼ばれる豪奢な建物がある。かつてこのネビュラ学院が要塞として機能していた頃からある、古い館だ。
中に入れば絢爛豪華な金銀宝石がそこら中に鏤められ、視界がクラクラする。そんな中、サロン館の一階にあるカフェに連れられてやって来た俺はバカだろうか?
俺に接触してきたのはハミルトン・グラッツ本人ではなかった。グラッツ子爵領で騎士をしている者たちの子供であるらしい。普段は二人組で行動しているのに、三人だからてっきり真ん中の一人がハミルトンかと思ったのに。それで三人に囲まれてやって来たのがサロン館のカフェだ。
カフェは古木を使ったどっしりしたテーブルや椅子で構成され、サロン館の中では落ち着いた雰囲気を醸し出している。その窓際の席にハミルトン・グラッツは座っていた。
白髪に青瞳の華奢な少年で、俺の姿を見るや席を立って挨拶してきた。第一印象は柔和。他者に警戒心を与えない笑顔だった。赤い制服に白の差し色なので、リオナさんと同じ二年生なのだろう。
ハミルトンに席に案内されて彼の正面に座る。俺を案内してきた三人は二人組が俺の後ろに立ち、一人がハミルトンの左後ろに立った。すると、待ってましたとばかりに茶と生菓子が出てきた。
「ここは迎えた僕に奢らせてくれ」
口をつけなければ話が先に進まなそうだったので、茶を飲んで生菓子を一口食べる。貧乏舌の俺でも分かるどちらも一級品の代物だった。はあ、中々搦め手が巧そうだ。
「まずは感謝を」
「は?」
いきなり謝辞を述べられても、俺には何の事かさっぱり心当たりがない。
「グラッツ領はバンシャン領の西にあってね、ブレイドくんが昨夏倒したワイバーンには、我が領も手を焼いていたんだ」
成程、ウーヌム村を南下するとバンシャン領でその西がグラッツ領なのか。ワイバーンが出たのがウーヌム村の南西だったから、あの山脈は領境だったんだな。
「別に。竜狩り組合に正式に持ち込まれた依頼だったから処理しただけだよ」
もう一口生菓子を食べる。美味い。
「そうは言っても我が領を救ってくれたのは君だ。ありがとう」
真っ直ぐ俺の目を見て感謝を伝えてくるハミルトン。
「そんな話をする為にここまで連れてきたのか?」
俺の問いに、何だその反応は? とでも言いたげに、俺たちを囲む三人が反応するが、ハミルトンが片手を上げると押し黙った。
「僕を見てどう思う? 華奢だろう?」
どう反応すれば良いのやら。俺は曖昧な笑顔を返していただろう。
「ああ、気にしないでくれ。僕自身理解しているつもりだ」
「はあ……」
「僕の家系は代々貧弱でね。それが何を間違ったかネビュラ学院に合格してしまった。困ったよ。幸いこの三人のお陰で何とかやっていけているが」
何だか遠回りな言い回しだ。何が言いたいんだ? 身の上話か? 俺の思いが通じたのか、ハミルトンは自分の前に置かれた茶を一口啜ると、手をテーブルの上で組んで本題を話し始めた。
「最近、面倒な輩に絡まれていてね。決闘を申し込まれたんだ」
ま、俺に振られる話なんてそれぐらいだよなあ。
「色々な人に相談したんだ。リオナ嬢にもね」
相談、ねえ。
「リオナ嬢の話では、ブレイドくんは彼女の下に付いている訳ではないんだよね?」
「さあ? どうでしょう?」
俺はとぼけてみせる。場合によってはリオナさんの下で通した方が得だと思ったからだ。
「そうか。まあ話だけでも聞いてくれないか?」
「話だけなら」
「決闘を仕掛けてきたのはジョアン・ラセド。三年生。親は法服貴族として王城で奉公している」
親の情報っているのか?
「どうにも貧弱な僕が彼は気に入らなかったらしくてね。公衆の面前で僕を罵る所業をしてきたんだ。それに三人が過剰に反応してしまってね。周りの協力のお陰で私闘には発展しなかったけど、決闘をする事は免れない事態になってしまったんだ」
成程、で何で俺が決闘の手伝いをしなくちゃならないんだ?
「こちらは四人なのに、向こうは一人。決闘委員会はジョアン・ラセド側に増員を言い渡したんだ」
まあ、そう言う事もあるだろうねえ。
「で、風の噂で聞いた事なのだが、向こうが用意した増員が、クリフ・バールトンであるらしい」
クリフさん!? 何でそんな大物が、言っちゃ悪いがこんな小競り合いに首突っ込んできてんだ!?
「それに対抗するには、こちらでもそれ相応の人員がいるだろう?」
「そうですけど、決闘委員会が増員を言い渡したのは、向こうだけですよね?」
「増員は、ね」
成程、増員は認められていないが、人員の交代は明言されていない。その裏をかいて俺を誰かの代わりにねじ込もうって訳か。ふむ。やはり決闘委員会下にあっても、まだまだ抜け穴があるようだ。
「それで、何を賭けて決闘するんですか」
「互いの退学だよ」
……それはまた大きく出たな。
「互いと言うのは誰ですか?」
「ブレイドくんは鋭いね」
ハミルトンの笑顔は変わらなかった。ただし俺の印象はガラリと変わったが。
「一度持ち帰らせて下さい。相手がクリフさんじゃ、俺も必勝とはいきませんから」
「より良い返事を期待しているよ。出ないと……」
「出ないと?」
だがハミルトンはそれ以上口を開かず、茶を口にするだけだった。やはり俺はバカだったようだ。




