引き際
十を超える竜のブレスがこちらへ襲い掛かる。「もうお終いだな」とちょっと格好つけて、自嘲気味に目を閉じて見る。
次の瞬間、俺の身体は衝撃に見舞われ、直後に浮遊感に襲われる。だが俺に驚きはなく、俺は上空へと移動している感覚が止まった所で目を開けた。うん。眼下では竜による人間の蹂躙が、未だに行われていた。
「グルルル……」
心配そうな声が、俺を掴む者の口から漏れる。
「ああ、アルジェント、ありがとう。俺は大丈夫だよ」
俺の声を聞いたアルジェントは、俺をぐるぐる巻きにしていた縄を爪で切り裂き、俺をその背に乗せ直してくれた。
「グルルル……」
そこにヴァイスリッターの子が、説明して欲しそうにこちらにやって来た。下で竜たちによる叫喚の宴が催されている中、俺はヴァイスリッターの子に事のあらましを説明した。
「グルアアアアアア!!」
聞く度に怒りに震えていたヴァイスリッターの子であったが、それが全てスターゲイザーの配下であるミラジオによる画策であったと知ると、その怒りが沸点を超えたようだ。物凄い咆哮が停留地全体に響き渡る。
先程まであれ程、竜の怨嗟と人間の絶望の声が轟いていたと言うのに、それらが
シンと静まり返る程の大音声であった。
「奴は既に姿を消してここにはいない。それより、兄弟を助けてやるのが先決だろ?」
俺の言葉に、ハッとしたヴァイスリッターの子は、直ぐ様台車に大きな杭で打ち付けられていたもう一頭の白竜の元に向かった。
「あ、あの……」
ヴァイスリッターの子が俺とアルジェントの元を離れたタイミングで、何組かの人竜がやって来た。
「貴方は王のスパイとしてここにやって来たんですよね?」
「いえ、違います」
「え!?」
「竜狩りで西の山、こっちでは東の山になるのかな? に行ったら、ヴァイスリッターに捕まり、仲間を人質にされて、ヴァイスリッターの子を助けてくれと言われたんでここに来たんです。まさかこんな事になっているなんて、思いもしませんでしたよ」
「そうなんですか?」
と驚きの顔を見せる何人かの竜騎士。中にはホッとしている者もいる。
「でも今回の事は王に説明するつもりですよ」
俺の言葉に、その場の竜騎士たちの顔が暗くなった。が、直ぐに面を上げる竜騎士たち。その顔は真剣なものだった。
「あ、あの! 俺たちも王城まで一緒に連れていっては貰えませんか? 王に、西側の現状を訴えたいんです!」
「……ただ、殺されるだけかも知れませんよ」
「例え、そうだとしても!」
ここまで来て、後には引けないって事なのか、それとも元々の志が高いのか。俺は暫く考えを巡らせてから嘆息し、
「分かりました。でも竜を連れていくのは無理ですよ」
そう答えると、竜騎士たちは破顔して喜びを露にしていた。
「グルルル……」
大きな杭は取り除かれたが、白竜の傷は大きく、回復するようなものではなかった。心配そうな声を上げる周りの竜たちをよそに、俺は持っていたありったけのポーションによって回復を施す。これが奏功して、巨体である白竜の子も、何とか空を飛べるまでに回復した。
「グルルル……」
竜たちから感謝の咆哮が天に向かって吠えられる。ありがたい事だがうるさい。それにミラジオが持ち込んだ、幼竜を弱体化させる薬の問題は解決していない。これは、ウチの母とミリアムに看て貰わなければならないだろう。
取り敢えず、ずっとここにいる訳にもいかない。陽は既に中天に座し、日暮れまでに西の山に戻れるか、ギリギリの所だ。
「白竜の子よ」
すると二頭がこちらに進み出てきた。そう言えば両方ヴァイスリッターの子であり、両方白竜だったな。
「そろそろ東の棲処に戻りたいんだが、他の竜たちを先導して貰って構わないかな?」
傷を負っていた方の白竜の子は素直に頷いてくれたが、俺たちとここまで来た白竜の子は「何故だ?」ってな顔をしている。
「こんな何もない荒れ地に、腹ペコの数百頭の竜だけ置いていってみろ、いくら竜が何でも食べるとは言え、人間に恨みがあるんだ。人間を食べない保証はない。餓死者以上に、竜に殺される者が尋常じゃなく増えるわ!」
ああ! と一見納得したと見せ掛け、「それの何がいけないんだ?」と首を傾げる白竜の子。
「そうなると今度はここの竜たちが討伐対象になって、近隣の領や王家直轄領から竜騎士がわんさかやって来て、この地の竜が皆殺しにされるかも知れないんだよ」
それは嫌だなあ。と竜たちは互いの顔を見合わせる。
「だから一旦ヴァイスリッターの所に身を寄せてくれ。そして暫くしたら大陸を散り散りになってくれれば良いから」
俺の説得に竜たちは納得し、東のヴァイスリッターの棲処に向かって全員で出発していった。




